ジャンボジェットが飛んでいく。
白い機体が映える、青い空だ。
シェルビー・コブラにもたれかかって、私は一人、それを見上げていた。
「あれが……公彦くんが
乗るはずだった飛行機かもしれないな」
美神くんが駆けつけたために、彼の南米行きは、突然、延期になってしまった。
二人は、これから忙しくなるはずだ。別居前提の結婚とはいえ、さすがに式の準備くらいは、二人一緒で行うだろうから。
「遠くから二人を祝福しよう、私は」
空港まで美神くんを連れてきたのは私だが、この車が二人しか乗れない以上、帰りは私が乗せる必要もない。
そう判断して、私は一人、コブラに乗り込んだ。
GS唐巣'78 ひとりぼっちのドライブ まっすぐ家に帰る気分ではなかった。
除霊が終わったばかりのコブラで、あてのないドライブ。行き先も決めずに走らせていたつもりだが……。
「ここへ来てしまったのか」
空の色が、コブラの色と同じになる頃。
車は、海沿いの崖道を進んでいた。
右手に広がる海を見ていると、心も開放的になる。だが、あまり景色を楽しむ余裕はない。
起伏の乏しい道ではあるが急カーブは多く、カーブミラーはあっても、それでも見通しは良くないのだ。
ギャキキィッ!
そうしたカーブの一つで、私は、ブレーキを踏んだ。
路肩に車を停めて、コブラから降りる。
私の足が向かう先は、曲がり角のガードレール。
潮の香り漂う海風にさらされて、錆びているのが普通なのに、その一角だけは、妙に真っ白だった。
それは、最近、新しく交換された証。ここで、事故があった証。
近付いてみると、小さな花束も手向けられていた。
「君も……しつこいな」
車の方を振り返りつつ、私は、言葉を投げかける。
トランクの中のケースには、悪霊を吸引した破魔札がしまってあるのだ。
彼こそが、シェルビー・コブラに取り憑いていた悪霊。この地で事故を起こし、恋人と共に亡くなった男の成れの果てだった。
「美神くんに蹴り飛ばされて……」
最初、あれで消滅したかのようにも見えた。
「さらに、空港で……」
私にとっては都合の良いタイミングで出現してくれたが、だからといって、情けをかけるわけにもいかなかった。
「……今度こそ、倒したはずだったのに。
それでも、ここへ車を導いたというのか」
その執念深さは、ある意味、敬意に値する。
私には、とても無理なことだ。
「それほどまでの想いならば……」
吸魔護符は、普通、ある程度溜まってから処理するのだが。
「今回は特別に、
早く処分した方がいいかもしれないな」
と、私が口にした瞬間。
『そうは……させない……』
コブラの助手席から、新たな悪霊が浮かび上がった。
___________
『せっかく彼と一緒になれたのに……』
陽炎のようにゆらめきながら、それは、恨みの言葉を口にする。
『アタシを捨てようとした彼と、
永遠の時間を過ごせるようになったのに……』
おそらく、これは、男と共に死んだ女の霊だ。
ここで死んだカップルのうち、悪霊化したのは一人だけと思われていたのだが。
実は、二人とも車に取り憑いていたようだ。
しかも、この女幽霊の言葉から想像するに、男の方は恋人関係を解消するつもりだったのだろう。最後のデートが、最期のデートになってしまったのだ。
「そうか。
しつこいのは彼じゃなくて、
君の方だったわけか……」
事件の背後関係を、もっと調べておくべきだった。ひょっとしたら、自動車事故自体、この女による無理心中のようなものだったかもしれない。
しかし、今、それ以上詳しく考える暇はなかった。
『彼を……返せーっ!!』
彼女が、私に襲いかかって来たのだ。
___________
胸の十字架を握りしめ、私は、大いなる力を借りる。
「主と精霊の御名において命ずる!
なんじ汚れたる悪霊よ、
キリストのちまたから立ち去れッ!!」
『ギャッ!?
ヤ……メロ……オオッ!!』
だが、その一撃を食らっても、悪霊は突進を止めなかった。
私は、ギリギリまで引きつけてから、彼女をかわす。
相手が横を駆け抜けていくのを確認。それから、私も走り出す。
ただし。
『……逃すかッ!?』
彼女から離れる方向へ。
だが、別に、逃げるつもりではなかった。
コブラへ駆け込み、聖書を手にする。
こういう場合、オープンカーは便利だ。
車から降りることもなく、
「私を殺しても、
君の願いは叶わないよ」
と言いながら、振り返る。
この悪霊を説得して成仏させるなんて無理だと、もちろん、わかっている。
敵の勢いを削げれば儲けもの、そう思って言ってみただけだった。
『……だまされないわーッ!』
彼女は、再び、私を襲撃する。
本当にドライバー幽霊を解放して欲しいなら、私を呪い殺すのではなく、彼が吸引されている破魔札を破ることを考えるべきなのだ。
だが、そこまで彼女は知らないようで、また、私も教えるつもりはなかった。二人を世に放つのは、私の意図するところではないからだ。
私は、聖書を開く。
「聖なる父、全能の父、永遠の神よ!
この呪われた魂に救いを与えたまえ。
……アーメン!!」
『ギャ……ゲェエッ!!』
先ほどとは比較にならない、強烈な一撃。
しかし。
『耐えた。
……耐えきったわーッ!』
彼女は、まだ現世にしがみついていた。
『しょせん、信仰を失った神父の世迷い言。
……そんなものアタシには利かないわ!』
悪霊が叫ぶが、それこそ世迷い言だ。
少し前までの私ならば、彼女の言葉は胸を衝いたかもしれない。だが、今ならば笑って流せる。
「いや、私は今また
主の御心に信頼を寄せているよ」
『じゃあ、アタシの愛の強さだわ。
……アタシの想いが、
おまえの信仰心を超えているから!』
その気持ちこそが、彼女を留まらせているのだ。
まるで自分に言い聞かせるかのように、それによって現世との絆を強めるかのように、ウダウダと彼女は語っていた。
そして。
『おまえを殺して、あのひとを取り戻す!』
また、私に向かってくる。
___________
(この程度の霊に苦労するとは、
……GS唐巣も、腕が落ちたな)
思えば、片割れのドライバーを除霊したのも、私一人の力ではなかった。
なかなか車から離れてくれなかった、気合いの入った悪霊。それをアッサリ吸引できたのは、美神くんの蹴りが利いていたからだろう。
(ああ、そうだ。
だからこそ……この女の方は、私だけで!)
コブラの中で、私は、何かを求めるかのように手を動かしていた。無意識のうちに、新たな武器を捜していたのかもしれない。
そして、それに指が触れる。
(そうか……。
ま、仕方ないな)
自分自身を冷笑してから。
「極楽へ……行かせてやるッ!」
私は、手にした武器を振るった。
『ギ……ギャーッ!!』
___________
『アタシの……愛が……負けた……』
そう言いのこして。
悪霊は、シュウッと消滅した。
もはや届かないと知りつつ、私は言葉を投げかける。
「違うな。
それは……愛ではない」
惚れた相手を自分に縛りつけようなんて、そんな気持ち、私には理解できないのだ。
「もちろん、
もしも自分が相応しければ、結ばれてもいい。
しかし、そうでなければ……」
私は、ふと、手の中の物に視線を落とす。
それは、神通棍。
美神くんが使ったのと同じタイプの武器だった。
「なんだか……また、
弟子の力を借りたような形だな」
彼女は型破りな天才少女だ。弟子と呼ぶのも、おこがましい。
だが、彼女を弟子としなければ、私が神通棍を購入することはなかっただろう。
「やはり……これは、
私のスタイルではないようだ」
首を横に振りながら。
私は、それをポーンと放り投げた。
海に向かって落ちていき、やがて、見えなくなる。
同時に、私の心の中でも、何かふっきれたような気がした。
「……もう一度、修業し直そう」
突然わいた考えを言葉にしてみる。口に出すと、なかなか良いアイデアに思えてきた。
今の住居は、一時的に安く貸してもらっているだけだ。そろそろ悪いウワサも消えてきたし、引き払う時期かもしれない。
「ヨーロッパにでも行くとするか」
そう決心して。
私は、再び、コブラのハンドルを握った。
(GS唐巣'78 ひとりぼっちのドライブ 完)
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