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罪と罰

 冷たい秋雨に街は灰色に塗りつぶされていた。

 独り雨に濡れていた俺に、あの人はそっと手にした傘を差し出す。

 温かな微笑み―――

 その微笑みだけが俺に色彩を感じさせる。

 俺はただじっとあの人の姿を見上げていた。



 「可哀想に、こんなに濡れてしまって・・・・・・」



 なんでこの人はこんなに優しい顔が出来るのだろう。

 チクリと胸に湧き上がったのは、あの3人への嫉妬。

 俺は皆本さんの愛情を独占する彼女らが羨ましかった。








  ―――――― 罪と罰 ――――――






 いくら望んでも手に入らない甘美な果実。

 皆本光一の愛情を宿木明が独占することはない。

 そんなことは充分過ぎるほど理解していた。

 だから俺はこうしてあの人を見上げている。

 何も話さず、ただじっとあの人の姿を・・・・・・



 「寒かったろう?」



 伸びてくるあの人の手に体が強張る。

 それを期待していなかったと言えば嘘になる。

 緊張に震える体に触れる優しく、そして力強い手。

 冷たい雨に打たれた俺を、あの人は優しく抱きしめた。



 「こんなに震えて。大丈夫、怖くない・・・・・・」



 耳元に囁くような言葉。

 その言葉が俺の意識にしみ込み緊張をほぐしていく。

 あの人が手を差し伸べるのは猫のような3人の少女。

 猟犬たる俺にその手が差し伸べられることはない。

 さっきまで俺はそう思って・・・いや、そう思いこもうとしていた。

 しかし、あの人に抱かれている今は。

 そう、今だけは・・・・・・

 温かな体温を感じながら、俺はただ黙ってあの人に身を預けた。



 「そう、じっとして・・・・・・」



 そっと目を瞑りあの人の鼓動に耳をすます。

 雨音に混ざる心地よいリズム。

 鼻孔をくすぐる甘い洗剤の香り。

 その中に微かに混ざった雄の匂いを俺は感じていた。

 見た目よりも厚い胸板と力強い腕。

 力を抜いた俺の脇腹をあの人は愛撫しはじめる。



 「くぅ・・・・・・」



 思わず甘えたような吐息が漏れてしまう。 

 気恥ずかしさとくすぐったさに身もだえする俺。

 しかし、そんな俺の動きをあの人の力強い腕は許さなかった。



 「ふふっ・・・まだまだ子供なんだな君は・・・・・・」



 俺を強く抱きしめたまま、あの人の手が首筋へと移動してくる。

 繊細な指の動きが心地よかった。

 俺は目を閉じたままその指の動きに意識を集中する。

 顎の下から耳の後ろにかけて、俺の反応を楽しむように愛撫を続けるあの人。

 まさに至福の時間。

 このまま時が止まって欲しい―――

 そう願った俺の耳元で、あの人は残酷な一言を口にした。




 「でも、困ったな・・・・・・ウチはペット禁止だし君を飼うことは出来ないんだ」




 その一言に至福の時間は打ち砕かれる。

 解けてしまった魔法。

 傘を叩く耳障りな雨音。

 俺―――宿木明は、自分の目で雨に濡れた子犬を抱く皆本さんを見つめていた。



 「それにウチにはもう、子猫みたいなのが3人もいるしね・・・・・・だから」


 子犬を抱いたままじっと俺を見るあの人。

 続く言葉を待ちわびる俺に、皆本さんは抱いていた子犬を預けようとした。



















 なんて罪な人なんだろう。今までこの子犬が俺だったことも知らずに・・・・・・

 微かに抵抗の素振りを見せようとする俺。

 しかし全てを見透かしたような微笑みと、俺の首筋に伸ばされた指先が抵抗の意思を奪っていた。

 先程と同じ優しい指先を俺の首筋に這わせながら、あの人は耳元で命令する。



 ――― 君が飼うんだ・・・・・・いいね?



 本当に罪な人だ。

 あなたの命令に俺が逆らえないのを知っていて。

 俺は黙って肯くと――――――








 ―――――― 俺は黙って肯くとあの人の抱く子犬に、そっと手を伸ばしていった。


 「ん? オマエ、何見てる!?」

 「ギクッ!!」

 突如背後から呼びかけられ、妄想を中断したパティは驚いたように振り返った。
 目の前に立っていたのは獣の様な若い女―――バベルの特務エスパー犬神初音だった。
 妄想に集中していたせいもあったが、パティは音もなく忍び寄った初音に大いに狼狽える。
 彼女が向ける懐疑の視線に、パティは慌てたように弁解を始めていた。

 「い、イヤ、ベツニアヤシイモノデハ・・・・・・」

 何故かカタコトになるパティ。
 しかし、壁の影から通りの向こうをうかがう金髪ゴスロリ少女の存在は、初音にとってこの上なく怪しいものなのだろう。
 彼女は持ち前の嗅覚を生かし、パティの素性を探ろうとする。
 今まで嗅いだことのないニオイに初音は不思議そうな顔をした。

 「ナンダ? この腐ったようなニオイは・・・・・・」

 それは初音にとって未知の、しかし妙に気になるニオイだった。
 
 「知ったな・・・乙女の秘密を」

 脳内で繰り広げていた秘密の遊びを看破されそうになり、パティのニオイに禍々しいものが混ざり始める。
 しかし、そのニオイを初音が感じることは無い。
 パティの見ていたモノが気になった彼女の視線は四つ角を越え、子犬を明に預けようとする皆本の姿を目撃していたのだった。

 「だから・・・・・・明君の所で飼えないかな? 君の所一戸建てだし」

 鋭敏な聴覚が遠慮がちに口にした皆本の提案を捉える。
 どうやら皆本は抱き上げた捨て犬を明に引き取らせようとしているらしい。
 差し出された子犬に手を伸ばしそうになる明。
 湧き上がる嫉妬の感情に、初音の心からパティへの懐疑は綺麗さっぱりと消えていた。

 「明ーッ! 私というモノが有りながら、ナンダそいつはーッ!!」

 「ゲッ、初音ッ!」

 明に猛ダッシュをかけた初音は、ヒャンヒャンと啼きながら子犬と明の間に割り込もうとする。
 もの凄い剣幕の彼女から守ろうと皆本は子犬を高く掲げていた。

 「ちょ、初音君、落ち着いて。この子は雄だって!!」

 「そんなの関係ないッ! 明の作るご飯は全部ワタシのものだーッ!!」

 「・・・・・・・・・・・・」

 初音の乱入にすっかり壊されてしまった妄想。
 パティはそれっきり興味を失った様に回れ右をした。






 ――― やっぱり皆本×には少佐か・・・・・・


 謎の一言をいい残しパティは何処かへと消えていく。 
 脳内に湧き上がる罪な妄想の命じるままに・・・・・・
 例え少数派と言われようが、×皆本なんかは認めはしない。
 冬の一大イベントはもうそこまで来ていた。





  ―――――― 罪と× ――――――




          終
 えーっと、雑談掲示板で呼びかけた【ミッション2 魁! 男のSS塾(男キャラ中心のSSを書こう!)】
 言い出しっぺの私はこんなネタでしたが如何だったでしょうか(ノ∀`)
 とりあえずこの話を読んでからサンデー47号を見て、明が憑依している犬が今回の子犬が成長した姿で、名前がコーイチだと思った人はトモダチになってくださいw
 ご意見・アドバイスいただければ幸いです。

 追伸
 この話を書くに当たり、私に×の意味を教えてくれた某氏。
 本当にありがとうございました(ノ∀`)
 もう純粋だった昔には帰れませんorz 

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