「ふんふふ〜ふふ〜ん♪」
鼻歌を歌いつつ、少女はクローゼットの前に立っていた。
「このドレスだったらこのリボンの方が似合うかしら。
ん〜、でもこっちも捨てがたいわねぇ…」
どうやら服装の組み合わせを決めかねている様子。
コンコンッ…
『不二子さぁん、まだぁ?』
ノックの音に続いて少年の声がドア越しに聞こえてくる。
どうやらこの少年は、少女が着替えるのを待っているようだ。
「もうちょっと待ちなさい。
女の着替えを待つのは男の役目よ?」
扉に向かってそう言いながらも、鏡の前でドレスを自分の身体に合わせる少女。
今度はドレスの色が気に入らないのか、別の色のドレスをクローゼットから出してくる。
『そうは言っても、もう2時間は待ってるんだけど…』
呆れた様子で少年が返事をする。
「2時間?」
少年の言葉に、少女は部屋に置かれた時計を眺める。
美しい彫刻がされた大きな振り子の時計は、もう少しで11時を指すところであった。
「なんだ、まだ11時じゃない。
出発は12時だから1時間はあるじゃない」
『じゅ、じゅうにじ出発ぅ!?』
少女の言葉に声を裏返しながら叫ぶ少年。
「あら、言ってなかったかしら。
お昼を食べた後に劇を見に行くのよ」
『き、聞いてないよっ!
最初から12時出発って言ってくれれば他のことして時間潰してたのにっ!
不二子さんが「着替えてくるからちょっと待っててね」なんて、すぐ終わるようなこと言うから待ってたのにっ!』
どうやら少年は、部屋の前で律儀に待っていたらしい。
「おほほほほほ、確認しない京介が悪いのよ。
ま、あと1時間待ってなさい」
コロコロと笑いながら少女は言う。
『あと1時間かかるって決まってるの!?
それだったら部屋に戻って本でも読んでるよっ』
「駄目よ」
スパッと、少年の言葉をぶった切る少女。
『なんでっ!?』
「女の支度には時間が掛かるの。
それに言ったでしょう、待つのは男の役目だって」
『僕が何処に居ても同じだし、不二子さんがどんな服を着ても同じでしょ!?
そもそも、不二子さんの服装にケチつける度胸のある奴なんて居ないよっ!?』
我慢の限界であったのだろう、胸の奥に仕舞っていた言葉をついに出してしまった。
「あら、じゃあ京介が私をコーディネートしてくれるの?」
『…え゛?』
「そこまで言うんだったら、私が劇に行っても周りの方々に相応しいコーディネートをしてくれるのよね?」
ニヤリと、意地の悪そうな笑みを浮かべながら少年へ言う少女。
遠回しに少女は言っているが、要するに『自分で私を着替えさせろ』と少年に言っているのだ。
『………』
「あら、出来ないの?」
『ま、待ってれば良いんでしょ、待ってればっ!』
少女の言葉にムキになりながら叫ぶ少年。
「そうそう、それでいいのよ。
もっとも、そこで入って来れるのが『良い男』なんだけどね〜」
『え?
何か言った?』
「なんでも無いわよ♪」
まだまだお子様な少年を笑いつつ、少女は服選びを再開するのであった。
『不二子さぁん…もう12時半だよぉ…お腹空いたよぉ…トイレ行きたいよぉ…』
二重苦に挟まれながらプルプルと震える少年が、悲痛の叫びを上げる。
『不二子!早くしなさいっ!
このままだと昼食抜きで観劇することになるぞっ!!』
ドンドンドンッ!と、扉を激しく叩くのは少女の父親らしい男である。
「もう少し、もう少しだってばっ!!」
扉の向こうからは、鏡の前に座って何回目かのリボンの直しを行う少女の叫びが聞こえてくるのであった。
「………ふっ」
薫の着替えを待っている間に本を読んでいた兵部は、不意に思い出した記憶に失笑した。
「?
少佐、その本そんなに面白いんですか?
漢字がいっぱいで私には難しそうに見えるんですけど」
兵部の座るソファの後ろに立っていたカズラが、兵部の持つ本を覗き込んで聞いてくる。
「いや、ちょっと昔のことを思い出してね」
いつの頃からだろうか、待つ時間の暇潰し用に持つようになった文庫本を眺めながら言う。
その原因となった女性と決別してからも、これを持つ癖は直る事は無かった。
昔も今も、女性の支度と言うのは時間が掛かるので重宝している。
そう言うことを身を持って教えてくれた彼女には感謝すべきなのか。
「ちょっと!早くしなさいよっ!!」
「あと10分っ!!」
「さっきは『あと5分』って言ってたじゃない!!」
『ソノ前ハ3分ッテ言ッテタゾ』
「なんで着替えるだけなのにそんなに時間が掛かんのよっ!」
「うるさいっ!女は出掛けんのに時間が掛かるんだよっ!!」
「………まだまだ掛かりそうだな…」
ヒートアップしている2人+1匹をちらりと見やり呟く兵部。
「…そうですね…。
なんで着替えるだけなのに30分近くも待ってるんだか…」
呆れるように溜め息をつきつつ、カズラはソファにもたれかかる。
「………」
何か言いたげにカズラを見やる兵部。
「?
どうかしました?」
「いや、別に」
クィーンの気持ちがわからないってことは、澪もカズラもまだまだ子供だな。
そんな言葉を胸の奥に仕舞い、兵部は文庫本へ視線を戻すのであった。
(了)
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