皆本、あたしね……。
そういって振り向く薫ちゃん。
私は見たの、夢の中で泣き笑いの顔で皆本さんを見る薫ちゃんを。
苦しくて、悲しい、でも愛してるって想いがむけられてくる。
私はそれほどの愛を人に向けたことあるかしら?
私は……人を愛したことあるかしら?
それほどの悲しみと苦しみをもって。
「……あのさ……」
「……ねえ、賢木さん、私ね」
「どした?」
医務室で椅子に座りながら、私は賢木さんを見上げていた。
彼はいつもとちがうなあ、って顔で私を見ている。
「どうした?」
「……私ね、人を愛するってことがよくわからないの」
私ね、好きよ葵ちゃんも、薫ちゃんも。
皆本さんも大好きよ。
「でも私ね、男の人を愛したことがないの」
「いやあ、十歳そこそこでその台詞はないと思うなあ」
あははは、と苦笑いで返す賢木さん。
彼はでも、どこか寂しげに笑って私を見下ろす。
なんだろう、女好きのこの人なら適当な答えを返してくれると思ったのにな。
私は医務室で珍しく真剣な顔をする彼を見上げる。
「……人を愛するってのは子供でもできるけど、大人のほうが経験上やっぱりしやすくもある」
「え?」
「人を愛するってのは甘いものだけじゃないんだ。苦しくて、辛くて……悲しいって事もある。だからそういう感情を多く知ってるのはやっぱり大人になってからだしな」
彼はポットへと歩き出す。そして小さなマグカップにぱらぱらと何か粉末上のお茶みたいなのを振りかけて、そこへと湯を注ぐ。
「インスタントの紅茶だけど結構うまいぞ」
「へえ、粉末上のもあるのね」
「うん、昔……」
昔、といった時の彼の顔が少し苦しげに歪んだ。
私は何も言わずカップを受け取る。
そしてくるくると添えられたスプーンでお茶を混ぜた。
ちょっとだけ受け取るために差し出した手が触れたけど、私は心をよまない。
知ってるもの、触れられたくない記憶が誰にでもあるって。
ちょうどそんな顔を賢木さんはしてたもの。
「……まあ、俺の初恋も、お前達の年くらいだったけどな」
「へえそうなの」
「うん……まあ俺にも色々あるってわけだ」
辛くて切なくて悲しくて、でもとても優しい、そんな感じの思いが賢木さんから流れ込んでくる。
うん能力使わなくてもなんとなくわかる。
「……私もいつか」
「そうだな、いつかわかるさ」
いつかきっと、と彼が言うと、少しだけ胸が温かくなった。
珍しく素直だな、と彼が笑う。
私は、今日くらいは素直でいてあげる。と思う。
もう少しだけ少しだけ、このままでいたいと思って。
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