野上葵は中学一年生。バベルの特務エスパー“ザ・チルドレン”であると同時に、甘いものが大好きなお年頃の女の子なのです。
そんな葵は、今とあるケーキ屋の前、長い行列の中にいた。
お目当ては、毎週火曜日の朝6時に開店し、限定100個のみしか販売されない特別チョコレートケーキである。
その辺の板チョコと見た目は変わらない超高価なチョコレートをふんだんに使ったケーキは、朝早くから並び、1ピースのくせにやたら高い金額を払うに値する絶品らしい。
テレポーターである葵が10分寝坊し着いたときには、既に定員ギリギリだった。(この店は、毎週火曜日の開店前に店員が店前にスタンバイし、人数を数えて100人になると並ぶのを一時打ち切るというシステムを取っている)
葵は、列に並びながら北風から逃れるためにコートに口をうずめた。
ポケットに突っ込んだ手には、しっかりと財布が握られている。
(お小遣い使わんで貯めといたし、朝も何とか起きられたし、絶対買って、しっかり味わなあかんな)
自分の小遣いなので、当然買うのは自分の分だけだ。これに対しての薫や紫穂の反応が怖いが、それても葵は絶対に食べたかった。
局長に頼めば恐らく代金すら払わずに容易く食べられるだろうが、葵にはある信念………というか、考えがあった。
(やっぱり苦労して買った方が有り難みも増すしな。自分のお金で買うなら尚更。味も格別やて)
開店すると、列の先頭集団は我こそがと店に入る。最初は、バーゲンセールのオバサン戦争並みに激しかったが、店員さんの必死の呼び掛けと誘導により徐々にに列は元の姿を取り戻していた。
(あんなんに巻き込まれたらたまらんなぁ)
そう思いながら、葵はコートに顔を埋め順番を待った。
携帯の画面を見れば、
「な、もうこんな時間なん!?」
7時15分。葵が念願のチョコレートケーキを手中に収め、今何時と携帯を開けば、普段なら皆本が作ってくれた朝食を食べているであろう時間を示していた。
(怪しまれたらあかん!急いで帰らな)
葵は人気のない所まで来ると、テレポートで家を目指した。
実のところ、葵がこのチョコレートケーキを購入したのにはただ食べる以外に目的があったりする。
小学生の頃、皆本にプレゼントすべくバレンタインチョコ作りにトライしたが、まあ派手に失敗したわけで。
(あれからは、皆本はんにばれんように料理のコツ訊いたりして、自分なりに研究してきたんや)
そこに、チョコレートケーキ。
(食べるは食べる。勿論味わって。………でも今のウチはそれだけでは終わらへん!)
要するに、そのチョコレートケーキを参考にリベンジをしたいのだ。今度は皆本をあっと言わせるくらい上手いヤツを、他の2人に見せつけるようにプレゼントしたいのだ。
(今までは貧乳で目立たんかったけど、今年はギャフンと言わせたるで!)
貧乳は全く関係ないが、取り敢えず野上葵、愛しの彼を落とすため、全力を尽くすと決めた2月13日の朝。
その日は、暖かな日差しと共に澄んだ青空が広がる快晴だった。
葵は、こっそりテレポートでケーキを冷蔵庫に隠すと普通にダイニングに入った。
「あら、葵どこに行ってたのよ。心配してたのよ?」
葵が部屋に入ると、制服を来て今すぐにでも出掛けるような様子の紫穂がいた。紫穂の声に、薫と皆本もやって来る。
「どこ行ってたんだよ葵ー。心配したんだよ?」
「責めて一言言ってくれ。朝からいないから何があったかと思ったよ」
「ゴメン。ちょっとコンビニ行っててん。ほら、今日の数学はコンパス必要やろ?ウチなくしてしもて。で、買いに行ってたんや」
と、予め用意していた袋を見せる。
「何だよー。言ってくれたら私の貸したのに。私コンパス2つ持ってるんだよね」
薫はほっとしたように言った。
「ほら、葵は早く朝ご飯食べて、お前達2人は先に行ってろ」
はーい、と2人が出掛けていく。葵は、皆本の作った朝食を罪悪感混じりに食べ始めた。
葵は帰ってから食べる予定でいた。当然テレポートで2人より先に帰り、バベルの方でこっそりと食べるのだ。
が、
「それじゃあ野上さん、日直の仕事、よろしくね」
「はーい」
まさかの日直、である。
「参ったなあ。薫達は先に帰ってしもたし……………食べられへんよな」
と、学級日誌を書きながら呟いた。
日直の仕事は、今日の出来事などを日誌に書き、黒板の日付を変えたりする。そんなに時間が掛かる訳でもないが、やはり不安だ。
そもそも、これは思い切り予想の範囲外。不測の事態だったのだ。
本当は、葵の日直は明日だったのだが、今日日直だった生徒が休んでしまったため、急遽葵が日直をやる事になったのだ。
日誌を書き終えた葵は、すぐに先生に提出し帰ろうとした。
しかし、こういう時に限って嫌な事は重なるものである。
葵が下駄箱で靴を履き替えていたとき。
「野上さーん!!!!」
「ひとりですかーっ!!!!!」
「えぇ!?きゃあ!」
気づけば、数十人の男子に囲まれていた。
「ちょ、何なん!?」
葵には何が何だか解らない。
「ああ!!その関西弁の響き、最高っ!」
「その流れるような長い黒髪!煌めくメガネ!萌える!!」
「何よりツンデレ!!ツンデレだぁぁぁぁぁっ!!」
葵を取り囲んだ男子が、口々に叫び声を上げる。
一方の葵は
「え?な、何なんよ?」
プチパニック状態。まあ、いきなり怪しい息づかいの異性に囲まれて平然としてる方がおかしいだろう。
葵を囲んだ男子集団。彼らは、自称“野上葵に萌える会”と言い、常日頃からアタックのチャンスを虎視眈々と狙う言わば変態集団だ。
普段は薫、紫穂と共に下校する葵だが、今日は諸々の事情でひとり。そんなチャンスを、彼らが逃さず集まったのである。
「ねえ野上さん!これからウチに来ない?」
「ひとりじゃ危ないよ!俺がついて行く!!」
「いや、俺だ!!」
もはや萌えるだけでは済まなくなり、自宅に連れ込んで何する気か、と変態集団はより一層変態度を上げていた。
その気持ち悪さにかなり怯えつつも、葵は揉め始めた彼らの間をすり抜けて脱出した。
「い、いきなり何なんや…………」
激しい危機感を感じながらも、葵は無事に人気のない公園まで逃げてきた。後はここからテレポートで家まで帰るだけだ。
「あんなに目の色変えて……何か凄くやましい事を考えてたような気が……………」
モテてる実感はそこまでない。小学生のときはラブレターが下駄箱に詰め込まれてたが、中学に上がるとそれはあまりない。
逆に嫌な視線を毎日のように感じるのだが。
家に着いた葵は、大急ぎで冷蔵庫を開け、中を確認した。
「………………ない!!」
まあ、ただ入れてるだけなら誰か食べる可能性も勿論あるのだが。
「どうしたの?葵ちゃん」
「紫穂!冷蔵庫に入ってたチョコレートケーキ知らん!?」
凄い迫力で葵が訊いて来るので、紫穂は思わず身をそらしながら答えた。
「あ、えっと…………それなら薫ちゃんが………」
「チョコレートケーキ?今食べ終わったけど?」
紫穂が言い終わる前に、奥からフォークをくわえ皿を持った薫が出て来た。
皿と口には、バッチリとチョコレートが。
「ああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
絶叫。
「あ、もしかしてこれって葵の?ゴメン。食べちゃった」
「ゴメンで済むかぁぁぁぁぁぁぁっ!これ高かったんよ!?知ってるやろ!?あの1日100個限定の有名なチョコレートケーキ!」
「へぇー。じゃあ葵ちゃんは私達に黙って1人で買いに行ったんだ。だから朝いなかったのね?」
「葵………そうか、そんなやつだったのか。ま、これは抜け駆け代って事で…………」
しかし、葵の怒りはいつもとは違った。
「ちゃんとウチのお小遣いから出したんよ!?何で2人の分までウチが金払わなあかんねん!!」
「な、何だよ!!そこまで言わなくてもいいじゃん!それに私達友達でしょ?何で買ってきてくんないのさ!?」
「何でウチがそこまで気ぃきかさなあかんねん!!第一、買ってきたって金払わんやろ!?ていうか勝手に食うな!!」
「だったら冷蔵庫の中に入れないでよ!入ってたら食べていいって思うじゃん!?」
「おかしいやろ!何でそないに思うん!?遠慮とか人に訊くとか出来へんの!?このこども!!」
「な………こどもはそっちでしょ!そんなに食べられたくないんなら名前でも書けばいいじゃん!!」
「普通は書かんわぁ!」
これはヤバい。横で口も挟めない紫穂は激しく危機感を感じていた。何とか仲裁に入ろうとするが、
「ねぇ、2人共やめ」
「紫穂は黙ってて!!」
「口挟まんといて!!」
2人の怒気に気圧され、紫穂は再び黙り込む。
2人はしばらく言い合い、
「もうええ!!こんなやつと暮らしていけるかい!!」
「私も同感。こんな貧乳メガネと一緒に暮らしてると、こっちまで胸がぺったんこになるよ!」
「…………っ!!」
「薫ちゃん!!言い過ぎよ!!」
やっと紫穂が2人の間に入った。
が、
「ふん!」
「あ、葵ちゃん!?」
葵はテレポートでどこかに消えてしまった。
「…………もう、薫ちゃんも言い過ぎ!いくらなんでも酷すぎるわよ!!」
「………………うん。そだよね」
薫はさっきとは打って変わって俯き、反省しているようだ。
「はぁ………葵ちゃん、大丈夫かしら」
紫穂は、窓の外を見た。
朝はあんなに晴れ渡っていた空には、黒い雲がひしめいていた。
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