野上葵は現在中学生。超度7のテレポーターで、バベルの特務エスパー『ザ・チルドレン』の1人である。
この話は葵が中学生になってから最初の夏休み、京都に帰ったときの話である。
7月28日、葵は新幹線の中にいた。
「今頃はみんなそれぞれ移動してんのかなぁ?」
紫穂は、賢木と皆本と共にコメリカに行くはずだし、薫は今頃は家族水入らずで沖縄で楽しんでいるはずだ。
『次は、京都、京都』
車内にアナウンスが流れる。葵は座席の前に出していたペットボトルをショルダーバッグの中にしまい、携帯を開く。
「12時ちょいすぎか…………だいたい時間通りやな」
やがて新幹線は京都駅ににつき、葵はボストンバッグを肩に掛け、降りる。
「久しぶりやなー。ここんとこ任務で忙しかったからなー」
約2年ぶりに訪れた故郷に、葵はゆっくりと降り立つ。
改札を出ると、真夏の日射しが降り注いでくる。
「久しぶりやし、ちょつと歩いて行こか」
テレポーターである葵はすぐに実家に帰ることも出来たのだが、やはり2年ぶりとなると、ゆっくりと町を見てみたいと思うのだ。それに、
「最近太ってきたみたいやし……………たまには動かんとあかんな……………」
13歳の少女の深刻な悩みである。
しばらく京都の街並みを見てから、葵は実家へと帰った。
「ただいまー」
葵が帰ってくるや否や、弟のユウキが奥から駆けてきた。
「お帰りっ!ねーちゃん」
「ただいま、ユウキ。お母はんは?」
「いるよ。お母ちゃん!ねーちゃんが帰ってきたよ!」
すると、葵の母が顔を出した。
「あらあら、お帰り、葵。久しぶりやね」
「久しぶり。お父はんは仕事?」
「せや。7時位に帰ってくる言うてたな」
葵は時計を確認した。1時半。まだ父が帰って来るには時間がある。
「それなら、ちょっと行きたいところがあんねん」
「それは別にかまへんけど、葵疲れてへんの?明日でもええやん?」
「ウチは別に疲れてへんから大丈夫や。ほな、行ってくるわ」
そう言って、葵は家を飛び出した。
葵は、4歳まで、この京都で育った。しかし、4歳で急に能力が強くなり、バベルに保護された。
(あん時は色々あって、要らないからバベルに捨てられたなんて思っとったけど、今考えてみれば馬鹿らしい話やなぁ)
葵が向かったのは、バベルに入る前にいた幼稚園だった。門の外から中を見てみる。
(急にバベルに行かなあかんかったから、結局みんなに挨拶出来んかったなぁ)
幼稚園も夏休みなので園児の姿はない。事務室にいる先生は、葵の見覚えがある先生ではなかった。
(やっぱりおらんよな)
自分を知ってる先生がいれば、自分がここを去った後の話を聞けると思ったが、よく考えてみればもう9年も経っているのだ。なかなかいないだろう。
(はぁ、最初に戻ってきたときに会いに来れば良かったなぁ)
葵は、深く溜め息をついた。
(優夜……………喧嘩したまま別れることになってしもたけど、優夜は元気でやっとるやろか?)
優夜。
葵が幼稚園にいた頃、いつも男の子からいじめられていた女の子達を助けてくれていた英雄のような存在。それが優夜だった。
(なんとか会えへんかな。謝りたいんやけど……………)
葵は出発前日、優夜と喧嘩をしていた。その原因は今思えば、恥ずかしくて口に出せないのだが。
(はぁ、なんかとんだ無駄足やったなぁ)
帰ろうと、歩き始めた時だった。
「あれ?葵か?」
振り向くと、そこには、朝月優夜がいた。
何故か皆本と共に。
<野上家>
「えぇ!?優夜って特務エスパーやったん!?」
葵が驚いて目を丸くする。
「そうなんよ。しっかし驚いたわ。まさか葵が『ザ・チルドレン』の1人やったとは」
優夜も驚きを隠せない。
「優夜君は最近、目覚めたばかりのエスパーなんだ。超度6のサイコメトラーでね。で、早速任務に当たってもらう事になったんだけど、担当がいないだろう?そこで僕が来たのさ。葵もいるし、僕が一番連携を取りやすいってわけでね」
皆本が事情を説明する。
「なるほどなぁ。で、任務って何なん?やっぱりサイコメトラーやから犯罪捜査か何か?」
「あぁ、せやせや。葵はニュースで見たことある?連続自殺事件」
「ああ、確か…………この辺で4人位連続で自殺してるやつやろ。でもニュースではそれぞれ関連性は無いって…………」
「ニュースではな。確かに、死亡した4人は全員、遺書を書き残してるし、それは間違いなく本人の書いたものやって確認してる。遺書に書かれてる自殺の理由やって、みんなバラバラや。でも」
優夜は一口、水羊羹を食べてから言った。
「でも、その遺書を透視して何も読み取れへんかったら、どうや?」
普通、自殺前に遺書を書いたのなら、それには自殺者の残留思念が染み着いているはずだ。しかも遺書となれば、ちょっと時間が経ったくらいで薄れたり消えたりするはずはない。
葵は、1つの答えを見つけだした。
「まさか…………エスパーが絡んでるんか?」
答えたのは皆本だった。
「ああ。恐らくね。バベルと京都府警は、まだ公にはしていないけど、ヒユプノの能力者による間接的殺人と見ている」
葵は息を呑んだ。ヒユプノが使われているなら、紫穂のような高超度の精神感応系エスパーでないかぎり、防ぐ手だてはない。
「ヒユプノなら、周りに催眠をかけて自分は普通人だとして能力を発見しにくく出来る。仮に見つけたとしても、普通人や超度の低いエスパーなら催眠をかけられてまう。せやから、オレが担当することになったんや」
「紫穂も賢木もコメリカに行っただろ?そこで優夜君に白羽の矢がたったのさ」
そう言えばそうだった、と葵は気づいた。
「て言うことは、皆本はんは紫穂と賢木センセイを2人っきりにしてこっちに来たんやな?」
「まあ、急な召集だったしね。それに、あの2人に限って危ないことはないだろ?」
一抹の不安を覚えながらも、葵は話を戻す。
「まあええわ。それで優夜、犯人のあてはあるん?」
「被害者の関係を探ったらな、みんな元々同じ大学やったみたいや」
ここで事件を詳しく説明すると、最初に事件が起きたのは7月19日。京都でOLをやっていた松沢里奈さん(24)が、深夜2時頃、マンションの自宅で首を吊って死んでいるのを、友人とそのマンションの管理人が見つけた。
その2日後、フリールポライターの大竹智史さん(25)が、宿泊していたホテルの屋上から飛び降り死亡。
その翌日、無職の星正也さん(24)が自宅で首を吊って死亡。
その3日後、コンビニでバイトをしていた樋口愛さん(24)が、店内で突然ナイフを腹部に刺し、出血多量で死亡。
4人は以前同じ大学の演劇のサークルに所属しており、関係者はみな、「自殺なんてする人ではない」と口を揃えて言っている。
「なるほど」
「で、捜査線上に上がったのが、この如月要ってにーちゃんや。年は25。被害者4人と同じ大学、同じサークルに所属していた」
「それで、この人物を調査するのが、今回の任務なんだ」
ようやっと現状を理解した葵は、麦茶を飲み干すと、一息ついて言った。
「なら、ウチも協力するわ。移動もテレポート使た方が楽やろ?」
やっぱりといいたげな表情をして、皆本が言った。
「しょうがない。場合によっては葵に応援を要求するつもりだったけど…………優夜君も、それでいいかい?」
「もちろんや!ただし、危なくなったら葵は逃げるんやぞ」
「なんや、格好つけて。別に皆本はんと優夜が守ってくれるんやから平気やろ」
「それは頼られてるって解釈してええんやな?」
「べっつに?昔優夜が言うてたやん。『オレが葵を守ったる』って」
優夜は頬を赤らめて言う。
「そない昔のこと覚えとったんか?あーっ、お前相変わらずのツンデレやな!」
「ほっとき!」
(昔からツンデレだったのか……………)
そう、思わずにはいられない皆本だった。
結局、その日は時間が無くなってしまったので、捜査は明日からとなった。
優夜は両親に電話をし、葵の家に泊まることになった。
「ぅん……………なんだか寝付けへんな」
葵はベッドから起き上がると、台所に水を飲みに行く。
するとそこには、優夜がいた。
「なんや、優夜まだ起きとったんか」
「そっちこそ。眠れへんのか?」
「まあ、ね。久しぶりに京都に帰ってきたし、優夜にも会ったし」
「葵…………」
「ゴメンな、優夜。結局、謝れへんまま別れてしもた」
優夜はゆっくりと、優しく答えた。
「別にかまへんて。それに、あれは元はと言えばオレが……………」
「そんなことあらへんて。あれはウチが…………」
葵が言おうとしたことを、優夜が言葉で遮る。
「オレが悪かったんや!あそこでオレが変に意地張んなければ………………」
暫く、沈黙が続いた。
窓の外には綺麗な満月が浮かび、月光がカーテンの隙間から差し込む。夜風がカーテンを揺らし、差し込む光が揺れる。
沈黙を破ったのは、優夜だった。
「葵…………………」
「何?」
真剣な眼差しで、優夜は葵を見つめる。
葵は恥ずかしくなって、でも何故か瞳を逸らすことが出来ない。
「明日からの捜査、もし危険なことになったら、絶対に逃げろ。何があってもや」
「あら?優夜はウチを守ってくれるんやないの?」
「これは冗談じゃない。真剣な話や」
「え……………?」
「相手がもし超度6ぐらいのヒユプノなら、いくら高超度のエスパーであるオレでも催眠にかからないとは言い切れない。普通人である皆本はんは尚更や。せやから、葵を守れんかもしれへん」
確かにそうだ。相手が高超度であれば、逆に自分達が催眠を喰らうことだってあり得る。絶対に防げるわけではないのだ。
葵はその事を解っていながらも、無意識に否定していた。
「それって、皆本はんや優夜が死ぬかもしれないって事?」
「…………………最悪、そうなるかもしれない」
優夜は不安げに言った。
自分は確かに高超度のエスパーだが、初めての任務、それも、既に4人もの命を奪ったかもしれない、犯罪者が相手なのだ。もし相手がこちらに気付いて、捜査を攪乱、最悪自分達を殺そうとするかもしれないのだから。
葵はそれを聞くと、
パンッ!
優夜の左頬に右手のビンタを打った。
「そんなのウチは認めへん!皆本はんや優夜が死ぬかもしれない?そんなことあり得へん!」
「………………葵」
「やる前からそない弱気でどうすんねん!そんなの、ウチが知ってる優夜やあらへん」
「…………………………」
優夜は、言葉を返すことが出来ない。
「ウチの知ってる優夜はな、どんな不可能にも挑戦する、諦めを知らない奴や。どんなときでもウチを助けてくれるヒーローみたいな人や」
「………………すまんな葵。オレ、悪い夢でも見てたみたいや」
「優夜……………」
「確かに不安や。死ぬかもしれへん、失敗するかもしれへん。せやけど」
優夜は決意したかのように言う。
「それを恐れてちゃ何も出来へん。おおきに。葵。」
葵は、ようやっと、昔の優夜が戻ってきた気がした。
「さ、明日はたくさん動くやろから、早いとこ寝よか」
「せやな。お休み」
そう言って、2人はそれぞれ部屋へと帰った。
また、1人被害者がでたとは知らずに。
to be continued............
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