【四話】
「で、こんな所で会うなんて珍しいな。なにしてんだタイガー?」
やっとタイガーの存在に気づいた横島は素っ気無く訊ねた。
「それをいまさら聞くんですカ横島サン……ワシ、だいぶ前から声かけとったんですが」
真後ろでタイガーの声がしていても、気のせいとスルーしていたので本当にいまさらだった。
一応、横島はタイガーとはクラスメートであり、ワリと長い付き合いの友人なのだが……
そんな横島の薄情この上ない態度にタイガーは特に気にした様子もなく答える。
「ワッシはエミさんの出迎えに来たんジャ」
タイガーは自分の雇い主の名を口にする。
小笠原エミ。
美神令子と並ぶ超一流のGSであり、黒魔術と呪術においてはマスタークラスの実力を持つ女性。
横島曰く「美神さんより1.25倍タチが悪い」らしい。
美神と堂々とライバルを張れるのは並の人間には務まらないのだ。
「ん? エミくんの出迎えかい」
「はい、エミさん少し前から海外に出張しとったんですケン。もうすぐ到着する飛行機に乗ってるはずなんジャー」
そう言ってタイガーはゲートの方へ目を向ける。
ロビーのガラス張りの壁から、滑走路が覗き見えた。
予定の時刻にはまだ時間があるのか、滑走路の上には作業車が何台か停まっていた。
「出張ってことはタイガーお前、またエミさんに置いてかれたのか?」
横島はいつぞやの香港でのことを口に出した。
原始風水盤を巡った事件で首謀者であるメドーサを除霊するために小竜姫が援軍としたエミ達を送ったのだが、なぜかタイガーが一人だけ省かれていた。
横島がそのことに気がついたのは事件が片付いて日本に帰えった後。
学校でタイガーに顔を会わせた時だった。
―――エミが連絡をいれるのをすっかり忘れたことが原因らしい。
以前、横島がピートや雪之丞、タイガーと集まったときに、雇い主にすら忘れられたという話をしてしまい、みんなでタイガーの影の薄さを改めて再確認し、その当人から思いっきりそのことで愚痴られた。
ちょっとだけタイガーは語気を強めて、
「……今回は本当に留守番ですケン! ワシだってエミさのいない間に事務所の機材の補充やら受けた仕事の調整やらで春休み中ずっと働いておるケンノー……おかげで、マリさんと映画館に行く約束がつぶれたし」
はぁ〜と残念そうにタイガーはため息を吐く。
まだ彼女とかではないのだろうが、春休みに一緒に遊べるガールフレンドがいるあたり、地味にタイガーの恋愛は進行しているのだろう。
影が薄いかわりに男同士の歪んだ友情が足を引っ張ることもないのだろう。
その呟きに横島の眉がかすかに動いた。
「いま、なんかコイツぽつりとシャレになんないようなこと言った気がするが、まあいいや」
「……横島君、右手が『栄光の手』になってるよ。
……映画くらいだったら、君だって誘えばおキヌちゃんや小鳩君とか喜んでOKすると思うんだけどね」
嫉妬に駆られる煩悩男の様子に呆れる西条。
はっきりと言えば周りに一歩踏み出せば恋人関係に成れそうな女の子が両手くらいいる横島である。
西条が知る限り、悔しいことに美神令子除霊事務所のメンバーほぼ全てが当てはまる……認めたくないことに美神もその一人だ。
本当の意味で富の偏在である横島にたいして西条は、
―――この仕事中に消しとくべきか―――
スーツの懐にある拳銃に手を伸ばして。
(……まあ、彼は至近距離の銃撃を霊波刀で切り払えるから、よっぽど不意を突かないと死なないだろけど)
下手な妖怪より身体能力の高い横島だ。
西条の近接射撃を霊波刀で防ぎきったり逸らしたりなんてできる。
「確実に仕留めるなら、弾丸は銀より霊体にも通用する精霊石弾頭のほうがいいか。Gメンのストックにまだいくつか在ったはず」
いつのまにか、ぎゃーぎゃーと霊波刀を振り回す煩悩男と虎男が騒いでいるのを尻目に西条は本気で横島抹殺計画を練り始めていた。
一方的にボロボロになったタイガーが口を開いたのは、エミが乗った飛行機の到着を知らせるアナウンスが鳴った頃だった。
「そういえば、横島さんと西条さんはどうして空港におるんですカイ? たしか、いま美神サンの事務所は春休みジャなかったか……」
「俺個人が隊長からGメンの仕事を請けてるだけだよ……ロンゲはその同伴だ」
正直に「美神が誘拐されたのでその捜査をしている」なんて言えないので、話しても問題ない答えを返す。
……別にタイガーに話したところでどうにもならないからって考えがあった訳ではない。たぶん。
「そうじゃなかったら、僕は横島君と一緒にはいないさ。理由もなく一緒にいるほど仲良くはないからね」
横島と西条の仲の悪さについてはタイガーもよく知っている。
二人の関係は美神とエミとよく似た関係だ。
何の理由もなく一緒に居ることはありえない……逆に言えばなにか理由があればしょっちゅう顔を合わせているが。
「そうですか。横島サンはGS免許持っておるから、一人で仕事も請けられる……羨ましいですノー」
まだGS免許を持っていないタイガーは眩しいものを見るように眼を細めた。
見習い以前の状態の為、簡単な除霊でさえも一人では出来ない。
(ワッシだってもうちょっと生活に余裕がでればマリさんと……)
常に食パンのミミと水が昼飯のタイガーにとってデート一つでもかなりの出費だ。
何気に横島にはなんだかんだでご飯を作りに来る女の子やご飯をおごってくれる天邪鬼な上司がいる。
それだけでも十分に恵まれているのだ。
タイガーの嘆きに横島もほんのちょっと同情したのか、
「まぁ今のタイガーだったら次の試験には受かるんじゃないか……運さえあれば」
あまり慰めになっていない。
「それは、ワシが普段からついてないってことですカ」
タイガーは実力ならそれほど他のGSには劣っていない。
なにせ、セクハラの虎という重大な欠点を持ちつつも、対美神の切り札としてエミがわざわざ呼び寄せたほどの霊能者。
その影の薄ささえ解決できればきっと試験に合格は出来る……はず。
と、どたばたとやっているうちにそれなりに時間が過ぎたのだろう。
タイガーは話を切り上げ、のっそりと頭を下げる。
「じゃあ、そろそろワッシはエミさんを迎えにいきますケン。横島サンも西条サンもお仕事がんばってくんシャイ」
「ん、エミさんによろしく言っといてくれ」
税関ゲートの方に去っていくタイガーを横島は軽く手を振って見送った。
「……エミ君に連絡が取れないと思ったら、海外に出張中だったのか」
見れば西条がなるほど、と一人で頷いていた。
実は西条は美智恵とは別にいつものメンバーへと協力要請をこっそりしていたりもする。
もちろん自分のポケットマネーでだ。
「なんだよ西条。俺のエミさんにも連絡取ってたのか?」
何気に自分の女扱いの横島。
エミの耳に入れば怪しげな呪いを掛けられかねない。
「いつエミ君が君のものになったんだ? 彼女はどこぞ誰かさんと違って心霊事件に関しキャリアもある一流GSだ。彼女がいるだけでかなり心強いはずだったんだが。
他に魔鈴君やDrカオスにも声を掛けたんだがそっちも連絡がつかなくて……ああ、そういえばタイガー君と話してたからすっかり話が止まっていたよ」
意外なところでの影の薄い人物の登場で相談が中断してしまったのだ。
西条は改めて周囲に視線を向ける。
自分達を監視している連中の視線にこもった念を逆に辿っているのだ。
ある程度経験を積んだGSにとって自分に向けられる微弱な念を感じ取ることはさして難しくない。
除霊の際に壁や床から透過して現れる悪霊への対処などでいつのまにか出来るようになっているレベルの技術なのだ。
むしろコレが出来ないと遅かれ早かれ自分も殺され、ミイラ取りがミイラになりかねない。
「ありゃま。また、増えているな……」
横島と西条を見張っている人間がまた増えていた。
同じく自分に向けられた視線を辿った横島は呆れるように呟く。
視線の先に居るのはあまりにも場違いな一団だったから。
「あっちの虚無僧の格好した連中か? 本当に監視する気あるんかって突っ込みたくなるような格好だけど」
いつからか、人でごったがえす空港の一角にぽっかりと特異な空間が出来上がっていた。
顔をすっぽり隠す編み笠といかにもな感じの僧衣を纏った集団がいつの間にか横島達の正面に陣取っていた。
数は十人くらいだろうか、各々独鈷や杓杖、尺八、鐘を持って佇んでいる。
……きちんと托鉢用のお椀が足元にあり、観光客らしい外人の一団が写真を取ってはその中にお布施を入れていたりもする。
「……演奏まで始めたぞ!」
「ほぉ上手いものだね……」
なかなか流麗な演奏であり、鐘の音と尺八の響きがオリエンタルなシンフォニーをかもし出している。
ケイタイで演奏を録画する人まで現れた。
ちょっとしたパフォーマンスになりどんどんと人だかりも出来ている。
監視としてはこれ以上ないくらいに失敗しているが。
「こうまであらかさまにやられると見事としか言えないな……彼らは何者だ?」
「本当にどっかの寺の坊さん達じゃないのか。まったく仮装とかの違和感ないし……あんなのに監視される心当たりは俺にはないぞ」
「僕にだってないよ……」
ふと、虚無僧の一団に空港の警備員が近づいていく。
演奏が中断され、背の低い虚無僧が警備員となにやらやり取りをしていた。
そのうちペコペコと虚無僧達がみんなして頭を下げる。
「……業務の邪魔だからって怒られてるみたいだね」
「もういい。アレはほっといてさっきの話の続き頼むわ、西条」
「今僕達を張っているのは、おそらくバベル、公安、陸自と……謎の虚無僧だ」
「虚無僧は見ればわかるよ……世の中あんな格好で監視する妙なのが居るなんてはじめて知ったぞ」
尾行のセオリーに真っ向から喧嘩を売ったとしか思えない一団である。
時代錯誤な格好すぎて余計に目立つ。
「……あいつら人間かな? どっかの妖怪とかの一団が人間に化けてるって可能性はないか?」
アナクロすぎる格好に横島の桃色の脳細胞に稲妻が奔った。
以前、小竜姫が東京に来た際に思いっきり時代錯誤な衣装でやってきたことがある。
人間と違い寿命の長い神魔や妖怪ならジェネレーションギャップによってそういう格好をしてきた可能性がある。
「かもしれないな。それだったら霊的事象が関わっているといってむしろ好都合なんだが」
いつの間にか見鬼君を取り出し、西条はこっそりと使う。
「ヒフティ・ヒフティってところか」
確かに霊的な反応は出た。
「微妙に魔力を感知している。しかし、弱いな」
むしろ霊力のほうが高い。見習いGSから一般GSレベルの反応を示している。
本当に何かが人間に化けているのか、あるいはオカルトアイテムか何かを持った霊能者の集団なのか。
どちらか判断するにはいろいろ押しが足りない。
実はどっかの寺の修行の一団で、近くにそれなりの霊能者が居たのでみんなで見ていた、なんて自体もありえる。
……世の中そんなピンポイントな偶然だってありえる。
話を聞きながら虚無僧を眺めていた横島が突然、嫌そうに顔をしかめた。
「やっぱ、友好的ではねーみたいだけど」
人通りを挟んで一人の虚無僧が横島の顔をじっと見つめていた。
横島と背の低い虚無僧との視線が一瞬重なり合う。
強い敵意と殺意が乗せられた眼光。
生きてる人間だけが持つ、粘着質でそれでいて狡すっからい感情が混じった殺意。
しいて言うなら、逆恨みのような念だ。
(あんなんに恨まれる覚えなんて俺にはないんやけど……)
思わず、ギラリとした視線を逸らした横島は西条に声を掛ける。
「あんな凶暴そうなのはパスじゃッ! 他に張っている連中ってどの辺だ?」
横島は自分の周囲をゆっくりと眺める。
滑走路に面したガラス張りの壁を背に、正面に虚無僧の一団、左には観光ツアーらしい団体さん。右にはスーツ姿の中年やコート姿の女性が座っているベンチがある。
その辺りから複数のねめつける様な不快な感じを受けたのだが、
「ああ、左の方の観光ツアーに扮したのが陸上自衛隊の方々。右手のベンチにはおそらく公安関係が幾人かってところだね」
横島の左右と前は全て監視者だけである。
「たぶんバベルの方の監視はあると思うが、ちょっとわからないな」
少しばばかり困った顔でそう言う西条。
だが、横島の関心は眼に見えない連中ではなく、
「おい、観光ツアーってあこ、ダース単位で人が並んでるんだけど……それに陸上自衛隊って!?」
ツアーガイドよって、一列に並んでいるのはざっと三十名以上の男女の一団。
西条はこっそり横島の耳に届く音量で囁く。
「実はあの中にタマモ君の事件でやりあった自衛官がいてね。偶然にも顔を覚えていたんだよ。
よく見れば一般人にしてみれば妙に隙がないし、挙動がキビキビしすぎている……しかし、陸自が絡んでるとはちょっと計算外だね」
西条が少しだけ困ったように頬を掻いた。
「陸上自衛隊は本来なら、今回の事件に関してはまったく無関係な立場なんだよ。今回は治安維持組織のパワーゲーム、例えるならヤクザの縄張り争いに近い」
乱暴な比喩を用い、憂鬱そうに語る。
「それに犯罪捜査に権限を持たないはずの自衛隊が介入するのはありえないはずなんだ……非公式とはいえ、その行為は後々問題になるだろう」
まがりなりにも事件捜査を専門とする国家公務員として公的機関の裏側を見ている西条である。
まだ高校生であり、こういう裏事情に詳しくない横島と違って、断片的な情報からでもある程度の推測は可能だ。
「まだ事件がおきてからほぼ一日程度、専門外の事件に陸自の連中が関わるのは自分達にもこの事件に対して何か繋がりがあることを示してる。」
「……実は俺達よりも最初から関わっていたって線もあるか?」
「その可能性は高いし、下手をすると現状で一番情報を持っているのは彼らかもしれない」
その言葉で二人はちょっとニヤリと顔を見合わせた。
((陸自を調べるのが一番、美神に近そうだ))
横島と西条が同一の結論に達し、アイコンタクトを交わす。
―――お前、隊長の所へ戻って、そっち(組織)方面からいっちょ探ってくれるか?
―――ふむ、なら君はしばらく彼ら(監視部隊)の方に注意してくれ。
性格が合わないくせに性根が一緒の二人である。最低限のやり取りだけで通じ合う。
お互いに何をやればいいのか手に取るように判る。
捜査で得た資料を西条が持ち、
「じゃあ、西条。俺はエミさんがこっちにいるみたいだし、手を借りるのも兼ねて挨拶してくるわ」
わざと少しだけ大きい声で横島は喋った。
「OK彼女への報酬は僕が払う。これを持って行きたまえ」
エミへの報酬用として何も書かれていない小切手を西条は取り出した。
何気に今回の事件にたいして、西条が解決する手段を選んでいない証かもしれない。
去り際に西条は一言横島に投げかける。
「しくじるなよ横島」
「その言葉はそのままお前に返すぞ? 西条」
静かに二人の男は踵を返して、それぞれ歩き出した。
【続く】
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