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ALIVE 1




とある高級マンションの一室。
そこには1人の女がうなされていた。
どうやらなんかしらの夢を見ているようだ。
その夢は女の様子から察するに決してよいものとは言えないのは
間違いなかった。

今日も世界は誰の頭にも平等に朝日を差す。
そしてそこからまた日常が幕を開ける。
望む望まないに限らず。

そうとりとめのない日常だ。
だがその変哲も無い日々に生きるもの達は、みなそれに悪戦苦闘を繰り返している。
今寝ている女もその例外ではなかった。

「ん、ふあ・・・もう朝か・・・」
目を覚ます女。あくびをしながら両腕を天に伸ばす。
その姿はどことなく気分が悪そうに見える。


「あの時の夢か・・・何回見ても目覚めのいいもんじゃないわね。」
そういいながらもまだ血液が体に巡っていないらしく
おぼつかない足つきで洗面所に向かった。
そして洗面所の鏡で自分の顔を映した。
そこには不健康そうな女の顔があった。
半眼で、髪はボサボサ。
しかも今はすっぴんだった。

「うぇ、ひどい顔ね。」
自分の顔に酔いそうになったのかとっさに視線を鏡から逸らした。

「そんなに見せ付けなくても、忘れたりしないわよ。」
夢に対する言葉だろうか、その表情は暗い。

「もうあれからどれくらい経ったのかしらね・・・」
その夢の内容を思い出す女。
そしてもはや過去の遺影に過ぎない出来事を思い出す。
それは今現在にとって、何の意味ももたない行為であるのを女は重々に理解していた。
しかし女自身にとってもその過去は様々な意味で人生の転機となっている事だった。
とはいえ積極的に思い出したりはしたくないのは間違いない事だ。
なのにわざわざ夢にまで出てきた見せ付けてくるのだから嫌でも思い出してしまう。

そして女はもう幾分か前に起こった出来事を記憶の底から引きずり出した。



時は8年ほど前にさかのぼる。























これは1人の人間の女の人生を綴った、名も無き物語だ。
















ALIVE 1

























東京タワーの鉄筋の上。
少女が少年を抱えていた。

「このままじゃ、ヨコシマは・・・!」
ヨコシマと呼ばれた少年の意識は既に無く、顔には生気を感じさせなかった。
もはや死人の顔に等しい。

「どんな事をしても死なせない・・・生きてヨコシマ。」
そう言い放ち、女はある種の覚悟を決めて満身創痍の横島忠夫に口付けた。

彼を救うために。

だが女はすぐに横島忠夫の口から自分の口の距離を離した。
そして女の目からは涙が流れていた。


もう横島忠夫は死んでいた。
どんな処置を施そうが手遅れの状態だったのだ。
そして既に死んでしまった人間を復活させる事なんて、どんな偉大な神でも
できないという事を女は嫌というほど知っていた。

口付けた瞬間にその事を理解してしまった。

やるせない思いを抱え、暗い空を見上げながら女・・・ルシオラはただ泣いた。
今は泣くことしかできなかった。

「ヨコシマ・・・うう、ゴメンネ。こんな目に合わせて。」
ルシオラは瞬時に彼とすごした記憶が蘇ってきた。


初めて出会った時間。
横島忠夫を異性として好きになった時。
お互いの口と口に触れ合った瞬間。


様々な思い出がフラッシュバックしてきた。

「フフ・・・変ね。走馬灯って普通死んだ人間が見るものなのに。」
何故傷1つ無い自分がこんなものを見なければいけないのか。
そんな想いが胸中を走り回った。
そして、そんな自分を嘲笑った。

視線を戻すと横島忠夫はさっきと全く変わらない表情で目をつぶったままだった。
それは安らかな寝顔にも見えた。
不思議と満足そうにさえ見えた。

「ヨコシマ・・・もうこの顔からずっと凍りついたままなのね。
 もう笑えない。もう泣けない、もう怒れない・・・
 もう・・・何もできない・・・」
横島忠夫の頭を抱きしめ、また・・・泣いた。
彼女はもはや涙を止めようと気は一切なかった。



黒ずんだ空も彼女と一緒に泣いているような雰囲気だった。




そして彼女を慰めてるようにも見えた。


























どれくらいの時間が過ぎただろうか?
やがて涙も枯れ果てたルシオラは、その目で横島忠夫の口元を見つめた。

「あれが最後のキスじゃ悲しすぎる・・・お前も私もね。」
そうしてまたルシオラは横島に口付けた。


今度は長いキス。
1分過ぎてもまだ口付けたまま微動だにしなかった。



さらに30秒程過ぎた頃だろうか。
横島の体が光り始めた。
失明してしまうのではないかという程の眩しい光。

だがその眩しい光も一瞬で消え去り、そして横島忠夫の体も
消え去っていた。

「ヨコシマ、本当にごめんなさい。
 でも、この戦いだけは私が絶対に終わらせる。」
ルシオラは横島忠夫の霊基構造を全て、いや彼を形成していたそのもの
を全て自分の中に吸収したのだ。
彼の体が光ったのはその作用なのだろう。
一時的ではあるが横島忠夫が使えた能力も使いこなす事ができる。

そうして彼女は文殊を数個用意して、最終決戦の舞台であろうと
思われる場所、コスモプロフェッサーに向かった。

































文殊と知恵。そして美神令子達の協力でなんとかアシュタロスを
出し抜く事ができた。
世界は再びもとある形に戻されたのだ。

ルシオラにとって一番大事なもの以外が・・・

ルシオラの胸の中はもはや虚無感しか無かった。
親殺しも世界の平和も、彼女が愛していた夕焼けでさえ
既に心を揺さぶるものでは無くなっていた。

彼女にとって横島忠夫は光だった。
さらにいえば道具として生まれてきた彼女が、唯一見ることが許された夢であった。
それももはや2度と手に入らない物になってしまった。
肉体も魂も完全に消滅してしまったのだ。
全知全能な神であろうと、どんな優れた医療機器を用いても
手の施しようがなかった。
というよりは何をしようにも始めようがなかった。

死んでいても肉体さえあればなんとかなったのかもしれない。
そんな事もルシオラは考えた。
いやそれはここにいる誰もが考えた事であろう。
すぐにその考えは間違いだと打ち消したが。
少なくともルシオラは。

彼を吸収して文殊の力を得なければアシュタロスを倒すのはまず無理だったからだ。
正攻法では、言い換えれば文殊抜きであんな規格外の魔神になんか勝てるわけがないのだ。
その判断を下さなければどの道世界は滅びていた。
ルシオラにしてみれば、もはやあの吸収はやるしかなかったのだ。
周りの人間もそれがわかっているから彼女を責めたりはしなかった。
最もその事で攻める人間がいようがいまいが彼女はためらいはしなかっただろうが。
横島忠夫が死んで、さらに彼の居た世界まで消されてしまうのだけは
どうしても許せなかったからだ。





この戦いから5日後、横島忠夫の葬式が行われた。
この日は皮肉にも憎いぐらい雲ひとつない快晴だった。
しかしそんな青空の下で行われた葬式の会場の雰囲気は重苦しく
出席者には下を向いているもの、泣いているもの、ただ無言でどこかあさっての
方向を見つめている者、様々だった。
共通しているのは誰もがその死を悲しんでいるという事だった。
それは彼が回りに必要とされている証であった。


彼と最も深い関わりがあった者達はどうしているだろうか?

美神令子は涙も出さず、いや出さないようにグッとこらえるように立ち尽くしていた。
氷室キヌは溢れる涙に抵抗する術を知らず、大泣きしている。
横島忠夫の両親は2人とも、目をつぶり、ひたすら地面を見つめている。



そして・・・


一番の当事者であるルシオラは・・・表情はなんの変化も見られなかった。
恐ろしいほどに無表情なのだ。



彼女は既に決めていた。

横島忠夫との別れはもう自分の中では済ませている。
そしてもはやこれから生きていく先で、涙は不要だと判断した。
この出来事に匹敵するような悲しみには2度と巡り合わないだろうと思ったからだ。










事実この葬式が終わっても彼女は1滴の涙も流さなかった。












・・・その無表情さと悲壮な決意がこの場ではかえって悲しく見られた。








葬式が終わった。
だが当然の如く重苦しい雰囲気は露ほども晴れていない。
晴れているのは空ぐらいものだ。
そう、今も相変わらず日差しが眩しいくらいに射している。

そんな中でルシオラは今後の身の振り方について考える事にした。
デタントやらなんやらの難しい問題については自分ら姉妹は特に関連性は無い。
ベスパと違ってアシュタロスをそれほど慕ってなかった彼女にしてみれば
そんな事はどうでもいい話だ。元々興味も無い。

それよりも、もっと切実で現実的な問題が山積みだった。
人間社会の常識なんて全く知らない。
人間と魔族の倫理観や感情論なんて似ても似つかないのだ。
横島忠夫の影響で多少は人間の気持ちも理解できるようには
なってはいるが、どうしても拭えない違和感は残っている。

なによりも最も大切なものがいないこの世界に残る価値はあるのか?
という疑問があるのだ。
ただ彼女は頭が良く、自分の事を俯瞰で見れる能力がしっかりとあった。
こんな状況で『しっかり』なんて言葉を使うのは彼女にとっては
忌々しいだけかもしれないが。

『私が死んだって結局何一つ解決されない。』

その事をよく理解していた。
そしてそんな自分の頭の良さをこの時だけは呪った。
こんなにも物事を客観的に見れてしまう自分に嫌気が差す。
能天気に悲劇のヒロインを気取れればどれだけ楽か。
彼女はそれを美談にするような事はできなかった。


「今の私にできる事といえば、ヨコシマの分まで生きる
 事ぐらいしかできないわね。」
そんな独り言をぼやいた。

とりあえず身近な問題から片付ける事をルシオラは決めた。
まずは小さい事から片付けなければどうしようもないという事に気づいたのだ。

そう、彼女に課せられた試練はそれこそ山ほどあるのだ。
大なり小なり、面倒事は目の前に迫ってきている。

そして、小さい問題は既にそばに転がっているのだ。









「あの、あなたがルシオラさんですね?」
思考を張り巡らしているルシオラに声をかける女性・・・そしてそのすぐ後ろに
その女性の夫と思われる男性がいた。

「あ、はい。そうですが。」
そう言いながら後ろを振り向くルシオラ。
突然の質問に少なからず動揺した。
さらに顔を確認してみても知らない人物である事がその事に輪をかけた。
該当する顔を頭の中で必死に検索してみても誰にも当てはまらなかった。

それも当然だ。
ルシオラは生きている日数自体まだ少ない。
現にこの葬式でも知らない人間が大半を占めていた。

だから彼女はあえて独りでいたのだ。
それは自分が横島忠夫が死んだ原因の一端を担っている
という負い目も少しはあっての行動なのだが。


その夫婦は声の割りには若く見れた。
といっても多少のしわは見て取れるが。

「あの、すいません。どちら様でしょうか?」
彼女は知らないという事を正直に打ち明ける事にした。
ただ、この場にいるという事は横島忠夫となんらかの関係を持っているのは
簡単に理解できた。

「・・・失礼しました。そういえば会った事は一度も無いですよね。」
そう言ってその女性は深くお辞儀をした。

「私は横島忠夫の実母、横島百合子といいます。そしてこちらが・・・」
そう言った後に後ろにいた男性もルシオラに挨拶と軽い自己紹介を始めた。

「横島大樹です。もうわかっているとは思いますが、横島忠夫の父です。」
横島の父と名乗る男性。彼も妻の百合子に習い深くお辞儀をした。
「あなたの事は美神さんから聞いています。」
さらにそう続けた。


はっきりいってルシオラは戸惑った。
いきなり横島忠夫の両親と名乗る者達が目の前に現れたのだから。
しかし、それはなんとなく嘘じゃないと感じた。
母親の方はともかく、父親の方は横島忠夫の血が繋がってると
思わせるような顔と雰囲気だったからだ。


「ヨコシマ・・・さんのご両親でしたか。・・・この度はなんといったらいいのか。」
その言葉は彼女の正直な気持ちだった。
慰めや同情からくる言葉では無い。
本当にどういう言葉をかければいいのかわからないのだ。
横島夫妻は自分の知らない所でいきなり息子を失ってしまった。
しかもたった一人の息子を。
悲しくないわけがない。
当然それには同情する。
だがルシオラも死に目には会えたとはいえ、基本的には同じ境遇なのだ。
それに先ほど挙げたような問題も多々ある。
自分の悲しみを受け入れて、人に優しくしてやれる程
ルシオラは精神的には成熟していない。
ましてやそんな余裕も無い。

かといってこの夫妻の気持ちを完全に無視できる程、非情にはなりきれない。
矛盾している二つの意思がルシオラの口を閉ざしてしまう。
思考も鈍くなる。

ルシオラは軽い混乱状態に陥ってしまった。
それを気にしてか横島百合子が声をかける。
「いいんです。ルシオラさん。あなたはあなたなりの事をしたんですから。
 ・・・すいません、こんな事軽率に言うのは失礼でした。」
 
「・・・」
『あなたはあなたなりの事』というくだりの辺りで横島百合子はきつい視線にさされた。
ルシオラが険悪な表情で睨んでいるのだ。
と同時に混乱していたルシオラの頭も復帰した。

「・・・ごめんなさい。でも少し頭にきてしまったので。」
すぐに表情を緩め謝った。
大人気ないとルシオラは反省した。
わざわざ見ず知らずの自分を気遣い、仮にも慰めてくれた相手に返す態度ではなかったと。
しかも母親に対して。

だが横島百合子の言葉を聞いた時には途方も無い怒りがこみあげてしまったのだ。
いくらルシオラが努力していようが結局は横島忠夫は死んでしまったのだ。
そんな何の意味も持たない言葉で慰められてもただただ腹が立つだけだった。

「うちのものが失礼をしました。だけどルシオラさん。これはわかってほしい。
 あいつは幸せだった筈です。あなたを守って逝けたのですから。」
今までは口を開かなかった横島大樹が言葉を発した。

「そう言ってもらえると、少しは胸の痛みもやわらぎます。」
口ではそう返したルシオラだが、本音は違った。
今となっては横島忠夫が満足して逝ったかなんて、わかる術はないのだ。
それを知っているのは横島忠夫、その人だけだ。



死人に口なし



こうやって死んだ者達は生きている者達の中で勝手に美化されていくのだ。
生前の人格や意思などお構いなしで勝手にお涙頂戴の与太話が展開されていく。
正直人間のそんな習性にルシオラは吐き気を覚えた。
でもそれも仕方ない。
そうでもしないと大切な者を失った悲しみはこらえきれないから。
ルシオラは心の嫌悪感とは別にどこかそう思える部分も持っているのを
自覚していた。
そんな風に思えるルシオラの最近培った『人間臭さ』も確かに存在はしていた。

「あなたを、大切な人を守りきって死んだあいつを私は誇りに思います。」
ルシオラが沈黙している間にも、さらに横島大樹は続けた。
「・・・だけど。」

突然トーンダウンした。
「なんででしょうね。少しもあいつを褒めてやろうと思えないのは。」
そう言って後ろを振り向いてしまう。
ルシオラには少し泣いているようにも見えた。

「・・・すまん。百合子、ルシオラさん、ちょっとだけ失礼します。」
そういってルシオラの目の届かない場所まで歩きだす横島大樹。

「・・・ごめんなさいね。あの人もああ見えて結構弱いから。」
横島大樹の姿が完全に見えなくなったのを確認して、横島百合子は会話を再開した。
夫の弱い部分を見られてか、横島百合子はややバツが悪そうにしている。

「でも、わかってあげてください。やっぱり口ではどうこういって
 も、一人息子がいきなりいなくなってしまっては辛いんです。」

「それは・・・わかります。」


「私もね、あなたに声をかけるのは本当に複雑な気持ちでした。」
フーっとため息をつきながら横島百合子はそんな事をぼやいた。

「ちょっといいですか?」
そういい煙草を取り出し、おもむろに吸い始めた。

「煙草・・・お吸いになるんですね。」
見た目からの印象の決め付けだが、横島百合子が煙草を
吸うなんて意外だとルシオラは思った。
ルシオラは正直煙草というものが好きになれなかった。
わざわざ体に毒になるとわかりきっているものを何故吸うのか?
そんな人間の感性は到底理解できそうもない。
臭いも体が受け付けない。


だが今日はこんな日だ。そして今はこんな状況だ。
それぐらいは我慢しよう。
ルシオラはそう思った。

「忠夫が生まれてからは吸わなくなったんですけどね。なんか
 今日は無性に吸いたくなりまして。」
口から吐き出された煙が上昇気流に乗せられ天に昇っていく。
青い青い空へと。

そんな様子をルシオラはボンヤリと眺めていた。










煙草を吸っている間は二人とも終始無言だった。







皆さん初めまして。Cigarという者です。
昔からGS極楽大作戦が好きで、その気持ちに乗じて二次創作に手を出してみました。

初めての作品なので皆さんの目を満足させれるものではないですが楽しんで頂ければ幸いです。

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