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午後のひととき(4)

午後のひととき(4)

桜は散り初夏を思わせる日もあろうかという晩春の日の午後。

ドアを開けた皆本は待機していたチルドレンのジト目視線を受け背筋に冷たいものが走る。
 大急ぎで記憶を呼び起こすが、彼女たちにそうした目で見られるような事は何もしていない‥‥ はずだ。

やや自信に欠くのは、中学生となってクラブ事件や影チル計画など新しい環境での諸々によりトラブルめいた事が連続しているため。その中で知らずに彼女たちの逆鱗に触れている可能性は低くはない。

そうした戸惑いがさらに彼女たちを刺激したのか
「どうしてこういうコトになるんだよ!」と苛立った薫の声が飛ぶ。

「『こういう』って‥‥」
 言葉を繰り返しかけたところで彼女たちが座る前のテーブルに広げられたものに気づく。
 葵と紫穂の目の動きからどうやらそれが不機嫌の原因であると察する。
ちなみに『それ』とは、今度、コメリカで公開されることになる映画『ザ・チルドレン(海外版)』のポスター。今朝方、届けられた物だ。

 しかし、なぜそれが原因なのか、まだピンとこない。



『ザ・チルドレン』
 昨年度、興行収入トップを張ったヒット作。
 名前から一目瞭然、主役は彼女たち‥‥ と言いたいところだが、そこは微妙に異なる。

コトの発端は、一昨年より公然化したパンドラの活動。
 電磁波義兄弟事件に代表されるようにエスパーとノーマルを分断・対立を煽ろうとする諸々の動きに対抗するためにバベルも宣伝に力を入れる事になった。

 ここでバベルが普通のお役所なら”お堅い”(その分、誰も真面目に見ない)広報番組の一つもできあがるところだろうが、そこはトップ(厳密には裏のトップ)が普通とは言い難いバベル、民間の映画会社に働きかけ、エスパーとノーマルが共存できるという内容の映画をエンターテイメントとして作らせたのだ。

 で、主役は『バベルが、いや日本が世界に誇る超度7のエスパーにして、特務エスパーとして日々、エスパーとノーマルが共存できる事を具現化している』(映画企画書より)チルドレン。ストーリーも彼女たちが手がけた某重大事件をベースとしている。

 もちろん、幾らチルドレンが主役といっても、機密保持、他、諸々の観点から当人たちの出演となるはずもなく(ちなみに、チルドレンは全国オーディションから選ばれた同年代の少女たちが演じ、主題歌もその少女たちが熱唱している)、その意味では、映画と彼女たちに直接的な関係はないのだが、そこは自分達をモデルにした主人公たちが活躍するわけで、当然のように関心は高く熱心なファンをもって任じている。



「それのどれが気に入らないんだ?」と尋ねる。考えるよりは訊く方が早いだろう。

「まだ、分かんねぇのかよ!」薫の手荒い一言。
この手の言い方は最近は大幅に減っているが、こちらに対してはしばしば向けてくる。もちろんそれが親愛の表れである事は承知している。

「この映画の主役ってあたしたちだろ! なのにどうして”リバティ・ベル”が『どーん!』って感じでポスターに写ってあたしたちがいないんだよ」

「そうよ! 映画の元になった事件にあの人たちが係わったのは事実だし手伝ってもらったのも本当。でも、これじゃ、まるであの三人が主役みたいじゃない」

『なるほどそういうことかと』と薫、紫穂の言葉で不機嫌な理由をようやく納得する。

たしかに、ロゴこそ『ザ・チルドレン』とはなっているが、ポスターを完全に占拠しているのはコメリカ中央情報局在日エスパーチームの三人(当然、こちらも本物ではなく似たイメージと容貌を持った別人だが)。どうみても彼らが主役の映画に見えてしまう。

「まぁ、これは海外版のだからね。むこうのプロデューサーに言わせれば、愛国心の強いコメリカでヒットを狙うんだったらある程度コメリカ人が活躍する必要があるって事らしい」

「せやけど、何か納得できへんなぁ もちろん、グリシャムはんらが嫌いやちゅーわけやないけど」

「だったらそれで良いじゃないか。それにこれがコメリカでもヒットとなれば続編の話にも弾みがつくし」

「へぇ、続編の話が出てるんや?」

「まあ、一作目があれだけのヒットすれば当然なんじゃない。人が見に来てくれる限り、どんなに劣化しても続編を作り続けるのがあの業界のお約束よ」
と紫穂がいつものように耳年増振りを発揮する。

「それはそれとして、続編ってことになると、今度こそあたしたちがあたしたちを演じられるかもしれねぇな 何たって、今のあたしたちはアイドルの卵だし」
自分が銀幕を飾る姿を想像しているのかテンションが高い薫。映画が作られるのに当たって(その血筋がなせるのか)最後まで自分が”自分”を演じる事にこだわっていた。

「それは無理かも。『ザ・チルドレン』は十歳の少女なのよ。今の私たちじゃもう体型的に小学生を演じられないじゃない」

「そっか! たしかに務まるのは葵くらいか」さりげなくとある場所に視線を向ける薫。

「何か奥歯にモノが挟まったような言い方やけど、言いたい事があるんやったらはっきりと言いや!」

「親友のあたしがそんな事言えるわけねぇだろ!」
「しっかりと言うとるやないか! テレポーターを舐めとったら承知せんで!!」
「やめよ〜よ〜 二人とも〜」
と本来の話をそっちのけにじゃれ合うチルドレン。



しばらくしてそれが一段落すると、真顔の薫が
「しかし、アレだな、皆本。こうして世界にあたしたちファンが増えるって事になれば夢の実現も不可能じゃないな」

「『夢』って? お母さんの跡を継ぐってことか」

「じゃなくって、世界征服だよ! 出会った頃に書いた作文を覚えてないのか!」
と得意げに言い放つ。
「世界中の人たちがあたしたちのファンになれば、あたしたちの言う事は何でも聞いてくれるはずだろ。それって世界を征服したのと同じじゃねぇか」

「なるほど、そう考えると世界征服の近道かもしれへんな、映画は」
「良いわねぇ 世界中のファンからイイ男選んで足下に跪かせるもの楽しそうだし。ちょっと本気でやってみるのもいいかも」

好き放題を並べ始めた少女たちに頭を抱える。ここしばらくは収まっていたが、またしばらく”あの”未来の夢に悩まされそうだ。






蛇 足
 さすがに世界征服を可能にするほどではなかったが海外版も第二作『ザ・チルドレンの逆襲』も相応のヒットとなり、以後、チルドレン(あるいは彼女たちのイメージ)を主役とした映画は作り続けられ配給される事になる。

 そして、その中にあって、最大のヒット作となるのは、七年後に作られた作品。
 そこでは強大な力を持つ若き女性エスパーと彼女を子どもの頃から知る男性ノーマルのラブロマンスを通しエスパーとノーマルの対立と和解が描かれている。




 そのクライマックスシーン
「熱線銃でこの距離なら… 確実に殺(や)れるね」
 しつこくヤマなし・イミなし・オチなし。
しっかり期限外ですが、ミッション1を意識し、デキよりも早さ優先で仕上げてみました。
 あと、映画ネタはこれで三度目(GTY 雑談掲示板 本作)、一発ギャグを当てたお笑いタレント並みの芸のなさですが御許容下さい。

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