皆本と優夜は、病院の廊下を走っていた。皆本の携帯に、葵が車に轢かれたと連絡が入ったのである。
2人が、受付で聞いた葵の病室に着くと、ちようど病室から医師が出てきたところだった。
「先生、葵は、葵は無事なんですか!?」
優夜が声を上げる。医師は静かに言った。
「幸い車も速度は出ていないようでして、頭を強く打っていますが脳波に乱れはありません。他は軽い打撲が数カ所ありますが、いずれも生活や身体機能にも問題はありません。今も意識は戻って元気にしていますよ」
その言葉を聞いて、2人はほっと息をついた。
ガチャリ。
「あ、優夜に皆本はん」
2人が部屋にはいると、窓際にあるベッドに葵がいた。眼鏡はかけていない。起き上がっていることから、確かに大丈夫だと言うことを2人は確認した。
見れば、葵の髪の下から包帯が見える。また、その包帯の下から、僅かに固まった血が見えた。
「良かった、大丈夫そうだな。葵」
「うん、何とか。看護婦さんも先生もみんな外傷が少ないことに驚いて……………って、どうしたん?優夜」
葵は皆本の横で口を開けて固まっている優夜に気付いた。
「いや、こんな時不謹慎やって思うんやけど」
優夜は息を呑んで、一拍置いてから言った。
「葵って眼鏡外してると中々可愛いもんやなあってぶっ!」
言い切るか言い切らないかの微妙なタイミングで、葵の投げた枕が優夜の顔を直撃した。
「っつ…………何すんねん!オレバカにしたつもりないで?今の普通に考えて褒め言葉やろ!」
「面と向かってそんなこと言われると恥ずかしいに決まってるやん!第一、眼鏡かけてるウチは可愛くないんか!?」
「誰もそんなこと言うてへんやん!」
「遠回しに言ってるやんか!」
「はいはい、ストップ!」
このままボルテージが上がると手が着けられなくなるので、なんとか皆本は2人の間に入って口喧嘩を止める。第一、このままでは話が進まない。
「それで、葵。一体どうして車に轢かれたんだ?」
「それが良く解らへんねん。なんか、道で急に肩叩かれて、振り向いたら急に気ぃ失って、気付いたらここに………………」
「気を失った?」
「うん。それから後のことはさっぱり覚えてへん。看護婦さんに言われて、ウチは車に轢かれたんやって知ったんやから」
明らかに不自然だと皆本は感じた。
「優夜君、葵を透視してみてくれ」
「分かりました」
そう言って、優夜は葵の頭に手を置き、透視を始める。
(何で頭に………………あかん。何でウチこんなに優夜のこと意識してるんやろ…)
それさえ透視されていることも気付かない葵はある意味幸せ者である。
暫く透視していた優夜が、突然唸り始めた。
「うーん………………はっきり読み取れないけど、超能力で何かされたんは間違いない。まあ、多分催眠をかけられたんやと思う」
「となると、やはり催眠をかけたのは綿貫か……………?」
「なんや、あの人逃げたんか!?」
葵は驚いて目を見開いた。
「むぅ………………それじゃあウチの推理で犯人を追いつめられへん…………」
「は?」
皆本と優夜が 逆に目を見開いた。
「犯人を追い詰めるって?」
「ああ。ウチ、謎が全て解けてんねん。遺書の違和感も、動機もトリックも、全部」
「な、なんやて!?」
「せやけど、まだ完璧に推理が出来上がったわけでもないんや。せやから、皆本はん、バベルに協力を仰いでもらえへん?今夜までに決着つけなあかん」
そう言って、葵は2人に自分の推理と、やってもらいたいことを説明し始めた。
*
真夜中。12時をまわった病院に、1人の男がいた。
まるで戦国時代に暗躍したとされる忍者のように、その男は足音一つたてずに廊下を歩いていた。
そして、不意に足を止める。
「305 野上葵」と書かれたプレートを確認すると、静かにその扉を開ける。
窓は開けてあり、そこから吹き込む風がカーテンを揺らし、月光が目標である1人の少女の姿を暗い部屋に浮かび上がらせていた。
昼間の暑さが少し残る部屋を進み、ベッドへと歩み寄る。右手に握っていた折り畳み式のナイフを開き、しっかりと握り直す。
再びベッドに視線を向けると、ある違和感に気付いた。
(全く動かない……………息も、していない……………まさか!)
男は慌てて布団をめくる。そこにいたのは、黒い髪のカツラをかぶった小さいマネキンだった。
(な……………に!?)
「残念やったなぁ。そこにいたのがウチじゃなくて」
男がドアの方に振り返ると、その入り口には、1人の少女、自分の標的である野上葵が、そこにいた。
「例え警察は騙せても、この絶対可憐な美少女探偵、野上葵は騙せへんで」
葵は、まるで数多の戦いを勝ち抜き少し戦況を見ただけで勝利を確信した武将の如く、勝ち誇った表情を浮かべていた。
眼鏡をかけていないその瞳は、全てを見透かしたかのように月光に輝き、漆黒の髪は夜風に舞う。
戦う前から勝利宣言をするように、夜の闇に咲く葵の花のような笑みを浮かべながら、葵は自分を殺すつもりであろう男の名を言った。
「驚いたやろ、連続自殺事件の犯人、如月要はん?」
如月要は、ギリッと歯軋りをした。
「何で僕が犯人?確かに今の僕は殺人を犯しそうな人に見えるだろうけど、これは護身用で、僕は君を犯人から守りに来ただけだよ」
「苦しい言い訳やな。まあええわ。否定するなら、否定出来へんようになるまでウチの推理、聞いてもらいましょ」
葵はゆっくりと歩き出す。
「今回の事件は、要はん、あなたの大学時代の親友、国見竜彦の復讐や」
要は何も言わない。葵は更に続ける。
「犯行自体は単純や。ヒユプノで催眠をかけ、自分で遺書を書かせ自分で死ぬ。確かに一見自殺やけど、ヒユプノによるれっきとした殺人や。
最初の3人は自宅やホテルで。4人目はコンビニでの会計時に催眠をかけたんや。その後、近くからサイコメトリーで様子を伺ってたんや。もし何らかのトラブルが起きたとき、すぐに対応できるように」
「そろそろ口を挟んで良いかな?」
要が言った。
「確かに、それは正しそうだ。最も単純だが、最も現実的な方法だね。ヒユプノも、能力はヒユプノ自身でカモフラージュ出来る。しかし時間はどうだ?僕の家はそれぞれの遺体発見場所からかなり離れてる。そんな簡単に言うけど、僕には犯行は無理じゃないかな?僕のアリバイは、家族全員の証言で確定しているんだよ?」
要はゆっくりと言った。そして、先程までとは違い表情に多少の余裕が見える。
しかし、葵はその表情を粉砕せんと言葉を紡ぐ。
「そんなの簡単や。あなたはサイコメトラー、ヒユプノ能力者であると同時にテレポーターでもあったんや。超度は多分3か4。ヒユプノは6くらいやろな。複合能力者は珍しいけど決していないわけやない。ヒユプノで、ヒユプノとテレポート、2つの能力の存在を無いと周囲に思い込ませていたんや」
葵はここで一旦区切り、要の様子を見る。
反論した時より表情は不安げだが、まだ余裕はあるようだ。
「あなたは、出来る限り自分のアリバイを強くするため、家族全員が揃う食事の時間に、『腹痛が酷い』などと言って席を立ち、テレポートで現場まで行ったんや。まあ、毎回そうするわけにもいかないから、『大事なレポートがあるから』と理由をつけたんやろ」
「ちょっと待った!言っただろう?僕はサイコメトラーで、それ以外の能力は無いって警察で調べてもらったって」
要の表情に、僅かながら焦りが見え始めた。
「せやったら、バベルで同じ検査を受けてもらえへん?ああ、言っておくけどバベルの機材は警察とは比べ物にならへん。どんなにヒユプノで存在をカモフラージュしようが、見逃さへんで!」
「………………………………」
要は何も言わない。いや、言えないのかもしれない。
「どうしたん?嫌なんか?そこまで自分はサイコメトラーだって言い張るんやったら、堂々と検査を受けてやるって言うはずや。それとも、何か問題でもあるんか?」
「仮に、僕が君の推理通り複合能力者だとしても、僕が犯人だという証拠がないだろ?それにだ。他にも綿貫が容疑者に上がっているんだろう?なら、彼を疑うべきじゃないか?」
「いや、それはないんです」
要の質問に答えたのはいつの間にかドアの近くにいた皆本だった。
「今日の昼、脱走した綿貫剛は再び逮捕され、バベルで厳密なESP検査を受けたんです。その結果、超度3のヒユプノのみと、結果が出たんです」
続けて、皆本の隣にいた優夜が言う。
「普通、ヒユプノは超度に比例して洗脳の度合いが強くなるらしいんや。『ジャンケンでグーを出せ』程度しか出来ない超度で、人に自然な形で自殺をさせるような洗脳はかけられるわけがない」
葵は再び、ドアの前に戻ってくると、月光を反射する瞳で要を見据えて、言った。
「そういう事や。検査結果に文句があるんやったら要はん、あなたもこの検査を受けてくれまへん?」
「くっ……………………」
要は言葉に詰まった。
「それに、あんたが犯人やって言う確証はまだあんねんで。それは、5人目の被害者、あなたの婚約者だった棗雪奈さんの遺書や」
葵は、遺書のコピーをポケットから取り出し、要に見えるように広げた。
「一見、不思議な位置に読点が打ってあって読み辛いんやけど、これを読点で改行すると………………」
家族のみんなへ
何だかもうダメです頑張ったけど
目指すものには届かず非才がこう
自分を苦しめるばかりではいつか
死を考えるようになり何かのお
許しが出るのを待つように時を重ね
辛抱できずに首を吊ることにしましたこれが
天恵ですどうか私の死を悲しまないで下さい
「そして、漢字を平仮名に直し、最初と最後を並べる」
かぞくの
なんだか
めざす
じぶんを
しをかんがえる
ゆるしが
しんぼう
てんけい
がんばったけど
ひさいがこう
いつか
なにかのお
ときをかさね
これが
ください
「そして、最初と最後の文字を続けて読むと」
『かなめじしゆしてどうかおねがい』
「要自首して。どうかお願い。これが、雪奈さんが遺書に残したメッセージやったんや」
「な……………………」
要は悲痛な表情をしていた。
「恐らくあなたは、婚約者である雪奈さんに催眠をかけることに、無意識に嫌がっていたんや。元々、催眠はしっかり効くけど、サイコメトラーには読み取られないギリギリの所でやってたんやろうから、少し気持ちに狂いが出ただけで僅かに雪奈さんに自我が残ったんやろう。それに」
葵は優夜に視線を移した。
「優夜が遺書を透視したのにほんの少ししか思念波を読み取れなかったのは多分思念波が薄かったからじゃなくて、要さんにしか読めないようにしてたんやと思う」
再び視線を要に戻し、葵は要に本物の遺書を渡した。
「嘘やと思うんやったら試しに透視してみぃ?」
要は、震える手をやっとの思いで伸ばし、遺書に触れる。
『要、まず、あなたに謝らなきゃいけないね。本当にごめんなさい。でも、竜彦が自殺したのは私達が原因じゃないの。竜彦は、質の悪い借金取りに追い回されてたの。私達が何とか話しかけようとしているのが、イジメているように見えたんだね。本当はすぐに教えるべきだったんだけど、私達で話し合って、ショックを与えちゃうかもしれないから話さないでいよう、って決めたの。
もし、勘違いしているなら、すぐに考え直して。罪を犯したのなら、それを償って。反省は次に繋がるけど、後悔は絶対にしないで。私達は殺されたこと、ううん、自殺したことに恨みも、後悔も無い。だって、私達の失敗が招いたことだから。でも、私達には次がない。だから、要が罪を償って、私達の考えを少しでも感じて。
そうしてくれれば、私達の失敗も反省も、無駄じゃないから』
「ゆき、な………………ゆ、きな……………」
要は、その場に崩れ落ちた。その目には涙が溢れている。
「まだ大丈夫や。罪は償える」
こうして、京都で起きた連続自殺事件は幕を閉じた。
如月要はその後皆本に付き添われ、警察に出頭、逮捕された。
*
「葵、本当に行くのか?」
「優夜君には挨拶せぇへんでええの?」
「かまへんかまへん!別に永遠にサヨナラするわけやないやん。また帰ってきたとき挨拶する」
事件が解決し、葵も病院から退院して、気付けば夏休みも終わりが近づいていた。
そんなわけで、葵と皆本はこれから帰る所なのだ。
「また、戻ってきいや。今度は薫ちゃんと紫穂ちゃんも連れて。皆本はんも、是非またいらして下さい」
「ええ。それでは」
「ほな、またな。ユウキ、お母はん!」
そう言って、2人は新幹線に乗っていった。
「そう言えば葵、君のお母さんから聞いたんだけど、何でも昔優夜君と喧嘩したまま別れたらしいじゃないか。一体、何でなんだ?」
「別に何でもええやん!」
葵はぷいと窓の外へと視線を向けた。
遠い昔の記憶が、うっすら蘇る。
(葵ちゃん、優夜君のこと好きなんやろ?)
(別にウチはこんなやつ……………)
(せや、こっちから止めて欲しいわ)
(何やて!?)
優夜が初恋の人で、お互いそれを認めず意地の張り合いで喧嘩した、等と、葵は口が裂けても言えなかった。
(だって、ウチの大切な初恋の思い出やもん)
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