二重人格……そういう言葉をきいたことがあったが、実際目にするとは思わなかった。
「……なんだよ、変態爺」
強い目でボクをにらみつけるのは、皆本クンだ。
バベルにいるチルドレンの主任のはずだった。
でも口調が違う、表情が違う。
一番違うのが目だ。強い意志を持つ瞳はいつもとはどこか違う。
「……キミはだれだ?」
「俺は、もう一人のやつだよ」
「え?」
「……皆本が生み出したもう一人の……皆本光一ってやつだよ」
別の人格が話している。
実際目にしても信じられない、しかしこれは現実だ。
不機嫌そうな顔で彼はボクを見た。
そこにあるのはいつもの困ったような表情ではない。
心底機嫌が悪いといったような顔。
「……俺は思うに、あんたの組織ってやつも所詮、エスパーを救えない」
「キミは?」
「……ブラックファントムに操られた能力者も救えないようなら、お前なんていらないさ」
嘲り、というのは彼には本当に似合わない表情だ。
ボクはそう想いながら呆然と……彼を見ていた。
ただ女王に会いにきたはずなのに、マンションの一室にいたのは不機嫌な顔をした「自称皆本光一」だった。
「お前ってロリコンのただの変態だろ?」
「……えっと」
「……あのさあ。お前すごくにぶいだろ、エスパーのわりに」
腕を組んで、ものすごくものすごく不機嫌というか、眉間にしわをよせて嘲りの笑みで彼はボクを見る。
あまり似合わないというか……。
「キミはエスパー?」
「今頃気がついたか、この変態」
お前さ、タバコ持ってないかタバコ? と腕を組んで不敵に笑っていた皆本クン(自称)は尋ねる。
「……持ってない」
「そっか、爺のくせして吸わないのか」
手持ちぶさただなあ。とつぶやく彼を見るボク。
かなりボクは間抜け面をしてると思う。
「キミは……」
「俺は一応ヒュプノの能力を持ってる。レベルは7」
自己紹介とでもいこうか、とにやり、と彼は笑う。
というか似合ってないってその表情、とボクは思う。
「女王たちは……」
「あいつらならでかけたぜ、勝負下着とやらを買いにいくっていってさ」
さらり、ととてつもないことをいう皆本クン(自称)
ふわあああと彼はあくびを一つして、そしてボクに歩み寄ってくる。
彼のマンションの一室、居間でボクは間抜けな顔をして彼を見るしか今はできなかった。
「……俺はさお前に一応期待してたわけだ」
「えっと……」
「お前さ、一応パンドラの首領だろ?」
「一応……」
いつもとは立場が逆だ。
なんかボクがやり込められている。
「……だからさ、俺が思うにお前って中途半端なんだよ」
「はあ?」
「……薫たちをお前はほしいんだろ? ならさあ……パンドラにあいつらが『現在』行きたくなるように説得すりゃいいじゃん」
俺はさ、洗脳とかは嫌いなわけ、と彼は語る。
だからさあ、お前一応八十年以上いきてるなら、年寄りの知恵ってやらであいつら説得するなりなんなりしろよ。と彼はふうとため息を一つついて、ボクを見る。
なんか彼がボクを見る目ってのは……すべてを諦めたっていうか、絶望をうつした目だった。
「どうしてボクはキミの存在に……」
「は、お前が間抜けだからきがつかなかったんだろうが」
居間のソファーにどかっと彼は座る。
足を組み、彼は不敵に笑っている。
「……座れば?」
「ああ」
彼の前にボクも座る。なんかいつもと本当に立場が逆だ。
「……まあ俺はほとんど眠っていたからな」
「え?」
「目覚めたのはブラックファントムに会ったからだよ」
俺はさ、ブラックファントムにあったときに覚醒したんだ。と彼は語る。
切なげに寂しげに笑う姿は、どこか絶望を語るようなそんな感じがする。
「……あいつが捕らえたヒュプノ能力者は、俺の昔の知り合いだ」
「え?」
「……記憶をなくしたあの子供は俺の昔の『同志』なんだよ」
同志、あの女王たちと年がかわらぬくらいの少女が? とボクは思う。
彼はただ嘲るように……ボクをみるだけ。
「……俺は小学生時代以降にコメリカに留学したってことになってるよな?」
「ああ」
コメリカに留学する事前段階、準備のために俺はあそこにいったんだよ。と彼は語る。
そして……あの『悪夢の月曜日』にあったんだと。
悪夢の月曜日、それは……八年ほど前にコメリカの空港で起こったテロ。
宗教に絡む史上最大のテロだった。
『……お父さん、お母さん、お父さん……』
ボクの中に流れ込んでくる……彼が語るたび、何か悲しいビジョンが。
泣いているのは小さな子供。まだ四つくらいの金髪碧眼の子供だった。
『お父さん……』
泣いても誰も助けに来てなんかくれない。と小さな少女に手を差し出すのは十二くらいの少年。そして十四歳ほどの少女。
二人とも東洋系のようだった。
『誰も助けになんかきてくれない。大人は全部死んだ』
『生き残りは私達だけ』
眼鏡をかけた少年は、皆本クンの子供時代にそっくりで、少女たちはボクが知らない顔だった。
長い黒髪の少女は冷たい目で子供を見る。
皆本クンは欠けた眼鏡越しに、ちょうど今の『彼』と同じどこか冷たい眼差しで子供を見ていた。とても暗い目で。
『……行こう』
『え?』
『多分……ここにいたら、僕たち……』
目覚めてしまったんだ多分、と彼は語る。
超能力てやつにと。
能力は……外部的要因でも覚醒する。
だからこその悲劇かもしれない。
ボクは思う。この三人は……。
『僕たちは多分、エスパーってやつになってしまったんだよ』
わかるんだ。と彼は寂しげに笑う。黒髪の少女は逃げよう。と手を子供に差し伸べる。
『逃げよう、逃げないと……』
多分このテロを起こした人間は近くにいるし、感情がよめるけど……その人間だと思うけどろくな人間じゃないと思う。と少年は言う。
『逃げよう……』
崩れた建物、その中にいるのはもう三人だけ。
崩れた下敷きになった多くの人間をみてまた子供は泣いた。
泣いても無駄よ。と少女は冷たい目で子供をまたにらみつけていた。
無駄なの、無駄なの。と少女は言う。
『ねえ、エスパーってみつかったら……』
『わからないよ。でも逃げよう、ここにいるのはまずい』
子供は泣き叫ぶ。無理やり少女は子供を抱き上げた。
暴れる子供をにらみつける。
『……心がよめるんだ……』
『おにい……ちゃんも……』
悲しい、痛い、苦しい、って痛みが流れてくる。と少年は寂しげに笑う。子供もお兄ちゃんもなの? と泣くのをやめて少年を見た。
『うん……』
『逃げましょう』
逃げよう、逃げようと子供達は手を取り合う。
そして……そして三人は崩れた建物を歩いていく。
どこにいくあてがあるともなしに。
あの金髪の子供は、誰かに似ていると僕は思った。
その瞬間、現実に意識が引き戻された。
「見えたか?」
「……でもバベルにこんな記録は」
「いちお、俺が眠った時にごまかしたんだよ。こんな記録ばれたらまずいだろ?」
俺はさ、疲れたんだよ。と寂しげに彼は笑う。
だからさ眠りたかったんだと。
「え?」
「俺はさ、三人で数年生きていた。でも疲れたんだよな俺達。だから普通の人間に戻ることにしたんだ。俺もさ、お前もみたと思うけど、あのガキ、エミリもヒュプノと精神系の能力をもってたから」
お互いに暗示をかけた。と彼は語る。
普通に生きていたかった。
でもそれをもう一人は否定したけどな、と寂しげに彼は笑う。
「あの黒髪の?」
「そ、メイ・リー。あいつは特殊な能力に目覚めてしまっていてね。今は中国系の暗殺者集団の仲間になってる」
エスパーってのも色々だね。と彼は笑う。
絶望と諦めが今の彼を支配しているようだった。
「そしてあの金髪のちびは…お前もしってるやつ」
「え?」
「ファントムに利用されていたヒュプノ能力者だよ。エミリは、あいつをみたから俺は目覚めた」
ブラックファントムから救出した利用されていた能力者、金髪碧眼の十二歳くらいの子供。
あの子が? と僕は思う。
「あいつが俺の同志だったんだ」
昔からあいつは優しい奴で。
利用されてたなんて思い出さなくて良かった。記憶がなくてよかった。と彼は語る。
……あの時からそういえば彼は変だったと僕は思い出していた。
あの対決の時から。
Please don't use this texts&images without permission of ルカ.