1918

約束の地3

「……たとえばさ、兵部、お前さ」
「なにかな?」
「人を殺す時、どう思う? 人が殺された時どう思う?」
 一瞬兵部が絶句する。それを見てふうと深いため息を一つ皆本はついた。
「ある意味感情のゆれってのはあるだろ?」
 そうだね。と一つ彼はうなずく。大体の人間はそうなんだ。と皆本は続ける。
 そして頭に手をあてて、苦悩するようにうめいた。
「でもさ、それをなんとも感じない人間も存在する。というか『生まれつきそうなんだ』って人間が」
 コメリカの精神物理学者、レオン・アレスター教授の説によると、それは生育環境、経験、それと生まれつきの脳の視神経などの欠陥、どれとも言い切れはしないが、そういう人間は存在する。らしい。と彼は寂しげに笑いながら語る。
 目をまっすぐに彼は兵部へと向けた。
「俺は人が死ぬと悲しい、殺されると悲しい、やはり人が死ぬということは悲しいと思う」
「そうだね」
「でも俺の知り合いのやつは生まれつきそういう感情がない」
 笑わない、悲しまない、怒らない。泣かない。善も悪も感じ取れる知性はある。
 なれど感情がない。
 人を愛さない、寂しいとも思わない、何もない。楽しいとも幸せとも感じない。
「……話してる限りは普通に思えるんだ。やつもそんな自分は普通じゃないし、人を愛したい、愛されたい。笑いたい、楽しみたい、悲しいと思いたい、泣きたい、嬉しいという感情が知りたい。と理性では思うらしいんだ」
 でもそれができない。だからこそ苦悩しているようで苦悩という感情も知らない。生まれつき、と寂しげに皆本なまた微笑んだ。
 全てを諦めたものができるだけのそれは綺麗な笑い方で、兵部はどうしてそんな微笑をするのか、と心が痛む。
「どうして人が死ぬと悲しいんだ? と真顔で聞かれて返答に困ったよ」
「……その人に?」
「ああ、でも……でもさ、この頃は変わったみたいだ。あいつはさ」
 感情を知って、全てを諦めてしまったんだよ。と皆本は嘆息する。
「人を愛して、絶望を知るなんて悲しすぎる」
「……愛して絶望を知る?」
「つか、あいつがらみの事件なんだよなあ。そもそもは、長い話になるけど」
 俺は出来ることなら、あいつの苦悩と悲しみをとめたい。と彼は語る。
 兵部はどうしてそれが唄とつながるんだい? と不思議そうに小首をかしげた。
「……あの唄を歌っていたのは、そいつの恋人でさ、奴の目の前で死んだんだ」
 それからあいつは絶望という感情を知った。
 人が死ぬと悲しいということを知った。
 だから戻ってこない自分の想い人を追憶することだけで生きていると。
「いきながら死ぬってのもつらいな」
「……能力者だった……」
「そうだ、あの唄を歌っている女も能力者だ」
 幸せになりたいの、と歌う女の唄、それを兵部も知っていた。
 それを聞いて死んでいくのは、寂しくて孤独を知った人間だということを。
 世界で自分は一人ぼっちだ。と思う人間だということを。
 
とりあえずなんか暗い話ですいません。
次からはもっと暗いかもです。
う〜ん、しかし兵部がなんか聞き役にまわってます。
活躍させたいです

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