北風の厳しい冬。
近年、温暖化が著しく、冬だと言うのに春のような日和もあれば、その反動で真冬のような寒さに襲われることもあった。
大晦日。気が付けば師走も今日で終わり。翌日にはまた新しい年を迎える。
GS美神令子除霊事務所も年内の煤払いが終わり、除夜の鐘が鳴るのを待つばかりだった。
「うう、寒い」
炬燵に丸くなる猫、もとい狐。タマモはくしゅんと鼻を鳴らす。
天気予報は日中曇り、気温は例年以上の冷え込みで所によっては雪もちらつくらしい。
「今年もいよいよ終わりねえ」
みかんの皮を剥きながら、令子も感慨にふける。
「あ、近畿クンだ」
テレビを見ているのはキヌ。年末恒例、国営放送の紅白歌合戦。横島の親友で、タレントの近畿剛一が映っている。CDをリリースして、歌手としてもデビューを果たし、大ヒット。彼のメディア露出が大きくなるたびに、横島が悔しがるというのを何度見たことだろうか。
「芸能人も大変よねー。レコ大に紅白に、この後、深夜の生番にも出なきゃなんないし。私だったらこんなタイトスケジュール、ごめんだわね。金は稼げるんでしょうけど」
「ははは……」
「こいつらより楽して、たくさん稼いでる人がなに言ってるんだか」
「聞こえてるわよ、タマモ?」
「うっわ、地獄耳ー」
ぷつん。何か切れる音。令子は指でみかんの皮を押し潰す。汁がタマモの目に直撃した。
「ちょっ、なに? イタタタタ……」
「美神さん……」
「目が、目があああっ!?」
タマモはのた打ち回ると、慌てて洗面所に駆けていった。茶をすすって、令子は何事もなかったようにまたみかんを手に取った。
「自業自得よ」
と、彼女は言うものの、やっぱり大人気ないなあとキヌは心の中で思った。
「こんばんはー」
「あ、ママ」
入れ替わりざまに美智恵がやって来た。腕にはひのめが抱えられている。
「なんだか今、タマモが血相変えて、走ってったけど。どうしたの?」
「別になんでもないわよ」
「そう?」
「それより寒かったでしょ。ほら、炬燵に入って入って」
「ちょっと待って。ひのめ寝かせちゃうから」
既に眠っているひのめを育児ベッドにそっと置く。
「あー、寒い寒い。どっこらっしょっと」
「お茶、どうぞ」
「ありがと。おキヌちゃん」
茶を受け取り、ほっと一段楽すると、美智恵の表情が和らいだ。伸びをしてから、肩をとんとんと叩く。娘と比べると、大分お疲れのようだった。
「今まで仕事だったの?」
「ええ。ほったらかしにしてた書類が多くて、大変だったわ」
「それはご苦労様で。お役所勤めはこれだから」
「まあ、西条クンに残り全部押し付けて、バックレちゃったけど♪」
「…………」
この親にしてこの娘あり。キヌがそう心に強く思ったのはいうまでもない。
「それより、どうなの? あなたたちの方は」
「私たち? そうねえ、今年も十分稼がせて……」
「そうじゃなくて」
んな事、聞いてないと美智恵は手を振った。
「オ・ト・コ」
わざわざ一語一語区切るところがなにか意味ありげだ。
「どうなのよ、二人とも」
「どうって……ねえ?」
「ええ」
令子とキヌは顔を見合わせて、言った。二人の神妙な顔つきに美智恵は溜息をつく。
「なんだ、つまんない」
「あのね、ママ。何を想像してるのか分からないけど、進展があると思ってるわけ?」
「そうですよ、隊長さん。私たちと横島さんの間に……」
「別に横島クンの事なんか言ってないけど?」
やぶへびだった。ばかね、と小声で令子はキヌに言った。美智恵はニヤニヤしながら続ける。
「ただね」
「な、なによ?」
「二人とも、見栄えは良いんだからさ。その気になりゃ、彼なんてイチコロでしょ?」
「イチコロって、またそんなストレートな……」
「あら、おキヌちゃん。何事もまずは攻めることが大事よ? ほら、あの子、欲望の権化だから、あなたが一肌脱げば、コロッと行くんじゃないかしら」
「なっ……!」
キヌは顔が真っ赤になった。さらっと爆弾放りながら、美智恵は海苔巻き煎餅の袋を開ける。
「ちょっと、なんで横島クン限定で話が進むのよ」
「いいじゃないの、あくまで『仮定』の話なんだから。別に他意はないわよぉ♪」
パキン、と煎餅をかじって、ころころと笑う美智恵。その確信犯的態度は留まることを知らない。
「それに、令子はもうちょっと素直になりなさい? 愛想つかれちゃうわよ」
「ママ!」
「意固地になるは分かるけど、時々優しくしてあげなきゃ」
「優しくって……」
令子は押し黙った。それは最近、横島は頑張ってる。GSの免許を取る為に仕事はちゃんとこなすし、使えるようにもなってきてる。セクハラは相変わらずだが、給料も前に比べたら、だいぶ人並みにしたつもりだ。ひどい失敗もするが、フォローもする。
「どうしろっていうのよっ!? あいつにはもう十分……」
「簡単よ。誰にだって出来るわ」
「へぇ。教えて欲しいわね……一体どうするっていうの?」
「押し倒しなさい♪」
聞いた途端、二人とも茶を吹いた。
「しまいにゃ、殴るわよ!」
「残念、結構本気だったのに。きっと喜ぶわよ?」
「あの、いくらなんでもそれは……」
「おキヌちゃん、男と女って最終的に行き着く場所はそういうところよ……令子を作る時だって」
「娘のいる前で、子供の製造話なんかするなーっ!?」
耳まで真っ赤になって、令子は全力で親を止めた。
「どうしたの、なんか大声が聞こえたけど」
いいタイミングでタマモが戻ってきた。美智恵は娘を軽く流して、振り向く。
「こんばんは。シロはどうしたの?」
「あいつ? たぶん屋根で遠吠えしてると思うけど」
「ああ……」
彼女は窓の方を見て、なるほどと思った。確かにここに来るとき、犬が吼えるような鳴き声が聞こえた。
「あ、雪が……」
外に白いものが静かに舞っている。いつの間にか降っていたようだ。
「まったく、あのバカもよくやること」
「呼びに行かなくていいの?」
「冗談。寒い思いするより炬燵に温まってた方が良いに決まってるわ」
まるで童謡みたいだ。シロはきっと狼だと否定するに違いないが。
「なんにせよ、もうそろそろですね」
宴もたけなわ。テレビの紅白歌合戦も終盤に差し掛かる。
あと少しで年が変わる。
いろいろあった今年。
そしてまた一年が始まる。
行く年来る年。
そうして人は時を進んでゆく。
「来年もまた騒がしくなりそうね」
と、苦笑いしながら令子は言う。
「あら、いいことじゃないの」
「ま、ね」
「来年もまたいい年でありますように」
キヌは願った。すると。
「こらっ、くっつくなよ、シロ」
「いいではござらぬか? すきんしっぷ、すきんしっぷ♪」
賑やかな声が近づく。
「どうも、こんばんはー」
「あら、横島クン。どうしたの?」
「隊長。いや、みんなで二年参りしようってことで約束してて」
「そうなの?」
美智恵はまたニヤついて二人を見た。
「ええ、そ、そういうことよ」
「そ、そうなんです!」
さっきの会話が尾を引いて、顔が赤くなる二人。
それを見て、まだまだだなと、美智恵は思った。
「時間がかかりそうだわ、こりゃ」
「なにがですか?」
横島が首を傾げる。
「ううん、なんでもないわ。でも、さっさとしないと除夜の鐘が鳴るわよ?」
テレビでは間もなく紅白の勝敗が決まる。今年もあと数時間だ。
「じゃあ、行きましょうか」
気を取り直して、令子がみんなを促した。
「せんせい、一緒に行くでござる!」
シロがぐいっと腕を引っ張る。
「こ、こら! 胸が当たってる、当たってるって!」
「もう、先生ったらえっちぃでござるなあ。言ってくれれば、拙者の胸くらい……」
そう言って、彼の手をシロは胸元に添えようとする。
「なあっ!?」
ぷっつん。何かが同時に二つ切れた音。一人は神通棍、そしてもう一人は包丁をいつの間にか、手にしている。あとは説明しなくてもご承知の通り。
「あーあ。こりゃ当分、駄目ね」
その光景を目にして、美智恵は呟いた。
「人間って、いつだって春めいてるから困るわね」
と、タマモ。至言だなと苦笑うほかなかった。
百八つの煩悩を蹴散らして、除夜の鐘が鳴り響く。
そんなこんなでまた年を越す。
また賑やかな一年が始まるのだ。
◇
で、こっちはオカルトGメン日本支部。
「新年なんて糞喰らえだ……!」
あ、まだやってらしてたんですか、西条さん。
まあ、良いお年を。
おしまい。
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