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エスパー・リターンズ

   
「ちょっと困ったことが起きた。
 手を貸してくれないか?」

 薫と葵のもとに、突然やってきた兵部京介。
 いや、兵部だけではない。エスパーモモンガの桃太郎も一緒である。
 
『2人トモ早ク来テ!!』

 パンドラの潜伏先を皆本・賢木・紫穂の三人が襲撃(注;パンドラ視点)。その際の戦闘でテレポート能力が暴走、全員まとめて行方不明となったのだ。

「全力で捜してはいるが、生死はおろか
 地球上にいるのかどうかすら判らない」

 一刻を争う非常事態ということで、兵部は、クイーンとゴッデスに協力を要請しに来たのだった。

「『地球上にいるのかどうかすら』って……。
 それって宇宙ってことか!?」
「そんなアホな!?
 宇宙じゃ息できへん!
 紫穂も皆本はんも死んでまうで!」

 取り乱す薫と葵。
 二人を落ち着かせるために、兵部は首を横に振ってみせた。
 
「いや……とにかく判らんのだ。
 こいつの話も要領を得ないしな……」
『オ前ガ馬鹿ナンダロ!
 モウ一度説明シテヤルカラ
 今度コソ理解シロヨ!』

 桃太郎が語る。
 パティが空間コントロールしている最中に、紫穂のスタンガン。これで暴走したエネルギーに巻き込まれて、皆、どこかに飛ばされてしまったのだ。
 桃太郎自身は、何とか避けたつもりだったのだが……。

『飛バサレタ衝撃デ
 意識ヲ失ッタヨウデ、
 気ガ付イタラ公園ニイタヨ』

 回避行動のおかげだろうか、幸い、遠くではなかった。急いで戻ったのだが、マンションが見えてきたところで、暴走の瞬間を目の当たりにすることとなったのだ。

『……ふろあ全体カラ衝撃波ガ
 外マデ漏レテクルホドダッタ。
 僕ガ逃ゲキレナカッタノモ無理ハナイ』

 納得顔で話を締めくくる桃太郎。
 しかし、聞き手は困惑気味だ。

「桃太郎、おかしいぞ、それって。
 どっかへ飛ばされて気絶して、
 それから現場へ戻ったんだろ?
 なんで『暴走の瞬間』に間に合うんだ!?」

 薫は、視線を兵部へと動かす。彼は、首を縦に振って同意を示していた。

「そうだ、矛盾している。
 唯一の証人が役立たずでは、とても……」
『ナンダト!』

 兵部はお手上げのポーズまで見せる。それに桃太郎が食ってかかるよりも早く。
 葵が、静かにつぶやいた。

「なあ、もしかして……。
 桃太郎は、
 過去へ飛ばされたんとちゃう?」




       エスパー・リターンズ




 都市に建ち並ぶ高層ビル。
 その屋上の一つに、今、女性が立っていた。
 小学生でも中学生でもない。成長した彼女は、もはや『チルドレン』ではなくなっていたのだ。
 その背中に、かつての指揮官が声をかける。

「動くなッ、
 破壊の女王(クイーン・オブ・カタストロフィー)!!
 いや……薫ッ!!」

 ゆっくりと振り向く薫。
 その顔に浮かんでいるのは、悲しげな微笑み。『破壊の女王』の二つ名には似つかわしくない表情だった。

「熱線銃(ブラスター)
 この距離なら……確実に殺れるね。
 撃てよ、皆本!」

 これが、二人の最後の会話だろう。
 まるで邪魔するかのように、葵から連絡が入るが、それも短く切れてしまった。
 もう、本当に最期だ。薫は、ギュンと力を集めた手を、皆本へ向ける。

「知ってる?
 皆本……あたしさ――」
「やめろ……!!
 薫――!!」
 
 それ以上、彼女は口に出せなかった。
 ただ、心の中だけで。

(大好きだったよ。
 愛してる)

 同時に。

 ドン!!

 衝撃で、彼女の体が宙を舞う。
 そして。

「……イタタ。
 今度は、いったい
 何が私たちの邪魔を……」

 起き上がる薫。
 ふと見ると、皆本も倒れて目を回していた。
 二人のちょうど中間には、小さなクレーターが出来ている。

「あ。……これか」

 タイミングよく降ってきて、落下の衝撃で二人を弾き飛ばしたもの。
 それは……。

「こんな未来へ飛ばされてたんだね。
 ……あの時の皆本は」

 マッスル大鎌の超能力で硬質化された皆本だった。
 薫は、それに歩み寄る。

「そっか。
 ちゃんと返してあげないといけないな。
 ……そうしないと歴史が変わっちゃうもんね」

 昔を懐かしんで、薫の表情がフッと変わる。
 忘れもしない、薫が中学生の頃の事件だ。

「私が変わり始めた頃……か」

 薫が、まだ『チルドレン』だった時代。
 同時に、薫の皆本への想いが、少しずつ変わっていく時代でもあった。
 
「まあ、ともかく……」

 何かを否定するかのように、薫は、ゆっくりと頭を振る。

「……私ひとりじゃ無理だな。
 葵と紫穂にも手伝ってもらわないとね。
 二人とも無事だといいけど……」

 彫像状態の皆本を念動力で抱えて、薫は飛び去っていく。
 この時代の皆本――まだ気絶している彼――を、その場に残して。


___________
___________


「なあ、もしかして……。
 桃太郎は、
 過去へ飛ばされたんとちゃう?」

 葵の言葉が、その場に静寂をもたらす。
 それを打ち破ったのは、兵部の笑い声だった。

「ハッハッハ。
 そういうことか……!」

 気付いてみれば、簡単なこと。
 しかし、薫や桃太郎は、二人の発想についていけない。

「どういうことだ?」
『僕モ判ラナイヨ。
 仲間ダナ、カオル!』

 モモンガから同類扱いされた薫に対し、葵が優しく説明する。

「つまりな。
 桃太郎は場所だけやのうて
 時間も移動したってことや」

 少し離れたところへテレポートした桃太郎。
 それは、時間的にも『少し離れたところ』だったのだ。テレポート能力が暴走するよりも、少し前の時点だったのだ

「……時間テレポートか。
 パティだけじゃなく、
 あの場の他のエスパーの力も
 混ざったのだろうが……。
 偶然の産物だとしても、面白いな」

 納得する兵部。
 過去か未来へ行ってしまったというのであれば、いくら捜しても見つからないのは当たり前だ。

「そうと判れば、話は早い。
 どの時代へ飛ばされたかを調べて、
 あとはテレポートさせるだけだ」
「……ちょい待ち!」

 こともなげに言う兵部に、葵が待ったをかける。

「なんかムチャクチャやで!?
 だいたい、いくらウチでも
 時間を超えたテレポートなんて……」

 レベル7のテレポーターである葵は、空間を把握する感覚も鋭い。グリシャム大佐のお墨付きだ。
 だが、その『空間』とは、あくまでも三次元空間である。

「ハッハッハ。
 三次元も四次元も、
 一つしか違わないだろう?
 ほら、二次元と三次元だって
 似たようなものだから」
『イヤ違ウダロ』

 それはパティとマッスルくらい違う。二人の論争を見ているだけに、桃太郎は、実感タップリのツッコミを入れた。
 と、その時。

 ギュン……ッ!!

 室内の空間が歪む。
 そして、その中央に出現した物体は……。

「皆本!」
「皆本はん!」

 未来から送り返された皆本だった。
 ただし、まだ硬質化したままだ。だから、時空を超えた大移動をしたにも関わらず、彼自身の時は止まっている。
 安堵の表情で少女たちが駆け寄る中、

『……ナンダ、コレ?』

 最初に見つけたのは桃太郎だった。皆本の体には、まるで荷札のように、一通の手紙が括りつけられていたのだ。

「差出人の名前は、ないな。
 ……だが」

 勝手に開封した兵部は、ニヤリと笑う。
 そこには、賢木・紫穂・パティ・マッスル・葉の名前と共に、彼らが飛ばされた場所と時代が記されていた。
 しかも、ご丁寧に『はじめての時空テレポート』というタイトルでアドバイスらしき文章まで付加されている。

「……これで、ゴッデスは
 新たな力を身につけることになるな」


___________


 パチッ。

 皆本が、目を開く。

「ん? ここは……」

 意識を取り戻した彼は、まず、現状を認識する。
 彼が覚えているのは、マッスルに硬質化されたところまで。
 だが、今いる場所は、自分の部屋のベッドの上。
 布団をはねのけてガバッと起き上がるが、

「……おっ!」
「王子様のお目覚めね」
「皆本はん……!」

 葵が抱きついてきたことで、皆本は、再び押し倒されてしまう。
 それを複雑な表情で見守る薫。
 さらに少し離れたところから、紫穂が三人を眺めていた。

「……いいのかい?」
「ええ。
 今回は、葵ちゃんが大活躍だったから。
 ……ちょっとした御褒美ね」

 背後からの言葉に、振り向きもせず応じる紫穂。
 この部屋にいるのは五人だけ。つまり、声をかけてきたのは賢木だ。

「そうか。
 さすがに反省して、それで
 おとなしくしてるのかと思ったぜ」

 バベルもパンドラも、あの場に居た者は、全員バラバラの時代へ飛ばされてしまったのだ。
 それは、全ては、紫穂の無茶な一手から生じた出来事。
 なんとか全員サルベージされたのは、兵部の手助けのもと、葵が四次元テレポートという大技を成功させたからだ。
 しかも、トラブル解決と同時に休戦状態も終了ということで、パンドラメンバーは逃げ去っている。立ち去る前に皆本の硬質化を解いてくれたことには感謝するが、彼らに逃げられた以上、賢木や紫穂の任務は失敗ということになるだろう。

「……なに言ってんの。
 これも歴史の必然だったのよ」
「は?
 お前こそ、なに言ってんだ!?」

 紫穂の言葉の意味を、本当に理解できない賢木。
 それを察して、紫穂が、ゆっくりと振り向く。


___________


 あの時。

   「空間コントロールの最中に、
    電撃なんかくらったら暴走して……」
   「心配しないで。
    それが目当てよ」

 そう言ってニッコリ笑った紫穂。だが、彼女自身、何故そんな言葉が口から出たのか、実はわかっていなかった。
 しかし、今。
 あの『暴走』の歴史的意味を、彼女は本能的に悟っていた。
 別々の時代に飛ばされたパンドラメンバーは、それぞれの時代で、歴史に貢献していたのだ。
 マッスルはゲイ文化の発展に、パティは同人文化の発展に、葉はコスプレ文化の発展に……。

(……で、紫穂ちゃんは
 どの時代へ行って何をしてきたんだい?)

 賢木の腰にあてた紫穂の手を通して、彼の言葉が彼女に流れ込む。

(私のことは、どうでもいいわ。
 それより……一番重要なのはセンセイよ)
(えっ、俺?)
(そう。
 センセイの行った先って、原始時代でしょ)

 サイコメトラーどうしの、思考と思考とによる会話。 
 それは、他の者には聞かれる心配のない、そして、大きな嘘も含まれない会話。

(ああ、そうだが……)

 言葉が通じず、文明以前の人々の群れ。
 そんな中でも、賢木は、意思の疎通には困らなかった。
 サイコメトラーだというだけでなく、ボディランゲージとスキンシップを駆使して……。

(……原始時代でも
 『来るもの拒まず』だったのね)
(大人なんだからいいんだよ!)
(そうね。
 おかげで私たちエスパーが生まれたんだし)
(……え)

 なぜ人間には、超能力があるのか。
 人類の進化の過程で、いつ、超能力が獲得されたのか。
 答は、今、紫穂の目の前にあった。
 それは、エスパーが当たり前に存在する時代から、エスパーなど存在しない時代へ行き、そこでノーマルと交わったエスパー。言わば、未来の遺伝子を過去へと持ち込んだエスパー。

(おい。
 それって、もしかして……)
(そ。
 ……これからもよろしくね、
 私たちみんなの御先祖様!)

 それ以上を言うのはヤボだろう。
 だから。
 ニッコリと笑いながら、紫穂は、賢木から手を離した。






(『エスパー・リターンズ』 完)
   
   
 みんな大好き時間移動。
 こういうネタは早い者勝ちだと思ったので、敢えて長編にせずに短編にしてみたら……。葵ちゃんの活躍シーンがカットになってしまいました。…… orz
   

[mente]

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