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空より見知らぬ

注意書:
 ミッション2:「男キャラ中心のSS」参加SS
 大前提:横島×美神。ラブラブ(たぶん)。
 男同士のからみあり。カップリング:横島(27)×横島(17)(年齢制限なし。ギャグ寄り)








 真夜中、六畳のアパート、安い蛍光灯スタンドの下で、彼は写真に見入っていた。
 一枚目、新婚旅行の写真。青空と椰子の木を背景に、タンクトップを着、精霊石のペンダントを付けた彼女が、彼の腕をとって、カメラにウィンクしている。
 二枚目、結婚式の写真。ウェディングドレスの彼女が、正装した彼と一緒に、キャンドルに火をつけている。ドレス姿の彼女はさすがに綺麗だ。輝くように、といってもさほど大げさではないだろう。けれど。
 それよりもっと心惹かれたのは、三枚目の写真だった。どうということもないスナップ写真だが・・・寝顔の彼女が写っている。
 普段の、あの張りつめた雰囲気はどこにもない。白いシーツの上、目を閉じた横顔は優しく、子供のように無防備だった。何の心配も憂いもなく、安心しきっている顔だ。
(こんな写真が撮れるなんて・・・)
 後ろを振り返る。狭い六畳をさらに狭くして、大の男が眠っている。写真を撮ったのはこいつだ。そしてあろうことか、十年後の自分だというのだ。


「信じられんなー」
 写真に目を戻して、横島はつぶやいた。
「何をどうしたらこーなるんだか」
 ちゃぶ台にひじを突いて眉をよせる。
「ぜんぜん見当がつかんが・・・」
 妄想なら、毎日のようにしている。寝れば夢にも出てくる。しかし実際あの女が自分のものになるなんてことは、
「信じてなかったっつーか、物理的にありえんだろと・・・」
 そう思っていた。毎日毎日、どなられるわ殴られるわ。それが「お願い。二人っきりになりたいわv」とか、どうやったらそんな関係になれるのかと。
(・・・無理だよな)
 どう考えても美神はこっちのことを、まったく相手にしていない。それどころか見下している。今日だとて、仕事の失敗をひどく叱り飛ばされたばかりなのだ。
『もう帰れっ!!』
「う・・・」
 また、ずきりとくる。しばかれるのはいつものことだし、たいして何とも思わないが、今日のはこたえた。もう本当に事務所を辞めようと思ったくらいだ。
『あんたなんかと一緒にいたら、命がいくつあっても足りないわ!!』
 ・・・美神は本気だった。本気で怒っていた。おキヌちゃんの「まーまーまー」も今回ばかりはまったく無力で、火のような怒りはおさまらないままだった。
『帰れ!!』
(何も・・・あそこまで言わんでも)
 殴られるより10倍もこたえる。殴られた方がぜんぜん・・・そういえば・・・今日殴られなかったな。なんでだろう。
(・・・そんだけマジで怒ってたってことか)
 セクハラや失言に対しては、たいてい鉄拳数発ですませてくれる美神だが・・・今日のはとてもそういう雰囲気ではなかった・・・。
(そりゃ、危険な敵だってのは知ってたけど・・・)
 今日の除霊相手は、「カマイタチ」の通り魔だった。風の妖怪で、ビル風にまぎれ、何人もの人間を襲っていた。美神が張った罠の場所に待ち構えて、結界ネットでこれを捕らえるのが自分の役目で、
『油断するとぶった切られるわよ。絶っっ対っにドジ踏まないでよね!』
 きつく言い渡され、防弾チョッキまで着せられた。が、結果見事にドジを踏んで妖怪を逃がしてしまった・・・
(ネットから抜け出すなんて思わないよな普通・・・)
 逃げたカマイタチが、腹に激突したのを憶えている。息が止まって目の前が暗くなった。それから数分の記憶がない。ショックでぶっ倒れたらしい。
 ・・・その後意識を取り戻した自分に、美神の怒るまいことか。
(ほんと容赦ねーよなぁ。死ぬとこだったのに・・・薄給でこきつかわれて、しかも危険なことばっかやらされて・・・今まで役に立ってるだろうに・・・たまたま失敗したからって)
『やっていいミスと悪いミスがあるのよ!!』
(・・・・・・わかってるけど・・・)
 自分だけではない。あの時、隣にいた美神も危なかったのだ。カマイタチは、飛び回る刃物も同然の妖怪だ。無傷ですんだのは、ただ運がよかったからにすぎない。だから、
『あんたなんかと・・・、命がいくつあっても足りないわ!!』
 叱責のいちいちが胸にこたえた。この頃けっこー仕事こなせるようになってきたんじゃないかと思っていただけによけい・・・
『もう帰れっ!』
 一緒にいたくないと・・・役立たずだと言われたようで・・・。


 あの後。
 奇跡的にケガ人は出なかった。自分のミスはだから、結果的に誰も傷つけずにすんだ。
 しかし実は・・・この仕事では、事前に警官が一人死んでいる。カマイタチに背中から追突されたのだ。体を貫通され、胸に大穴が開いていたという。
(俺ももう少しでそうなるところだったんだよな・・・ちったぁ心配してくれたって)
 腹にカマイタチが激突する一瞬、視界の隅で、美神が何か叫んだのを憶えている。よく聞こえなかったけど、
(バカ、アホ、ドジ、間抜け、・・・そのうちのどれかだよな。うん)
 そしてその次の記憶も美神だ。倒れた自分の上にかがみこんで、何か言っていた。
(なんて言ってたっけ)
 沈んでいた記憶が戻ってくる。彼女の声。
(・・・名前を呼んでた)
 そして自分はそれに答えた。いや、答えようとした。
《大丈夫です》
 ・・・でも、声が出なかった。
『横島クン!!』
《大丈夫、生きてます》
『・・・・・・!・・・!』
《・・・泣かんでも。大丈夫ですって》
 そう言おうとするのに、声が出ない。腹と胸を強く打ったせいか、うまく息が吐けないのだ。彼女に向かって、ぱくぱく、と口を開閉して、また意識が暗くなった。
『横島!』
《大丈夫・・・》
『よこちま!!』
 呼びかける美神は小さな子供になっていた。ああ、夢だ。
(・・・じゃああの涙も・・・夢だったんかなー)
『横島クン!!』
《泣かんといて下さい》
 夢の中で、繰り返していた気がする。覗き込んでいた顔に向かって。
 ・・・・・・。
 時間の感覚がよくわからない。でも実際はたぶん数分後くらいだろう。次に目覚めた時には、ちゃんと声が出るようになっていた。すんません、すんませんとあやまったら、すさまじい勢いで怒鳴られた。
『このドジっ!あれほど油断するなっていったのに!!』
 青い顔で、いつまでも怒りやまなかった美神。
 ・・・・・・・・・。
「・・・心配・・・してたんかな。俺のこと」
 一人つぶやく横島の背後に、誰かが音もなく忍び寄った。


「ん?」
 人の気配に、横島は振り向いた。と、
「うおっ?!」
「つーかまーえたv」
 でかい図体にちっとも似合わない、ハートマーク付きの口調で、彼に抱きついてきた者がある。
「お、おいっ」
 不審者の正体は、今日このアパートの押入れから現れた横島(27歳)だ。さっきまでそこで寝ていたのだが、
「れいこぉぉお・・・」
 どうやら寝呆けている。自分を妻と間違えてるらしい。
「おっさん、おっさん」
 横島は舌打ちした。10年で視力が低下したのか?俺をあの人と間違えるたぁ、
「何考えとんのじゃ。離せ」
「・・・・・・」
「離せって」
「・・・」
「おい」
「んー」
 ・・・・・・。
 ・・・・何のつもりだ。
 なんか・・・イヤな予感がする。腰に・・・横抱きに回された手は、ちっとも解かれる気配がない。それどころか、
「んー、んー、んー♪」
 だんだん強まる。てか体が傾く。
「お、おい」
「んー・・・」
「おいっ!」
 こっこっこの体勢はっ!
「んんーーーー♪」
 ちょっと待てーーーーーっっ!!
 しかし遅かった。すでに姿勢は斜度45度、つっぱろうとした手が軽くいなされる。
「はぁっ?!」
 思わず声が出たくらい、巧みな手さばきだった。手首をとられて押し倒された先には、ウチのせんべい布団。その上にふわりと寝かされ、やわらかに押さえつけられる。
「・・・・・・」
 唖然として天井を見る。まーったく動けません。でもどこも痛くありませんよ。お見事な手際、
(こ、このおっさんむちゃくちゃ手馴れてないか??!)
「ふ」
「うひっ」
 耳に息が吹きかけられる。なんやあっっ。
「んー・・・」
 耳からおりてきた唇が、うなじから鎖骨の合わせ目までを行きつ戻りつする。くすぐったい、気持ち悪い、悪寒がっ、
「や、やめ・・・っ」
「令子って・・・ここ弱いよなぁ・・・」
 そうなのかッ?!
「昔っからだよな・・・」
「昔?!」
 愕然とする。昔?昔っていつよ??!てめー新婚やなかったんか?!
「おいっ!いつだ、いつからお前・・・」
 重大問題だ。問い詰めようと身を起こしかけたが、
「んー・・・」
「のぁああっ?!ちょっ?!」
 そーしてその後、いろんなとこ(主に肩から上だが)をなでられたり、なぞられたり、息を吹きかけられたり、した。鳥肌が立って逃げようとするも、こちらのバランスを奪う重心移動、体重のかけ方が、抜群に上手くて逃げられない。言葉責め重視タイプらしく、ポイントごといちいち「ここをこうするとおまえはこうだ」みたいな解説が付き、正確な位置や力加減もよくわかり、そらもうたいへん参考になったような気はするが・・・
「・・って、く、あのなっ、てめぇいい加減にしろっ、自分を押し倒して何が楽し・・・」
「ほら・・・」
「ひっ?!ちょ、・・・って、ドコさわってやがる!んなとこ、胸なんかねーぞ、このヘンタイ・・・」
「令子・・・」
 横島(27)の声が暗くなる。
「お前・・・やせたか・・・?」
 そーゆーレベルじゃないだろがッ!!多少やせたからって、あのダイナマイトなちちが、こんなまったいらになるわけあるかっ!ボケっ!
「んなことになったら泣いちゃる!泣くぞ!俺は!」
「令子・・・かわいそーに・・・」
 横島(27)も涙ぐんでいる。
「・・・4日間・・・ほとんど何も食べてないってほんとか・・・」
「・・・・・・」
「病院食だめか・・・なんか食べたい物あるか・・・?」
 横島は顔を上げた。
「・・・そんなに悪いのか?美神さん」
「・・・・・・」
 返事がない。不安な沈黙に腹が立った横島は、向き直り、相手の胸ぐらをつかんだ。
「だったらてめー、何してんだよ重病人に」
「・・・・・・」
「てめーにゃ理性とか見境っつーもんはねーのか」
 俺にもないけど、
「10年経ってもこれか?俺は情けないぞ!!」
 自分のことは棚に上げ、胸ぐらをしめあげる。締め上げられた横島(27)が掠れ声でつぶやいた。
「あの頃とは・・・」
「あん?」
「俺はもう決して・・・」
「・・・は?」
 声が小さくてよく聞こえない。横島(17)は聞き返した。
「今なんつった?」
「・・・・・くない」
「・・・?」
 聞こえない。もう一度聞きただそうとした時、
「・・・っ!!」
 強く抱きしめられた。息が止まるほど強く、
「令子!!」
 抱きつぶされーになり、横島はキレかけた。ふっふっざけんじゃねえ、このおっさん、
「いい加減にしろっ!間違えんなッ!てめえの女房だろ?!ごほっ、ばっきゃろ、俺のどこが美神さんに・・・」
「待ってろ、令子」
 横島(27)は聞いていない。横島(17)の頭を抱えて、自分の胸に押し付け、かきくどいた。
「必ず助けてやる。心配するな」
「・・・・・・」
「俺を信じろ。血清は俺がなんとかする。絶対に」
「・・・・・・・・・」
腕の力がいったん緩み、静かにまた強くなる。
「・・・信じろ。大丈夫だ」
「・・・・・・・・・」
 横島は顔を上げた。
「・・・すっげー自信だな。アンタ」
 ・・・・・・。
 腕の中、うつむいて考える。俺と全然違うよな。よーもーまー、そうきっぱり言い切れるもんだ。
 でも俺も・・・俺だって信じたい。アンタの持ってきた写真、あれ、夢じゃないんだよな?あれが未来なら、そのまた未来、あんたの未来を・・・
「・・・信じたいけどな・・・」
「信じろ」
「・・・わかった。信じるよ」
 横島がそう答えると、横島は微笑んだようだった。そしてコトを再開した。今度はもうしゃにむに無言で・・・
「おうわぁああぁぁっ!?!」
 首に吸い付かれた。唇へのキスをぎりぎり回避できたのは奇跡としか言いようがない。トランクスに手がかかったので、大暴れし、相手の髪をつかんで引っ張り、拳でげんごん頭を叩いて、やめさせた。
「・・・はっ?!ここは?」
「・・・・・・やっと目がさめたか・・・」
 肩でぜーはー息をしつつ、横島は相手を睨んだ。
「盛大に寝呆けやがって・・・」
「あー・・・」
 横島(27)はぼりぼり頭をかき、辺りを見回した。
「なんだ・・・夢か・・・」
「・・・・・・」
 彼はふう、と息をつき、こぶの出来た頭をさすった。
「俺・・・なんか言ってたか?」
「言ってたどころか・・・」
 はっきりしゃべって動いとったぞ。考えてることがつい口に出るクセは自覚してたが・・・夢の中身までそうだとは知らなかった。ったく我ながら・・・
「ん?お前まだ起きてたのか?」
 完全に目が覚めたらしい青年は、灯りのついたスタンドと、写真を覗きこんだ。
「いや、まだ信じられなくて・・・」
 横島(17)も、もう一度写真に目をやる。何度見ても、現実とも思えんシーンの数々・・・
「信じられなくてさ・・・」
 これってほんとにほんとーなのか?


 スタンドの電気を消して。
 横島は布団に寝転がった。隣で横島(27)は、すでに寝息を立てている。
「・・・・・・」
 横島は横目でそれを見、天井に目を戻して、さっきまでの会話を反芻した。
(未来は常に変化するんだ)
 ・・・・・・。
(お前も俺と同じ道を進むとは限らん)
 ・・・・・・
(いっそ違う道を選んだ方が幸せかも・・・)
 おいおいそんなに苦労すんのか。辞めないで頑張ってれば、いつか元が取れるんだな、と聞いたらば、
(うーん赤字って気も・・・)
 という返事だった。おーい・・・
(それよりお前、文珠出せるか)
 出せるけど?
 まどろみの中で、14個の文珠が光る。奴はそれで時間を越えるのだと・・・
(・・・スゲー・・・)
 それがどんなにすごいことか、一番よくわかるのはたぶん自分だ。
 1個なら誰でも使える、創り手の自分なら、同時に2個の使用も可能だ。3個でもたぶんどうにか。4個となると難しいが、なんとかイメージがわかなくもない。
 しかし5個以上となると・・・
(方法の見当がつかんぞ・・・)
パワーだけでも半端じゃなく要るはずだ。まして14個同時とか・・・人間のキャパ超えてねーか?それ。
(修行がどうのとか、そういうレベルじゃない気もするんだよな・・・)
 寝返りを打つ。あいつスゲー。しかも美神さんの亭主。そいで俺なのか。
(スゴいじゃねーか)
 けっこう生きててよかったかも。今まで何度も死にかけた。今日もイタチやろーのせいで死にかけた。けど死ななくてよかったなと・・・
(やっぱアレだな。元とるまでは辞められん)
 あれが俺なら希望が持てる。シバかれようと蹴倒されようと、あきらめないでついてゆく。
『横島!!』
《大丈夫・・・》
『大丈夫だ』
『信じるわ』
 十年。あいつは何を越えてきたんだろう。
『未来は常に変化する・・・』
 夢の中、空よりも遠い場所で、見知らぬ未来が揺れている。
(・・・いいさ・・・きっと・・・)
 眠りながら微笑んだ。起きたらスキップして事務所に行こう。明日、明日、子供の頃に見た夕焼けの向こう、そこに何があるのでも、明日はいい日に違いない。
ミッションに参加させていただきます。
2回目の投稿ですが、内容がアレなので、1回目より勇気がいりました。
規約には触れてないと思いますが・・・心配です。
何かあればご指摘下さい。

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