夏休み。それは、三宮紫穂にとって至福の時間となる…………はずだった。
「……なのに、何が悲しくてセンセイなんかと2人っきり……………」
ああ、と紫穂は嘆いた。
ここはコメリカ。紫穂は今日から3日間、皆本と賢木と共に、2人がコメリカ時代に仲の良かった日本人医師の家に泊まることになっていた。
「仕方ねぇじゃねえか。皆本だって好きで任務で緊急召集された訳じゃないだろ?」
そう言うのは、旅行カバンを引っ張り、紫穂の隣を歩く賢木だ。
「それに何だよ。こんなにいい男と一緒なんだぜ?もう少し明るく行こうぜ」
「それは素?それとも励まし?もしかして口説こうとか考えてないわよね」
センセイのせいだ、と言わんばかりに、紫穂は賢木を睨む。本来なら一緒に来るはずだった皆本は、京都で起きた連続自殺事件を担当するエスパーの臨時主任として、急遽京都に向かうことになり…………
「はぁ……………私の、私の皆本さんとの夏休みは何処へ?」
紫穂の夏はあまりよろしくない雲行きになっていた。
しばらく歩き、2人は一軒家の前に着いた。
「ここだな」
「ねえセンセイ。これからお世話になる『三井文也』さんて、どんな人なの?」
「三井は普通人でもトップクラスの外科医でな、本職の外科以外にも、内外、小児科なんかも診れる万能なやつさ」
皆本と賢木がコメリカ時代に出会った友人で、背は賢木と同じくらい、年齢も、賢木と同じだ。
「今は確か、こっちの人……………マリアさんだっけか、結構な美人さんと結婚したって聞いたな」
そう話しつつ、賢木はインターホンを押す。中から出てきたのは、マリアさんだろう、金髪の女性だった。
賢木は英語で挨拶する。
「Hello.My name is Shuji Sakaki.」
(わー英語だ。流石コメリカにいただけあって発音も綺麗ね)
「Oh, Mr.Sakaki? Just a moment, please.」
マリアは賢木が来たことを三井に伝えるためにか、少し待っていて下さい、と言うと、奥へと行ってしまった。
「どうだ?感動したか?」
紫穂は大して驚く素振りは見せない。
「別に。コメリカにいたんだから、センセイが英語喋れるなんて当たり前じゃない」
「へーへー。素直じゃねえの。ああ、それと、英語分かんなくなったら俺を透視しな。意味を教えてやる。間違っても話してる本人を透視するなよ?」
「え、何で?」
「この辺りの人は何故だか透視されるのを毛嫌いしてるらしい。分かったな?」
「分かった」
紫穂は素直に頷く。
「取り敢えず今は俺の手を握っとけ」
賢木は淡々と言うが、紫穂は顔を少し赤らめて嫌がる。
「な、何でそんな事しなきゃならないのよ!分からないときに透視すればいいんでしょ!?」
「あのな、確かにそう言ったけどな、分からない度に俺に触れると不快に思われたりするだろ?だったら、最初から手を握って『仲良し兄妹』を装った方がいいだろ?」
確かに、身長差、年齢差を考えても、賢木と紫穂は年の離れた兄妹に見えなくもない。
「何でそんな事装わなきゃいけないの?確かに話してる最中に手元で何かやられると不快かもしれないけど、何もそこまでは……………」
賢木は紫穂の抗議を遮るように、しかし静かに言った。
「マリアさんは昔、サイコメトラーに透視されて住所なんかの個人情報を見られて、ストーカーにつきまとわれたらしい」
紫穂の抗議の声がピタリと止まった。
「……………そう、なんだ」
「だから俺も自分がサイコメトラーだってことは隠してる。もちろん、紫穂ちゃんの事もだ」
「じゃあ私は普通人ってことになってるのね?」
紫穂は嫌な予感を覚えながらも、訊いておく。
「ああ、俺の義理の妹ってことにしてる」
嫌な予感、的中。自分が賢木を「義兄ちゃん」と呼んでいる図を想像してしまい、思わず吐き気を覚える。
(まさか、センセイそういう趣味があるんじゃ……………うん、有り得る)
どうにも納得してしまう。
そして、恐ろしい結論を、紫穂は導き出してしまった。
「まさか、マリアさんをつけ回したそのストーカー、センセイじゃないよね?」
「違うわぁ!!」
賢木が全力で否定すると同時に、玄関にマリアさんが現れた。
紫穂は翻訳してもらうために、(不服だが)賢木のてを握った。
「すいません。どうやら主人はまだ帰ってきてないみたいで。もうしばらくしたら帰ってくると思うので、どうぞ、上がってて下さい」
どうやら、三井文也氏は外出中のようだった。マリアさんに促され、2人は家に入る。
ショートヘアーのマリアさんは、紫穂が見てもハッとする美人だった。どこか幼かったキャリーとは違い、マリアさんは凄く大人っぽい。
2人はそれぞれ部屋へ案内され、荷物を置くとリビングに向かった。
テーブルには香ばしい香りを放つ紅茶に、甘そうなチーズケーキが出されていた。
「このくらいのおもてなししか出来ませんが…………どうか、召し上がって下さいな」
「いえ、有り難く頂きますよ」
2人はテーブルにつき、早速食べ始める。
紫穂はチーズケーキを頬張る。チーズケーキなのにどこかサッパリとした感じがして、甘味がしっかりと口に残る。
「美味しいっ!凄い美味しいです!」
「本当だ、これは美味しい!」
賢木も満足そうに微笑んでいる。
「あら、有り難う御座います。作った甲斐がありましたわ」
紫穂は続けて紅茶も飲む。甘過ぎでもなく、苦過ぎでもない、そんな絶妙な味だ。
2人がチーズケーキと紅茶を堪能していたその時、ようやっと三井が帰ってきた。
「よう賢木、久しぶりだな。それに……三宮紫穂ちゃんだよね、よろしく」
前髪は自然に中央で分かれ、後ろ髪はゴムで軽く縛っている。
「久しぶりだな三井。今日はオペか?」
「ああ。最近この辺りで変な病気が流行ってるって話だし、大変だよ」
三井は肩をすくめる。
「そりゃご苦労様」
賢木も、苦笑しながら親友を労う。
「さ、今日は疲れたろ。ゆっくりと休んで、明日、海にでも出掛けるとするか」
「ホントですか!?」
紫穂も喜ぶ。本当は皆本がいればベストだが、今回は仕方がない。
「ま、今日はゆっくり休んでくれよ」
翌日。
「なんかついてないような気がする」
紫穂はかなりご機嫌斜めだった。今、三井の家には紫穂と賢木の2人だけ、マリアさんは友人と出掛けてしまい、三井は緊急オペ、天気は雨で、海に行くのはまず無理だった。
テレビはどれも英語、当然日本語字幕な訳もなく、ただただ暇度が増していくばかりだった。
「あー!暇暇暇暇!どうしてくれるのよ!」
紫穂は愚痴をこぼしながら、マリアさんが作ってくれていたチーズケーキを頬張っていた。
「俺が知るかよ!大体、そんなに食うと太るぞ!」
「うるさいわね、別にいいじゃない」
端から聞けばカップルの痴話喧嘩に聞こえなくもない。
紫穂は食べ終わったチーズケーキの皿を片付けようと、立ち上が…………れなかった。
「あれ?」
ふらふらとする感覚を必死に押さえ込み、何とか立つ。
「?おい、どうした?」
「分かんない。何か急にふらつい、て………………」
バタリ。
言い終える前に、紫穂は倒れてしまった。
「おい!大丈夫か紫穂ちゃん!」
賢木は慌てて紫穂に駆け寄り、抱きかかえる。
額に手を当てると、酷く熱があることが分かった。
「こりゃあ、酷いな………………」
取り敢えず、賢木は紫穂を自分の部屋に運び、ベッドに寝かす。
ハアハアと、紫穂の息は荒い。かなり苦しそうだ。
「サイコメトラー賢木修二、解禁」
賢木はリミッターを外し、透視する。
熱は39度前後、激しい頭痛と目眩……症状はインフルエンザに似たものがあるが、体内の病原菌は全く未知のものだった。
(こいつが最近この辺りで流行ってる変な病気か………………ん?紫穂ちゃんの超能力が弱まってる?)
とにかく、分からないことだらけだ。賢木は濡れタオルを紫穂の額に乗せると、この病気の事を詳しく訊くため三井に電話をかけることにした。
「あ、三井か。なんかいきなり紫穂ちゃんが倒れて………そう、高熱がでてる。…………ああ、超能力も弱まってるみたいだ。………………は?スイートシンドローム?」
聞き慣れない病名だった。
『ああ。ここ最近発病し始めたヤツでな、何でも甘いものを食べた人がなりやすくなるらしい。詳しいことは分からないが、症状としては高熱、目眩や吐き気、超能力の低下、などだ』
「それで、治療法は?特効薬かなんかは無いのか!?」
『確か………前にマリアがかかったときの薬があるはずだ。テレビの横の棚の、上から4段目、そう、右側だ』
賢木は三井に言われた場所を探すと、中からビンに入った粉末状の薬が出て来た。
「あったぞ!ビンに入った粉末状の薬だよな」
『ああ。それを100ccの水に大さじ一杯分溶かして』
言われた通り、賢木は水に溶かす。
『で、口移しで飲ませる』
「はいはい、口移し……………はぁ!?」
賢木は耳を疑った。何だって?
『だから、口移し!唾液に反応して抗生物質になるんだよ』
「何でそんな薬しかないんだよ!」
賢木は思わず声を張り上げる。
『仕方がないだろ!?まだ研究途中なんだよ!』
くそ、と言うと、賢木は三井に礼を言って電話を切り、紫穂のいる自室に向かう。
見れば、紫穂は辛そうに呼吸している。
電話口で最後に三井が言った言葉が、賢木の脳裏をよぎる。
−酷くなると超能力さえ失うらしい−
それはダメだ。日本に3人しかいない超度7の1人である紫穂の能力をなくせば、間違い無く自分は死ぬ。多分局長に殺される。
それに、紫穂はなんだかんだ言っても、この力を彼女なりに喜んでる。大きな可能性を秘めてる。だから………
意を決して、賢木は薬を溶かした水を口に含むと、自分の唇を紫穂の唇に押し当てた。
翌日、
「えー。もう帰るの!?」
紫穂は恨めしそうに賢木を睨んだ。
「しょーがねーだろ。帰りのチケット、今日の日付で買ったんだから」
賢木は直接紫穂とは目を合わせないようにしながら言った。
結局、紫穂は自分が何をされたかも知らずに寝てしまい、一晩で見事に回復していた。
「紫穂ちゃん、今度は他の2人と皆本も連れてきてくれよ。そしたら、今度こそは海に行こう」
「はい!絶対行きましょう!」
(俺は絶対きたくねぇ)
笑顔で三井と握手している紫穂を見て、賢木は思った。
日本某所、パンドラアジト
「ねえカズラ、マッスルはどこ?」
いつもは騒がしい相棒の姿が見えないと、澪はカズラに訊いた。
「ああ、何でも、『少佐に看病してもらうために新しい病原菌を発明した!』とか言って、その実験するためにコメリカに行ったみたいよ」
「え!?マッスルってそんなに凄い人だったの!?」
澪、自分の相棒の凄さに気付いた夏だった。
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