「あけましておめでとうございます」
新年の仕事初め、事務所にはメンバー全員が揃っていた。
各個人で顔を合わせてはいるものの、このメンツ全員で顔を揃えるのは今年になって始めてであった。
「さぁ、今年もバリバリ稼ぐわよ」
所長の令子は自分の椅子に座ると、闘志を漲らせている。正月休み中、悪霊をシバいていなかったせいのストレスもあるのだろうがほとんどは金銭欲だということは他のメンバーは重々承知していた。
「さすがに仕事前に飲酒はできませんので、お茶ですけど」
昨夜実家から帰ってきたおキヌが、お茶を皆に配った。
「いつも同じもので申し訳ないのですが、お茶請けです」
―――必殺! 温泉饅頭―――
いつもの白骨饅頭がグレードアップしたもようであるが、白骨のドクロがグレードアップしたおかげでそこはかとない趣を感じた。
「あそこは……他に名産ができんのかな」
リアリティが増し黒地に赤文字で書かれた饅頭の包み紙をみた横島は、中身を口に入れた。
「ま、まぁ、場所が場所ですから」
苦笑しながらおキヌは、自分のお茶を啜った。買ってきたはいいが、自分はあまり食べる気は起きないらしい。
「白骨温泉は町興しでなにかやらないのかな?」
「そうね、温泉はかなり質がいいんだからもったいないわね……あら、以外と美味しいわね」
包み紙にまったく気をとめる様子もなく、令子は饅頭に口をつけた。ちなみにシロとタマモは一心不乱に饅頭を食っていた。
「とりあえず食べ物でなくてもいいから名産品を売り出すとか」
令子にそういわれて、横島とおキヌは少ない脳みそをフル回転させる。
「ダンシング死津喪ってのはどうです?」
「誰が買うってのよ、そんな気味が悪いの」
「んじゃ……美容と健康、そして剛力をあなたに。NEWプロテイン・MEGAクィーン」
「真面目に考えてます?」
矢継ぎ早に三人は漫才にも似たやりとりを繰り広げるが、おキヌの故郷にいったことがないシロとタマモは首を傾げていた。取り留めのない会話が続いて退屈したのか、台所に行き熨斗がついた包装された箱を持ってきた。
「おキヌちゃん、これなんでござるか?」
シロがおキヌの前に箱を出すと、タマモが箱の前で鼻を動かした。
「ずいぶん甘い匂いがするわ。ね、これなぁに?」
おキヌは箱を受け取ると、令子の机の上に置いた。
「あ、そうそう忘れてた。美神さん、これ小竜姫様からお年賀です。皆さんでどうぞと言付けが」
「小竜姫本人がきたの?」
「いえ、今朝電話がありました」
「随分俗物化されてるわね」
苦笑しながら包みを開けると中には桐箱が入っており、蓋には筆で「当り付☆高級甘露」と記されていた。
「甘露って、あの甘露?」
蓋を開けると中は6つに分かれていて、それぞれに大玉の飴のようなものが入っていた。
「え〜っと、なになに?」
箱に添えられていた封書を取り出すと、声に出して読み上げる。
「新年明けましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になりました。そうねその通りね」
自分が世話になったことは棚の上らしい。
「今年も宜しくお願い致します。はい宜しく……え〜、新年のご挨拶に伺いたいところなのですが、なにかと多忙ゆえ封書での挨拶で失礼致します。これなる甘露は人間界では貴重なもので、その甘露の中でも特に高級なものを用意致しました。歴代皇帝が即位したおりに所望したものとは似て非なるもので、人間でなく天界に認められたものしか与えられない品であります。食し方は噛まずに口の中で溶かして味わうようになっており、噛み砕くと味だけでなく“得”も失われてしまいます」
「得ってなんスか?」
「さぁ? まぁ待ちなさい続き読んでみるから……」
そこまで言うと、桐箱の蓋を閉めると机の引き出しに入れた。
「なに隠してるんスか?」
「え? なんの事? さぁ仕事よ仕事」
目を合わさないに逸らせた。
「美神さん、それはあまりにもワザとらし過ぎでは……」
おキヌがそういうと、鋭い目で睨みをきかせた。その一瞬を横島は見逃さない。手にしていた手紙を抜き取ると、続きを声にだして読みあげた。
「六個の中に一つだけ当りが入っており、それを引き当てると御仏からの“得”を得ることができます。なおくれぐれも“皆様”でお召し上がりあがりくださいませ。誰とはいいませんが、一人ジメすることのないようにお願い致します」
立ち上がり慌てて手紙を取り返すが、皆の目が令子に集中している。その目は限りなく冷め切っていた。
「一人ジメするつもりだったんですね……」
「そんなことは……ないわよ」
「あったでござろう?」
「いや、それは……」
「新年早々、あさましいわね」
「ちょっと! そこまでいうことないでしょ!」
「神様に予測されているというのは、ちょっとアレですね」
「ううう……おキヌちゃんまで」
全員の冷たい視線に耐えかねたのか、ぺたりと座り込む顔を覆った。
「初仕事だというのに、みんなが冷たいわ。セクハラいやパワハラよ」
「セクハラは俺だし、パワハラやってんのは美神さんじゃないっすか」
自爆ともいえる発言に一同は深く頷いた。
「横島くんが冷たい……ママがいってたけど、男は釣った魚にエサはやらないといってのは本当だったのね。横島くんだけは違うと思っていたのに」
いつの間にか取り出したハンカチを口に咥えると、ヨヨヨと泣き崩れた。
だらだらと付かず離れずを繰り返していた二人であったが、周りとしてはたまったものではなかった。付き合うにしても付き合わないにしてもはっきりとしてもらわないと、他の者も都合というものがある。煮え切らない二人に業を煮やした順番待ちの人々の手によって、結果というものを半強制的にださせられてしまったのは去年の夏のことであった。
結果……お付き合いというものが始まったのであるが、恋愛初心者ならびに長い付き合いの二人である。初々しさなど一切無し、端からみると以前とまったく変わりはなかった。
「はいはい、三文芝居は結構でござるよ。先生を味方につけて誤魔化そうと思っても無駄でござるよ」
おざなりの拍手をして、シロは令子を立たせた。
舌打ちをして顔を歪めるが、皆いつものことと思い誰も突っ込みはいれない。
「分かったわよ。まったく雇用者としては、みんなの成長は嬉しく思わないとね」
皆が成長したというより、自分が我侭で大人気なさに拍車がかかったということには気づいてはいなかった。
「じゃあ一人一個ずつね、誰に当りがでても恨みっこなしね」
机の中から桐箱を取り出し、蓋を開けた。
皆、手を伸ばし甘露に手をつける。シロとタマモはなんの疑いも無しに口に入れるが、人間三人は甘露を手にしたものの様子を伺っていた。
「どう?」
「ろうって……」
飴玉を舐めるように、口の中で転がした。
「……う……」
「う?」
うつむき下を向いたかと思うと、体の中に宇宙生物を飼っているかのように飛び跳ねた。
「うまぁあああああああああああああああああああああああ!!!」
「馬?」
「今年は丑年ですけど?」
目と口から怪光線を放つその姿は、その昔の変態グルメアニメのようであった。
「めちゃくちゃ美味いでござるよ!!!拙者このようなものは口にしたことがないでござる」
「そりゃあ天界の物だしな」
「そういうことをいっているのではないでござるよ! これくれるというのならば、三回回ってワンというでござるよ」
意味はよく分からないが、なんとなく気持ちだけは分かるような気がした。
「にょーほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほ」
気味の悪い笑い声とともにタマモが、床の上を転がっていた。前転、後転、バック転。正月ということでいつもより多めに回っているのであろう。
机の角で小指をしこたま打ち付けると、回るのをやめ今度は踊りだした。
「あれ、なにやってんだ?」
「い、痛がっているのよ……たぶん」
ミニスカートにも関わらず、足を抱えつつ顔には笑みを浮かべていた。
「どうみても変態にしか見えないわね」
「でも、それだけ美味いってことスかね」
「犬族、いや人外だからそこまで効いたのか、それとも人外だからアレだけで済んでいるのか」
変な汗を浮かべてタマモの様子をみていた三人であったが、おキヌが甘露を口に入れた。
「え!? おキヌちゃん食べちゃったの? あかん!事務所の良心、清純派のおキヌちゃんがそんなことしちゃ!! 女性のヨゴレはこの人に」
「誰がヨゴレよ!!!」
見えない角度からの左ハイキックが炸裂した。正月だからであろうか、赤であった。
「だ、大丈夫? おキヌちゃん」
血まみれの彼氏は放置され、座り込んでいるおキヌの側にかけよった。
おキヌは普通に、大丈夫といわんばかりに制止すると口の中の甘露を転がした。次の瞬間、令子の手を握ると大袈裟な握手をするかのように腕を振り回した。
「美神さん、美神さん、これ美味しいです! この世のものとは思えません」
この世のものではないということを忘れるくらいの味だったようだ。
口の中で甘露を動かしているのであろう、目がそれに合わせるように動いている。口の中に甘露がなければただの危ない人にもみえかねない動きであるが、当人はまったく気にしていないようである。
「それだけ美味しいってことか……ねぇ横島くん」
先ほど血まみれにした彼氏の方を振り返ると、すでに口の中に放り込んでいたようである。舌を出してみせると、舌の上には甘露が転がっていた。
十分ほど経つと、口の中の甘露はすべてなくなっていた。
皆、恍惚とした表情を浮かべ夢の中を彷徨っているようである。満足気な笑みを浮かべ、お腹をさすっているものもいた。
いち早く、現世に帰還したのは令子であった。
確かに美味しかった。天界からの贈り物だけのことはある。だが、なにか忘れていないか?
頭が動き出すと、だらしなく緩んでいた顔も次第にしまってきた。
―――得! そうよ、得よ!―――
「誰も当った様子は無し……となると最後の一個」
考えたことがなぜか聞こえた。しかも男の声で。
慌てて机の方を見ると、赤いバンダナの憎い奴が桐箱を手にしていた。
こういうことまで一緒だとなにか嬉しい♪ なんてコンマ003秒だけ考えると、体が勝手に反応していた。
「待たんかーーーーっ!!!!それは私のだーーーーっ!!!」
「本音が出ましたね、みんなのものじゃないっすか」
「言葉と行動が一致してないわよ、なによその逃げる気満々な姿勢は」
桐箱の中から甘露を取り出し、じりじりとドアに向かい後退していた。
お互いに顔を見合わせニヤリと口元を緩めたかと思うと、人狼も真っ青な動きをみせ事務所を飛び出していった。
―――あのバカ、独り占めする気ね! 私があいつなら絶対にそうする!―――
―――このアマ、本気でヤる気だな。俺が美神さんだったら絶対にそうする―――
逃げるゴキブリ、追う般若だが、変なところで息の疎通が取れている二人であった。
嵐のように二人が去った事務所では、おキヌが窓からそれを見送ると携帯電話を手にした。
「もしもし、隊長さんですか? おキヌです」
本能であろうか、それとも考える余裕がないのであろうか。恥知らずな二人のチェイスはご近所に大迷惑をかけながら続いた。
横島は甘露を手にしているものの、口にすると動きが止まってしまう。そうなると捕まるのは目に見えている……そうなるとどうなるかは、過去を顧みてみなくとも体が覚えていた。
路地に入り、身を隠すと赤い髪を振り乱した般若が神通棍を握り締めて走りすぎた。悪い子はいねがぁ〜? と言い出してもおかしくはないであろう。
このまま逃げていても甘露を口にすることはできない。横島は身を隠す場所を考えることにした。
「ふふふふ……東大デモクラシー。まさかここにいるとは思うまい」
本人は“灯台もと暗し”といいたかったのであろう。彼が甘露を食すると決めた場所、それは令子のマンションの寝室であった。
「俺のマンションだと当たり前過ぎ、かといって事務所だと人工幽霊のチクリが入る。安全でしかも気づかれにくい場所、そうまさか? と思われ場所!!」
「私の部屋よね」
「そう美神さんの部やぁ〜〜〜〜??」
床に座っていた横島は思わずベッドの上に飛び乗った。
部屋の入口では、かなり冷めた目(殺る気満々?)の令子が横島を見下ろしていた。
「あんたの思考くらい読めないとでも思ったの?」
足掛け○年、連載終了今年で10年、と思わず口にだしそうになったがそれだけは持ちこたえた。さすがにこの世界すべてを否定する気はなかったようである。
「この私に歯向かうとはいい度胸してるわね、覚悟はできてるんでしょうね」
手にした神通棍が念に負け変形どころか蒸発しかけだした。
「動くな! 動いたら……はふほ」
甘露を口に咥えると、奥歯で軽く噛みつけた。
「ほんはんへほふひはははほへほひっほひふはへはふへ。ほへふへへふははふ(意訳:そんなんでドツいたならこれも一緒に砕けますね。すれ捨ててください)」
「分かったわよ」
舌打ちをすると、神通棍を放った。なぜ分かったのか、おそらく愛は関係ないであろう。
(ヘタにドツくと砕ける可能性があるわね、手ぇ突っ込んで無理矢理取り出すしかないか。溶け出す前にやらないとマズいわ)
(マズい……あの顔は、無理矢理取り出そうとしてるな)
二人の間に緊張が走る。横島が一瞬、視界を窓の外に向けた。
「あ、パンツ干しっぱなしだったわ」
「え? どこ?」
気が逸れたと同時に、令子が肉食獣のように横島に襲い掛かる。
この距離では、瞬発力に優れた肉食獣に敵うワケもない。マウントポジションを取られると両手も封じられた。
だが横島の口は固く閉じられている。最後の砦であった。
「出しなさい」
かろうじて動く首を横に振った。
「そう……いいわ、無理矢理奪うから!」
そう言いきったものの、よく考えてみると攻撃をしかけようにも自分の両手は横島の両手を封じるためにつかっている。折檻道具などもあるわけはない。尤も自室にあったらかなり怖いものがあるのであるが。
打つ手がないことを悟ったのであろうか、横島はニヤリと笑うと口の中で甘露を転がした。
「このぉ……寄こしなさいっ!!」
「あだぁ!!!」
思わず口が開いてしまった。
令子の攻撃、それは噛み付きであった。鼻に思い切り噛み付いたのだ。
口が開くと同時に、侵入及び略奪。しかし、横島も負けてはいない奪回。甘露を左右に動かし、略奪を避ける。その通路を塞ぎ、スルーパスをカットするかのように奪ってみせる。だが同様に進路を塞がれ奪回される。
ちなみに両手はお互い塞がったままである。甘露を巡った攻防が行われている場所……それはお互いの口の中であった。甘露を動かしているものは説明する必要はないであろう。傍目では色気のあるようなことをしている二人ではあるが、その目は真剣でかなり血走っている。二人にとっては真剣な戦いなのである。
お互いの咥内を行き来する甘露、もちろんそれは次第に小さくなっていき甘露が溶けたものも行き来している。
元の大きさの半分ほどの大きさになったときに、二人はようやく自分たちがやっていることに気が付いた。
同時に気づいたのであろう、攻防がピタリと止まった。
そして二人は思った、初めてのキスがこれはマズいだろ……と。
ゆっくりと令子が体を離した。
「あ……えーっと」
今の段階で甘露は令子が持っていた。口の中で転がしながら、対処に追われていた。甘露の甘さも今の状況を誤魔化せるほどの魅力はなかった。いろいろなものが頭の中をかけめぐる。
だがでてくる答えはすべて「どうしよう」であった。
「あの、その……食べる?」
思わず口にでてしまった言葉。それが何を意味するのか、その時はあまり深く考えていなかったのはいうまでもない。
だがいった後で顔を赤くしてしまったのは、横島の理性を飛ばしてしまうのに十分なものであった。
一方、事務所では美智恵がソファに座りのんびりとお茶を飲んでいた。
「それで、予定通りいったでしょ」
「えぇ、すべて隊長さんの作戦通り二人して奪い合いを始めました」
おキヌの報告に美智恵はうんうんと首を縦に振った。
「でも本当にあれでいいんですか? 喧嘩したりしてませんか?」
「大丈夫よ。二人とも怪我はしてくると思うけど、二人仲良く帰ってくるわよ」
微笑みながらお茶を啜った。
「あれで……でござるか?」
「そう、あ・れ・で。頭は結構いいクセにバカ、かなりの強欲で負けず嫌い、そして見栄っ張りの意地っ張り。似たもの同士でお互いにお互いを知り尽くしているのよ、あの二人は」
「まぁ甘露の奪い合いをするってまでは当ってたみたいだけど、それと二人の仲を進展させるのとどういう関係があるのよ?」
口を尖らせながらタマモがそういった。
そう、つまりはこの甘露。すべては美智恵の作戦であったのだ。
付き合い初めて半年が過ぎた二人であったが何の進展もない。これではなんのためにハッキリさせたのかまったくの無意味である。
そこで事務所の面々は美智恵に話を持ちかけた。我が娘のことでもあり、策士美智恵の登場となったワケである。ちなみに甘露は本物で、猿神に超能力少女のゲームと交換したらしい。
「どちらが最初に奪ったにしろ、逃げることは不可能でしょうね。どういう行動してどこに逃げるのか分かりきっている二人だからね。そして奪い合い……甘露の食べ方をわざわざ書いたのは、このためよ。噛み砕いたらダメってこと」
「口の中に残るってこと……」
「令子が先に口に入れたら、横島君は当然奪いにかかるわ。もちろん令子も抵抗するでしょうね。二人の力はほとんど同じ、両手はお互いに封じるでしょうね。横島君が先だと、令子はシバきあげようとするだろうから噛み砕こうとして脅すでしょうね……となると、奪い合いは当然」
美智恵の言葉を聞いて、おキヌは顔を赤くしながら俯いた。
「口と舌でござるか? 拙者はヒーリングおよびスキンシップで顔舐めているでござるが?」
「ヒーリングと一緒にしない! というかシロちゃん、もうスキンシップで顔舐めちゃダメよ。あれやるたびに令子の機嫌悪いんだから」
どうやら事務所での鬱憤は、実家で美智恵に愚痴っていたようである。
「でも、隊長さんの作戦が成功したとしたら二人は今日は帰ってこないのかしら?」
おキヌは自分のことのように一層赤く染めると頬に手をあてイヤンイヤンと顔を振った。
「それはないわね。意地っ張りなあの娘のことだもの、這ってでも帰ってくるわよ。バレバレなくせにバレてないつもりでね」
「あ、なんかそれっぽい」
思い浮かべたのか、タマモが笑った。
「となると、抱っこされて?」
「それは無いでござるな、それだとバレるでござるよ」
「肩借りてが妥当なとこじゃないかしら?」
「リアルねぇ」
「肩借りてイチャつきながら……なんか違うわね」
「文句いいながらに決まってるじゃない、あの天邪鬼がそう簡単に人前で甘えるワケないわ」
自分の娘とはいえ、ヒドいいい様である。
「じゃあ、どんな感じです?」
「そうね……」
さて噂の二人であるが、すでに事務所近くに来ていた。見えないところまでタクシーでくると、令子は横島の肩につかまった。
「もうちょっとゆっくり歩いてよ、いったぁ〜〜〜」
顔を歪ませて足を引き摺るように令子は歩いていた。やや蟹股気味なのにはご愛嬌である。
「だからゆっくりしていこうっていったんですよ」
「嫌よ!! 早く帰らないと違う意味で疑うに決まってるわ!」
「疑われてもいいじゃないスか、俺たち付き合っているんだから」
「それはそれ! これはこれよ」
事務所のドアを開け階段を上る。かなり辛そうに一歩一歩上っている
「大丈夫っすか?」
「大丈夫なワケないでしょ!」
「つーか、俺もかなり痛いんですけど」
そういった横島の顔はかなり腫れていた。なぜか令子に殴られたらしい。
「それくらいなによ!私の方が」
―――痛かったんだからね!―――
廊下と部屋の中の言葉が重なると、中から盛大な笑い声が聞こえた。
―――数ヵ月後―――
甘露の当り。仕掛けとして用意されたものであるが、実は本物であったようだ。
しっかりと当ってしまったようである。
「この年でお祖母ちゃんか……どうしましょう……」
策士、策に溺れる。昔の人はよくいったものである。
【終わり】
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