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お年頃な彼と彼女の微妙な関係

「・・・・・・・あー」

薫が目を開くと、そこには見えたのはいつも見慣れた天井。
自分が今の今まで寝ていたことを思い出すのに数秒かかった。
いつものことだが、寝起きの頭はモヤがかかったようになってうまく働かない。
時間を確かめようと思ったが、窓から挿す光が、
まだ午後の昼下がりであることを教えてくれていた。

「まだ・・・・お昼じゃん」

朝からどうも体調が悪かった。下腹の辺りから鈍い傷みがしていた。動けないほどではないが、どうも学校に行く気にはなれない。薫は体調不良を理由に、学校を休んで朝から寝ていた。
月に一度訪れるコレにも大分慣れたとはいえ、やはり歓迎できるものではない。どうにもできない痛みで、普段より若干イライラしているのがわかる。
そのせいか、胸の中が何かモヤモヤする。それは寝ても治らなくて、起きたら部屋に一人きりなのに気づいて、寂しくなって、またイライラして・・・・そんな、自分でもよくわからない気持ちが、薫の中で渦を巻いていた。
今朝、皆本に学校を休むことを言うときも

「今日は調子悪いから休み。あたし寝てるから」

と、用件だけ言って、とっとと寝てしまった。
イラついてたのは自分でもわかってた。ハッキリと理由を言わなくても、皆本ならわかってくれるだろうという甘えもあった。
でも本当は、彼にはその理由を言いたくなかっただけだ。
葵にも紫穂にも、朝から診察に来てくれた賢木にも言えたのに、なぜか皆本にだけは言いたくなかった。

そのワケは自分でもわかってる。ヤバイくらいにわかってる。わかってるからこそ悩んでいるのだ。

「やっばいなぁ、あたし」


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   お年頃な彼と彼女の微妙な関係

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「・・・・うーーん」

皆本光一は悩んでいた。
彼はバベル局内の自分のデスクに座って、最近のチルドレンの戦闘データと脳波の関係を示すグラフと
にらめっこしていた。
はたから見ると、これまでの任務を検証し、以後の作戦を考えているように見える。だが、彼が悩んでいるのは、目の前のデータとは全く関係ないことだった。

(薫のやつ・・・・・どうしちゃったんだろうな)

最近、薫の様子がおかしい。
今日のような日はともかく、普段の日でも、以前はうるさいくらいに懐いてきたのに、最近はどことなく避けられているような気がする。もちろんいつまでも子供ではないので、それは成長した結果だとわかっているのだが、どうもそれとは違う何かを感じる。
この前も、大好きだったはずの万疋屋のプリンを「食べたくない」と出て行ったのに、次の日見たらシッカリ食べられていたし、いつものように紫穂にセクハラしていると思えば、近寄ってみるととたんにヤメてTVを見に行ったり、とにかく、避けられているとしか思えない行動をとることが多くなった。

あの年頃の子は、親といるより友達といたいと思う子がほとんどだから、そのせいなのかもしれない。そんなときウザがられるのはいつも男親だったりするのだ。自分もとうとうそんな立場になってしまったのか。皆本は20代にして、そんな男親の孤独な悲哀を感じていた。

これが普通の家庭ならばまだ良い。
道を誤らないよう気をつけてさえいれば、あとは彼女の好きなようにさせてやればいいだろう。
だが、自分達は本当の家族ではない。目的のために編成されたチームだ。そしてそのチームの連携を円滑にするために、こうして同居しているのだ。
もし今、その同居がマイナスに働いているのであれば、親元に返して離れて暮らすことを真剣に考えなければならない。
薫の態度の真意がつかめない以上、めったなことはできないが、皆本の心は揺れに揺れていた。目の前のPC画面に映し出されているグラフは、オペレーター達が膨大なデータ群から必要なものだけを抽出し、関連性を拾い上げ、使えるデータにまとめあげた、関係者以外閲覧禁止のかなり重要なものだったりするのだが、皆本の頭には全く入っていなかった。

結局、彼が仕事にとりかかったのは、それからさらに3時間ほど経過してからだった。


* * * * * * * * * * * * * *


「ただいまー」
「帰ったでー」

午後4時を過ぎたころ、葵と紫穂が学校から帰ってきた。
チルドレンの3人には、登校が不可能になった場合の代わりとして、ティムの操る「影チル」と呼ばれる影武者がいる。だがそれはあくまで任務遂行のためであり、本人が風邪をひいたり、ケガをしたりして動けない場合、つまりバベルとは関係ない理由の場合には、ティムの影チルは使われない。
だから、今日はいつもと違って行きも帰りも2人だけだった。

紫穂は玄関から上がって、まっすぐ自分達の部屋へ歩き、ドアを開けた。中には、ベッドから上体を起こした薫が見えた。どうやら先ほどまで寝ていたらしい。

「薫ちゃん、大丈夫?」

声をかけてみたが、寝起きの頭に入っているかどうかは怪しかった。しかし、顔色は悪くないように見える。たぶん明日には学校に行けるくらいに治まるだろう。

「ま、こればっかはしゃーないな。今日はおとなしくしときや。デザート買うてきたから、後で食べや」

そういって、コンビニのビニール袋を片手でひらひらとさせた後、葵は部屋を出て行った。
紫穂も葵も女の子なので、月のモノの辛さはわかっている。人によってその重さが違うことも。今日の薫のように寝込んでしまうほど辛い人がいることも聞いたことがある。紫穂のソレは、確かに辛いが寝込むほどではなかった。せいぜい、体育の時間に運動ができなくて、授業にあまり集中できなくなる程度のものだ。
そして、紫穂が記憶する限り、以前は薫もその程度の痛さだったはず。それがなぜ一日中寝込んでしまうのか。
それはつまり、“それだけじゃない理由”があるからではないか。
紫穂は、自分のその予想がたぶん正しいであろうと思い、薫に話しかけた。

「ねえ、薫ちゃん」
「ん?なに?」

普段の快活さは影を潜め、穏やかな表情で紫穂を眺める薫。だがその裏に不安な気持ちが渦巻いているのが、紫穂にはよくわかった。

「あのさ、一度はっきり言っちゃえば?」
「・・・・へ?」

薫には紫穂の言葉の真意が伝わっていないようだ。唐突な紫穂の言葉に、薫は首をかしげた。

「だから、一度ちゃんと皆本さんに告白しなさい、って言ってるのよ」
「・・・!!」

瞬間、薫の顔が見事に真っ赤に染まった。見ていて気持ちいいくらい、耳まで真っ赤だ。何かを喋ろうとしているのか、口をパクパクとさせているが、声が出ていない。もしかしたら驚きすぎて声帯がマヒしてしまったのかもしれない。
(・・・かわいくなったなぁ、この子)
その様子が、紫穂にはとってもかわいく見えた。

「あなた、自分で気づいてないようだけど、皆本さんの近くにいるとき、いっつも彼の姿を目で追ってるわよ」
「あ、えと・・・」
「それに、なにかモノを受け取ったりするとき、極力皆本さんの手に触れないようにしてるわよね?」
「いや・・・あのね・・・」
「最近、皆本さんとあんまり話してないでしょ。そんなに恥ずかしいの?」

自分の最近の行動と、その中身をズバズバと指摘されて、薫は何も言えなくなってしまった。たしかに以前より意識して皆本を見てるし、かといって彼がこっちを見るとすぐに目線をそらしていた。それに最近はあまり面と向かって話していない。彼の手に触れるなんて、いったいいつ以来だろうか。薫はふと考えた。だって、触れてしまったら最後、

「だって、触ったら・・・・スッゴイ、ドキドキするんだもん。 皆本の手って、大きくて、あったかくて・・・・
でも、それといっしょに、あたし大丈夫かなって思うんだ。汗ばんだりして、べたべたしてないかなって、皆本、イヤに思ったりしないかなって、そう思うと、嬉しいのと不安なのと、ごっちゃになってさ・・・・・だから・・・その・・・えと・・・」

(・・・・なっんってっ、かわいいのコノ娘わっ!!!)

次第に尻すぼみになっていく薫の告白を聞いていた紫穂。あの明石薫があんまりにも乙女チックな告白をしているそのギャップに、同姓ながら大いに萌えてしまった。
心の奥から沸きあがる想いのままに、今すぐ薫を抱きしめたい衝動にかられたが、それでは話が先に進まない。
紫穂はなんとか気持ちをこらえて、彼女に向き直った。

「(はぁ、はぁ・・・おちつけ私!) えー、ゴホン!・・・・・でっ、でも皆本さん、薫ちゃんに避けられてるって思ってるわよ、たぶん。」
「え!?」
「だって、触らない、喋らない、目を合わせないじゃ、避けられてるって思うのが普通よ。はた目から見たら、父親に反抗する年頃の娘みたいな」
「えっ・・・え!? うそ・・・・やだ・・・・」

先ほどから一転、薫の表情がとたんに不安な色を帯びてくる。まるでこの世の終わりのような顔をしていた。あてのない荒野に一人ぼっちだとおそらくこんな顔になるのだろうか。
薫は最近の自分の行動を思い出してみたが、思えば思うほど紫穂の言うとおりの行動をとっている自分がいた。なるほど、紫穂の指摘は的を射ている。今のままでは避けられていると思われてもしょうがない。
事実、皆本は薫のことで悩んでいるし、彼女達は知らないことだが、真剣に別居についても視野に入れているのだ。
確かに、紫穂の言うとおり、きちんと自分の気持ちを伝えないといけないのかもしれない。今のこの生活が無ければ、自分はここにいなかっただろう。今の明石薫を形成する核となるものが、この家にはあった。そしてそれは一人の男性、皆本光一に集約されている。彼を失うことは、今の薫にとって死と同義なのだ。
だが、皆本に自分の気持ちを伝えるということは、

「・・・・紫穂は、いいの?」
「え?」
「あたしが、そんなこと言っちゃっても、いいの?」
「・・・・・・」

いつもいつも皆本にアピールしている3人だが、しょせん彼にとって彼女達はチームの仲間であり、家族でしかなく、決して対等の男女ではない。それに、彼女達も皆本に真剣に向き合ったことがない。そういう気持ちが今まではよくわからなかったからだ。
だが今は昔と違う。薫はあきらかに皆本を一人の男性として意識しているし、おそらく紫穂も、そして遠からず葵もそうなるだろう。そんな中、自分ひとりが、まるで抜け駆けするような行為をしても良いものか。
この件についてはいつも牽制しあっていたはずなのに、いざとなると、大事な友達のことを考えてしまっている自分がいる。そんな矛盾かかえこんでいる自分はつくづく不器用だなぁと、薫は思った。

「大丈夫よ。別に告白したところで、変わらないわ。皆本さんは受け止めてくれるわよ。」
「そ、そうかな?」
「私と皆本さんは、もう心と心がつながってるしぃ、別に心配してないわ。」
「な! ぐぐぐ・・・」
冗談めいた紫穂の言葉に、敏感に反応する薫。

「ふふっ、なんてね。 でもね・・・」
「?」
「私も、皆本さんのこと好き。でも、同じくらい薫ちゃんのことも好きよ。」
「えっ・・・」
「2人がなんとなく元気がないのって、見てられないのよね。私の中の薫ちゃんは、明るくて、元気で、多少の不安は消し飛ばしちゃうような、ステキな女の子だもん。だからね・・・」

薫のそばにかがみこんだ紫穂は、薫の頬にそっと手をあてた。
「心の中のモヤモヤを吐き出して、元の薫ちゃんに戻って。私の好きな明石薫に。」


* * * * * * * * * * * * * *

部屋を出た紫穂は、後ろ手にドアを閉め、ふぅ・・・・とため息を吐いた。
ふと前を見ると、腕組みして壁に寄りかかって立っている葵が目に入った。

「・・・・ええんか?それで」
「うん、いいのよ、これで。」
「こういう抜け駆けは、あんたが一番許さへんかと思てたけどな」
「チームの雰囲気が悪くなるよりずっと良いわ。それにね・・・」
「なんや?」
「今は薫ちゃんの元気な姿の方が、私には大事みたい。」
「・・・・アホやな、自分」
「ん・・・・わかってる。」
「でも、そんなアホ、ウチも好きやで」


* * * * * * * * * * * * * *

いつもより早く帰宅した皆本は、いつもどおりの夕食を、いつもどおり4人で食べ、いつもどおり後片付けをしていた。いつもとちがうのは、3人娘が夕食が終わって、風呂に入った後、寝るまでダベらず、すぐに自分達の部屋にこもってしまったことだ。
皆本は多少の違和感を覚えたが、おそらく宿題かなにかだろうと思った。あるいは、当番で明日は早いのかもしれない。環境が変われば、生活も変わるのは当たり前だと思い、その程度のことはあまり気にしないようにした。

食器洗いが終わり、皆本は、晩酌をしようと缶ビール片手にリビングに戻ってきた。
すると、その椅子に、薫が一人、座っていた。うつむいていて、あまり元気そうには見えない。ここ最近見ていた顔だ。
これはちょうどいいかもしれない。薫と面と向き合って話すには良いチャンスだ。
そしてその内容によっては・・・・

「どうした?薫。おやつか何か欲しいのか?」

皆本はテーブルに近寄り、薫のそばに座った。薫は、皆本からみてテーブルの左端、お誕生日席と呼ばれる位置に座っていた。皆本が座ったのは、正面に2脚並んでいる椅子のうち左の椅子。つまり、テーブルの角の左側と下側に、薫と皆本が座っている形だ。

「・・・・・・」

薫から動きはない。あいかわらず元気のなさそうな薫に、皆本は、当たって欲しくない自分の予想の的中率が徐々に高まっていくのを感じていた。

「なあ、薫。なにか、その、心配事とかあるんじゃないか? 最近、誰かにいじめられたとか、まあそれはないと思うけど、でもちょっと気に入らないことがあるとか、その・・・・たとえば、今の生活とか・・・・・」

ばっ!と皆本へ顔を向ける薫。どうやら、最後の言葉がキーワードのようだ。皆本の予想的中率がどんどん上がっていく。

「僕がいたらないことあるんなら直すからさ。ほら、なんでも言ってみろ、な。」

半ば強引に笑顔をつくる皆本だが、それを見た薫は逆に目をうるませてしまった。

(!!・・・違った!これじゃなかったか! ちょっと、どうすりゃいいんだよこれ。
こういうときの女の子の対処なんてマニュアルないからなぁ。今度賢木にそこら辺を聞いとかなきゃダメだな)

皆本がぐるぐると思考をめぐらせていると、ポツリと薫が声を出した。

「・・・・・・・・違うよ」
「えっ?」
「そうじゃないよ。」
「なっ・・・・なにが?」
「だから・・・・イヤじゃないよ。今の生活。」

搾り出すような声を出す薫を心配した皆本だが、一方その言葉に心底ホッとした。実は明日にでも不動産屋に電話してみようかと思ってたところだ。
だがしかし、それが原因ではないとすると・・・・

「そっ、そうか。 じゃ、じゃあどうしたんだ?最近なんか元気が」
「皆本のせいだよ」

間髪いれずに答える薫。その真剣な眼差しに、皆本は絶句した。

「最近・・・・・あたし、変なんだ。
皆本のこと、見てたくて、でも見られるとスッゴク恥ずかしくて、手に触れると胸がドキドキして、その、あの、もっとずっと一緒にいたいって思っちゃうんだけど、皆本ウザく思ってないかなとか、不安になっちゃったり、なんか、とにかく変なんだ」

薫の独白を皆本は黙って聞いていた。今度は別の意味で声が出せなかった。
薫の顔は誰が見ても、りんごのように真っ赤だった。そして皆本の顔も良く見ると頬がほのかに赤い。


「あたし・・・あたしね・・・・・・皆本のこと・・・・好き・・・なんだ」


・・・・その瞬間、その場の空気が止まった。

真剣な眼差しで皆本を見上げる薫。
それを見た皆本の目の前に、“あの光景”がフラッシュバックする。



ねぇ、知ってる?皆本


ずっと好きだったよ


愛してる・・・・


戦場にたたずむ2人の男女。凶器と狂気を向け合う2人がささやく哀しい愛の言葉。
皆本の記憶に刻まれたあの女性と同じ色をした目の前の少女。
自分が護るべき対象であり、愛すべき女である彼女。
皆本の心の壁にチクリと刺すこの痛みは、はたして気のせいだろうか。

「薫・・・・僕は、その、」
「うん、わかってる。皆本は私達の上司で、保護者で、司令官で、それに私はまだ子供で、皆本は大人で、そういうのもわかってる。でもさ・・・」
「でも?」
「やっぱりちゃんと言うことは言わなきゃって。そう思ったんだ。それじゃ、あたしらしくないから。」

なんとも薫らしい答えだった。皆本は、心があたたかい何かで満たされる感覚を覚えた。
兵部が薫を“未来の女王”と呼ぶのもわかる気がする。
人々の心に希望を与えながらも、慈愛を持って全てを包み込む、そんな資質を薫は備えているのだ。

「ちょっと、いいかな?皆本・・・」
「え?何が」

言い終わる前に、皆本の背中に薫の腕がまわされた。
薫が正面からギュッ・・・・と、抱きついてきたのだ。
力いっぱい、自分の想いを込めて、胸の中に潜んでいるこの気持ちを彼にぶつけるように、全身全霊をこめて、薫は皆本を抱きしめた。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

そこに言葉は無かった。
2人の鼓動が、耳に痛いくらいに響き渡る。
人のぬくもりがこれほど心地よいと思ったのはいつ以来だろう。
実際は1分も無かっただろうが、当人達には今この瞬間が10分にも1時間にも感じられた。

そして、ふっ・・・と、薫の身体が皆本から離れた。
皆本が何か声をかけようと考えをめぐらせていると、

「・・・・よし!元気もらった!! これで明日から復活だよ、皆本っ!!」

薫が突然、快活な声をあげた。両手を腰にあて、胸を若干のけぞらせ、皆本の顔を見据えている。
そこには、これまで見てきた薫の、あの太陽のような明るさがあった。

「じゃっ、明日は学校行くからね! おやすみ皆本!」

そう言って、とっとと自分の部屋に戻っていってしまった。
ポカン・・・・と、あっけにとられてしまった皆本。
その右腕は、薫の頭をなでようと、目の高さまで振り上げられていたが、皆本はその宙ぶらりんになってしまった手で、自分の後頭部をポリポリとかいた。

なんという子だろう。
皆本とチルドレンとの今の生活は、政府内外の様々な思惑のもと、非常に危ういバランスで成り立っている。気持ちのすれ違い一つで崩壊してもおかしくはない状態なのだ。
ついさっきまで、チームの関係に亀裂が入るかもしれないと思っていた。しかも皆本は大人の男性で、彼女はまだ中学生の女の子。日ごろの生活や考え方は全く異なる存在だ。そんな危機的状況を、薫は笑顔一つで吹き飛ばしてしまった。

皆本はテーブルを見つめた。
毎日ここで4人そろって食卓を囲み、笑いながら食べる食事。共同生活という名の下に始まったこの生活。初めはとてもイヤイヤだった。命令でなければすぐに引っ越していただろう。
しかし今の自分にとって、あの3人との生活はかけがえのないものになっている。彼女達との間に生まれた絆は、自分に勇気を与えてくれる。今が壊れるのを一番恐れているのは、本当は自分なのだ。

「・・・・・ったく、かなわないな、アイツには」


* * * * * * * * * * * * * *

部屋に戻った薫。
まだ胸がドキドキしている。我ながらとても大胆な行動だった。今思い出しても心臓が飛び出しそうだ。
だがそれ以上に嬉しかった。彼のぬくもりを感じると、頭の芯がしびれて思考がとろけそうになる自分がいた。
薫の顔のほてりはまだ治まっていなかった。
そんな彼女の様子を葵と紫穂は眺めていた。

「もういいの?」

紫穂は薫に問いかける。
こういうときの彼女はまるで世話好きなお母さんのようだ。

「ん。もういい。ありがと、紫穂、葵。」
「そっか。これでチームも復活やな。」

自分が元気になったことを、笑顔で迎えてくれている。薫の気持ちは薫だけの問題なのに、それを自分のことのように心配してくれる2人。
薫は心の底から、この2人が親友で本当に良かったと思った。
今日はとても幸せな一日だ。





「・・・・・・・・・・・でもね」

薫の想いとは裏腹に、逆接の接続詞が続いた。発生源は紫穂だ。
よく見ると・・・・・目が笑ってない。

「告白しろとは言ったけど、抱きしめろとは言ってないわよね?」

右手にスタンガンを持ってジリジリと薫に詰め寄る紫穂。
薫の背中に滝のような冷や汗が流れた。
助けを求めようとして葵を見ると

「んふふふふ〜。ま、しゃーないわな。」
と、笑顔のまま右手の親指を付きたてて、それをクルっと下に向けた。

「ちょっ・・・まっ・・・・・いや、あのね、話せばわかるよ、その、あの・・・・・んぎゃーーーーー!!」




彼と彼女の関係は、まだまだ現在進行形。
2人にどんな未来が待っているのか。それは予知能力者に教えてもらうことではない。
それは自分達が紡いで創っていくもの。
男と女が出会い、恋するには、まだまだ時間がかかりそうだ。


約3ヶ月ぶりに来てみたら、作品がこんなに!
まるで浦島太郎の気分ですf^ ^;

さて、久々の投稿は薫ちゃんです。
本編では自分の女の子的な気持ちが制御できていない彼女。ここではそれを一歩踏み込んでみました。
実際、紫穂がそんなことを許すかどうかはわかりませんが、まぁこんな友情もアリではないかと。

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