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車のいろは空のいろ

「じゃ、おキヌちゃん、ここでいいかしら」
「はい、ここで結構です。わざわざ送って下さってありがとうございます」
 コブラ・ブルーのドアを開けて、おキヌは校庭に降り立った。
 制服のブレザーの肩に、黄金色の葉が舞い降りる。おキヌは瞬きし、頭上を見上げた。高い深い青空に、銀杏並木の黄色が眩しい。
「いーのよ。てかごめんねー授業サボらせちゃって。今回霊団が相手だったから、どうしてもおキヌちゃんにいてほしくてさ・・・」
 運転席から乗り出して、美神はサングラスをあげた。その美神の髪にも、肩にも、秋の陽と金の葉が零れ落ちている。
「あー別にそんな気を使ってくださらなくても・・・大丈夫ですよ。仕事の方が勉強になるし・・・美神さんいつも報告書出してくださるから、実技に振り替えできて、授業、欠席扱いになってないですし」
「ま、そこんとこは理事長に話通してるからね・・・。じゃ、また明日。明日もよろしくね」
「はい。ありがとうございます美神さん。また明日」

 
 教室のドアをあけると、ざわめきの中、短髪の女生徒が振り向いた。
「よう、重役出勤だね」
 大柄な体に、闊達な笑顔。おキヌも顔をほころばせて、彼女のいる窓際の席へ歩み寄る。
「一文字さん、こんにちは」
「今まで仕事?」
「そうなんです」
「そっか。あーそいでさ、昨日言ってたクラス対校試合の分担の件なんだけど・・・弓がさー、今回おキヌちゃんに先鋒やってもらおうかって・・・」
「きゃーーっ!美神おねーさま!!」
 長い黒髪の生徒が、おキヌと一文字の間に割って入り、窓に張り付いた。
「あ、弓さん」
「お、おい、弓・・・耳元で叫ぶなよ・・・耳が痛え」
「だってほら、一文字さん、あの銀杏の木のところ、ああああああおねーさまっ!いつ見ても素敵っ!氷室さん今までおねーさまとお仕事?」
「はい」
「うらやましいわー。あ、はい、これ、今日のノートのコピーです。こんどの化学の試験範囲、ばっちりとっておきましてよ」
「わー。いつもありがとうございます!」
「お礼などよろしくてよ。この件は私が適任ですわ。一文字さんの汚い字では、とうてい解読できませんものね」
「悪かったなっ!」
「はあーっ、それにしても」
 弓はうっとりと手を組み、窓の下、車に乗り込もうとしている美神を見つめた。
「本当に素敵ねええ。美神おねーさま・・・」
「・・・・・・」
「ほんとに・・・立ってるだけで、周りの空気まで違ってくるみたい・・・」
「・・・・・・」
「この・・・秋の澄んだ陽射しの中・・・青いスポーツカーと・・・黄色い枯葉と・・・亜麻色の髪のおねーさま・・・」
「・・・・・・」
「・・・なんて絵になるのかしら・・・」
「@#$%&っっ!!ぷはっ!!」
 弓の乙女な感慨をぶちやぶって、コブラのトランクの蓋が跳ね上げられた。そして中から、バンダナ・ジーンズ・Gジャンの物体が転がり出て、地べたに落ちた。
「・・・・・・」
 校舎の窓から見守る三人の眼下で、物体はむっくり起き上がり、そばに立つ美女に抗議した。
「着いたんなら早よ出してくださいよ!」
「・・・まだ着いてないわ。途中でここに寄っただけよ」
「助手席空いたんでしょう?!だったらいつまでもトランクに閉じ込めとかんと、出してください!!」
「いーじゃないの。2時間もそこにいたんだから、事務所まで後20分くらい・・・ついででしょ」
「他人事だと思いやがって・・・てゆーかいーかげんこの車買い換えて下さい!!毎回トランクで長距離ドライブじゃ、俺そのうち死ぬ・・・」
「そのくらいで死ぬなら、もうとっくに死んでるわよ・・・もうちょっとぐらい我慢できるでしょ。だいたいこんなとこであんたを降ろしたら・・・って、あれ?どこ行った?」
 きょろきょろ探す美神の背後、校庭の反対側の端に横島はいた。美神の位置から200歩ほど離れたところだ。一瞬でテレポートしたとしか思えない速さである。
「やはっ!そこの君たちっ、君たちも霊能科?やっぱGS目指してるの?」
「え、あ、はい、そうですけど・・・」
 とまどう通りすがりの女生徒3人組は、それぞれロングヘア、眼鏡、ショートの美人だった。横島はさらに話しかける。
「偶然だねっ。僕もなんだ。あ、ボク横島忠夫!ねえねえ、GS免許って見たことある?本物のっ」
「あ、いえ、ないですけど・・・」
「ボク持ってるよ!見せてあげるっ。ねー週末ヒマ?GS試験のコツとかも教えてあげられると・・・」
「何をしとるか、何をっ!」
 脈絡のないナンパは、容赦なく打ち切られた。後頭部への一撃が決って、横島は地面にぶち倒れた。
「はいごめん、はいごめんよ!」
 女生徒三人が目を丸くしている前で、美神は地面に頬ずりしているGジャンの襟首を掴み、引きずって歩き出した。せめて電話番号、メルアドをと騒ぐ頭をもう一発殴っておとなしくさせ、白目をむいた彼を助手席に放り込むと、自分は運転席に乗り込み、エンジンをかけた。
 シェルビー・コブラ427のマフラーが唸る。
 青い車体が勢いよく半回転し、散り敷く落ち葉を巻き上げた。加速して走り去る一瞬、秋の陽がグラマラスなボディ全体を舐めて、強く輝いた。
「・・・・・・」
 校舎の窓から一部始終を見ていた一文字は、おキヌの顔を見やった。
「あいかわらずだな・・・あの男」
 弓も、気の毒そうな眼差しを向ける。
「美神おねーさまも、氷室さんも・・・いろいろ大変なんでしょうね・・・」
「あー、えー、あははは」
 親友二人に同情されて、おキヌは答えにつまり、汗を拭いた。


山もなければオチもないorz


ついでに季節感もまったくない。1月1日に書く話かと・・・



銀杏はその・・・イラスト彩色企画とのことなので、色を意識してみました・・・。

オチのなさが気になるので、もしかしたら続きを書くかもしれません(書けないかもしれませんが・・・)
ともあれ・・・読んでくださった方、ありがとうございます。

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