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「3人が街にやってくる!」

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「3人が街にやってくる!」(The Children Is comin'To Town)
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「薫ー!まだなんかー!?」
「うーん、もうちょっと、探してみたいんだ・・・」
「寒いし、早く帰りたいんだけど」

 薫たち3人は、寒風の中、休日の公園の中をうろついていた。
 薫の手には、皆本から借りたデジカメ。
 美術の宿題の風景画の題材を探して、薫はあちこちにカメラのレンズを向ける。
 隣町の大きな公園まで足を伸ばしたものの、あまりいい風景に出会えていなかった。

「むう、なんかイマイチだなぁ・・・」
「まぁ、冬の公園なんて枯れ木ばっかやし、常緑樹あってもあんま絵にはならんわな」
「その、ワビサビの心を描きたいんだよ!」
「でも、薫ちゃんの腕じゃ無理かもね、枯山水より枯れ三昧って所かしら?」
「それで上手いこと言ったつもりか?紫穂!」

 憤慨する薫の耳に、子供達の声が聞こえてきた。
 少し先の広場で、小学校低学年ぐらいの子供達が、何やら騒いでいる。

「やーい、やーい、バーカ!」
「おまえ、本当にバッカだな!」

「何や?あれ?」
 葵が目を凝らすと、数人の少年が輪になって一人の女の子を囲んでいる。

 女の子は、しゃがみ込んで泣きそうになっていた。

「あ、あの子ら!」
 葵が気づくと同時に、デジカメが宙に浮いた。
「おっと!」
 紫穂が慌ててキャッチしたが、隣にいた薫の姿は既になかった。

「薫っ!ちょっとォ!」
 瞬時に子供達に向かってすっ飛んで行った薫を追って、葵と紫穂が駆けだした。


 ***


「こらっ!」
 ゴツン。
 薫は、少年の一人の頭をゲンコツで殴った。
「痛っ!何すんだよ!」
「何じゃねえっ!男が女の子を泣かしてんじゃねぇっ!」
「うるさいな、おまえには関係ないだろう!」
「んだと、このガキャ!」

「そーだよ、誰だおまえ?」
「すっこんでな、暴力女!」
 他の少年たちが騒ぎ立てるので、薫は余計にヒートアップした。

「てめえら!ひとまとめで片付けてやろうかぁ!」
「薫っ!ちょっと待ちっ!」
 ようやく追い付いた葵は、薫が振り上げた腕を押さえた。
「薫ちゃん、落ち着いて!」
 紫穂もまた、真っ赤になって怒る薫を落ち着けさせる。

「誰だよ、おまえら?」
 薫が最初に殴った男の子がリーダー格らしかった。
「誰だっていい!とにかく、この子に謝れっ!」
 薫はしゃがみこむ少女を指し示す。

「やーだね、だってこいつバカな事言うからさ」
「バカな事ってなんだ?」
「サンタクロースが本当にいるって、信じてやんの」
 肩をすくめる少年を、葵が睨む。

「そんな事やからって、みんなでいじめるんかっ!」
「うっさい、メガネブス!」
 プチッ。
 葵の額に血管が浮いた。
「ほう、君は飛行機好きか? 何やったら飛んでるとこ間近で見せたろか?」
 
「葵ちゃん、やめなよー」
 紫穂が微妙な口調でたしなめる。

「でも、あなた達、女の子をいじめるのはカッコ悪いわよ?」
 紫穂の言葉に、他の少年が噛みついた。
「うるせぇ、デブ!」
 ブチッ!
 紫穂の表情が豹変した。
「知ってる? 子供の時の心の傷って、大人になっても引きずるのよ?」

「わー!紫穂っ!あんたのはマジでシャレにならんって!」
 慌てて紫穂を止めに入る葵。
 その様子に、薫は大きくため息をついた。

「はぁ、まったく・・・あんたら、あたし達がマジになんない内にさっさと謝りな」
「嫌だね」
「やなガキだな」
 薫たちと少年たちのやりとりの中、しゃがんでいた少女がぽつりとつぶやいた。

「サンタは、いるよ」

 消え入りそうな儚い声だった。

「げひゃひゃひゃっ!」
「こーいつ、まだ言ってら!」
「本当にバカだ、サンタなんかいねーんだよ!」

 少年たちの嘲笑の中、少女はその小さな身体を強ばらせる。

「ちょっと、おまえら、いいかげんにしろっ!」
 薫が強く少年たちを怒鳴った。
 だが、一人の少年が暴言を投げつけた。

「おまえんち、とーちゃんいねーから、サンタなんか来ないんだよ!」

 ピキッ!
 薫の周りの空気が変わった事に、その少年は気付かなかった。

「・・・てめぇ・・・」
 薫の形相の変化に、葵が素早く反応した。

「ヤバッ! アホなんは、あんたや!」
 ヒュパッ!
 無礼な言葉を投げた少年の頭上に、土の固まりが出現した。
 そして、ほどなく少年は土まみれになった。

「うぎゃ!!」
 少年は、服の胸元に蠢くミミズの群れに仰天した。
「うわああああっ!」
 必死に逃げ去る少年、それを見て、他の少年たちも思わず逃げ散って行った。

「ちきしょう、覚えてろよ!」
 リーダー格の少年が、薫に捨て台詞を残して走り去る。

 薫は上がり切りかけた怒りのボルテージを、寸前で押しとどめた。

「・・・ふう・・・葵、ありがと、助かった」
「よう我慢したな、薫」
「なんとか・・・ね」
 葵の肩にもたれかかって、薫は息をついた。

「あなた、大丈夫だった?」
 紫穂は、しゃがんで少女に優しく語りかける。
 こくん、と、小さな頭がうなずく。
 黒い髪のおかっぱ頭。
 白いハーフコートとケープが良く似合っている、可愛らしい面立ちの少女。
 紫穂は少女の目尻に浮かんでいた涙を、そうっとハンカチで拭いてあげた。

「ありがとう」

 ようやく、少女に笑みが戻った。

「まったく、ひでぇ連中だなぁ・・・」
「ほんまや、うちらがおらんかったら、どないなってた事やら」
 憤慨する薫と葵、紫穂は少女を立ち上がらせた。

「あなた、おうちはどこ?」
「あっち」
 紫穂の問いに、少女は小さな手で方向を指し示す。
 そして、紫穂の手をぎゅうっと握り締めた。

「あら?」
「お、紫穂、気に入られたみたいやな」
 葵がその様子に微笑んだ。
 
「いいのかな?」
「いいんじゃない? 連れてってあげよう、放ってはおけないし」
 少し戸惑う紫穂に、薫はウインクを返す。

「じゃあ、お姉ちゃんたちと一緒に行こうか?」
「うん」

 少女の笑みに、紫穂は心を和ませた。


 ***


 パシャ。

 薫は手を繋いで歩く、紫穂と少女の姿をカメラに収めた。
「いいねえ、なんだか姉妹みたいだ」
「珍しい光景やな」
「ちょっと、照れるわね・・・」
 それでも紫穂は、まんざらでもなさそうに少女の手の温もりを感じていた。

「あなた、お名前は?」
 紫穂の問いに、少女はぽつりと答える。

「みのり、佐原みのり」

「へえ、可愛い名前じゃん!」
 薫がみのりの顔をのぞき込むと、みのりは照れた様にうつむいた。

「私は紫穂、でこっちが葵ちゃん、そしてコレが薫」
「おいっ、あたしはコレ扱いかよ!」
「あんた、なんかこの子見る目つきが怪しいからな!」
「いーじゃん、可愛い子は大好きなんだよ!」

 薫たちの賑やかな会話に、みのりは表情をほころばせる。
 やがて、4人は公園を出て、閑静な住宅街に歩みを進めた。

「お、教会だ」
 しばらくすると、木立の向こうに三角屋根に十字架を掲げる教会が見えた。
 薫は、パシャと一枚、写真を撮る。

「あら? どうしたの、みのりちゃん?」
 急にみのりが紫穂を引っ張る様に、早足になった。
「なんや?」
「さぁ?」
 葵と薫も、首を傾げながら後を追う。

 そして、みのりは、はたと立ち止まる。
「ここ」
 そう小さくつぶやいて、上を見上げた。

 真鍮製のアーチが掛かる古風な門構え。
 両脇には細い鉄柵がずらりと居並ぶ。
 その内側には視界を遮るかの様に常緑樹が植えられていた。

 そして、花の彫刻が施されたアーチの中央には十字架。

「え? ここがみのりちゃんち?」
 驚く薫に、みのりは首を横に振る。

「ママが帰ってくるまで、ここにいる」
「あ、そうなんだ」

「来て」
 みのりは紫穂の手を引き、教会の中へと入って行った。
「・・・いいのかな?」
 戸惑う紫穂に、葵は肩をすくめる。
「ま、ええんとちゃう?」
「お邪魔しまーす」
 薫は、おっかなびっくり門をくぐった。

 敷地の中は、意外に広かった。

 落ち葉が舞う小路の先に広場があり、蔦の絡んだ煉瓦造りの聖堂が静かに建っていた。
 さらにその奥に、瀟洒な3階建ての修道院が見える。

 その玄関先で、一人の若いシスターが掃き掃除に勤しんでいた。

「シスター・ローザ!」

 みのりは、シスターに呼びかけた。
 振り向いたシスターは、みのりを見て「あら?」とつぶやいた。

「どうしたの?みのりちゃん、勇太くんたちは?」
「先に帰った」
「あら、まあ、なんて事。後でしっかり言い聞かせなきゃ」

 困った様な表情のシスターだったが、みのりの側に居る薫たちを見て、微笑みかける。

「ごきげんよう」

 たおやかな笑顔だった。

 薫たちは、その優雅な物腰に圧倒された。
「ご、ごきげんよう、ございます!?」
「うわ、めっちゃべっぴんさんやん!」
「こ、こんにちは・・・」

「こちらは、初めてのお客様ね?」
 シスターは、みのりに問いかける。

「みのりを、連れてきてくれた。」
「あら、そうなの? ありがとう、あなた達」

 シスター・ローザは、にこりと薫達に微笑む。

「えーと、あの・・・この、みのりちゃんが公園で(どすっ)」
 薫の言葉を、紫穂は肘打ちで止めさせた。
「げほ、紫穂!何すんだよ!」
「事情が分からないのに、余計な事は言わない方がいいわ」
「・・・わかったよ・・・」
 口を尖らせた薫に替わって、葵が話を取り繕った。

「えーと、このコが一人で公園におったんで・・・ほら、最近何かと物騒やし・・・」

 しどろもどろの説明だったが、シスター・ローザは絶やさぬ笑みで語りかける。

「ありがとう、優しいのね、あなた達」

「え、あの・・・当然の事をしたまでで・・・」
 面と向かって褒められて、薫は何故か赤面した。

「そうだわ、あなた達、もし時間があるならお礼代わりにお茶でもいかがかしら?」
「えっ!?」

「あなた達がここに来たのも、マリア様の思し召しよ、ゆっくりしていきなさいな」

 シスター・ローザの誘いに薫たちは顔を見合わせる。
 みのりはいつの間にか修道院の玄関先にいて、薫たちをちいさな手で招いていた。

「じゃ、まぁ・・・」
「お邪魔してもええんなら・・・」
「ちょうど、身体も冷えてるし・・・」

「じゃ、決まりね、こちらにいらっしゃい」
 シスター・ローザは優雅な身のこなしで、薫たちを修道院に導く。

「失礼しまーす」
 心持ち、緊張しながら薫たちは玄関をくぐっていった。


 ***


 修道院の応接室では、賑やかに会話の華が咲いた。

 シスターとて若い女性とあらば、お喋りは楽しいものなのだ。

「あら、そうなの? うふふ」
 上品な物腰で薫たちと話すシスター・ローザ。

 穏やかな休日の昼下がり、ダージリンが香り立つ部屋の中。
 薫たちも心なしか、言葉使いが丁寧になる。

「みのりちゃんって、ここで預かってはるんですか?」
 葵が、紫穂に甘えた様に寄りかかるみのりを見やる。
「ええ、預かっているのはママさんが迎えにくるまでね。ウチも昔は託児所みたいな
事もやってたみたいだけど、今は子供さんも少ないし・・・たまにこうやって近所の
お子さんをお世話する事は、賑やかになって嬉しいわ」

 シスター・ローザは、目を細めてみのりに微笑みかける。

「それにしてもあなた、紫穂さんとおっしゃいましたね? ずいぶんとみのりちゃん
に気に入られているみたいね、さっきから、ずっとべったりだもの」
「ええ、はい、まぁ、なんだか気恥ずかしいんですけど」
 子供に懐かれる経験など、あまりなかった紫穂は、無邪気なみのりの頭を撫でる。
 みのりは紫穂を見上げ、嬉しそうにニッコリ笑った。

「このコね、無口でおとなしいんだけど、けっこう頑固なのよ。手はかからないんだ
けど・・・その分、言い出したら聞かない事もあって。あ、もしかして、みのりちゃ
ん、勇太くん達とケンカでもした?」

 シスターの問いにみのりは首を振る。

「え?」
 薫が何か言いたげに紫穂を見たが、紫穂も何も言うなとばかりに軽く首を振った。

「そう、ならいいんだけど・・・」
 心配そうだったシスターだが、みのりの様子に特に違和感は感じなかった様だ。

「そういえば、あなた達。写真を撮っていたって言ってたわね?」
 シスターは話題を変えた。
「え、はい、えーと美術の宿題の題材を探していて・・・」
 薫の答えにシスターは、はたと手を打った。

「じゃあ、ウチの御聖堂を撮ってみない?」
「え?」
「古くて趣きがあるって言えば聞こえはいいけど、実はおんぼろなだけ。でも基礎は
明治の代からの物だし、都の文化財にも指定されているから、いい絵にはなるわよ?」
「いいんですか?」
「ええ、存分にどうぞ」

 腰を上げたシスターに導かれ、薫たちは聖堂へと向かう。
 みのりも紫穂と手を繋いで付いて来た。

「うわ!」
「綺麗!」
「へぇ!」

 薫たちは思わず声を上げた。

 手入れの行き届いた聖堂の中は、静寂と神聖さに包まれた清らかかな空間だった。
 外壁は煉瓦造り、内部は木造の聖堂は、高い天井に太い梁が縦横に横たわり重厚な雰
囲気を醸していた。

 縦長の窓から差し込む陽の光。
 整然と並ぶ木製のベンチ。

 そして祭壇には白いマリア像が静かに微笑みを湛えて、薫たちを迎え入れてくれた。

 ふと、みのりが紫穂の手から離れ、マリア像の前まで歩み、その両手を合わせる。

 すかさず、薫はその姿をカメラに収めた。

「信心深いコやなぁ」
「そう、いいコなのよ」
 葵が感心すると、シスターも嬉しそうに頷く。

「でも、やっぱり古いのよね、ここ。改修しようにも修道院も含めて文化財だからあま
り手も加えられなくって・・・オイルヒーターを入れるのが精一杯なの」
 苦笑気味のシスターに、ベンチに手を触れていた紫穂が優しく語る。
「シスター、ここはみんなに愛されているのね、とてもいい気持ちがするわ」
「そう? ありがとう。色々な方が見えられて、色々な物語が流れていって・・・この
町の人々の姿を、いつでもマリア様が見ていらっしゃる。だから、私もここにいるの」

 微笑むシスター・ローザ。
 紫穂は再びベンチに手を置き、ゆるやかな波動を感じると、ゆっくり目を閉じた。

 薫は聖堂の中の写真をあちこち撮りに回る。
 葵は一番前のベンチに座り、じっとマリア像に見入っていた。

 静かな時間だけが、そこにあった。


 ***


「ありがとうございました!」
「ほんま、お邪魔しましたー!」
「みのりちゃん、楽しかったわ」

 陽が傾きかけた頃、薫たちは腰を上げる事にした。

「いえいえ、こちらこそ楽しかったわ」
「・・・」
 笑顔のシスター・ローザだが、みのりは名残惜しげに上目使いで紫穂を見やる。

「良かったら、また遊びにいらっしゃいな・・・あら、そうだわ!」
 薫たちを見送ろうとしたシスター・ローザだったが、何かを思い出した様だった。
 そして玄関脇の小部屋に引っ込み、再び出てきた時に、手にチラシを持っていた。

「あなた達も、来てみない?」
「何でしょう?」
 差し出されたチラシを、葵が手に取った。

「さ来週の土曜日の夜に、クリスマス会があるの。子供たちがたくさん集まるわよ」
「え? でも、ウチらクリスチャンちゃうし・・・」
「大丈夫、私たちのマリア様は心が広いから、気にしなくていいわ。それにパーティー
は大勢の方が楽しいから。この日だけは無礼講よ」
 薫たちに目配せして、シスター・ローザは微笑んだ。

「はあ、まぁ、それじゃ頂いときます」
 葵は貰ったチラシを丁寧に折り、ポケットにしまい込む。

『それじゃ、本当にありがとうございましたー!』

 シスター・ローザとみのりに見送られ、薫たちは教会を後にした。

 夕暮れの公園の中を歩きながら、葵と紫穂は先ほどまで過ごしていた時間を語る。

「ほんま、なんかあそこだけ空気ちゃうかったな」
「確かに、清浄な雰囲気はああいった施設の独特なものね」
「お茶とお菓子も美味しかったし」
「ええ、心が込められていたって感じ、心地よかったわ」
「あんたがそう言うんやったら間違いないな・・・って、薫、どないしたん?」

 葵は、さっきからずっと黙ってデジカメに写した写真を眺めている薫を見やった。

「・・・うん。まぁ・・・」
「どうしたの? 薫ちゃん?」
 顔を覗き込む紫穂に、薫は歩きながら呟いた。

「・・・あの、さ・・・」
「ん?」
「さっきの、見せて・・・」
「さっきのって?」
「・・・貰ったチラシ」

「ああ、コレかいな」
 葵はポケットからチラシを取り出し、薫に渡す。

「聖フローレンス教会、クリスマス会。ね」
 紫穂は薫が拡げたチラシを読んだ。

 手書きの素朴な文字とイラストが添えられたチラシ。
 そこはかとない温かさが感じられる一枚。

「あのさ。あたしらって、クリスマスの過ごし方ってどうだったと思う?」
「何やな、唐突に」
 薫の急な問いに葵は「そやな」と思いを巡らした。

「去年は・・・任務待機でバベル本部におったな」
「その前は、私たちの部屋で無理言って、皆本さんを困らせてたっけ?」
 紫穂も思い出を重ねる。
「まー、なんやかんやで最近はそれなりに過ごしてるんとちゃう?」

「あたしらが、みのりちゃんぐらいの時ってさ・・・」
 独り言の様に薫は語る。
「ずっとさ、バベルの人たち、大人と過ごしてたじゃん」
「そやな。色々と気ィ使こて貰てたわな」
「ま、腫れ物扱いみたいでもあったけど」
 紫穂は思い出して苦笑した。

「あたしら、学校行ける様になって、色んな同年代の友達と巡り会って楽しいじゃん」
「そや、めっちゃ楽しい」
「考え方も、色々変わってこれたわ」

「でもさ、あの頃には戻れないんだよな・・・」
 薫は物寂しげに空を見上げた。

 一番星がキラリ、紅色の空に浮かんでいた。

「ひねくれてて、バベルの人たちを困らせてた時期もあったし・・・」
「ま、若気の至りって奴かな?」
「葵ちゃん、もうおばさん気分?」
「失礼やな! ウチかてあの頃の事は少しは反省してんねんで!」
 くすくす笑う紫穂に、葵がぷんすか怒る。

「・・・今からでも、ちょっとぐらい取り返せないかな?」
「何? 薫ちゃん、クリスマス会に行きたいの?」
 紫穂の問いに薫は素直に答えた。
「まぁね、みのりちゃんぐらいの子供らと遊ぶ機会もなかったし、面白そうとだ思って」
「いいんじゃない?」
「そや、行ってみるか!」
 紫穂と葵も、すかさず同意した。

「うん、そだね・・・あ、そう言えば紫穂!」
「何?」
「さっきさ、みのりちゃんがいじめられてた事、なんで言わなかったんだ?」
「ああ、その事ね・・・うーん・・・」
「何や、歯切れ悪いなぁ」
「実はね・・・」

 紫穂は、ふっとため息をついた。
「みのりちゃん自身が、いじめられたとは思ってなかったからよ」

「え? あんた、みのりちゃんの心を透視したんか?」
 驚く葵に、紫穂は首を振る。
「ううん、違う。あのコ、ずっと私の側にいたでしょう?」
「ああ、べったりだったもんな」
「その時にね、彼女の思考がずっと伝わってきてたの、勇太君たちは悪くないって。ね」
「どういうこっちゃ?」
「シスターが言ってたじゃない、みのりちゃんはけっこう頑固だって」
「・・・そう言えば・・・」
「彼女、あの男の子たちに可愛がられてはいるの、でもあの時だけはサンタの話で頑固
に言い張るものだから、あんな感じになっちゃったみたい」
「それにしては、ひでえ言い様だったぞ?」
「男の子たちも、引っ込みが付かなくなっただけ。で、その原因は自分だから勇太くん
たちが悪いワケじゃないって、ずーっと話しかけてくる様な思考が来てたわ」

「みのりちゃんって、エスパーなんか? テレパスとか?」
 葵の疑問にも紫穂は首を振る。
「違うわ、でも彼女、すごく感受性が強いのは事実。ただ今はそれを言葉にしたり行動
に示すのが上手くないだけ」
「えらい無口なコやったもんな」
「でも、きっかけがあればいつかは発露しそう、いい方向でね。きっと彼女、女優とか
歌手になる可能性は秘めている。だって、さすがの私も疲れるぐらいお喋りだったもの」

「そっかー。あの年にしてしっかりしてたんだな」
 薫はみのりの姿を思い浮かべた。

「そうだっ!」
「うわ、急に大声出しなや、薫!」
「あたしらがサンタになろう!」
「は?」
「あたしらが、みのりちゃん達のサンタになって、クリスマス会を盛り上げようよ!」
「どうしたの?」

 急にテンションの上がった薫に、葵と紫穂は戸惑う。

「だから、どうせ楽しむなら徹底的にやろうって事!プレゼントとかも用意して!」
「ほう、ザ・チルドレン・プロデュースってワケやな」
「そうね、楽しければそれに越した事はないわね」

「プレゼントもあたしらで作ってみようよ! 世界に一つだけのレア物だぜ!」
「おお、なんか急にやる気になっとんな、薫」
「そうね・・・」
 と、紫穂はチラシを手に取り、情報を透視した。

「去年の参加者は15人から20人ぐらい、保育園児から小学生ね、男女比率は半々。
シスターたちだけでなく保護者もいる。けっこう賑やかな様子だわ」
「小物ぐらいなら、さ来週まで用意出来るかもな」

「よっしゃ、いっちょやるか!」

 と、突然、薫は駆けだした。

「ちょ、薫! 何処行くねん!?」
「材料の買い出しー!」
「薫ちゃん! その前に美術の宿題はー!?」

「葵の、写させてー!」
 満面の笑顔で叫びながら走る薫を、葵と紫穂は慌てて追う。

「アホか、薫ー! 美術の宿題どないして写すねん!」


 ***


「ふう、やれやれ、ただいまー」
 皆本が疲れた身体を引きずって自宅に帰ってきた。
 年末ともなると、余計な雑事が色々と重なるのが役所というものだ。
 毎年の事ながら、皆本もうんざり気味に残業の毎日となっていた。

 ペタペタとスリッパを鳴らしながら、チルドレンの部屋の前まで来た皆本は目が点に
なった。

「何だ?こりゃ?」

 ドアには「入るな!」「覗くな!」「御意見無用!」などと大書された貼り紙があち
こちに貼られていた。

「また何かやってるな・・・?」
 皆本は軽くため息をつくと、ドアのノックをして声を掛けた。

「おーい、君たち、何をやってるんだー?」

「うわ!皆本ォ!?」
「えっ、もうこんな時間なんか?」
「わ、薫ちゃん、気を付けて!」

 途端に騒がしくなる部屋の中。
 皆本は肩をすくめた。

「君たち、ご飯は食べたのか?」
 皆本は、そう言いながらドアノブに手をかける。

「わ!皆本!入ってくんなっ! 入ったら死刑だかんな!」
「死刑って・・・」
 薫の慌てた声に、皆本は呆れる。

「まったく、何をしているのかは分からないが、ちゃんとご飯は食べないとダメじゃな
いか、今日も遅くなるって言ってたはずだ」
「ごめんなさい、皆本さん」
「ウチらも、気ィ付いたらこんな時間になってたんや」
 珍しく神妙に謝る紫穂と葵。

「とにかく、何かやってたならさっさと片づけて来い。すぐに用意するから」
「はーい!」
「・・・こんな時だけ素直なんだな、あいつら・・・」
 皆本は、苦笑しながらもキッチンに向かった。

 いつもより遅い夕食は、いつもと違っていた。
 大抵、わいわいとお喋りしながらの食事となるが、何故か今日のチルドレンは黙々と
箸を進め、さっさと食べ終えると、片付け当番の薫を残して早々に部屋に戻って行く。
 そんな様子を、皆本が訝しがらない訳がなかった。

「君たち、何をやってるんだ?」
「何だっていいだろう、皆本には関係ない!」
 カチャカチャと皿洗いをしながら薫はそっぽを向く。
「そうかい、でもあまり遅くならない様にしろよ?」
「言われなくても分かってるっ! もう中学生なんだから分別ぐらい付くってば!」
 薫は、自分に振り分けられた片付けを済ませると、部屋に向かおうとした。
 が、急に振り向いて皆本に言い含める。

「いいか、皆本。これからしばらく絶対に部屋に入ってくんなよ! 掃除とかもあたし
らでやるから、入るんじゃねーぞ!」
「はいはい、分かったよ。死刑は嫌だからな」
「おしっ!」

 呆れ顔の皆本を尻目に、薫は妙なテンションで部屋に向かう。
「ま、悪い企みじゃなさそうだな・・・」

 皆本はやれやれといった風情で薫を見やった。


 ***


 そんな日が、しばらく続いたある日の夜。

 その日は早朝から「ザ・チルドレン」に緊急任務が入り、無事に事件は解決したもの
の検査の後に学校に登校、昼休みに影チルと入れ替わって授業を受けるという慌ただし
い一日となった。

 あくびをかみ殺しながら学校に向かうチルドレンを見送った皆本は、事後処理と報告
書の作成などの事務、検査の解析に忙殺され、ようやく自宅に帰った時には既に午前様
となっていた。

 部屋の灯りは消えていた。

「おや? あいつらもう寝たのかな?」
 皆本も疲れてはいたので、そう深く考えずにチルドレンの部屋を通り過ぎ、ダイニン
グに足を向けた。
「あれ?」
 皆本は、首を傾げる。
 食事をした気配がないのだ。
「あいつら、外食したのかな?」
 だが、冷蔵庫を開けると薫がデザートに所望し、昨日買っておいて食べるのを楽しみ
にしていたはずのプリンが3個そのまま残っていた。

「・・・まったく、何やってんだか・・・」
 皆本はつぶやきながらチルドレンの部屋に向かい、そのドアをノックした。

「おーい、君たち。ちゃんとご飯食べたのかー?」
 問いかけるが返事がない。
「おーい! 入るぞー!」
 もう一度、声を掛けてから皆本はドアを開けた。
 最悪、薫のサイコキノは食らうだろうな。と覚悟しながら。

 部屋の中は真っ暗だった。
 皆本は灯りのスイッチを付けた。

「うわ、なんだこりゃ!?」
 部屋の中はカラフルな毛糸や布地が散乱し、出来上がったらしいフェルト細工の人形、
毛糸の帽子やミトンの手袋などがチルドレンの机に並べられていた。

 そして当のチルドレンはベッドにもたれかかり、仲良く寄り添う様に眠っている。
 その寝顔には、まだ幼さが残り、子供っぽさが浮き出ていた。

「・・・やれやれ・・・」
 皆本は軽く微笑むと、真ん中で寝ていた薫の鼻をつまんだ。
「こら、起きろ、風邪ひくぞ」

「・・・んがっ!」
 ガバッ。
 ゴチッ。
「あいたっ」
「いったーい」

 びっくりして飛び起きた薫。
 薫を支えにしていた葵と紫穂は、互いに頭をぶつけて目を覚ました。

「・・・へ!?」
「ダメじゃないか君たち、ちゃんとベッドで寝てなきゃ」
「・・・うわ、皆本っ! 部屋に入るなって言っただろ!」
 憤慨する薫に、皆本は微笑んだまま答えた。
「君たちの健康管理も僕の仕事だ、それに、掃除はするはずじゃなかったのかい?」
 辺りを見回す皆本は、足元の端切れをつまみ上げた。
「そ、それは・・・掃除は全部終わった後にする予定なんだよ!」
 慌てて皆本の手から端切れをひったくる薫。

「・・・で、何をやってるのか、聞いてもいいかな?」
 優しく微笑む皆本に、チルドレンは顔を見合わせる。

「・・・ちぇ、仕方ないか・・・」
「ま、見られてしもたしな」
「悪いことしてる訳じゃないし」

「あー、もうっ! 笑うなよ、皆本!」
 半ばヤケ気味に薫は、あの日の出来事を語り始めた。


 ***


「なるほど、で、君たちが子供達のサンタになってあげようとしてたのか」
 皆本は教会のチラシを手に、薫の話を聞いた。
「そして、今度の土曜の夜に、クリスマス会に参加しようという訳か」
「ま、そーゆー事!」
 何故か腕組みをしながら、得意げに話す薫。

「で、これが君たちが作ったプレゼントって事なんだな?」
 皆本は机に置かれていたニット帽の一つを取って眺めた。
「良く出来てるじゃないか」

「そらそや、ウチがデザイン担当で・・・」
 葵はスケッチブックを取り出して見せる。
「私が編み棒やハサミ、針の動きのトレース・イメージを薫ちゃんにこうやって伝えて」
 紫穂は薫の肩を掴んで見せた。
「で、あたしが作って仕上げるって段取り」

 薫が指で宙を示した。
 すると、空中に浮かんだ茶色のフェルト生地が自在に回り、同じ様に浮かんだハサミ
が器用に動いて、見る間に丸い円盤が二つ出来上がると、今度は針と糸がそれを縫いつ
けるや、くるりと裏返って小さな饅頭みたいな物が一つ、皆本の手のひらの上に落ちた。

「これは?」
「後は中綿入れて、目鼻口つけたら、クマの人形の頭になんねん!」
 葵が綿を手に、嬉しそうに笑う。
「へえ、なるほど。これはいいな」
 感心した皆本はチルドレンを見渡す。
「こんなにいい事してるのを、どうして隠してたんだ?」

「それはその・・・こんなのって、あたしらのキャラじゃないかなって思って・・・」
 薫はそっぽを向いて照れた。
 その薫の頭を、皆本はくしゃりと撫でた。
「わ、皆本っ! 何すんだ!」
 慌てた薫に、皆本は笑う。
「ははっ! キャラがどうとかは関係ないよ。でも僕は嬉しく思う、君たちが人の心に
感じ入り、その気持ちに応えようとしてくれている事にね。」
 
「皆本・・・」
「皆本はん!」
「皆本さん」

「君たちがやろうとしている事は、とても大切な事だよ」
 皆本の眼差しは、とても優しい。
「誰かに命令された訳じゃなく、自主的な判断と行動は、情操的な精神コントロールに
いい刺激と影響を与える。教えてもらうんじゃなく、自らの学ぶ心が育つ、いい機会だ
と思うよ」

 そして、チルドレンそれぞれの頭を撫でる。
 褒められて、嬉しそうなチルドレンは頬を染めてはにかんだ。

「だーが、だからと言って、無理するのは良くない。今日は忙しかったから君たちも疲
れていたんだろう? 育ち盛りの君たちが食事を抜くという事は、身体の健康バランス
が崩れる原因にもなる。その点だけは、感心できないな」
 皆本の眼は、今度は厳しい現場運用主任のそれだった。

 ぐうの音も出ないチルドレンは、黙りこくってしまう。

「・・・ふう・・・君たち、約束してくれるか?」
「何を?」
 薫が恐る恐る問う。

 皆本はチルドレンを見渡して告げた。

「当日まで、きちんとした生活は守る事、時間をうまくやりくりしながら計画的に事を
進めて行くんだ。それは君たちを信じて任せよう!」
「皆本!」
 チルドレンの瞳が、見る見る輝き出す。

「もちろん、急な出動などが予測されるが、それは僕がサポートする。残念だが僕も忙
しいからプレゼント作りは手伝えないが、出来るだけの事はしようと思う」

「皆本っ! ホント!?」
「ええのん? 皆本はん」
「ありがとう、皆本さん!」

「え!? うわっ!」
 勢いづいたチルドレンに抱きつかれ、皆本は床に転がってしまった。

「まったく、君たちは・・・今夜は軽く雑炊にしてやるから、早く食って寝ろ!」

『はーい!』

 チルドレンはにこやかに笑ってハモった。


 ***


 そして、クリスマス会当日。
 幸いにして、その日までは大きな事件もなく、チルドレンは手際良くプレゼントの用
意を済ませる事が出来た。
 学校が終わってから、急いで帰宅したチルドレンは残っていた仕事、自分たちの衣装
作りに余念がなかった。

 やがて陽が傾き、宵のうちとなった頃・・・

「出来たっ!!」
 薫が衣装の最後の一針を打ち、バンザイの姿勢でベッドに仰向けに寝転がった。

「ギリギリやったな」
「でも、いい出来になったと思うわ」
 葵と紫穂も、軽く息をついて満足げに微笑む。

「さーて、これからが本番だぜ!」
「ほいな」
「いよいよね!」

 と、チルドレンが顔を見合わせた時。

「ただいまー」
 玄関先で皆本の声がした。

「あれ、皆本?」
 薫が不思議そうに呟きながら、玄関まで走った。
 葵と紫穂も、後に続く。

「皆本ー! 今日は早いな!」
「残業とちゃうかったん?」
「皆本さん、確かまだ仕事が!?」

 口々に問うチルドレンに、皆本は苦笑する。

「何だ? 僕がこの時間に帰るのが、そんなに不思議か?」
 ガサリ。
 膨らんだスーパーの買い物袋が、皆本の傍らで音を立てる。

「すごい荷物、どうしたの? 皆本さん」
 紫穂は、袋を手に皆本に問う。
「ああ、僕も約束したろ、君たちをサポートするって」
「そやけど、これ何や?」
 葵も、荷物運びを手伝う。

「仕事を終えたサンタクロースを、もてなす用意さ」
「え!?」
 薫は驚く。
「温かいの、作っておくからな」
 皆本はにこやかに笑う。
「それに、僕がいないとリミッターも解除出来ないだろ?」

『へ?』
 チルドレンの目が点になった。

「準備ができたら、リビングに集合しろ。実地訓練として申請しているから、存分に
子供達を楽しませてやれ、いいな?」

 皆本の珍しい悪戯っぽい笑顔に、チルドレンは心躍らせた。
『了解!!』

 
 ***


「ザ・チルドレン、サンタクロース・ミッション! 解禁!!」

 皆本がリミッター解除のボタンを押すと、チルドレンの全身に力がみなぎり、気合い
の入った表情にあふれた。

「うおっしゃー! いっちょ行ってくっかー!」
「やっぱ、気合い入るなー、コレ」
「コンディションも、バッチリね」

 プレゼントの入った大袋をひょいと担ぎ、薫はベランダから外に飛び出た。

「んじゃ、皆本! 行ってきまーす!」
「ああ、張り切って行ってこい!」

 ヒュパッ!

 葵のテレポートで、チルドレンの姿がかき消えると、皆本は腕を振るう為にキッチン
へと向かった。


 ヒュパッ!

 薫たちが再び姿を現したのは、聖フローレンス教会の聖堂の真ん前だった。

「さぶっ!」
 底冷えのする外気に、葵は身を震わせた。
「早く、中に入れて貰おうよー」
 紫穂も身をよじって皆を促す。
「せやせや、早よ行こ」
 
「なんだよー、意気地ないなー、二人とも」
 大袋を担いだ薫は口を尖らせる。
「さぶいモンはさぶいんや、行くで、薫!」
「はいはい、んじゃー・・・」
 ひょっ、と薫は身を浮かせる。
「・・・どこ行くねん、薫?」
「どこって、煙突だけど?」

 真顔で薫は修道院の屋根にある煙突を指さした。

「アホか、あんたは!」
「えー! サンタは煙突から入るのが鉄則だろう?」
「薫ちゃん、そっちは修道院よ、パーティーは聖堂でやってるじゃない」
 紫穂の言う通り、修道院の灯りは落とされ、賑やかな気配がするのは聖堂の方だ。

「えー、でも!」
「えー、やない、アホ言わんとさっさと行くで!」
「ちぇ、つまんないな」
「煤だらけになりとうないやろ?」
 葵の言葉に薫は渋々地に足を下ろす。
「サンタの気分になりたかったなー」
「今から、サンタになるんでしょ?」
 紫穂が薫の腕を取って、聖堂まで歩き出した。
 ずるずると引きずられて行く薫は、まだ名残惜しそうに煙突を見やっていた。


 ***


「どうだ?」
「ええ、丁度いい頃合いだと思うわ」
「ほな、行くで!」

 聖堂の扉に手を当て、様子を探った紫穂がゴーサインを出した。

 薫は木製の重厚な扉を一気に開け、声を張り上げる。

「メリー・クリスマス!!」

 賑やかなクリスマス会に、3つの華が飛び込んで行った。

 パン!
 パパン!
 パン!!

『メリー・クリスマス!! ようこそ! サンタクロースさまっ!!』

「うおぁっ!」
 大勢の子供達から、歓迎の言葉とクラッカーが薫たちの頭上に降り注いで来た。
 驚いた薫は、全身に紙テープを絡めたまま奇妙な格好で固まってしまった。

 思いがけない歓迎パターン、驚くのは子供達のはずだったのに。
 子供達は、拍手で薫たちを迎え入れてくれていた。

「な、なんや!?」
「どうして?」
 葵と紫穂も訳が分からず困惑する。

 やがて拍手が収まると、中央の通路から車いすに座った老シスターが現れた。
 車いすを押していたのは、シスター・ローザだった。

「ようこそ、サンタクロースさま。お待ちしておりました」
 老シスターが手を差し出して来たので、薫はひざまずいてその手を取った。
「マリア様のお導きで、今宵のお目見えと頂いた事を感謝いたします」
 老シスターは、薫の手を両手で包み込んだ。
「あー、いえ、こちらこそ・・・お邪魔します」
 手のひらの温かさに戸惑いながら、薫もしどろもどろに返事をする。

「あなた達だったのね?」
 シスター・ローザが、葵と紫穂に微笑みかける。
「え、なんでウチらが来る事を?」
「先ほどね、電話があったの。サンタクロース支援研究局って所から、3人ほどサンタ
を送り込みますが、びっくりしないで下さいってね」
「何そのサンタ・・研究局て?」
 葵が目を白黒させていると、紫穂が気付いた。
「あ、きっと皆本さんだわ」
「え? 皆本はんが!?」
「多分、そうだと思う」

「そしてね」
 シスター・ローザは話を続ける。
「そのサンタたちは魔法を使えますが、加減は心得てますので、ご心配なき様にとの事
ですって」
 くすくす笑うシスター・ローザ。

「やっぱり皆本さんだ」
「みたいやな。魔法か、言い得て妙かもな」

「なにぶん、古い所ですが、存分にお楽しみ下さいな」
 老シスターは、薫に柔らかい眼差しを送り、たおやかに微笑んだ。
「はい、ありがとうございます!」
 その純粋な瞳に、薫は真っ直ぐに応える。

 そして、ゆっくり立ち上がると葵と紫穂にウインクする。

「行くぞ!」
「おう!」
 
 ひゅっ!
 薫は子供達の輪から宙に飛び出し、くるりと一回転するとそのまま留まった。

「うわあっ!」
「すげー!!」
「凄い!」

 子供達だけでなく、付き添いの保護者の間からも感嘆の声が漏れた。

「Its a Showtime!!」

 薫の満面の笑顔が、はち切れんばかりに輝いた。

「じゃ、まずはプレゼント大盤振る舞い!!」
「わあっ!!」

 その言葉に、一気に子供達も笑顔になる。

 そして、心得たとばかりに葵が大袋を放り投げた。

「よい子のみんなに、サンタからの世界に一つの贈り物だ!」

 薫が指先で突くと、音もなく大袋が弾け、中身が宙に舞う。

「葵っ!」
「よっしゃ!」

 ヒュパッ!
 ヒュパッ!
 ヒュパパッ!

 瞬時に子供達それぞれにプレゼントが行き渡る。
 帽子は頭に、手袋は手に、マフラーは首に、人形は胸元に。

 歓声が沸いた。
「わっ!」
「可愛い!」
「温かい!」

 心のこもったプレゼント。エスパーでなくともその気持ちは伝わるはずなのだ。

「へへん!」
 得意げな薫は、次に子供達の何人かをそっと浮かせた。

「わわっ!」
「うわっ!」

「美少女サンタの、空中遊泳ショー!!」
 薫のかけ声で、子供達がゆっくり宙をまわり始めた。

「わー、すげー!!」
「ねーちゃん、次オレー!」
「はいはい、順番な!」

 薫の元に子供達が集まり始めた。

「ウチらもやるか」
「そうね、盛り上げよっか」
 葵と紫穂もハイタッチで気合いを入れた。

 と、子供達の中からみのりが飛び出してくるや、どすんと紫穂に抱きついてきた。
「あらあら」
「さっそくモテモテやな」
「みのりちゃん、一緒に遊びましょ」
 こくりと、小さな頭がうなずいた。


 ***


「じゃ、右のコップにコイン入ったな。ほんで、こう左のコップと入れ替える。ほなコ
インはどっちや?」
「左側!」
「ちゃうねん、あんたのズボンの右ポケットやねん」
「えー!? あれ、本当だ!?」
「よう見とかなあかんで、君」
 葵はテーブルマジックの振りをして、子供達を混乱させて楽しんでいた。

 紫穂はみのりの他にも小学生女子に囲まれている。
「あなたが探しているペンダント、お母さんの茶色のバッグに入っているわ、帰ったら
見てごらん」
「わー、お姉ちゃんすごい!」
「次、私ー!」
「はい、あなたはどうしたの?」
「あのねー! 占って欲しいの!」
 にわか占い師は、にこやかに少女の手を取った。

 聖堂の中は、これまでにない賑わいを見せていた。

 見守るシスター達、保護者達の視線も自然と温かい。
 
「シスター・ローザ」
 車いすの老シスターが、そっとささやいた。
「はい、院長さま」
「あの子たちは・・・いい子たちね」
「はい、私もそう思います」
「あの子たちは・・・サンタさまと言うより・・・天使さまかも知れないね・・・」
「ええ、私もそうあれば、と願っております」
 すると、院長シスターは、そっと手を合わせて3人それぞれの方向を向いて拝んだ。
 シスター・ローザは、その姿を見て、マリア様に今宵の出会いを心から感謝した。

 薫の空中遊泳ショーは、男の子に人気だった。
 ひっきりなしにせがまれ、様々に子供達を宙に浮かべる。
「こらこら、おまえ3回目だろう!」
「いーじゃん、ケチケチすんなよ!」
「おまえなぁ・・・っと」
 薫は視線の端に、そっぽを向いて隅にいる一人の少年を見つけた。

「ははーん。あいつだな?」
 薫はひょいと指先を動かした。

「うわわわわわあ!」
 少年を、目の前まで引っ張ってきた薫は、不敵に笑う。
「よう、また会ったな」
 あの日、公園でみのりをはやし立てていた少年だった。
「おまえ、勇太っていうんだって?」
「えっ! どうして俺の名を・・・!?」
「サンタさまはな、何でもお見通しなんだよ」
「ウソつけ!」
「覚えてろって、言ったのおまえの方だぜ?」
「・・・うるせえ!」
 勇太は、ふくれっ面でそっぽを向いた。

「つか、降ろせよ!」
 空中でもがく勇太に、薫はちっちっと指を振る。
「やだね、おまえさんにはちょいと用事がある」
「何だよ?」

「おーい、紫穂ー!」
 薫は、数列向こうのベンチで女の子に囲まれている紫穂を呼んだ。
「なーにー!?」
「ちょっと、みのりちゃん貸してー!」
「分かったー、待っててー!」

「ちょ、おまえ!?」
 慌てる勇太を、薫はふふんと鼻で笑う。

「いーよー、みのりちゃん、そっち行ったよー」
 通路をてててと駆け寄るみのりを、薫はふわりと宙に持ち上げた。
 みのりは慌てる様子もなく、そのまま勇太と空中で顔を付き合わせる事となった。

「おまえ、この子に何か言う事あんだろ?」
「ねえよ、んなもん!」
 ふわふわと浮いたみのりは、ミトンの手袋を首からぶらさげていた。
 勇太は手にニット帽を持っている。
 もちろん、薫たちからのプレゼントのそれだった。

「・・・サンタ、いるよね・・・」
 みのりは、じっと勇太に向いて静かに言った。
「・・・こんなの、サンタじゃねぇよ!」
「サンタ、だよ」
「・・・・・・・」
 みのりは勇太から、視線を外そうとはしない。
 
「さすが、みのりちゃん、その調子その調子」
 愉快そうに薫は微笑む。

「・・・分かったよっ!」
 みのりの視線に耐えかねたのか、勇太はぐらりと頭を下げた。
「ごめん、この間は言い過ぎた。で、置いてけぼりにして、ごめん」
「うん、大丈夫。もう平気」
 みのりはそっと手を伸ばして来た。
「へ?」
 どうしていいか分からない勇太が慌てる。
「あのな、こーゆー時は、こーすればいいんだよ!」
 薫は勇太とみのりの間をぐっと縮めた。
 自然、握手の体勢となる。
 勇太は、渋々みのりと握手する。

「ほい、和解成立な、もうみのりちゃんいじめんなよ?」
「分かったから、もう降ろしてくれ!」
「もう一つ、マリア様にも誓うんだな!」
 薫はマリア像の前まで勇太を導いた。

 白いマリア像の微笑みに、勇太は強く手を合わせて誓いを捧げる。
 
「よし、これで懺悔終了!」
 満足げに薫はみのりを紫穂の元に返し、空中遊泳ショーの続きを始めた。

 そして、楽しい時間ほど、過ぎるのは早い。

 クリスマス会の締めは、全員合唱の「もろびとこぞりて」だった。
 大人も子供も全員が手を繋ぎ、シスターのオルガンの伴奏で、皆が歌い出す。
 薫たちも、心地よい雰囲気に身を委ねて、聖堂に響き渡る歌声を堪能した。

 あっという間に夜も深まり、幼い子がそろそろ帰り支度をしようとしている。
 はしゃぎ疲れた子供達は、ベンチで居眠りまでしていた。

 薫たちは院長シスターに挨拶に向かった。
「今夜は、お招きありがとうございました。とても楽しかったです」
「こちらこそ、子供達の喜ぶ顔が見られたので、嬉しく思います、よろしければ何かに
つけ、こちらにそのお顔をお見せ頂ければより嬉しいと心から思います」

「あなた方にマリア様のご加護がございますように・・・」

 院長シスターは薫たち3人の頭を撫で、固い握手で見送ってくれた。

 それでは、と帰ろうとしていた紫穂の前に、みのりとその母親らしき女性が現れた。

「あの、貴方が紫穂さんでしょうか?」
「はい、そうです」
「ウチのみのりが大変ご迷惑を掛けたみたいで」
「いえいえ、楽しい時間を過ごさせて頂いたのは同じです、また機会があればお会いす
ることもあるでしょう、ね、みのりちゃん!」

 みのりは力強く頷く、その強い意志があれば多少の事で凹んだりはしないだろう。
 既に大物の片鱗をみせている、彼女の未来は見て見たい気がする。

 母親に手を引かれ、みのりはちょこんと頭を下げる。

「またね、みのりちゃん」
 手を振る紫穂の言葉に、みのりは頬を染めた。

 
 聖堂から一歩出ると、風が少し強くなっていた。
「うー、さぶっ、早よ帰ろ」
「そうねえ、皆本さんも食事の準備してくれている事だし」
 葵と紫穂が早々に帰ろうとしているのに、薫だけは動作が遅い。
「薫、早よ帰るで」
 
「ちょっと、待って」
「何を?」
「やっぱりさ、一回だけ試してみたいんだよ。煙突から、こんばんわ」
「まだ言うとる、ほんまもんのアホや」

「今のあたしらレベル7じゃん、やって出来ない事はないはず!」
「レベル7でもあかんモンはあかん」
「薫ちゃんってば、もう!」

 にやり。
 葵と紫穂が必死で止めようとする姿に、薫の悪戯心がむくりと芽を出す。

 そして、弓張月をバックに星空にそびえる煙突を見やった。

「サイキックー・・・ サンタクロース! カムバッーク!!」

「行っけー!」
「うわっ!」
「ちょっ!」

 薫を先頭に黒い影が3つ、空に舞った。


 ***


「・・・で、どうするの?」
 紫穂がジト目で薫を見る。
「・・・あんた、ほんまにドアホや!」
 葵の罵声にも力が入る。
「あっれー? おかしいな? 力加減間違った?」
 薫は首を傾げ、辺りを見回す。

 修道院の屋根。
 煉瓦で出来た頑丈な煙突の出口に、薫たちはすっぽり嵌り込んでいた。

 それはもう、ものの見事に。

 一人ずつ煙突の中に入り込むはずが、何の弾みか3人同時に突っ込んでしまった。

 その結果の有様だった。

 

 じたばたする薫に、紫穂と葵が冷たーい視線を送る。

「でぇーいっ! ぐぐぐっ!」
「痛たたたたっ、薫、擦れとる擦れとる!!」
「薫ちゃん、暴れないでよ!」

「だぁっ! 仕方ないだろ! つか葵、おまえが先にテレポートで出ろよ!」
「いやや、あかん、あんたが暴れるさかい煤がいっぱい舞い散っとるんや。再構成した
時に、バニラビーンズ入りのカスタードクリームみたいになりとうないもんっ!」
 葵はそっぽを向く。
「ふぐぐぐっ! 抜けねえ・・・紫穂、おまえ太ったろ? ケツがでかいぞ!」
「失礼ねぇ、成長期と言ってよ。 ま、あなたの頭は成長してないみたいだけど?」
「んだとォ! てめ、やるかっ!」
「痛たたたっ! せやから暴れるな言うとるやろ!」
 腕を振り上げて抗議する葵。

「とりあえず、なんとかーーーーー!! 抜けねぇ・・・仕方ねぇ、ぶっ壊すか?」
 手に力を集めようとした薫を、紫穂が制する。
「ダメよ、ここは文化財なんだから、壊したら始末書どころじゃなくなるわよ?」
「せや、せっかくお膳立てしてくれた皆本はんにも、申し訳たたんやろ?」

「じゃあ、どうしろって言うんだよー!!」
 薫は夜空を仰いで嘆いた。

「はあ・・・」
 紫穂は力なくため息をつく。
「薫! 暴れるなっちゅうねんっ!」
 葵の抗議も語気が強くなる。
「ぐぐぐぎぎ、はんぐぐぐぐぐっ」
 薫は精一杯身体を引き抜こうとするが、どうにも埒が明かない。

「みーなーもーとー! たーすーけーてー!!」

 薫のむなしい叫びが夜空に響く。

 そんな様子を、澄んだ月と満天の星たちが優しく静かに見つめていた。 
 
                                 (おしまい)
________________________________________




 すいません、すいません。正月も過ぎたと言うのに、今頃クリスマスネタですいません。
 ・・・どうも、松楠です。
 えー、実はこのネタは「六条一馬氏による、12月分TOP絵」のサンタ・チルドレン
をモチーフに、勝手にストーリーを構築してみたモノです。
 思いの外、長くなってしまったのと、遅筆、時間の都合などですっかり遅れてしまい、
こんな時期になってしまいました。
 もしよろしければ、時間を巻き戻した感覚で読んでやって下さい。

 で、六条一馬さま。勝手にイラストをモチーフにしてすみませんでした。
 怒られないストーリーにしたつもりですが、どうでしょうか?

 では、これにて失敬・・・そそくさ・・・。

                                 松楠 御堂 拝

 P.s イラストの挿絵使用許可と、挿入方法を教えていただいた六条さまと、とーりさま
   に、感謝いたします。華が出来て、とても嬉しいです!

 

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