4752

KNIGHT

空から落ちかかる数多の雨粒が、バベル本部建物の屋上を濡らしている。
任務を受けた特務エスパーが、設けられたヘリポートを利用する時以外は、整備員がいるだけの場所。
彼等もこの天候を嫌い中に引っ込んでいたため、朝に一機が飛び立って以降、コンクリートに当たる水の音だけがその場を覆っていた。

時計の針が正午を回った頃。
突如湿り気を帯びた大気が、扉からの風圧に掻き回された。
次いで傘を叩く音がいくつか混ざるようになり、単音の世界は四散する。
作業服の整備員達が慌しく仕事を始め、急ごしらえのテントが雨をさえぎる道を作り出した。
それを見守る白衣の男性の医師が1人。傍らには看護師と思しき数人とストレッチャー。いずれも険しい顔で空を見上げている。
やがて、爆音故に鈍色の雲に溶け込むことを拒絶された、「B.A.B.E.L.」のロゴを側面にプリントしたヘリコプター、バベル・ワンが視界に出現した。
みるみる輪郭が鮮明になり大きさが増す姿に、屋上の動きも活発になる。
朝とは打って変わり、全速力で本部上空に到達した機体は、停止、降下はことさらに静かに、しかし素早く正確に行うという難度の高い技術を披露し、屋上に着地した。
そして即座にヘリの後部ハッチが開いた。
駆け寄る人達、横付けされたストレッチャー、ヘリの内部に見える担架。
医療行為が必要な任務にも使用されるバベル・ワンには、簡易ながらも医療設備が設置されていた。


「「「賢木先生!!」」」

同時に聞こえた3つの声。どれもが掠れ、上擦って、泣いていることがすぐに分かる。
だが医師・賢木はそちらには一瞬視線をやっただけで、言葉をかけることはしなかった。
応急処置として取り付けられた点滴等を台から外し、担架をストレッチャーに移し、動かないように固定する。
一連の指示を看護師に与えつつ、彼は手の平を患者に押し当てた。淡く、青いオーラのようなものが発せられる。
──サイコメトリー。触れた対象の状態、情報を細かに把握できる超能力。
賢木の元々険しかった眉間に、さらに皺が刻まれた。

「・・・俺は生体コントロールを使って、出来るだけ出血を抑える。準備はできているな? 濡らさないように注意しろ。着いたらすぐにオペを開始する!」

一刻の猶予もない。
それまで担架にすがっていた所を看護師達に引き剥がされ、固まって座りこんでいた『ザ・チルドレン』の3人の身体が、大きく震えた。
彼以上のサイコメトリー能力を持っていても、専門的な医学の知識があるわけではない紫穂は、改めて突きつけられた事実に戦慄した。
大丈夫、大丈夫、と呪文のように心の中で唱えて。伝わる情報を無理矢理打ち消していたのに。
そんなわけがない、だって彼は強いもの。いつも生傷は絶えないけど、私達の傍にいてくれたじゃない。笑ってくれたじゃない。
だから、明日も、きっと、私の手を握ってくれる────

「先生!!」

気づけば、賢木の白衣の裾を掴んでいた。

「紫穂ちゃん、離すんだ」
「いやよ! 私も付いていく! 私も手伝う! 前にもやったじゃない、私ならきっと役に・・・」
「駄目だ! 今のお前には無理だ。見ろ、手が震えてるじゃないか。・・・大切な者の命は、お前には荷が重すぎる」
「あ・・・・・・」

振り払われた手。紫穂につられ、寄ってきた薫と葵の動きも止まる。
拳を握り、口を引き結び、自分達が邪魔にしかならない事に気づき、ガクガクと揺れる足を踏ん張って、耐える。

「賢木センセイ・・・お願い・・・皆本を・・」
「助けて・・・ウチら、他にはなんもいらんから・・・だから・・」

真っ赤になった、未だ幼い瞳。
賢木は右手で生体コントロールを行使しながら、左手で3人の頭を撫でてやった。

「大丈夫。絶対に助かる。俺が助ける」

医師が『絶対助かる』という言葉を使うのは禁句だ。そんな約束はできないのだから。できる限り手は尽くしても、助けられる保証はない。守れなかった場合、気休めの希望は絶望を深くするだけ。
それでもあえて、彼は口に上らせた。自分への誓いも込めて。

ストレッチャーが本部建物内部へと吸い込まれていく。
向かうは本部医療研究課。
任務の際に怪我を負うこともある特務エスパーや、一般職員の急病者等に対応するため、そこには最新の医療設備が整えられていた。

ストレッチャーに乗せられているのは、『ザ・チルドレン』現場運用主任・皆本光一。
彼は予知された、パンドラと黒い幽霊の戦闘を止めるためにチルドレンと一緒に赴いた先で重傷を負い、生死の境にいた。
赤みを失った白い身体と、元の白を失った赤いワイシャツの対比に、弱い呼吸と心音に、高ぶりそうになった焦りを賢木はなんとか抑える。
失敗は許されない。

そして、手術室の扉が開いた。









 ――――――― KNIGHT ―――――― 










日付も変わろうとする時刻。
賢木は集中治療室で計器類をチェックしていた。
室内にいるのは皆本と彼だけ。
ドアには面会謝絶の札がかかっているため、見舞いが訪れることはない。待機所には数人の医療関係者が詰めてはいるが、賢木が付き添っていることは知っているので、あえて入ってくることもなかった。もちろん何かあればすぐに飛んでくるのだが。
少し前まで室外の長椅子にはチルドレンの3人がいた。
検査も休憩も食事も拒否し、手術中も集中治療室に入ってからも、可能な限り皆本の近くにいようとした彼女達だったが、柏木の説得により仮眠室に移動したようだ。彼女達の体調まで崩れることを皆本は望まないから。

戦闘のあった廃工場郡の一画は、跡形もなく崩壊したと聞いた。
薫の全力のサイコキネシスが直撃したのが原因らしいが、それが一撃だけで暴走まで至らなかったのは、皆本の怪我による動揺のほうが、怒りを遥かに上回っていたからだ。しかし瞬間的にでもそれだけの能力を使ったのなら、本来なら検査は必須である。
朝になったら局長に進言しようと考えつつ、手は止めない。
対峙していたパンドラと黒い幽霊のメンバーの行方は不明。高レベルPK能力者なら、みすみすやられはしないだろうから、逃亡したのだろうというのがバベル側の見解だった。
まあ無傷で済んでもいないだろうが。
計器類の数値を見、全て正常に動作していることを確認し終えてから、賢木はベッドの横の椅子に座った。
点滴の針の刺さった手を取り、サイコメトリーも併用した体調チェックを行う。
しばらくして、自分の顔の筋肉が緩むのを自覚した。
急変の可能性も残っているし、安全圏とは言えないまでも、最悪の状態は脱したことをそれらは示していた。

「ヒヤヒヤさせやがって。俺の腕に感謝しろよ? お前、マジでやばかったんだからな」

まだ意識はないのだから、応えはないのは分かりきっていても、つい口に出た。
枕元に椅子を移動させて、顔を覗きこむ。
苦痛の表情はないことに安堵して、眠る彼の頭に触れた。
人工呼吸器が規則正しく紡ぐ音っていうのは、患者の身を案じる人達にとっちゃ、何より嬉しいよなー、等とつらつら思いつつ、ブラウンの髪を弄ぶ。
サラサラな手触りが心地良い。

実際、時間との戦いだった。
皆本の右胸を貫いた金属のパイプは、肺や動脈に重大な損傷を与え、彼の肋骨も砕き、胸腔内外共々大量の出血を引き起こしていた。
さらに降雨が事態悪化に拍車をかけた。
雨により葵のテレポートは不安定さが増すため使えず、薫の浮遊も身体の負担を考えれば使えなかった。
その代わり、バベル・ワンの医療器具を紫穂が透視して使えたのは不幸中の幸いだったが。
あれがなければ。
そして薫の念動心臓マッサージがなければ。
葵が無理矢理テレポートで左肺に空気を送り、呼吸させなければ。
皆本が普段から鍛えて体力をつけていなければ。
──間に合わなかったかもしれない。
そう考えると、冷や汗が伝った。本当に綱渡りだったのだと。

「よくがんばったな。あいつらも、お前も。・・・生きててくれて、本当にありがとよ」

本人が起きていたら、こっ恥ずかしくて言えない本音が漏れて、照れ隠しにクシャリと皆本の髪をかき混ぜた。

・・・いや、言ってやってもいいかな

目が覚めたら最初に。お前が一番大切なんだー! とか、お前は俺にとって欠かせない存在だー! とか加えて。
叫んで抱きついてやろうか?
どういう顔をするだろう? きっと唖然として、それから赤くなって怒るに違いない。
冗談はよせ、怪我人をからかうんじゃない、真面目にやれ、多分こんなところだ。
容易に想像できて、笑みが零れた。

──それが真実だなんて、思いもしない。
失ったら壊れる者達がいることにも、気づかない。
無意識だから貴重で、無意識だから始末が悪い、自分の価値の分からぬ難儀な親友。
平気で無茶もするこいつには、たまには説教が必要かもしれない。
「悪い虫」という名のライバルが接近できないように、目を光らせている3人娘の苦労も、理解はできるし。
・・・とはいえ、皆本がいると女の子の合コン勧誘成功率がかなり上がるから、誘うのをやめるつもりはないのだが。

時折点滴を代えたり、計器の数値を確認する以外はすることのない、ある意味穏やかな時間が過ぎていく。
全精力と集中力をかけた長時間オペの後ということもあり、賢木はいつしか瞼を閉じていた。
どのくらいそうしていたのだろうか。

「・・・う」

微かな呻きが聞こえて、一気に覚醒した。慌てて呼吸器の下の唇に視線を移す。
まだ意識を回復する状態ではないはずだが・・・

「皆本?」

声をかけ、顔色を伺う。整った眉がわずかに寄っていた。
痛むのだろうか?
念のためサイコメトリーしようとした、その時。

ゾワッ

不意に嫌な気配を覚えて、賢木は表情を強張らせた。
周囲を見回す。
カーテンの外は未だ暗いが、時計の針はもうすぐ白みだす時間帯であることを示している。
計器類に異常はない。誰かが近づいてくるような靴音もしない。
だが──
エスパーの勘、とでも言おうか、ある確信を持って、彼は室内の一点を見据えた。

「誰だ!?」
「・・・おや、バレたか。監視カメラでも認識できないように、ヒュプノを使ってたんだが。案外人の目も侮れないってことか」

迂闊だった。
なぜこいつが潜り込んだことに気づかなかった!?
疲れで頭が鈍っていたとか、相手のレベルが高いからとか、言い訳するのも許せない己の失態に、歯がギリリと鳴る。
果たして、空間が歪む独特の音と共に目の前に現れたのは、およそ想定した中でも最悪の部類に属す人物だった。

「兵部京介!!」
「・・・初めまして、ヤブ医者クン。ああ、ナースコールは無駄さ、向こうの奴らは全員眠らせてある」

一拍ほど間を置いて、兵部は冷ややかな微笑みを浮かべて言った。
実際には、セレンディピティの宿ったノートを巡る一件で顔を合わせてはいるのだが、兵部は皆本に化けていたし、あの時の記憶は消してあることを思い出したからだ。
賢木のボタンを押そうと動いていた手が一瞬止まった。が、すぐに構わずに実行する。
奴の言った通り、反応はなかった。
ハッタリではないことを知り、内心焦りながらも表面にはおくびにも出さずに睨み付ける。
普段なら皆本の周囲には蕾見管理官が持たせた兵部センサーがあるのだが、この事態でそれも機能していなかった。恐らくはそれも見越しているに違いない。

「疑り深いね。僕は嘘はつかないよ」
「黙れ! 何しに来やがった、薄汚い犯罪者、エスパーの面汚しが! ここは怪我人を治療するところだ。治療の邪魔だ、さっさと出て行きやがれ!」
「分かってるくせに。・・・君はボウヤより口が悪いね。バベルには目上の者には敬意を払うって常識がないのか? まあ君の場合は、元からガラが悪いようだけど」

スッと兵部の腕が上がる。
その手の先が指し示すことを厭うように、賢木は兵部の視界と対象の間に身を割り込ませた。
確かに兵部の姿を認めた瞬間から分かっていた。機密情報があるわけでもないここに、彼が来た目的は一つしかない。
兵部京介という名、エスパー解放を謳うテロ組織・パンドラ、『ザ・チルドレン』が関わった事件、彼がやったこと。
周囲の口からよく聞かされてもいたし、自分が巻き込まれたこともある。
見聞きした情報を総合すれば、結論を出すのは簡単だった。
彼はチルドレンの3人をパンドラに引き入れようと狙っており、そして彼女等の現場運用主任にも、異常な執着をみせている。

―――この男は危険だ

賢木はその結論にしたがって啖呵を切る。

「けっ、お前は俺の上司じゃないし、尊敬すべき人格者でもない。無駄に歳ばっかくってるだけの、ただのロリコン変態ジジイだろー・・・ぐあっ!」
「あまり僕を怒らせないほうがいい。愚弄されて何もしないほど『お人好し』ではないからな。まあ、くたばりかけた怪我人をどうにかするほど『人でなし』でもないよ・・・今のところはな」

鬱陶しげな腕の一振りと連動して、賢木の身体が壁に叩きつけられる。邪魔がなくなった部屋を悠々と横切って、兵部は皆本に近寄った。
青白く光る手の平を皆本の額に当てるのを見ても、何も出来ない自分が情けなくて賢木は思い切りもがいた。グリシャム大佐のような例外もあるが、念動能力者の攻撃に対しては、超感覚能力者はノーマルと変わらないのだと思い知らされる。

「やめろ! 皆本に手を出すな!!」
「様子を見に来ただけだ。それ以上は何もしない」
「お前は敵だ。そいつにやたらとちょっかいを出してるのも知ってる。信用できるわけねーだろ!」
「本当に疑り深いなあ。友達なくすぜ?」

皆本から手を離し、大げさに肩をすくめてみせる姿が妙に様になっているのも腹立たしい。
力が緩んだ隙をついて、全身の痛みに顔をしかめつつも、無理矢理身体を引き剥がす。
動けるとは思っていなかったのか、兵部の切れ長の目に少し面白そうな感情の色が混ざった。

「おわっ!?」

突然圧力から解放されて、賢木は反動でつんのめり無様に転がった。
口を手で覆いクククと忍び笑いを漏らしている兵部に、それが狙いだったのだと知る。

ガキかてめえはっ!?
怒鳴ろうとして、思いとどまった。それよりも最優先にすべきことがある。賢木はすぐに皆本の元に駆け寄った。
兵部は止めない。サイコメトリーで異常がないかチェックする彼を、黙って見ている。
ベッドで眠る皆本の様子は、何もしていないと兵部が言っていた通り、ざっと見る限りでは特に変わっていなかった。
ただ、未だに眉は寄ったままだが。
もしかしたら、意識がないままに本能的に敵の気配を感じて警戒しているのかもしれない。兵部を追い払ったら、改めて精神干渉がないか検査しなおさなくては。

「ほら、何もしていないだろう。皆本クン、峠は越えたみたいじゃないか。さすがはバベルの誇る天才エスパードクター殿だ」

振り返ると、まだニヤニヤと笑っている兵部と目が合った。

「さっきヤブ医者クンって言ってなかったか」
「何のことかな?」
「とぼけやがって・・・皆本に何もする気がないのなら、一体何がしたくてここへ来たってんだ」
「くだらないことは聞いているくせに、肝心なことは頭から抜けるとみえる。怪我をしたと報告を受けたんでね、ボウヤの様子を見に来ただけさ。あとこれ見舞いの品」

テレポート音がして、小ぶりな花束が出現する。そのままサイコキネシスでそっと皆本のベッドの上に置かれるそれを、呆気にとられて賢木は見つめた。

「こんなもの・・・」
「それは澪から、皆本に・・・だそうだ。捨てるなよ」
「ぐ」

拒絶しかけた言葉を飲み込む。皆本が澪のことも気にかけていることは知っている。見れば喜ぶだろう・・・チルドレンにバレると恐ろしいが。
兵部はというと、なんで僕がこんな物をこいつの為に、とブチブチ小声で文句を呟いていた。彼自身不本意だったらしい。それでも花束を乱暴に扱わなかったのは、彼も澪を大事に思っているからなのだろう。
バベルに一緒に行く、と懇願してきた澪を説得するのは、本当に苦労したのだ。花束はお互い最大限譲歩した上の妥協案だった。
全く、どうやってあのはねっ返り娘の心をあそこまで開いたのか。
壁に寄りかかり、学生服のポケットに両手を突っ込んで、彼は皆本を見つめた。
まだ血行が良いとは言い難い顔色で、機械の手を借りて生きている弱々しい姿。
いつも敵愾心剥きだしで、クイーン達を守ろうと噛み付いてくる忌々しい男とは別人のようで、小気味良い反面なぜか苛立ちも覚えて、兵部は僅かに顔をしかめた。

「・・・動かないオモチャは退屈だ」
「なに?」
「なんでもないよ。まあ、今回の件は僕らも無関係じゃないしね。一応責任は感じているんだぜ。彼等に危害を加えるつもりはなかった」
「ならなぜこうなった。あと一歩間違えば皆本は・・・」
「不運な事故だったのさ。うちのメンバーが威嚇のために全方位に放ったサイコキネシスは、人間を数歩吹き飛ばす程度のものだった。ただ、皆本くんが飛ばされて倒れた先に、たまたま鋭く突き出た金属パイプがあっただけ・・・まあ、信じるも信じないも君の勝手だが、僕がわざわざここに来た意味を考えれば、君なら分かるだろう」
「フン・・・逃げたヤツは?」
「ちゃんと生きてるよ。とはいえあちこちボロボロだけどね。クイーンの全力の一撃を受けてそれで済んだんだから、むしろ幸運な方だろう・・・できればチルドレンにも事故だったと伝えてくれよ。嫌われたくはないんだ」
「・・・分かった。だがお前のためじゃない、チルドレン達の精神安定のためにだ」
「助かるね」

パンドラのリーダーは右手を胸のあたりで曲げ、ホテルのボーイよろしく礼を寄越した。
対する賢木は無表情。神経を逆撫でし、揺さぶりをかけるのはヒュプノ能力者の常套手段であることは理解している。

「まあ、ここに来た理由はもう一つ。僕自身、君に感謝の意を伝えたかったんだよ。・・・皆本君に今死なれては困るんだ。僕の計画に支障がでるからな。だから・・・」
「なに・・・!?」

不意に兵部の姿が消え、賢木の横に出現した。身構える暇もなく硬直した肩に手を乗せ、囁く。

「ボウヤを殺さないでおいてくれて、ありがとう♪」
「っな・・・! 離せっ!」

慌てて突き飛ばそうとしたが、その時には兵部は元の位置に戻っていた。
真意の読めない笑みに、賢木は威圧を込めた視線で兵部を睨むが、彼は軽く受け流すだけ。
・・・能力者の常套手段であることを承知していても、その予想外の動きに振り回される。賢木は拳を握り締めた。
外見は若くても、相手は百戦錬磨の老獪な人物なのだということを実感する。皆本が兵部と出会った後は、きまって酒の席で愚痴りつつストレス発散する気持ちが理解できた。
──乗ったら負けだ。

「薄汚い人殺しに感謝される謂れはないね。俺は、俺の意志でこいつを守る。何があってもだ」
「へえ。裏切られてもかい?」
「ありえないな。俺がこいつを裏切ることも、こいつが俺を裏切ることも」

寸分の迷いもなく言い切られた返答に、兵部の笑みが消えた。

「どうしてそう言いきれる?」
「こいつのことは俺が一番良く知ってるからな」
「甘いよ。エスパーとノーマルは相容れないものだ」
「勝手にひとくくりにするんじゃねえよ。てめえと同じ分類にされるだけで不愉快だ。個性って言葉を知ってっか? 皆本は皆本だし、俺は俺だ」
「フン・・・それは君がノーマルに裏切られたことがないから言えるんだろう」
「俺はサイコメトラーだぜ? 汚いノーマルがいることなんざ腐るほど見てきたし、エスパーと共存を望む奴ばかりじゃないってことはよく分かってる。・・・だが同時にエスパーにも腐った奴がいることも知ってるし、そして、どっちにも良い奴もいるってことも知ってるんだ。気づかせてくれたのは、こいつと、バベルさ。両方同じなら、大義名分の為に戦うなんざ真っ平御免ってもんだろう。俺は仲間を、俺にとって大切な者を守れれば、それでいい」
「・・・・・・」

剣呑な光を宿した、凍てついているかのように色素の薄い瞳が彼を見据えてくるが、賢木はそれをまっすぐ見つめ返した。
無言のまま睨み合う二人。静まった病室に呼吸器の音だけが響く。
やがて沈黙を破ったのは兵部の方だった。

「知ってるかい? パンドラの箱に最後に残ったものが何か」
「・・・?」
「パンドラ──開けてはいけない箱を開けてしまった者。彼女は様々な災いを解放したが、最後の一欠片、未来が全て分かってしまう災厄だけは、外に出るのを防いだ。お陰で人間は未来に絶望せず、希望を持って生きられる。だが・・・結果が分からず、諦めることができない人間は無駄な努力をして、希望と共に苦痛を味わうんだ」
「いきなりなんだ。なにが言いたい?」
「・・・君は幸せ者だってことさ」

ピピピ、とその場の雰囲気にそぐわない軽い音を腕時計が立てる。あらかじめ点滴を代える目安として設定していたアラームだった。賢木の目線を追ってそれを察した兵部は、フワリと浮き上がった。

「無駄話をしすぎたかな。僕はそろそろお暇するとしよう」
「待てよ。はっきり答えろ・・・何を知ってる?」
「教える義理はないよ。まあ、君はせいぜい君の信念とやらに従っていればいい。皆本が間違えた時、君がどうするのか見物だね」
「その時は俺が止めるさ。俺が正しい道に引き戻す。皆本も、チルドレンも。てめえの望む通りにはならねえよ」
「正しい? 何が正しくて何が悪なんだろうな? それに正しければ間違えないとも限らないだろう? 正しいことしかできないからこそ、あいつは愛した女を見捨て、お前はそれを止めなかった・・・今度も同じさ」
「何言ってやがる・・・まさか・・・」

皆本が今までに愛した女性は一人だけだ。美しく、純粋な心を持っていた、今はもうほとんど会うことも叶わない人。
賢木にとっても大切な友人で、短い間だったが、皆本と彼女と一緒に過ごした日々は何よりも大事な時間だった。
当然、兵部に語ることなどありえない。

「貴様、皆本の記憶を勝手にみやがったな!?」

それまで我慢していた感情がドッと溢れ出た。
見たならば皆本がどんな想いでそれを決断したのか、どれほど悩んだのか、辛かったのか、キャリーが何と言ったのか、すべて分かったはずだ。
なのに、見捨てた、だと──

「許さねえ!!」

思い出を汚されたように感じ、殴りかかろうとした拳は虚しく空を切った。

「こんのくそジジイ!」
「じゃあな、正義の騎士きどりのヤブ医者くん。眠れる姫達によろしく」

そうして一度天井近くに出現した兵部は、賢木を見下ろし嘲笑と捨て台詞を残すと、今度こそ遠距離テレポートを発動した。
気配が完全に消えた部屋に、やり場のない怒りだけが残される。
何かに当たりたい衝動をぐっとこらえた。兵部が侵入したことを知らせなければならない。それが済み次第セキュリティの徹底チェックも必要だろう。
そんなことを考えながら賢木は点滴を取り替え、まだ催眠下にいるだろう待機室のメンバーを起こしに出ていく。

カーテンの外はすっかり白み、常になく慌しくなるだろうバベルの一日が始まろうとしていた。




数日後。
あれからしばらくして、意識を取り戻した皆本は順調に回復し、一般病室に移された。
面会謝絶が解かれた途端に一斉に飛び込んできたチルドレンに、危うく抱きつかれそうになり慌てて賢木が止めたのはお約束。
泣きじゃくる3人の頭を、左手でゆっくり撫でながら皆本はごめんな、と謝った。
優しい微笑みに触れ、3人にも笑顔が戻る。
彼女等はずっと学校を休んでいた。
それを聞いた皆本は当然ながらいい顔はしなかったが、強く叱りはしなかった。彼がこんな状態なのに、彼女達が普通に授業を受けられるはずがない、という程度には自分が大事に思われている自覚はあるようだ。明日からは行くように、と言われ3人は渋々頷いていた。
皆本が退院するまでは、賢木と柏木を中心に、バベルの手が空いている親しいメンバーが皆本宅で世話をすることになっている。
これまで会わせてもらえなかった分を取り戻すかのように、皆本にべったりでかいがいしく世話を焼くチルドレン。
さらに見舞いに来た人達も加わって、病室はすぐに一杯になった。蕾見管理官に桐壺局長に柏木、ダブルフェイスにワイルド・キャット、ハウンドといったお馴染みの面々から、他の特務のメンバーやら開発部の同僚達やら、入れ替わり立ち替わり。彼の人望と期待がよく分かる。
彼等も笑顔で、皆本が回復に向かっている事への喜びを素直に口にした。あの管理官ですら茶化すことはなかった。まあ、槍でも降るんじゃないか、と小声で突っ込んだ薫はお仕置きを受けたが。
それらの人々にも皆本は迷惑をかけたと謝罪する。
彼に非はないのに、律儀というか責任感が強いというか。
そうやってチルドレン達がひっきりなしに話しかけるのと、見舞人への応対に追われ、賢木が回診から戻って来た時には、かなりの疲れが見えていた。
顔には微塵も出さない精神力には舌を巻くしかないが、医師であり長年の親友でもある自分の目はごまかされない。
まだ重傷であることに違いはない患者には過ぎた環境だ。

「お前ら、今日はこの辺にして家に戻ってろ。ずっと本部に詰めてたんだろう?」
「えー、まだ面会時間は過ぎてないんだからいいじゃん」
「よくない。治療もあるし皆本も疲れてる。会いにくるなとは言わんがしばらくは短時間にしとけって。これはドクター命令な」
「そうね・・・ごめんなさい皆本さん。嬉しくて気づかなかったの。局長達にもしばらく自重するように伝えておくわ」

彼に触れた紫穂が謝った。

「いや、そこまでしなくても・・・」

皆本が言いかけたが賢木はピシャリとさえぎる。

「だーめーだ! て訳だ、残りは明日な。そういや皆本が治るまでの任務の代理主任は決まったのか?」
「・・・まだやけど・・・とりあえず谷崎主任にはならへんように祈っといて・・・」
「はは、えらい嫌われようだなあ、まあ分からんでもないが」
「しゃーない、帰るかー。じゃあね皆本!」
「ああ、また明日」

口々に別れの挨拶を言い、部屋を後にする薫と葵に紫穂も続こうとする。が、何か思い直したのだろうか、もう一度彼女だけ皆本の側へと駆け寄った。

「ん? なんだ紫穂ちゃん」
「ちょっと、ね」

そして皆本の、傷に障らない左の方の手の平をぎゅっと握り締める。

「紫穂?」
「なんでもないわ。また明日、ね♪」

ニッコリ笑って今度こそ出て行った彼女を、不思議そうに皆本は見送った。

「何だったんだろう・・・」
「さあな。安心したかったんじゃないか」
「? ふうん・・・」

面会終了の札を扉の前にかけて戻って来ると、賢木は皆本の横たわるベッドに腰掛けた。もちろん普通の患者相手には絶対にしない行為だが、医師としてより、親友ゆえの気安さの方が勝っているのだろう。

「まあ・・・正直、ちょっと助かったよ」

二人きりになった途端、他者には平静を装うべく浮かべていた皆本の微笑が消える。目を閉じ息をつく彼の表情は歪んでいた。

「あほう。お前は我慢しすぎるんだよ。痛いんだろ? ちょっと見せてみろ」
「すまん・・・今回のことで皆には心配をかけたから、これ以上は・・・」
「それで悪化させちゃ元も子もねーだろーが。心配されて当たり前の立場なんだから素直に痛がっとけばいいんだ。とはいえ、疲れさせたのは俺のミスでもあるな。もっと早く対処すればよかった」

サイコメトリーすると悪化の兆候はないものの、やはり結構きつかったらしくかなりの苦痛を傷口から感じる。
賢木は多少安心しつつも、苦痛を取り去るため鎮痛剤を患部に注射した。

「固定してるから傷が開く心配はないし、他の内臓に異常もないが、無理はするなよ」
「分かった。それで、賢木」
「あん?」
「僕はいつ現場に復帰できる?」
「経過にもよるが一ヶ月はみといたほうがいいだろうな。ただでさえ運用主任はハードだし」
「そうか・・・じゃあ頼みがあるんだが。僕のパソコンを持ってきて欲しいんだ。仕事もたまってるし、他のメンバーにこれ以上迷惑はかけられないし、一応指は動かせるからなんとか・・・」
「ってお前、ぜっんぜん分かってねーじゃーねーか!」

怒声にビクっと首をすくめた皆本は賢木を見やった。目が吊り上っている。

「何をのんきな事をこいつはもう・・・死んだっておかしくない怪我だったんだぞ? 他人のことより少しは自分の体のことも考えろよ! ドクターストップだ、しばらく仕事の話は禁止!」
「う・・・ごめん」
「全く・・・ちったあ周りを信用しろって。お前は早く身体を治せ。仕事の話の変わりに俺がカワイイ女の子との付き合い方とか、合コンで上手く立ち回る方法とか、たっぷり教えてやっから♪」
「いや、それは遠慮しとく」

ベッドを起こし皆本の上半身を寄りかからせると、傷口を消毒し包帯を巻きなおす。
治療を終えた賢木は、大きく伸びをした。通常勤務に加え時間があるときは皆本の所へ様子を見に来ていたから、知らず自分にも疲れが溜まっているようだ。何となく室内を見回すと、見舞の品の果物カゴが目に入った。そういえば昼食もまだだった。

「皆本、リンゴもらっていい? つかお前も食うか?」
「あー、うん、少し欲しいかな。ちょっと喉渇いてるし」
「よし、待ってろ」

賢木は上着を探り小型ナイフを取り出した。ちなみに他には医療用糸やら麻酔薬入りの注射器やら消毒薬も常備している。医師たるもの、不測の事態への用意は怠らない。
椅子に座り、小さめのリンゴを剥きはじめる手元を、やることもない皆本はじっと見つめた。流石に普段からメスを握っているせいか細かい作業は得意のようで、早い。繊細な指先は器用に皮を最後まで切らないように剥き終え、賢木はどうだと言わんばかりに、切り分けたソレをフォークに刺して皆本に差し出した。

「ほい。あんま動かさずにゆっくり食えよ」
「ありがとう」

おいしそうにリンゴを口にした皆本に、賢木はふと思い立って2個目のリンゴに手を伸ばす。
今度は先程と違い皮を残して切りはじめた。

「俺が入院した時は、お前がリンゴ剥いてくれたよな」
「撃たれた時か」
「そうそう。しかも可愛いリンゴうさぎでさ。ほんといい嫁さんになれるぜ、お前」
「余計なお世話だ。・・・クセなんだよ。リンゴ見るとついついやってしまうっていうか・・・」
「リンゴを無意識にうさぎにするクセがついてるってのも変わってるよなあ・・・そういやコメリカ時代にも見たな、お前の作ったうさぎリンゴ。あれはいつだったか・・・」

最初に切り分け、皮にV字の切り込みを入れてその部分を取る。残った皮を途中まで剥けば出来上がりだ。ついでに目にあたる部分の皮を2つくりぬいてみる。

「・・・キャリーが風邪をひいたときだよ、初めて作ったのは」
「ああ・・・そういえばそんなこともあったっけ・・・」
「何も食べようとしないから困ってさ、これなら喜んでくれるかと思って。本当はすりおろした方が食べやすくていいんだけどな。結果は予想通りだったよ。やっぱり女の子は可愛い物が好きなんだなあ。まあ、随分気に入っちゃったみたいで、風邪が治った後も丸い果物全部うさぎにしろってせがまれた時は、どうしようかと思ったけどね。それが頭に残ってるのかな・・・ってお前、それ」

どこか遠くを見る瞳で懐かしむように語っていた皆本は、それに気づいて目を丸くした。

「結構簡単だな、これ。うん、我ながら上出来」
「・・・今度風邪で気の弱った女の子に作って落とそう、とか考えてないよな?」
「ばっ! ばっかちげえよ! お前俺の頭の中は女のことしか無いとか誤解してないか!? そういうんじゃなくて、この前のお返しっつーか、なんか気が滅入ってるみたいだから励まそうと思ったっつーか!」

初めはそのつもりだったが、話を聞いてそれもいいかもなーと思ったことは言わない。・・・微妙にどもってしまったせいでバレたが。

「あははは、分かってるよ・・・いたた」
「馬鹿、大丈夫か」
「大したことないって・・・ところでさ」

胸の傷に響くほど笑っていた皆本は、一転して真面目な顔になって賢木を見つめた。

「兵部は、何て言ってた?」

彼を支えようとしていた賢木の身体が強張った。
兵部がバベルに侵入した事件は、患者の負担を考えて少し事実と違う形で皆本に伝えることを、みな了承したはずだ。

「どうしてそれを・・・誰に聞いた?」
「局長。あの人は隠し事が下手だからね。・・・花を置いていったのは、澪じゃなかったんだな」
「あんのおっさんは・・・まあ、それが彼女からなのは本当だけどな。兵部は届けにきただけだ」

ベッドの横の花瓶に活けられた花達はまだ瑞々しさを失っていなかった。ピンクやオレンジ、イエローの花で構成された優しい色合いのそれは、見る者の心を和ませる。賢木の指を追ってそれを見遣った皆本も一瞬表情が緩んだが、顔を戻した時には厳しいものに戻っていた。

「異常はなかったとは聞いたが・・・あいつがそれだけで済ましたとは思えない。何かしたんじゃないのか?」
「いや大丈夫だ。ヒュプノの類がかかっていないことは調べた。お前には兵部は何もしてないよ」
「じゃあなんで黙ってたんだよ。僕に気遣いは無用だ」
「そんなわけにいくか。お前は怪我人なんだぞ。患者の負担になることは極力避けるのが医者の務めだ」
「むー」

不満げに軽く睨まれるが、一応納得はしたらしく、黙りこむ。しかしこれで終わりだと判断した賢木は甘かったようだ。
皆本はしばらく考え込んだ後、顔を上げた。

「賢木、お前は?」
「ん?」
「僕には何もなかったって言ったが、お前には?」
「へっ?」

鋭い。さすがは何度も修羅場を潜ってきている天才指揮官、賢木の失言を見逃さない。
あからさまにうろたえた彼に、追撃がかかる。

「さーかーき」
「い、いやっ、大したことはなかったって! ちょっと壁に思い切り叩きつけられただけで・・・」
「それのどこが大したことないんだよ!?・・・っ」
「だから大声を出すなっての! 傷に障る。心配ないって、お前もチルドレンによくやられてるじゃん。ほら、ピンピンしてるし」
「薫はあれでも手加減してるよ。で・・・それだけじゃないだろう? 何を言われた? 顔に悩んでます、って書いてあるぞ」
「う」

鋭すぎる。いや賢木が顔に出やすいだけか。
皆本の目が完全に据わっていて怖い。

「・・・お前を助けてくれて、ありがとう、だそうだ」
「は? なんだそれ」
「知るか。そんだけ言って消えたんだ」
「それだけか?」
「ああ、それだけだ」

半分本当で、半分嘘だ。パンドラの箱だの予知だのというのは、嫌な予感がして皆本に話すのは憚られた。なぜかは分からない。ただ、話すと皆本が悲しむ気がしたのだ。
疑わしそうな視線が突き刺さったが、賢木は耐えた。
皆本がノーマルで良かった、声に出さなければ、彼は知ることはできないのだから。
実際皆本は、例の予知関連のことを兵部が何か賢木に漏らしたのではないか、と怖れていた。
あまりに重く、辛い予知。親友である賢木に聞いてもらい、相談に乗ってもらいたくなる時もあるが、逆に未来を知らないからこそ、彼の言動に救われる部分もあるから。
だが、賢木は話す気はないらしい。
やがて皆本は諦め、乗りだし気味だった身体を元に戻した。

「ありがとう、か・・・」
「計画に支障がでるから生きていてもらわないと困る、とか。心当たりは?」
「ないこともない。あいつは薫達をパンドラに引き込もうとしてるからな。たぶんその計画か何かなんだろうが・・・思い通りにはさせないさ。僕が必要だと言うなら、僕が潰してやる」
「ああ、その意気だ。まあ、奴がお前に一目置いてるのは、確かみてーだな。惚れられたか」
「気色悪いこと言うな。あいつは僕らが困るのを見て喜ぶ変態だ」
「全面的に同意。いけ好かねえジジイだぜ」
「だから、あいつに何か言われたとしても、気にすることはないぞ」
「・・・・・」

やはり、誤魔化されてはいなかったか。
よくチルドレンに向けるような、信頼と慈愛の篭った微笑みが賢木に向けられた。
何も話さなくても、僕はお前を信じていると。
皆本との差を感じるのはこう言うときだ。
コイツには絶対に敵わない。しかし、同時に羨ましいとも思う。
サイコメトラーとして世間や人間の汚れた部分を見続けた自分には、眩しい笑み。
兵部なら、甘い、というのだろう。だが賢木はこの微笑みが好きだった。きっとチルドレンもそうだ。
この微笑があるからこそ、賢木も彼を信じるのだ。

皆本は視線を窓の外に移した。

「・・・賢木。僕を助けてくれて、ありがとう」
「・・・当たり前だろ、俺は医者でお前の親友なんだから」
「そうだけど、何となく言いたくなったんだよ」

そっぽを向いていても、照れくさそうに僅かに頬を染めているのが分かり、賢木の笑みが深くなる。
椅子から立ち上がって近寄り皆本の頭を抱えると、ぐりぐりと撫でまわした。

「わっ、何すんだ」
「なーに神妙になってんだか。心配するな、これからも俺がお前を守ってやるよ」
「僕は子供じゃないぞっ、髪が乱れるっつーに!」
「ははは。さーてと、そろそろ午後の診療の始まる時間だな、ちょっくら行ってくるわ。大人しく寝てろよ? まあ仕事はNGだが、欲しい本があったら戻ってくるときに持ってきてやるよ」
「本当か!? じゃあ研究室から・・・」

あれやこれやと並べられる書籍名はどれも超能力研究関係のもの。
全くもってお堅いというか、研究の虫というか。一冊エロ本・・・はしばかれるから、ファッション雑誌を紛れ込ませてやろうと決めて、賢木は病室を後にした。

窓の外は快晴。
見下ろせば、バベルに出入りする人々が忙しそうに動いているのが視界に入り、見上げれば、今まさにバベル・ワンが爆音を轟かせて飛び立とうとしているのが見えた。

ふいに兵部の言葉が蘇る。正義気取りの騎士、と。

―――ふざけんじゃねえ

賢木は胸の中で吐き捨てた。
ノーマルとエスパーの対立を、全てのエスパーが望む『正義』だと信じて疑わない奴は黙ってろ。

「・・・俺はお前のようにはならない」

アイツの愚直さを信じられない、守るべきものを見失った悲しい人間には。
挑むように呟くと、賢木は診察室に足を向けた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
初めまして。主に感想のほうで出没しておりますkei679と申します。
ミッション締め切りに思いっきり間に合いませんでした・・・

なんせSSを自分で書いたこと自体、ほぼ初の新米ですので読みづらい点多々あったと思われますが、ひろーーいお心でご勘弁いただけますと嬉しいです。
そのくせ、場面はほぼ病室のみ、登場人物もほぼ男のみ、しかも1対1ばっか、とか・・・
自分で自分にツッコミ入れておきますね、はい。
もし次がございましたら、今度は動き回れるネタにしたいと思います(汗)

追伸
色々と相談に乗ってくださったUG様、本当にありがとうございました!

[mente]

作品の感想を投稿、閲覧する -> [reply]