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横島忠夫の超常事件簿シリーズ・美神令子の葬送『三話』

【三話】




「残留物からの霊的反応はまったく無いみたいだな」


成田空港、滑走路にて。


オカルトGメンのロゴ入りジャケットを羽織った横島はとある旅客機の周りをうろうろしていた。
美神がさらわれた旅客機の調査である。


旅客機の周辺を横島は行ったりを繰り返し……右手に持ったウルトラ見鬼君をもう一度掲げた。
相撲の行司を模した人形がくるくると回転し、ぴたっと停止する。
何も捕らえられず、機能を停止したのだ。

「やっぱ駄目か……」

その言葉はあきらか、落胆の色を含んでいる。

念のために一通りの調査を終えた後、もう一回見鬼君を使ってみたのだが、効果は無かったようだ。

このウルトラ見鬼君はオカルトGメンが所有している、現行のオカルトアイテム中では抜きん出た性能をもつ霊的探査機だ。
千キロ離れた幽霊さえ見つける性能は伊達ではない。
携帯式の道具でこれほど高性能な探知機は今のところ存在していないのだ。

(これがまったく反応しないとは……せめて、美神さんの霊力くらい拾えるかなと思ったんだけど)

まったく見鬼君が反応しない様子に横島の頭を悩ませる。
このままもうしばらく望みが薄いのを理解しつつも捜査するか、それとも空港に戻るか。
しばし、旅客機と空港への出入り口に視線を走らせて、

「しょうがない。ここじゃもう何も出そうにないな。普通の捜査方法なら警察とバベルの方がやってるはずだし……いったん、アイツと合流するか」

見鬼君をジェラルミンケースにしまい、横島は空港内へと歩いていった。





空港のロビーへと戻った横島は連れを待たせていた場所へと向かった。
犯行現場の捜査報告と『調査』を頼む為である。

「……早かったみたいだね」

ロビーの片隅にいた男が横島の姿を見つけて声を掛けた。

腰まで届く長髪にブランドスーツ。
面長ですっきりとした顔立ちの青年である。
どことなく、きざったらしいくらいしか目に見えた欠点がない男。

オカルトGメン日本支部のエースであり、美神美智恵の直弟子である西条輝彦だった。

西条の姿を確認した横島はあらかさまに嫌そうな顔で答える。

「見鬼君がまったく反応しなくてな……不良品じゃないのかアレ」

横島と西条は致命的ではないレベルでソリが合わない。
機会があったら、故意に事故に見せかけて暗殺しようとするくらいに。
それをお互いに自覚し、尚且つ美神令子を挟んで前世からの腐れ縁でもある。

横島は不機嫌そうにジェラルミンケースを掲げた。
オカルトGメンのオカルトグッズを収めたケースである。
横島の捜査のために美智恵が用意したものだ。

「うちは備品の管理はしっかりしていてね……メンテもきっちりしてる。君に貸し与えたのは不備がない様に最も新しいものだよ。
君の使い方が悪いんじゃないのかい?」

「ぬかしてろ、西条」

挨拶がわりの憎まれ口を互いに交わしあい。

「まあいい、わかったことを報告してくれ」

西条は横島をロビーのベンチへ誘った。



横島は捜査して分かったことを口頭で西条に語る。

「まったく霊的痕跡はなかったなみたいだ……犯人はともかく、美神さんのものな」

見鬼君の口からカタカタとレシートのような紙が吐き出されている。
霊的痕跡の波長を記録した記録紙である。
それを西条に手渡しつつ。

「他にも霊波だけでなく、魔力とか妖気の方探ってはみたが、駄目だった」

「……霊的反応が一切でない。それではやはり……」

西条がノートパソコンを取り出し、横島が集めたデータを入力していく。
暫し、キーボードを打つ音と空港を行き交う人々のさざめきだけが二人の間に流れる。
『捜査官』と『調査官』は二人だけの捜査を開始した。
無数の監視者が居る中で。





日本でオカルトGメンとして犯行現場に入って捜査活動をできるのは『他国の霊的犯罪を捜査』している横島だけだ。
だが、調査するのはオカルトGメン日本支部でもできる。
横島一人が現場にでるのはややこしい政治に対してのアピールだった。
バベルや警察に対して、オカルトGメンは「あなた方の言うことをきっちり守っています」という、パフォーマンスなのだ。










「あなたの仕事は『捜査』するだけでいいのよ」

捜査官を命じた後、美智恵は横島に説明した。
バベルと警察では対処しきれないという物証を手に入れるのが横島の役目である、と。

「別に素人の貴方一人に頼るわけではないわ……」

横島に手帳……オカルトGメンの身分証明書を手渡しつつ、

「実際、捜査できる権利は横島君しかないけど、その捜査をサポートすることは日本支部が全力を尽くすわ」

ぎゅっと拳を握った美知恵は力強く断言した。

現在の日本にいるオカルトGメンの中で合法的に『捜査』できる人材はICPO本部付となっている横島のみだが、実際の捜査には分析や聞き込み、各所への連絡、専門家への問い合わせなど数多くの仕事をそれなりの人間が請け負ってするもの。
たった一人で捜査するなんて無謀だ。
横島の仕事は自身の捜査権を利用して、オカルトGメンをこの事件に介入させることが目的なのである。

「なんとか霊的事件であると証拠をつかめばこっちも大手を振って動けるのよ」

横島を介して事件の一端にも霊的痕跡を見つけるだけでオカルトGメンの八方塞な状況は打破できる。
バベルと警察の干渉から逃れて、自由に活動できるようになればしめたもの。
自分の手腕を発揮し、娘とオカルトGメンを守れる、と美智恵は思っているのだろう。

「横島君、貴方は日本支部からの連絡を随時受けて行動してもらいます……サポートに西条君を回すわ。公的な所では貴方一人だけど、それ以外では彼も行動できるから、現場で何かあったらを頼ってね」

矢継ぎ早に横島に指示を与える美知恵。
彼女の中ではもう横島が捜査してくれると確定しているのだろう。

(美神さんの強引で人の迷惑を考えないところは絶対にこの人譲りだな)

そんなことを思いながら、横島は気だるげに呟く。

「まだ、俺は引き受けるとも言っていないのに……」

横島は、はぁ〜〜〜っと長いため息を一つ、美智恵にこれ見よがしに吐いた。

「ま、いいっスよ。俺が隊長のために使いっ走りになるのなんて毎度のことだし」

そう返事をし、横島は思い出した。



美智恵の指示によって『彼女』と出会い、別れを経験したことを。




ほんの一ヶ月くらいだったけど『彼女』と過ごした日々。
それは大変で、命の危機にさらされて、人類の敵なんて汚名を着せられて。
ちょっとしたきっかけで思いを寄せ合って恋人になって。
結局は自分は口先ばかりで『彼女』に何も出来ないまま別離してしまったことを。
ほとんどが過酷だったけど、ほんのちょっとだけ『幸せ』だったと言える思い出だった。




それを大切に心の奥に戻して、

「んじゃ、男横島。いっちょ、美神さんを助ける為に人肌脱ぎますか」

横島はそんな軽口とは似合わない落ち着いた笑みを浮かべた。

ちょっと照れくさそうだけど透き通ったものを感じさせる、そんな笑顔だ。
この笑みで、もっと真剣に令子を口説いていればもしかしたら、とも美智恵に感じさせるくらいに綺麗な笑顔。

けれども、少しだけ寂しそうでもあった。

横島は席から立ち上がり、美智恵に頭を下げた。
そのまま彼女に背を向け、出口へと向かって歩き出し。

「……ねぇ、横島君?」

横島は引き止められて振り返る。

耳には美智恵の声が届く。

―――アナタハワタシノコトヲウランデイナイノカシラ―――と。










ノートパソコンに大半のデータを打ち終わった西条はポケットからタバコを取り出した。
ジッポで火をつけようとするところに横島がまったをかけた。

「おい、公務員。空港のロビーは禁煙だろうが……」

「おっといけない……いつもの癖でね。仕事に一段落つくと一服しているんだが、この辺に喫煙室はないのかい?」

注意され取り出したタバコを西条はしぶしぶしまう。
昨今どこに居ても禁煙ゾーン、愛煙家にはつらい時代である。
 
横島は西条のことなんて知ったことではないので無視して訊ねる。

「しかし、いいのか? こんな不特定多数の人間がいるとこで、捜査情報をのうのうと打ち込んでて」

横島が知る限り今までオカルトGメンは可能な限り極秘裏に行動していた。
横島は自身が張られていたことを知っている。
各組織が互いを見張りあっているのだ……どこで情報が漏れるか分からない。

その疑問に西条は平然とした態度で、

「別に問題はないよ。こっちのPCはちょっと特殊な加工をしてあって、一定レベルの霊能者じゃないと画面が見えない」

素人さんには真っ白だろうさ、と笑った。

「俺にはばっちり見えてるけど、本当に大丈夫なんだろうな」

横島の眼にはPCに調べたことを的確にまとめた報告書のがばっちり写っている。
結構、機密と思われるようなものまで書かれているのだ。
衆人環視の中で堂々と捜査機密を晒すのはまったく大丈夫とは思えない。

「これは最低でもタイガー君くらいの霊能者じゃないと見えないんだ。認めたくはないが君のレベルは一般のGSよりは上だろう。
単純な霊力だけなら僕よりは上だ」

イマイチ、自分の評価の低い横島。
GSとしての自覚が薄いせいで自分の力量に関しては思いっきり自信がない。
一応、一流のGSである美神をタイマンで倒したり、上級魔族とマトモにやりあったりと人間離れしたことを成し遂げているが。

「……タイガーレベルってのが余計に不安なんだけど」

正直、横島の中ではタイガー寅吉という男は割りと下の方だ。
霊能者云々ではなく、普段の行動が自分と五十歩百歩なあたりで。
また、タイガーのわりと不幸な行状から、不吉なものを感じてもいる。

(確かに霊能者としては高いのかもしれんが……タイガーだしなぁ)

根拠はないがタイガーだから、というだけで不安になっているのだ。

横島の表情から察したのだろう。
西条もちょっと頷き。

「たとえが悪かったみたいだね。そうだな、それだったらおキヌちゃんくらいってことにしよう」

「それなら大丈夫そうだな」

―――やっぱりワシそんな扱いなんジャァァァ……と、どこかから聞こえた気がする。

「気のせいだな」

「ああ、気のせいだ」

―――や、横島サンも西条サンも無視しないで……

気のせいだ、と二人は割り切り会話を続ける。

「まあ、僕が君を待っている間、個々に張り付いてきた連中を探っていたんだ」

―――二人ともお願いだから気づきてほしいんジャー……

「なんか有ったのか? どーもまたややこしくなってきそうな」

―――だから、ここにおるケン……

「ああ……バベル、警察はともかく、彼らが僕らを張っているとは……」

ひそひそと会話していた西条は顔をしかめた。

先ほどから会話が幾度も遮られて話がすすんでいない。

「さっきから、なんかタイガー君の声が聞えて煩いんだが……幻聴かな?」

何度も聞こえるタイガーの声にコメカミを抑えた西条。
それは気のせいや幻聴ではなかった。
彼の耳に返事が届いたのだ。

「いや、幻聴じゃないですケンっ!!」

「「えっ!?」」

横島と西条が同時に振り向くと。

「……やっと……やっと気づいてくれた〜〜〜」

そこには身体が大きいワリに影の薄い男、タイガー寅吉が必死で自分の存在をアピールしていた。
ちょっと涙目で。





【続く】
あ〜〜〜月一投稿すら出来なくなったミアフです。
長編なのにこのペースでは完結するのにどれくらいかかるやら(汗)

前回コメントをいただいた皆様ありがとうございます。

今回やっと始まった捜査……けど特に話は進まず、タイガーの扱いが悪いだけでとどまってしまいました。ごめんねタイガー……君はあの人の登場の前ふりだから、特にこの後も目立たないのさ。
今後は(できれば)週一ペースで投稿していきたいのでがんばります。
完結だけは絶対にさせるつもりですので末永くお付き合いください!

[mente]

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