「さ、仕事の時間よ!横島君そこのコートとマフラー取ってちょうだい」
十二月二十四日、聖夜(クリスマス)の前夜(イブ)に張り切って宣言した美神に、横島のじと目の視線が突き刺さる。
―素直になれないイブ―
Presented by 氷砂糖
「こんな日に仕事を入れるなんて珍しいっすね」
「仕方ないじゃない!依頼の期限が今日なんだから!」
ザクザクと先程までよりも大きな音を立てて雪の上を歩いていることから、美神さんが拗ねているのは明らかだった。
「お願いですから依頼された仕事の管理はしっかりしましょうよ。下手したら信頼問題でしょうに」
「うるさいわね、あんたに事務所経営のことを…そういえばあんたそっち方面に関しては上手くやってたわね………」
思い出したのは私がオカルトGメンに出向していたときのこと。コイツは知り合いを巻き込んで私がいない間に黒字をたたき出しやがった。
「あんときゃ必死だったすからね」
西条への嫉妬と誰かさんを見返してやりたいという思いで始めたのがピートやタイガー、果てはカオスやマリア、それに愛子まで巻き込んでの大騒ぎだったのだが、あの時美神さんのお金大好きの気持ちが理解できた。
「俺、依頼をこなして純利が出た時なんか、かなりにやけてたらしいっすよ、邪悪に。おかげで美神さんみたいだって引かれました」
「それってどういう意味よ?」
「好きでしょ?お金」
「うっ…そりゃ好きだけど……」
まただ、最近横島君に遣り込められることが多くなってきた。どうにかしなきゃいけないんだろうけど、このところそんな隙なんて見せやしない。
「それにしてもよかったんすか?クリスマスの準備をおキヌちゃんやシロやタマモだけに任せて」
あ、このやろ今笑いやがった。それに、こんなタイミングで話を変えられたらどっちが年上か分からなくなるじゃない。
「いいのよ、あんたが残ったっておキヌちゃんの手伝いなんて出来やしないでしょ?」
知ってるんだから。時々おキヌちゃんがあんたの部屋にご飯を作りに行ってること。
「それにツリーの飾りつけは子供の楽しみよ。それを私たちが取り上げてどうすんのよ」
「じゃあ美神さんはなんで残んなかったんすか?美神さんだって料理くらい出来るじゃないですか」
「あんた一人に任せたら日付が変わっても終わんないかもしれにでしょうが」
「ひ、酷え」
もっとも依頼の除霊はとっと文珠を使わせて終わらせる気でいるのだが。
「クリスマス、か。何度目なんて数えるのは野暮なんでしょうけど、美神さん俺になんかプレゼント下さい」
「なんで私があんたにプレゼントしなくちゃなんないのよ」
「そうっすよね」
打てば響くというように帰ってきた返答に、横島君はさめざめと泣く。
「そう言うあんたは私になんかないわけ?」
「俺の給料は美神さんが一番知ってるでしょうが!!」
そうね私が一番知ってるわ。でもね、シロはタマにたかられても最後には苦笑しながら奢ってるのも知ってるのよ?
「ッ、クシ!」
横島はくしゃみをするのを美神は呆れた眼で見ていた。まあそれも仕方ない。なんたって横島の服装といったら。
「あんたねえ、そんなジーンズの上下じゃ寒いのも当たり前でしょ。だいたいコートはどうしたのよ去年は着てたじゃない」
「あれは春先にボロボロにされました。シロに」
あれは冬が終わりに近づいて来ていた頃のこと。まだまだ寒かったのでコートを着てシロの散歩に付き合ったのだが、一足先の春の気配を感じ取ったバカ犬が野を山を盛大に引き摺り回してくれた。おかげでちょっと見栄を張って買ったコートがお釈迦になった。
「だったら新しいコートを買いなさいよ。それくらいの給料はあげてるはずよ。それに春先から今まで何ヶ月あったのよ」
「いやまあ、色々ありまして」
視線を逸らしてくしゃみをする横島に、美神は首に巻いていたマフラーを外して立ち止まった。
「どうしたんすか?」
数歩先に進んで美神が立ち止まったことに気付き、それを不思議に思った横島は美神と向き合うように立ち止まった。
「こ…」
「こ?」
立ち止まり手の中のマフラーを弄んでいた美神は、意を決っしたように手にしたマフラーを横島に突き出した。
「これ上げるから首にでも巻いてなさいよ。あんたに風邪なんてひかれたら仕事に差し障るんだから」
その時の美神さんの顔は誰が見ても分かるくらい真っ赤で、視線は斜め下を向いて合わせようとしない。それでもマフラーを持った右腕だけは俺に向けて差し出していた。
「い、いいんすか?」
「いいのよ、元手なんてかかってないし……それともいらないの?」
「いります!ありがたく使わせていただきます!」
どこか心配そうに聞いてきた美神に横島は脊髄反射で答えると、慌てて美神からマフラーを受け取ると首に巻いた。
「ど、どうしたのよ?行き成り顔赤くしちゃったりして」
「い、いえ、なんでもないっす」
言えるわけがない。首に巻いたマフラーが暖かいのは、さっきまで美神さんが巻いてたからなどと考えたことなど。
「じゃあ急ぐわよ!除霊現場はすぐそこなんだから!」
「うっす!さっさと終わらせてクリスマスパーティーを始めましょう!」
お互いの気恥ずかしさを誤魔化すように雪の降り始めた空の下、声を上げて二人きりの除霊へと向かっていった。
横島は知らない。美神がわたしたマフラーには商標なんて付いてない手編みで作られたものだということを。
美神は知らない。横島に取らせたコートのポケットにコツコツ貯金して買ったネックレス入りの小箱が入ってることを。
二人はまだ知らない。
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