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知人のI

 ※【第4のチルドレン】は作者取材につき休載します。



 すみません
 m(_ _)m
 週刊連載中にこのネタをやってみたかったんです。
 以下に投稿した【知人のI】は旧GTYに投稿したものに本当に多少ですが手直しをしていますので、読んで頂ければ幸いです。 














 その少女は今週だけで3回花屋を訪れた。
 短めのフレアスカートに白のカーディガン、大きめのリボンは何処から見ても今時の女子高生に見える。
 何処か気品を感じさせる仕草で並んだ花を見回すと、彼女は近寄ってきた店員に花束の注文をした。


 ―――何処の高校の生徒だろうか?


 花屋の跡継ぎ息子は、そんな事を考えながら彼女が指定するままに花束を作り上げていく。
 地元の高校を出たばかりの彼であったが、彼女が被るベレー帽に見覚えはなかった。
 花束と言っても細口の花瓶に活けるのだろう。
 そう派手でなく、香りの良い花を数本まとめただけのささやかな花束が出来上がる。
 お見舞いの花だとすればかなりのセンスだった。

 「入院している人へのお見舞いですか?」

 店員からの急な問いかけに、彼女はガラスケースから視線を外さず小さな声で「ええ・・・」とだけ呟く。
 好きな花なのか、彼女は最初に訪れたときも花束を待つ間チューリップを眺めていた。
 店員は自分の推測が当たったことに満足すると、ケースの中から花開いたチューリップを数本取り出す。
 既に花が開いているものに商品価値はない。
 彼は彼女を元気づけようと手早くそれで花束を作った。

 「はい、コレはサービス! 花が開いちゃったヤツだから気にしないで貰ってください」

 「ありがとうございます」

 2つの花束を渡され、彼女は花が霞んでしまう程の笑顔を浮かべた。
 店員はその笑顔を向けられるであろう入院患者に若干の嫉妬を覚える。
 サービスの花束には正直、かなりの下心が含まれていた。

 「こんな頻繁にお見舞いするなんて、余程親しいひとなんですね?」

 花束の代金を受け取る際、彼はカマをかけるように話しかける。
 彼氏の有無を知るための質問だったが、店員はすぐに迂闊な質問をしてしまった事を後悔する。
 先程までの笑顔は凍り付き、彼女はまるでつまらないモノを見るように手に持った花束を見下ろしていたのだった。
 しかし、その表情は長続きせず、自分の気持ちを推し量りかねる何処か困ったような表情へと変化していく。

 「・・・・・・ただの、知人です」

 こう言い残し彼女は店を後にする。
 そして店員が彼女の姿を見たのは、この日が最後となるのだった。









 ――――― 知人のI ―――――










 私はこれから、あまりバベルに類例がないだろうと思われる私たちチームの間柄に就いて、出来るだけ正直に、ざっくばらんに、有りのままの事実を書いてみようと思います。
 考えてみると、私たちチームは既にその成り立ちから変わっていました。
 私が初めてパートナーであるナオミと出会ったのは、丁度4年前のこととなります。
 尤も何月の何日だったか、委しいことは覚えていませんが、ともかく彼女は小学校の卒業を控えており、彼女が貴重な高レベルエスパーに成りうる可能性を持っていたことから、バベルでの育成プログラムに入るかどうかの判断をしている時期でした。
 そんな子供を、何故当時32歳だった私が理想の女性に育てようとしたのか。
 あらぬ誤解を避ける為に少し私のことを説明する必要があるでしょう。

 私は所謂、非の打ち所のない部類に入る人間でした。
 日本橋に古くからある名家の次男として生まれ、幼き頃よりエリートとして育って来ました。
 真性ロリータコンプレックスの同僚と比べると若干見劣りするものの、十分胸を張れる大学を卒業してますし、その年の一種採用試験を余裕でパスし、内務省のエリートとして出世コースを歩いていました。
 家柄と能力、それと生まれ持った並以上の容姿のおかげで女性にはそれなりにもて、若い頃から女性に不自由したことはありません。
 その点において、私は童貞臭丸出しの同僚とは一線を画す人生を歩んでいたと言ってよいでしょう。
 ただ、私にとって唯一といえる不幸は、身の回りの女性に燃え上がるような恋愛感情を一度として持ったことがないということでした。

 【谷崎 一郎・・・・・・超能力支援研究局への出向を命ずる】

 私にとって唯一の不幸が原因である左遷の辞令。それは、内務省事務次官のお嬢さんとの縁談を断った事への報復人事でした。
 美人で、教養もあり、清楚で上品。そのような非の打ち所のない相手の女性にでさえ、私はどうしても恋愛感情を持つことは出来なかったのです。
 人事権を笠に着た嫌がらせは十分予想出来ていましたが、私はどうしてもその縁談を受けたくありませんでした。
 世の中に自分を燃え上がらすような理想の女性などいない。何もかも馬鹿らしくなった私は、内務省を辞すつもりでした。
 ですから、超能力支援研究局に出向き管理対象であるナオミと面会したのは、最後に高レベルエスパー候補生を一目見てやろうという好奇心からでした。

 「はじめまして・・・・・・梅枝ナオミです」

 桐壺局長から紹介され、おずおずと見上げてくるナオミに私は不思議な感情を覚えました。
 数名いた育成候補エスパーの1人でしかない彼女は、私の目に眩しい光と共に飛び込んで来たのです。
 レベル的にはナオミより優れていた少年もいましたが、私の目には既に彼女以外のエスパーは映らなくなっていました。
 ここで再度断っておきますが、私は同僚のような小児性愛者では決してありません。
 しかし、まさにこの時、私はナオミを自分の理想通りの女性に育てようと思い付いたのです。

 「はじめまして・・・・・・谷崎一郎です。キミを世の中の汚いものから守り、立派な女性にするために来ました」

 私は彼女の前に跪くと、今までどの女性に対してもやったことのない真摯さでナオミの手をとりました。
 この時から私は、朝夕彼女の発育のさまを眺めながら、明るく、晴れやかに、いわば遊びのような気分でナオミの教育を始めたのでした。








 そして4年の月日が流れ、ナオミは私の理想通りの成長をとげました・・・・・・
 そう、あの日が来るまでは。







 「死ね! エロオヤジ!! 中年は中年とつきあえッ!!」

 「ぐはっ!!」

 それはナオミのスランプを同僚に相談したことが切っ掛けでした。
 小さな女の子に見境のない彼ならば、私が見落としている何かに気づくかも知れない―――そんな軽い気持ちから私は小児性愛者の同僚に相談を持ちかけ、その結果、私のナオミが彼が担当する下品な高レベルエスパーに汚染されるのを許してしまったのです。
 粗暴きわまりない言葉を私にぶつけ、理想の女性像から遠ざかっていくナオミ。
 しかし、不思議なことにナオミの持つ魅力は些かも衰えず、それどころか尚一層の輝きを増したのです。
 いや、正直に言いましょう。私が思い抱いていた浅薄な理想の女性像を、ナオミはいとも簡単に上回りました。
 私はナオミを失う恐怖にひどく狼狽しつつ、彼女から浴びせられる痛切な面罵に今まで感じたことのない気分を味わっていたのでした。



 それからの私の生活は、非常に緊張感のあるものになりました。
 先ず私は、その日から煙草を吸わないことにしました。
 1日3箱以上吸うヘビースモーカーだった私がです。
 禁煙してしばらくは、禁断症状による苦痛が耐え難いほどの強さで私を襲いましたが、この苦痛に耐えることがナオミへの愛の証明と思うと、何とも言えぬ充実感を得ることができました。
 それだけでなく1時間に1回はマウスウォッシュをし、手を洗い、今までは気にしなかった加齢臭対策を念入りに行う。
 日常における私の全ての行動は、ナオミの歓心を得るためのものとなっていました。
 しかし、そのような努力の甲斐もなく、今年のバレンタインは我が人生最悪の時となるのでした。



 「ナオミ! 今までくれてたのに何で今年は・・・・・・」

 「”さん”をつけろ! ”さん”を!!」

 ナオミの念動に飛ばされ壁にめり込んだ私の目前で、ナオミは通りがかった男性職員にチョコを渡して行きます。
 渡す際に彼女が浮かべていた笑顔は、昨年までは私にも向けられていたものでした。

 「ナオミさん。私にチョコは・・・」

 「おめえにだけはない!!」

 私は浅ましいまでにナオミに追いすがり、そして壁にめり込むことを繰り返しながらバベル男性職員最後の1人―――桐壺局長のいる局長室まで追いかけて行きました。
 途中、ナオミと合流した下品な3人組のうち、サイコメトラーの少女が私に触れましたがどうと言うことはありません。
 私はナオミを理想の女性に育て上げたいという気持ちを、ナオミが12歳の時から公然と本人の目の前ですら口にしていたのですから。
 だからこそ私は、今までナオミの素晴らしさを人前でも気にすることなく高らかに宣言できたのです。
 担当エスパーへの情念を、暗く胸の内に押し込んでいる真性の変態とは違います。
 それに10歳の少女を女王と呼ぶロリコンエスパーとも・・・・・・ヤツは本当に分かってはいません。
 本当に女王と呼ぶにふさわしいのは私のナオミだけだというのに。
 そして、とうとう最後の一個が局長の手に渡ったのを確認すると、私はその場に力なく崩れ落ちたのです。
 事件予知部からの緊急連絡が入ったのはそんな時でした。


 『事件予知部より連絡。多摩川上流にて釣り人同士の諍いによる殺人事件を予知』


 局長室に入った緊急連絡を聴き、正直私はなんだというという感想を禁じ得ませんでした。
 計画性の高い強盗などと違い、突発的な争いならば周囲に目撃者がいるだけで抑止効果があるはずでした。
 そんな事件ならば、エスパーでなくともその辺の駐在を派遣すればよい。多分、ナオミもそのように考えていたのでしょう。
 だからこそ局長から下された出動命令に、ナオミは私が知る限りにおいて初めて任務に不満そうな顔を浮かべたのでした。

 「不満かね? 人の命がかかっている事件だよ・・・・・・それに、先日からの君の申し出を検討するには良い機会だと思うのだが」

 「局長! それじゃ・・・・・・」

 ナオミは局長に何かを言いかけて口を噤みました。
 無理もありません。3人組から手渡されたチョコレートによって局長の思考はたった今停止したのですから。






 予知された時間まで余裕があったので、私たちのチームにバベル1での出動許可は下りませんでした。
 ナオミは憮然とした態度で私が運転する車の後部座席に収まり、こちらまで音漏れが聞こえる程の音量で携帯プレイヤーを聞いています。
 あの日以来、ナオミが助手席に座ることはなくなり、今のように大音量で音楽を聴くようになりました。
 それも、私が彼女に勧めたクラッシックではなく、私にはやかましいとしか思えないハードロックをです。
 私との会話を完全に拒絶する態度でしたが、そんなナオミの態度にすら私は魅力を感じていました。
 そして微かな喜びさえも。



 ―――愛情の反対は憎しみではなく無関心



 これは誰がいった言葉だったでしょうか。
 ナオミが聞いているプレイヤーは私がプレゼントした物でしたし、ナオミから受ける反発や嫌いと言う感情は、少なくとも私が彼女以外の女性に向けている無関心ではなかったのですから。
 やがて一言も会話が発生しない道行きが終わり、現場に着いた事に気付いたナオミは、携帯プレイヤーを止めると無言で車を降り河原へと向かっていきます。
 先日の雨で増水した河原で、4人の釣り客が大声で言い争いをしていました。

 「ナオミ、待つんだ!」

 「”さん”をつけろっていってんだろ!!」

 「ぐはっ!!・・・・・・ど、どうも様子が変だ! 増水した川はどう見ても釣りには向かない、それに4人ともこの曇天にサングラスをかけている・・・・・・」

 ナオミの念動によって小石だらけの河原にめり込みながら、私は感じ取った違和感をナオミに伝えようと必死に顔を上げました。
 そして、完全な不可抗力としてナオミの長くしなやかな足を、その付け根まで下から見上げる事になったのです。

 「どこ見てんだエロオヤジ!! 脂ぎった目で見んじゃねえっ!!」

 「ぐっ・・・・・・ナオミ、いや、ナオミさん。誤解・・・・・・じゃ無いかもしれないが、兎に角、私の話を聞くんだ」

 私は更に圧力を高めた念動に抗いながらナオミを何とか冷静にさせようとしました。
 しかし、私の視線はナオミの足に魅入られたように動かせず、より冷静さを失ったナオミは一層念動を強めたのでした。

 「指図されるのはうんざりなんだよ・・・・・・局長に担当者の変更をお願いしてるんだ。この仕事をさっさと終わらせて私は自由になるんだっ!」

 衝撃の事実と共に不意に止んだ念動。
 私の制止を振り切ったナオミは、宙を飛び釣り客の諍いを収めにいってしまいました。





 「止めないでくれスーさん! 俺はこのガキに釣り場のマナーを・・・・・・」

 「それはオラの台詞だぁーっ!」

 河原では太った釣り人と麦わら帽子の釣り人の言い争いを、お互いの仲間でらしきやせた老人と目の傷をサングラスで隠した男が仲裁していました。

 「いい年した大人がいい加減にしなさい!!」

 言い争いを止めるべく、彼らの頭上に姿を現したナオミの旁らには巨大な岩が浮いていました。
 ナオミはどうやら巨大な岩を全力で河原にぶつけ、その際に生じる衝撃波で4人を失神させるつもりのようです。
 ガッチンなど非常にマイナーなネタを選択した彼女を愛しく思いながら、私はナオミの元へと全速力で走り出しました。
 私の耳は、草むらから聞こえる独特な起動音を捉えていたのです。
 聞き覚えのあるその音は、ECM(超能力妨害装置)の起動音でした。

 「サイキック・衝撃失・・・・・・キャッ!」

 念動を妨害され落下したナオミを、私は間一髪で受け止める事に成功しました。
 同じく落下してきた岩石は、すぐ近くの川に落ち大きな水柱を上げます。
 増水の影響か、かなり水深が深くなっているようでした。

 「動くなッ! バベルの犬と特務エスパー!!」

 「貴様ら・・・・・・普通の人々かっ!!」

 ナオミを腕に抱いたまま振り返った私は、おとり役の釣り人4人の他に、6名の武装した構成員の姿を確認しました。
 ショットガン2、自動小銃2、後は普通のピストル。
 一瞬で敵の武装を確認し、草むらの中に偽装されていたECMの正確な位置を割り出したものの、私の腕はナオミを受け止めた衝撃にすっかり痺れていました。

 「いつまで抱いてんだよ!! このエロオヤジっ!!」

 「いいじゃないか・・・・・・こうして君を抱くのは鎌倉以来だ。覚えているかい?」

 「・・・・・・ECCMは機能しないの?」

 「残念ながら・・・・・・」

 腕の中で暴れていたナオミは私の一言で落ち着きを取り戻し、抱き抱えられた姿勢のまま大人しくなりました。
 私は聡明に育ったナオミが意図を察してくれた事に満足すると、差別主義の異常者を睨み付け皮肉たっぷりに嘲笑を浮かべます。

 「相変わらず姑息な手を使うな・・・・・・しかもこの前と同じ手とは。普通以下のオリジナリティについ引っかかってしまったよ」

 コイツらは普通というのがアイデンティティらしく、この手の時間稼ぎの挑発に容易く引っかかるのです。

 「俺たちは普通だっ! 化け物とそれに与する犬が偉そうにっ!!」

 「差別主義者が・・・・・・私たちをどうするつもりかね?」

 「情報を全て吐かした上で処刑する」

 「この子は大して情報を持っていない。開放してくれれば私の知っている情報は全て伝えよう」

 私の提案に、リーダらしき男は耳につく笑い声を上げました。
 本人は余裕を見せているつもりでしょうが、腕の痺れがとれるのをまっている私には大変ありがたい勿体付けです。

 「馬鹿を言うな! 我々はエスパーを人とは思っていない。異形の力をもつ怪物・・・・・・人類の天敵を生かして帰す訳ないだろう」

 しかし、この男が吐いた言葉は私にとって誤算でした。
 コイツらのエスパーに対する憎悪は、犯罪者が自分を捉えに来たエスパーにぶつけるモノとはベクトルが異なります。
 エスパーに対するむき出しの敵意を浴びせられ、私の腕の中で身を固くしたナオミは、孤独と不安の入り交じった表情を浮かべたのです。
 嗚呼、ナオミ、君にそんな顔は似合わない。私は君にそんな顔をさせないために、反エスパーの差別主義者や、ギラついた思春期のガキどもの薄汚い視線から君を遠ざけ続けてきたと言うのに・・・・・・私は、今までの努力を無駄にした普通の人々に殺意さえ覚えました。

 「バカはお前たちだッ!」

 私の怒鳴り声に、ナオミは驚いたように目を丸くしました。
 そういえばナオミの前で怒鳴ったのは初めてです。

 「いや、バカでキチ(ピー)だッ! こんなに美しい女性をつかまえて化け物だと! 美人にエスパーもノーマルも関係ない、見ろ、このしなやかな足をッ!!」

 私はその場で一回転し、馬鹿な差別主義者にナオミの全身を見せつけてやりました。
 予想外の行動に、引き金を引く者は誰もいません。

 「美人でスタイルも良く清楚で理知的。そして、この手に感じる温かさや柔らかさ・・・・・・この素晴らしさを理解できない愚物が人類を語るなっ!!」

 既に私の腕は感覚を完全に取り戻し、腕の中に抱いたナオミの瞳からも孤独や不安の光は消え去っていました。

 「このエロオヤジ・・・・・・」

 その調子、君に弱気な顔は似合わない・・・・・・
 ナオミの蔑んだような視線を受け、私の背筋に電気が走りました。

 「エロオヤジで悪いか! ナオミ・・・・・・君のためなら死ねる!!」

 私はこう言うと、振り向きざまナオミを川に投げ込みました。
 水面との距離は先程回転したときに計ってあります。
 そして、振り向いた動作のまま脇のホルスターから愛用のワルサーP38を抜き、ナオミを撃とうとする不届き者に鉄槌を下し始めます。
 まず自動小銃を持った2人、次いでショットガンの2人の利き腕を打ち抜き無力化するまで1秒とかかりませんでした。

 「動くなっ!!」

 すかさずリーダーの元に駆け寄った私は、その頭部に銃口を押しつけナオミの追撃に移ろうとした構成員を足止めします。
 計算では水に潜ったナオミは二度の息継ぎで、ECMの有効圏内から逃げ出すことが出来るでしょう。
 私の役割はその間、ナオミを攻撃させなければよいだけ。
 それ以降の彼女は念動で自分の周囲に空気の層を作り出し、安全な場所まで水中を移動するはずです。
 以前、泳ぎの練習に連れて行った鎌倉の海で私はナオミにそう教えたのですから。

 「どうやら無事に逃げられた様だな・・・・・・」

 ナオミの二度目の息継ぎを見届け、三度目の息継ぎが行われ無いことを確認してから、私はゆっくりと両手を挙げ降伏の姿勢をとりました。

 「ふざけたマネしやがって!」

 「待て、殺すのは情報を引き出してからだ・・・・・・」

 案の定、コイツらは私をすぐには殺さないつもりです。
 自分を拘束させることで敵の戦力を割き、ナオミの生存確率を上げるのが私の目的でした。
 そして、自動小銃の台座による力任せの一撃を受け、私は意識を失いました。

















 顔を打つ冷たい刺激に意識を取り戻すと、目の前に立つ男がそれ以上の冷たい視線を私に向けていました。

 「勝手に気を失うな・・・・・・」

 椅子に座らされ、両手を後ろ手に縛られたまま行われた尋問に意識を失っていたのでしょう。
 バケツの水をかけられ意識を回復した私は、何処かの倉庫内に拘束されている状況を思い出しました。
 殴られ熱を持った顔に、かけられた水の冷たさを心地よく感じたのも一瞬、冬の冷気に晒された濡れた体からは体温がみるみる奪われていきます。
 至極当然の反応として震えはじめた私に、男は先程とは異なる口調で尋問を始めました。 

 「最後にもう一度だけ聞く。君が把握しているだけで構わない・・・・・・特務エスパーの人員と能力を教えて貰おう」

 「断る・・・・・・」

 「そう言うと思ったよ」

 リーダー格の男が、私から奪ったワルサーP38を弄びながらゆっくり私に近づいてきます。

 「なんでこんな旧式の銃を使っているのか・・・・・・先程見せた射撃の腕、装弾数の多い新型やブラスターなら我々を倒せたかも知れないのに」

 ワルサーP38の装弾数は8発。あの場で全員を倒すのは不可能でした。
 いや、最初から撃退することを考えなかったからこそ、私はナオミを逃がすことができたのでしょう。

 「古いアニメ映画に影響されてね」

 「悪いが、そう言う冗談は嫌いなんだ」

 男は撃鉄を起こし私に銃口を向けました。

 「冗談ではないよ。あの子がそのアニメ映画をいたく気に入ってね。主人公と同じ銃を見せたら喜んだんだ・・・・・・私が主人公にあやかろうとしたのは内緒だが」

 「・・・・・・そう言う気持ち悪い現実はもっと嫌いだ」

 時間稼ぎの意図に気付かれたのか、男は躊躇いもせず私の腿めがけ引き金を引きました。
 乾いた音と共に焼け付く様な痛みが襲いかかってきます。

 「グッ・・・・・・」

 9ミリパラベラム弾が、私の大腿部の筋組織を突き抜けた痛みに私は堪えました。
 この苦痛に耐える事がナオミの為になると思えば、どうと言うことのない痛みでした。

 「苦痛に対する訓練もしているのか・・・・・・」

 男は何か激しい誤解をしているようでした。
 確かに私はロリコンの同僚とは違い、研究畑でなく諜報畑出身です。
 持ち前の才能から射撃の腕はオリンピッククラスになってますが、あくまでもキャリアとしての採用であってたたき上げではありません。
 当然対拷問用の訓練など受けている筈もなく、私が今まで苦痛に耐えていたのは全てはナオミの為なのでした。
 不思議なことにナオミの為と思うことによって、私は与えられる苦痛に性的興奮にも似た高揚感を感じていました。

 「いいか、同じ人間としてアンタの我慢強さは認めてやる。この出血と寒さにアンタならあと20分は耐えるだろう。いや、ひょっとしたら30分は耐えられるかも知れない・・・・・・しかし、40分は無理なんだ。悲しいが人間は奴らと違ってそんな便利には出来ていない。情報を吐け、そうすれば手当をしてやろう・・・・・・」

 男は私の返事を待つ制限時間であるかのように煙草を取り出すと、くわえたそれに百円ライターの炎を近づけていきました。

 「頼みがあるんだが・・・・・・」

 「話す気になったか?」

 自分の台詞が私の心を砕いたと思ったらしく、男は口元に勝ち誇ったような笑みを浮かべると、煙草に火をつける前にライターの炎を消しました。

 「それでいい・・・・・・服に煙草の匂いがつくとあの子に嫌われてしまう」

 「ふざけるなっ!」

 男にはり倒され、私は椅子に縛られたまま横倒しに倒れました。
 もちろんふざけてはいません。煙草の匂いも、今の体勢になるのもすべてこれから為に必要なことでした。
 私の耳は先程からオオカミの遠吠えに気づいていましたし、足下をうろつくネズミが敵の動向を探っている事にも気付いてました。

 「ふざけてはいない。実に重要な問題なんだ。私の付けている香水は日本では手に入らなくてね・・・・・・」

 「何が言いたい!?」

 「バベルにはその匂いを追えるエスパーがいると言うことだ」

 男が私の言った言葉を理解した時には既に時遅し、窓を突き破って突入してきたオオカミやテレポートしてきた特務エスパーによって男たちは一瞬で制圧されたのです。
 その中にナオミの姿を認め、私は冬の川に投げ込んでしまった彼女が無事だった事に心底ホッとしていました。

 「皆本サン。オヤジ臭かったが一生懸命臭いを辿ったゾ」

 「良くやった初音。葵、谷崎さんを急いで外へ!」

 「ちょっと待てッ! オヤジ臭いとはどういう意味だッ! それに私を抱き起こすのはナオミの役ウッ・・・・・・」

 出血の影響か、同僚に縄を解かれ姿勢を起こされた私は急激な目眩に襲われました。

 「まー、谷崎はん、そう興奮せんと・・・・・・これ何本に見える?」

 「6本・・・・・・」

 手の指の数を聞いてきたテレポーターにこう答え、私は再び意識を失いました。










 あれから一週間が経ちました。
 バベル付属の医療施設で治療を受けた私は、そのまま特別病室で入院生活を送る事になっていました。

 「もう少しで退院ですって?」

 「ああ、リハビリの経過次第だがおかげさまでね・・・・・・」

 お見舞いに来てくれた同僚に素っ気ない返事を返すと、私はふて腐れたように窓の外へと視線を向けました。
 見舞いの品を略奪に来たとしか思えない3人の子供たちが、今の私には眩しすぎたのかもしれません。
 子供たちは同僚にまとわりつきながら、見舞いの果物に―――特に高額な物から手を伸ばして行きました。

 「コラ、少しは遠慮しろ!」

 「構わんさ。君たちは命の恩人だ・・・・・・見舞いの品を全て持って行って貰いたいくらいだよ」

 私はナオミの様子を尋ねたい欲求を無理にねじ伏せ、感謝の気持ちを同僚と3人の子供たちに伝えました。
 面会謝絶が解除されてからも、ナオミは私の見舞いに来ることはありませんでした。
 ナオミ以外から送られる数々の見舞いの品は、より一層私を落ち込ませていたのです。

 「この花は残しておいた方がいいんじゃない?」

 気付くとサイコメトラーの少女が、花瓶に活けられた花を手にとっていました。

 「かまわんよ・・・・・・検査で部屋を空けると新しいのに変わってるからね。大方ルームサービスの一環さ、今日も検査中に交換されてたからあと数日は持つだろう。気に入ったら遠慮無く持って行くがいい」

 「いらないわ・・・・・・」

 少女は素っ気なく花瓶から手を離すと、空の車椅子を押しながら姿を現した私の担当看護師に道を譲りました。

 「谷崎さん、今日は天気もいいし表に出てみませんか?」

 若く魅力的な女性でしたが、困った事に彼女は私の事を少し誤解しているらしく、何かにつけて世話を焼こうとしてくれます。
 彼女の中では、私は身を挺して担当エスパーを救った英雄に変貌しているようでした。

 「すまんがそんな気分じゃないんだ・・・・・・」

 担当エスパーを守り抜いたという点では、私は目の前にいる同僚と同じことをしたに過ぎません。
 いや、担当エスパーを囚われの身にしなかった結果だけをみれば、私のとった行動は彼よりも賞賛されるのかも知れません。
 しかし、それはあくまでも一般論であり、現実は彼には子供たちが寄り添い、私の病室にはナオミは姿を現しませんでした。
 私は自分がナオミに対して行っていた教育が、間違いであったことを思い知らされていたのです。

 「いいじゃない・・・・・・中庭なんか日当たりが良くって気持ちよさそうよ。薫ちゃん!」

 「OK、オッサン! 美人のナースに優しくされるなんて今のうちだけだぜ! 金払わなきゃみたいな!!」

 サイコメトラーの少女が口にした合図に、3人の中で最もがさつな少女が念動で私の体を車椅子へ移動させます。
 看護師は慌てた様子で私に防寒用の上着を渡すと、用意した毛布を私の膝にかけてくれました。

 「じゃあ、なるべく治りが遅い方がお得やな!」

 「葵、冗談にも言って良いものと悪いものがあるんだぞ!」

 「いや、急いで職場復帰する必要もなさそうだし、その子の言う通りしばらくのんびりするのも悪くはないな・・・・・・」

 私は車椅子の背もたれに体重を預けると、同僚の注意を受けたテレポーターの少女に助け船を出しました。
 恐らくナオミとのチームは解散でしょう。
 私はこれを機にバベルを離れ、何処か遠くの地で静かに暮らすつもりでした。
 そう決心した途端、同僚と子供たちの関係は私の目に微笑ましく映ったのでした。

 「いい天気だ、本当にのんびり体を休めたくなってきた」

 看護師に車椅子を押されながら中庭に出ると、私は温かな日差しに迎えられました。
 眩しい日差しに目を細め押されるがままに中庭を進むと、中庭を仕切る薔薇の生け垣が切れベンチの端が目に入りました。

 「休めればいいけどね・・・・・・」

 何か含むような様子の言葉に、私はサイコメトラーの少女に視線を向けようとしました。
 しかし、私の目は別な光景に釘付けになってしまったのです。
 中庭のベンチにはナオミが座っていました。それも、その手にチューリップの花束を持って・・・・・・
 それは出会った頃の彼女が教えてくれた、彼女が一番好きな花でした。
 ナオミは浮かべた驚きの表情をすぐに鎮め、ベンチから立ち上がるとこちらに歩いてきます。
 予想もしなかった再会に、私の心臓は早鐘のように拍動し、塞がって間もない腿の傷口が鈍く疼きました。

 「透視んだの?」

 「透視まなくてもわかるわ・・・・・・」

 ナオミはサイコメトラーの少女と言葉を交わすと、手に持ったチューリップの花束をベンチ脇のゴミ箱に放り込んでから、私を一瞥もせずに歩き出しました。
 置いて行かれた失意に、私は胸が締め付けられる痛みを感じながらナオミの後ろ姿を見送っていました。

 「行くわよみんな」

 落ち込む私の姿を見たくないのか、サイコメトラーの少女は仲間を促し何処かにテレポートしていきます。
 後に残されたのは失意のどん底にいる私と、状況がよく飲み込めていない看護師、この場を離れようとしているナオミだけ。
 20メートル程離れたでしょうか? ナオミは急に振り向くと、私を真っ直ぐ見つめ大きく息をすう仕草をしました。

 「イチロー!」

 ナオミに名を呼ばれ、私の体に歓喜が走りました。

 「おいで!!」

 「ぶぁい!」

 ハイ! と返事をしたかったのですが無理でした。
 私の顔は涙でクシャクシャになっていたことでしょう。

 「谷崎さん! 急には無理ですッ!!」

 「いいんでふっ!」

 私が車椅子から立ち上がろうとするのを看護師が慌てて止めようとしましたが、私は恥じも外聞もかなぐり捨て彼女の手を払いのけながら一歩、また一歩とナオミの下へ歩いていきました。
 情けない私の姿に、看護師は幻滅したような顔を浮かべましたがそんな事はどうでも良いことでした。
 一歩足を踏み出す毎に腿の銃創が激痛を生み出しましたが、それに耐えることで私はナオミへの愛を証明しようとしていました。
 全身に鳥肌が立ち、一層激しくなる痛みに脂汗が吹き出します。
 ナオミの下に辿り着いた時には、私は自分の感じている感覚が、痛みかどうなのかすら分からなくなるほど高揚していました。

 「私のことを呼び捨てにしないで ”ナオミさん”て呼ぶかっ!」

 「呼びますっ!」

 「私に好きなことをさせるか、一々干渉なんかしないかっ!」

 「しないっ!」

 「私を理想の女に育てるなんて、気持ち悪いことを二度と言わないかっ!」

 「言いませんっ!」

 「きっとかっ!」

 「きっと!」

 私がこう宣言した途端、傷ついた足にかかる体重が消滅しました。
 ナオミさんが念動で支えてくれたのだと、私はすぐに気付きました。

 「それじゃぁ、エロオヤジじゃなく知人のイチローにしてあげる・・・・・・可哀想だから」

 こうして私とナオミさんは再びチームとして動き出すことになりました。
 私は我が儘となった彼女に振り回されながら、前以上の幸せを感じつつ日々の任務をこなしてます。
 彼女は私の事を”イチロー”と呼ぶようになりました。




 これで私たちチームの記録は終わりとします。
 これを読んで、馬鹿馬鹿しいと思う人は笑って下さい。
 教訓になると思う人は、いい見せしめにして下さい。
 私自身は、ナオミさんに惚れているのですから、どう思われても仕方がありません。
 ナオミさんは今年で16で私は36になります。






 ――――― 知人のI ―――――



       終

 すみませんでした。m(_ _)m
 週刊連載を始める段階から、落としたら【代原】ネタをやらせて頂こうかと考えておりました。
 来週、総集編を投稿することは無いと思いますので何卒ご容赦ください。

 また、旧GTYに投稿した今作を未読だった方が、読んでくれたのならば幸いです。

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