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午後のひととき(番外2)

 最初に、本作は当投稿掲示板に掲載されたルカ様の「男のロマン」を起点にした作品になっており、それを知っている事が前提になっています。
 もしその作品をお読みでないのなら、先に読む事をお勧めします。




男のロマンとはなんだろうか?
 それは色々ある。
 間違いない。色々あるのだ!
 まあその一つは車であろう。




翻って、女のロマンとはなんなのかしら?
それも色々ある。 

『女にあるのか、そんなも‥‥』
『シャラップ!!』

間違いない。色々あるわ!
まあその一つは‥‥




「さてと」賢木はデスクのコンピュータをシャットダウンする。

時間的には午前の就業が終わり昼休みの時間だが”泊まり”明けになった関係で勤務時間が今をもって終わりとなったのだ。

‘さて、これからどうするか? 昼下がりの情事も悪くないんだが、実際、この時間帯だと空いている娘(コ)はいないし‥‥’
とけっこう不謹慎にこれからの時間の過ごし方を思案。
 親友であれば部屋の掃除とか料理の仕込みに当てるところだろうが、生憎とそういう良妻賢母な趣味はない。

適当に出会った相手をランチに誘うのが精一杯かなと部屋を出ようとした矢先、訪問者を告げるチャイム。厄介事じゃないだろうなと思いつつ、入っていい旨を告げる。



「‥‥ 珍しいな。”女帝”がお一人でお出ましとは」




午後のひととき(番外2)

「私、その呼び方、あまり好きじゃないんだけど」
訪問者−日本が世界に誇る超度7のサイコメトラー、三宮紫穂−は開口一番でそう抗議する。

「そうなんだ、俺は似合っていると思うがな」と悪びれないリアクション。

「平気で相手の気を悪くして、それで良く”女たらし”が務まるわねぇ 相手のコトを思いやって言葉を選ぶのは基本中の基本でしょ」

「だから、選んで使っているつもりだよ、俺は」

‥‥ 二秒ほどの沈黙、今のやり取りがなかったかのように
「センセイ、今日はもうお終いで、これから寂しい午後を過ごすつもりなんでしょ?」

「『寂しい』は余計だ! 確かに仕事は終わりだが、どうしてヒマだって言えるんだ? いくら能力が伸びて非接触でサイコメトリができるようにうなったにしても、高超度エスパーの心はそう簡単に透視(よ)めんだろう」

「簡単な推理よ。アテがあるなら、とうに私を追っ払いに掛かっているはずでしょ」

「そりゃ言えるわ」賢木は他人事のように感心する。やや芝居がかった所作で
「で、ご来訪の目的は何だい? メシをたかりに来たっていうことなら大歓迎だが」

「そんなところよ」

「だろうな、俺に奢らせてくれる‥‥ って、オッケーなのか?!」
 拒絶を前提に機械的に返事をしかけた声のトーンが上ずる。
十八歳は立派に大人、とばかりに何度か誘いを掛けた事はあるが、ことごとく門前払いを食らっている。

「まあね。ただし、あなたが知っている一番高くて美味しい店よ」
対照的な平静さで条件をつける紫穂。そして、さりげなく
「それと店までは私が送るから隣に乗って」

「ああ、良いさ」賢木はそう応えたところで首をかしげる。
「お前、送るって‥‥ なるほど、運転免許が下りたんだ?!」

「ええ、今日から晴れてドライバーの仲間入りよ」

そう言って国民的時代劇よろしく取り出された免許証を突きつけられる賢木。大して感銘を受けた様子もなく
「聞いちゃいたが、えらく急いだモンだ。別に車とか運転に興味があるようには思えないんだが」

「十八歳にもなるとプライベートを持つじゃない。自分だけでどこかに行きたい事もあるし、同じようにプライベートができた薫ちゃんや葵ちゃんの手を出かけるたびに煩わすもの悪いでしょ。まっ、任務中って言い張れば無免許運転でも特務エスパーの超法規的権限で問題はないんだけど、お父さんの立場もあるし」

警察機構の責任者である父親をダシにギャグにしてはいるが、表情の片隅に一抹の寂しさが漂う。

‘そういえば‥‥’
任務以外で三人が揃っているシーンはずいぶん減ったような気がする。それが大人に近づくということだろうなと賢木はなにがしかの感慨を持つ。
 自分にそうした保護者めいた心の動きは似合わないと
「そういや免許取得は楽勝だったんだろ。何らかの理由で超能力が働かなくなった時に備えて試験はリミッター込みのはずだが、とうにリミッターつきでも超度6相当を叩き出せるお前さんだ、必要なスキルは十分に透視(よ)めるだろう」

「そうでもないわよ。カーチェイスの技能試験っていうのならそれで楽勝でしょうけど、普通の免許取得試験ってひたすら安全確認と安全運転。そういうのって、超能力はあんまり関係ないし」
と微妙なずれたポイントで嘆く紫穂。すぐに口元に笑みを浮かべると
「まあ、試験自体は、私の胸元で注意がおろそかになった試験官の甘い採点のおかげで一発合格だったけど」

「あははは、美人は得だな」と賢木は乾いた笑いで流す。

確かに、その偏食気味な食生活にもかかわらず見事なまでに育ったバストを揺らせれば男の九割は他に気を回すことができなくなる。しかし、笑みに含まれる悪女めいたニュアンスはそれだけが合格の理由でない事を物語っている。

 十中八九、その試験官はその時の心を透視(よ)まれ、沈黙と引き替えに合格点をつけたに違いない。”女帝”の仇名は伊達ではない。

「で、どうなの。私の初体験に付き合ってくれるつもりはあるの?」

「もちろん! 『据え膳食わぬは男の恥!』だからな」
わざとらしい台詞回しと媚びた視線に賢木は同じくらわざとらしい台詞で応える。

「じゃ、決まりね」
 紫穂は食い付いた以上は業務用スマイルは終わりとばかりの素っ気なさで先に立つ。

それをいつものことと賢木、ジャケットを手に後に続いた。




バベルの屋外駐車場。

「‥‥ 急に、頭痛と腹痛と歯痛がしてきたんだが」
賢木はついでに貧血も来たとばかりによろめく。

「あっそう、診察してあげようか? どこかのヘボ医者より”腕”は確かよ」

「いや、いい」賢木はかざされた手を避けるように身を引く。
彼をしてそう振る舞わせた原因−紫穂が自分のだと示した車−に今一度、目をやる。
「それにしても、こいつは本当にお前の(車)か?! だいたい、どうやって手に入れた?! いくら小遣いを貯めたって買える代物じゃないだろう!」

抗議とも取れる問いをニヤニヤと流す少女の前にあるのはシェルビー・コブラ。
 エンジン出力500馬力は半世紀前の世界大戦では中戦車を走らせるに足る。このパワーで公道を走るのは反則以外何ものでもない。

「譲ってもらったのよ、秋江おば様から」
 まるでそれが中古の原チャリであるかのように答える紫穂。
「何でも、前に主演した番組のヒロインの愛車で番組終了後にスポンサーが記念にって呉れたものですって。ガレージで埃をかぶらせておくのも勿体ないってコトで気前よくね」

「出所は解ったが、何でこんな化け物を! こいつは免許取り立ての女の子が乗る車じゃないぞ! 他にまっとうな車はいくらだってあるだろ?!」

「あら、センセイだって私と大して変わらない歳でこれを転がしていたんじゃない。自分の事を棚に上げて説教したって効果はないわよ」

「えっ! どうしてそれを?! ははぁん、皆本から聞いたな!」

「ええ。『いいオトコにはイイ車!』それが男のロマンだとか宣って、皆本さんのカードまで使って組んだローンで手に入れたとか。センセイの無駄に見栄っ張りのトコはその頃から変わらないのね」

「ほっとけ! それとローンのコトじゃ皆本には迷惑を掛けちゃいねぇぜ!」

「そんな当たり前の話を自慢しないでちょうだい。だいたい、皆本さんの人の良いところにつけ込んで借金の片棒を担がせるなんて”良い”根性してるわ! 時効になった事とはいえ、薫ちゃんたちにチクったら‥‥」

「ランチ、一番高いヤツを注文して良いぜ」

「まぁ 少し安いけど、せっかくのおめでたい日だし、それで手を打ってあげる」
 紫穂は当然の対価と受け入れる。

「ここは感謝するところなんだろうな?」

「とっちでも良いわよ、あってもなくても奢ってもらう料理の味が変わるわけじゃなし。それと心配しないで、一つのネタでしつこく強請る事はしないから」

「それはどうも」と顔をしかめる賢木。
 言外に『センセイにはいくらでも(強請る)ネタはあるものね!』と言っているのがよく解る。

「で、話を戻すんだが本気でこれを乗り回すつもりか? 乗ってた俺が言うんだから間違いないが、こいつの扱いにくさは本物、一つ間違うと命にかかわるぜ」
途中、『誰かさんと同じで』というフレーズを挟みかけるが、それは控える。火の回りかけた火薬庫にガソリンをぶちまける愚をするつもりはない。

「あら、私の事を心配してくれるの?」

「おかしいか?」聞き返された事が不本意だと賢木。きりりした表情で紫穂を見据える。
「確かに高超度サイコメトラーならどんな車だって思いのままに操れるかもしれない。しかし、現実ってヤツは時として、どんな超能力だって敵わねぇほど理不尽な状況を生み出す事がある。その超能力で世間を見放し舐めきったガキの頃ならともかく、色んな人からその成長を祝福されている今、もう少し、自分の事を大切に考えた方が良いんじゃないか?! 車に代わりは幾らでもあるが、世の中に三宮紫穂はたった一人しかいないからな! あっっまり安っぽく自分を扱っていると他の二人や皆本、何より俺が悲しむぞ」

 淡々と、しかし静かな熱情を込めた言葉に紫穂はまじまじと相手を見る。そしてそれを受け止める賢木。

すっと体を預ける紫穂。上目遣いに
「センセイのそういう凛々しい顔って素敵ね! 女の人を口説く時にはそんな顔をするんでしょ?」

「ヒデェな! 俺が本気で心配しているのが解らないとは情けないぜ」

「いいえ、しっかりと解っているわ。私の車に乗るのを本気で怖がっているのが」
 紫穂は体を離すと薄紫に光を放つ掌を示す。
「惜しかったわねぇ ちょっと自分の台詞に酔ってプロテクトが緩んだのが運の尽きよ」

「やっぱダメか! 今の顔で迫って”落ち”なかった女はいなかったんだがな」
 賢木は徒労だったとため息をつく。

「そもそもそこが間違い! この私が下心ミエミエの”安い”顔にコロリといくとでも思ったの?」

「今日のところは、一言の反論もできねぇな」完全に降参と賢木は両手を上げる。
 ここまでは無事に来られたのだからそれなりの運転はできるだろう事に望みを託す。

「そうそう。この車、ここまでは葵ちゃんと薫ちゃんに運んでもらったの」
 紫穂は今思い出したという感じに賢木の希望を打ち砕く。

「ってコトは‥‥ 今からが正真正銘の初乗り?! それで同乗者を俺に指名するなんざ、恨みでもあるのか?!」

「へぇ センセイは皆本さんに恨みがあったんだ?」

「皆本に恨み?? あっ、あの話も聞いたんだな?!」
脳裏に蘇る記憶。あの時、自分がドライバーで親友が同乗者だった。

「そう『あの話』も」そう言った紫穂はネコ科の肉食獣が獲物を嬲るような笑みを添え
「最初の運転の同乗者に指名した上で色々とドライビングテクニックを試したのよねぇ  当人曰く、しばらくは絶叫マシンに乗る必要がなくなったとか。免許を取るって言った時に、その話を題材に運転者としての心構えをこんこんと諭されたわ」

「やれやれ、因果応報、人を呪わば穴二つってコトだな」
賢木はこれ見よがしに天を仰ぐ。

「そういうコト! だから私もセンセイに倣うつもりなんだけど文句ないわよね」
 紫穂はそう言うと返事を待たず運転席に。

 続いて死刑囚もかくやという顔つきで助手席に納まる賢木。
「最後に一つ聞きたいんだが、俺を実験台にしようって魂胆の本当のところは何んなんだ? 皆本を苛めたコトへの腹いせなら間が空きすぎているぜ」

「確かに皆本さんの恨みを晴らすって理由もあるけどそれはオマケね。センセイを乗せた理由はそこに女のロマンがあるからよ」
快調に立ち上がったエンジン音をバックに紫穂はそうとだけ答える。出だしは超能力を援用しているらしく意外にスムーズだ。

「女のロマン? 女にあるのか、そんなも‥‥」

「シャラップ!!! 舌噛むわよ!!」
 賢木の茶々に紫穂はアクセルを勢いよく踏み込むことで応える。

ぎゃああああああ 急加速で鳴いたタイヤを圧する音量で同乗者が叫ぶ。

 真っ青に引きつった泣き顔―――その滅多に見る事ができないであろう表情に紫穂は満足そうな微笑みを浮かべる。

そう! 他の女には見せないオトコの顔を見る。それも自分が認めたオトコの‥‥ これこそが女のロマンなのだ!
ここんとこ人様の褌で相撲を取っている(下品な言いようで申し訳ありません)よりみちです。ルカ様の作品を読んで、言うところの”電波”を受信、書き上げた作品、お楽しみいただければ幸いです。

最後に、気前よく作品の使う事を認めていただいたルカ様と今回もオチ等で適切なアドバイスをいただいたUG様に感謝を込めてこのコメントを締めさせていただきます。

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