最初に。
これは『褐色の悪魔』の続きに当たる物語です。この話だけでも楽しんでいただけるよう最善は尽くしますが、『褐色の悪魔』と合わせて読むと楽しさが倍増したりしなかったりするらしいわよ(By紫穂)
そんなわけで、話は9月17日から始まる。
先日、『G』騒動でちゃっかり「皆本と1日デート」の権利を得た紫穂は、明日のデートの行き先を考えていた。
「うーん。夜のドライブなんか素敵よね。あ、最近出来たショッピングモールにも行きたいな…………」
そう言って、紫穂は服のカタログやら近場の旅行パンフレットやらをめくったり開いて見たりしていた。
普段なら葵と薫が色々言ってくるだろうが、今日は2人は委員会で帰りが遅い。
なので、こうしてゆっくり考える時間があるのである。
「あー、映画もいいわね。あ、この映画、明日で上映終わりなんだ」
何せ、滅多にない皆本独り占めのチャンスである。紫穂の気合いの入り方は、一味違った。
そして、あまりに集中しすぎたせいで、2人が帰ってきたことに、微塵も気付かなかった。
「ただいま〜。って紫穂、何やってんの?」
「か、薫ちゃん!?」
紫穂はギクリとした。これはマズい。2人に行き先を知られたら、こっそりでもついてくるに決まってる。そして薫達のことだ。偶然を装ってデートに割り込んでくるに違いない。
急いで片付けなければ、と思ったが、時すでに遅し。
葵がテレポートで、パンフレットの一つを取っていた。
「えーっと、何々?『大切な彼とロマンチックな星空の下…………』ほぉ…………」
その瞬間、葵と薫の目の色が変わった。
「あー、なる程なぁ。これ、この間約束してたデートのことやろ」
「あたしたちに内緒なんて酷いじゃないか〜」
表面上は笑っているが、その言葉の端には何やら黒い気配が漂っている。
「あ、こ、これは、今度みんなで出掛けるなら何処がいいかな〜と……………」
「へぇ、なら、ウチらにも相談してぇな」
「1人で決めるなんてずるいぞぉ?」
「う、それは……………」
紫穂の様子を見た2人は、やはり、と確信する。
(紫穂の言葉にいつものキレが無い!)
(間違いない!早く何とかしないと!)
いつも以上の頭のキレの良さを、葵は実感していた。薫も、皆本が関わるとトリプルブーストも遙かに凌ぐ強さを発揮する。すなわち、
(今の紫穂には言い逃れは出来へん!一気に白状させたる!)
一方、紫穂も何とか誤魔化せないか、と思考を巡らせていた。
しかし、現状を打開する言い訳が見当たらない。
そこに、葵の追撃。
「この映画のパンフレット、明日、18日が上映終了のやつが3本あるで。今度みんなで行くなら、もっと先までやってるのを見とるはずや」
「うっ……………………」
万事休す、そう思ったその時、
(待って。明日………18日……………?確か18日って……………)
そして、今この状況を覆すどころか、自分に更に利益が出る方法を、紫穂は思いついた。
「そうだ!」
それは、思わず叫ぶ程に。
「2人とも、協力して欲しいの」
「?」
そう言って、紫穂はその内容を2人に話し始めた。
18日。
紫穂は、皆本と一緒に、午後からデートに出掛けた。
2人が出掛けてから、薫と葵は、早速準備に取り掛かる。
「とりあえず、紫穂から連絡があるまで会場準備だよね」
「そやな、まずは飾り付けとかやろか」
そう言って、折り紙を切り、輪にして繋げていく。小学校のお楽しみ会とかで作る、輪っかの飾りである。
紫穂の思いついた方法とは、皆本の誕生日会を開くことだったのだ。
(明日って確か皆本さんの誕生日でしょ?だから、私が皆本さんと出掛けてる間、準備をしてて欲しいのよ)
(準備って?)
(料理とか、飾り付けとか、プレゼントとか)
(え!?料理!?)
(でも紫穂、プレゼントなんてどないして用意すんねん。ウチらに高価なものを買うなんて無理やで?)
(皆本さんにはあまりサイコメトリーは使いたくないから、それとなく訊いてみる。無理ならしょうがないから使うけど。で、何が欲しいか決まったら私からメールする。料理は、ギリギリまで作らないで、出来るだけ作りたてをプレゼント。作り方は朧さんに訊けばいいわ。両方とも、資金は局長に頼めば出してくれるだろうから)
(なる程。解った。つまり、ウチらが準備をしてる間、紫穂がデートで時間を稼ぐ、ってことやな)
(OK!)
「しかし、今となっては少しハメられた気が……………」
「まあ、皆本を驚かせるんだし、後から紫穂をハメてやればいいじゃん。…………っ!あぁ、もうイライラするな!」
葵が覗くと、薫が輪っかを上手く繋げずに苛ついていた。
「薫、繋げる必要はあらへん。輪っか作ったらその辺置いとき」
「え?置いとけばいいの?」
「そしたら、ほいっと!」
葵がテレポートで輪と輪を繋げる。
「薫が輪を作ってくれたらウチが全部繋いだる」
「おぉ!さすがテレポーター!」
まあ、そんな感じに薫達の作業が進んでいる頃。
「どうだい?美味しいだろう」
「うん!とっても!」
紫穂はデートを満喫していた。
「こんな美味しいパフェ、初めて食べた!」
満面の笑みを浮かべつつ、パフェを口に運ぶ。
しかし、頭の片隅ではしっかりと薫達の進み具合を考えて時間を計算している。
(大体吊す飾りが半分位出来たって所かしら。あ、でも葵ちゃんがいるからもう終わってるかも)
パクパクとスプーンを口に運び、あっと言う間に平らげてしまった。
(本当はもっとデート楽しみたかったんだけどな…………まあ、私の誕生日にでもまたお願いしましょ)
「ふーっ。まあ、大体こんな感じやな」
午後2時半。薫と葵の前には輪っかの飾りがどっさりと在った。
「なぁ葵ぃ。そろそろ休憩にしない?」
「あかんあかん!このままこれを放置しといたらくしゃくしゃにしてまう。先に飾り付けしよ」
実際、薫はただノリを手で折り紙に塗って輪っかを作っていただけだ。しかし、反対に葵はテレポートを使って輪っかを適する長さに繋げていた。超能力を使う方がよっぽど疲れるはずだ。それも、大雑把にやるのではなく、細かい気を使うというのに。
しかし、
「ほらほら、さっさとやろ!」
全然疲れは見えない。それがポーカーフェイスにしろ本当に疲れていないにしろ、「葵は凄い」と思った。
と、同時に
(なんかあたしだけ何もしてないような…………)
と不甲斐なさを覚えた。
「ほらほら、早く!」
葵に急かされ、薫は飾りを付け始めた。
紫穂は車の助手席でメールを打っていた。当然薫宛てである。
(飾り付けが終わったら少し待ってて。プレゼントは後でまたメールする。っと)
メール送信。紫穂が携帯を閉じると、皆本が訊いた。
「紫穂、次は何処に行く?」
「そうね…………じゃあ、この間新しく出来たショッピングモール!」
「解った」
皆本は右にハンドルを切る。
そのまま直進すること15分、左手にショッピングモールが見えてきた。
2人は車を駐車場に停めてから降りて、店内に入る。
「何か買いたい物はあるかい?まぁ、あまり高い物は無理だけどな」
「私、新しい服が欲しいの。後、本も何冊か」
「解った。じゃあ、始めに本屋に行こう。そっちの方が近いみたいだ」
案内板を見ながら、皆本は言った。紫穂もそれでいいと頷く。
そして、手を繋ぎ歩き出す。
今では当たり前のように手を繋いでいるが、皆本が主任になっばかりの頃は、手を繋いでもらえるだけでうれしかった。超度7のサイコメトラーである紫穂は、幼い頃から他人からその力で心を読まれるのを恐れ、頭を撫でたり、おぶったりしないどころか、手すら繋ぐことを拒んでいた。紫穂は元々理解力のある子だったらしく、すぐにそれは自分がサイコメトラーで超度7であることが原因で、もう家族以外は誰にも触れられることはないだろう、という事を悟った。
そして、バベルに保護された紫穂は家族と触れ合うことも出来ず、ただただ、その心は寂寥感が積もっていくだけだった。
しかし、薫と出会い、葵と出会い、独りではないことを知った。
何より紫穂の心を救ったのは、皆本との出逢いだった。
自分が超度7のサイコメトラーであると知っていて自分と手を繋いでくれるのは、彼1人だけだった。
それに、今、自分は皆本の家で生活している。それも今では当たり前だが、初めて彼に同居を許された時は、「ああ、本当に今までの主任とは違うんだな」、と心から思った。
それは、薫も葵も一緒だろう。
だから、この人の手を、自分が堂々と握れることが何より嬉しくて、そして皆本は自分達の誇りだった。
任務中、自分達の為に時には体を張って助けてくれる彼に、「好き」と言う感情と、感謝の気持ちが芽生えた。
(前に薫ちゃんが言ってた「皆本と一緒にいるから、私達は良い子で居られる」っていうのは、間違いなんかでも、御世辞なんかでもない、本当のことなのね)
そう思っていた紫穂がふと顔を上げると、偶然皆本の時計が目に入った。
(………………大分傷が付いてる。きっと長く使ってるのね)
紫穂は、気になって訊いてみた。
「皆本さん。その腕時計いつから使ってるの?」
「ああ、これかい?5年前くらいからだなぁ。もう古くなったし、新しいのが欲しいな」
紫穂はこれだ、と思った。本屋に着くと、本を探してくると、店の奥の方にいって薫にメールを送る。
「あ、メールだ」
薫は携帯をポケットから取り出し、メールを確認する。
「誰からなん?紫穂?」
「うん。皆本は新しい腕時計が欲しいみたいなんだって。それと、そろそろ朧さんに料理を教えて貰ってって」
「よし、そうと決まれば目指すはバベル局長室やな!」
葵と薫はすぐにバベルへ飛んだ。
「局長ぉぉぉぉぉぉ!」
まるで雄叫びを上げる獣のように、薫は勢い良くドアを蹴破るや否や、局長の机をバン、と叩いていった。
「局長、皆本に似合う時計買うから10万円くらい頂戴!」
その迫力に局長さえも圧倒されている。その様子を見た葵は、何故薫が初音から「姐さん」と呼ばれているか何となく解ったような気がした。
「10万円かネ!」
局長はまだ動揺している。
「あ、そう言えば今日は皆本さんの誕生日でしたね」
朧は納得するように頷く。
「なる程。しかし、だからと言って子供だけでは……………」
「なら、私が薫ちゃん達についていきます」
「む………ならいいだろう。行ってきなさい」
「よっしゃあ!朧さんとエロコメ展開!」
「そっちか!?」
思わず深く溜め息をついた朧だった。
午後8時。
「すっかり遅くなっちゃったな。早く帰ってご飯にしよう」
「そうね」
何も知らない皆本は、いつも通りに夕飯の用意をする気らしい。
もう、目の前までマンションが見えてきたとき、不意に皆本の携帯が鳴った。
「はい。もしもし…………なんだ、賢木か。合コンはゴメンだぞ……………何だって!あのリミッターの結晶について分かったって!?」
「……………?皆本さん?」
皆本は携帯を切ると、紫穂に言った。
「すまん。紫穂、僕はこれから賢木のいる研究所に行かなきゃならないから、先にみんなで夕飯は食べていてくれ」
「え、でも…………」
「すまない。本当に急がなきゃまずいんだ」
そして、皆本は有無をいわさず紫穂を降ろすと、すぐにいってしまった。
「………………………………」
紫穂は無言でマンションへと向かった。
ガチャリ。
「お、帰ってきたやん?」
葵が椅子から立ち上がる。
テーブルの上には、2人が朧から教わった料理が所狭しと並べられている。その中央には、バースデーケーキが蝋燭の炎を揺らめかせていた。
「お帰りーって、あれ?紫穂だけ?」
薫が玄関に行くと、そこにいたのは紫穂だけだった。
「皆本さん、賢木センセイに呼ばれて研究所に行ったみたい」
「えっ?」
薫も、後から出て来た葵も、それを聞き体を硬直させる。
それから、その場を沈黙が支配した。
暫くしてから、薫が明るい声で言った。
「だったら、皆本が帰って来るまでまってようぜ」
葵も、それに続く。
「そやな。別に今日中に帰って来れへんわけやないんやし」
一番落ち込んでた紫穂もそれにつられて笑顔で言った。
「そうね。暫く待ってましょ」
そう言って、3人は皆本の帰りを待った。
午後11時。
「ふう。すっかり遅くなったな」
皆本、帰宅。
帰ってすぐ、皆本はダイニングが明るいことに気付いた。
(何だ。あいつらまだ起きてるのか?)
扉を開けて皆本が見た物は、皆本にとって驚くべき光景だった。
「これは…………そういう事だったのか」
部屋のあちこちには飾りが付けられ、テーブルには豪華だが何処か初々しさを感じさせる料理、その中央にあるバースデーケーキ……………。
だいたい、皆本はあまり誕生日を祝って貰ったことはない。
だから、普通の人にとっては別にそこまで驚くことでも無いのだが、皆本にとっては感涙ものだった。
実際に、皆本は涙が溢れてきていた。
この料理も、薫達が作ったのだろう。紫穂は、少しでも驚かせるためにデートで時間を稼いでいたところだろう。
皆本は料理を一口食べようとテーブルに近づく。すると、ソファーで重なるように寝ていた3人が目に入った。その一番上、薫の手には、小さな箱が握られている。
皆本はそれを手に取り、開ける。
中には、腕時計が入っていた。皆本はそれを手に取り、裏側を見る。
そこには、「happy birth day」と小さく彫られていて、その上に、「FROM k.A A.N S.S」と書かれていた。
皆本は改めて3人を見る。3人とも、気持ちよさそうに寝息をたてている。
そんな様子を見ていた皆本の口からは自然と言葉が漏れていた。
「……………3人とも。ありがとう…………」
その夜、皆本は涙が止まらなかった。
fin
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