第五幕 目的
人の脳は無限に近いストーリーを組み立てる能力が備わっている。それはまるで樹形図のごとく話を発展させていき何パターンもの可能性をもった未来を描く。
しかしその人の想像力を利用し、悪用する超能力者もいる。超度の高い能力者ならなおのこと質が悪い。現実と空想の世界の見分けができなくなったら、一生その空想の世界に人は残るだろう。空想の世界は個人が自分にとって都合のいいように組み立てる傾向が強い。
そんな都合の良くなった世界から苦いことが含まれた現実の世界に戻ろうとするだろうか・・・。
(なんで皆本がここに?バベルで仕事してんじゃないの!?)
(えっ!?てか中学生!?)
(前にもこんなことがあったような・・・)
教室の後ろの窓際の席で三人の少女は疑問のマークが図上に浮かんでいた。他の連中、女子はその皆本の整った顔、そして利発そうな、優しそうな、その雰囲気に自己紹介のときから目線を集めていた。もちろん男子はというとその姿を恨めしそうに見ていることはいうまでもない。
「あたし達のこと気づいてないのかな?」
「さぁ・・・でも、私達が視界にはいっても何の反応もなく座っていたわよ。」
「前にもあった記憶強盗のときみたいに失くしているのかな。教育プログラムを受けないで済んだという記憶になっているかもしれへんし・・・」
三人はそういいながら斜め前に座っている皆本をみる。特に変わった様子もなく授業を聞いているようだ。聞かなくてもとっくのとうにわかっていることだろうが・・。
五時間目の数学の長い授業が終わり、三人はとりあえず皆本に話しかけようということになった。しかし、行こうとした瞬間、その当人は三人たちの前に立っていた。
「ちょっと、いいか。薫、葵、紫穂。」
皆本はごく普通に普段通りに話しかけてきた。事件が起こって出動した時のあの凛々しいまなざしで三人を見つめる。
「み、みなもと?」
「記憶はとんでへんの?」
薫と葵はいつもと変わらない皆本の様子に驚く。そして皆本に近づいて頭に手をふれる紫穂が
「えぇ、大部分の記憶はそのまんまよ。ただ一日近く記憶がとんでいるわ・・いや、とんでいるというよりはその記憶の部分が覆い尽くされている感じ・・・私達と一緒ね。」
適格に皆本の脳の状態を判断する。
「・・・なぜか、ふと気付くと職員室の前にいたよ。最初は何がなんだかよくわからなかった。だけど担任から授業の説明やらひたすらされて、何もいいだすことができないままになってしまった。そして、今こうして授業を受けているわけなんだが・・・。まぁ、いっても変わらなかったとは思うけどね。」
皆本は大筋を話した。そしてさらに続けざまにいう。
「どういう事態になっているのかはよくわからないが、こんな姿になっているということは強制催眠を受けている可能性が高い。というよりもそれしかないだろう・・・紫穂、この脳の中で覆われている部分を全力で透視してもわからないのか?」
その質問に対し紫穂は淡々と答える。
「できているなら、最初から伝えるわ。そうとう強力なバリアよ。私と同じ超度7のESP系でなければこんなことできないわ。」
そんなことのできる奴を皆本の頭で検索するとあいつしか浮かばなかった。皆本はそれを言おうとすると紫穂は続けざまに
「ちなみに兵部少佐でもないわよ。超能力者にもそれぞれ固有の念波があって見分けがつくわ。今回のは全く別物よ。」
皆本がいおうとしたことがわかっていたかのようにいう紫穂。
「じゃあ、これは一体・・・。」
自分の体を改めて見る。手足が短くなり地面を見下ろすときの距離が短くなっているのがわかる。そしてなにより
「!?」
皆本の腕に柔らかい感触がからみつく。
「か、薫!また抜けがけしよって。」
皆本と腕を組む薫に対し、例によって葵が怒鳴る。
「へへ〜ん、皆本となんか近い感じがする。」
薫はでれでれしながら、そして皆本は少し慌てている様子だ。いつもなら身長が離れているため腕を組まれても大して驚くことはないが身長が近いとやはり意識してしまう。
「カオルちゃんばっかりずるーい。え〜い、わたしも!」
そういうと紫穂は皆本のもう片方の腕を組む。胸のふくらみが三人の中で現在トップの紫穂はその利点をいかし存分に押し付ける。
「し、紫穂・・・お前・・・」
体が小さくなって成長の度合がよくわかる。その柔らかい感触に皆本は顔を赤らめる。
「こっちも胸かなり大きくなってるもん、ほら、みなもと〜。成長しているよね?」
薫も負けじと皆本の腕に胸を故意に押しあてる。普段は大して気にもとめていないことがわかると人間その時の感覚は鋭くなる。腕に全神経がかかっているのではないかと疑うぐらい二人の胸の感触が伝わってくる。いまどき興奮して鼻血を出すなんてことはないが、今の皆本はその状態に確実に近づいていた。
「ムネ、ムネ、ムネって・・・」
しかしながらそんな状態を一人喜んで見ていられるはずもなかった。特に胸の話になると途端に機嫌の悪くなる者はメガネを光らせ殺気を放っている。その異変に皆本だけでなく、薫と紫穂も気づく。その殺気に冷や汗がたらりとでる。
「ま、まぁ・・なんだ・・女は胸の大きさだけじゃないって。形や色も大事だって。」
「そ、そうよ。葵ちゃん。皆本さん、微乳好きかもしれないし・・・。」
(別に胸がどうたらこうたらという好みなんかねーよ。)
皆本は口に出そうとした言葉をなんとか心のうちに抑えた。前を見ると葵の目からは涙がでているみたいだった。
「そんな慰めいらんわ〜!!!」
そういうと葵は廊下のほうに駆けだしていった。教室中の視線が涙ながらに教室からでていく葵に集まる。
「あ〜あ、皆本クン、葵のこと泣かしちゃった・・・。」
「胸だけで判断するなんて、なんて酷い人なの・・皆本さんって・・」
自分たちが強調してきたことなのに全くもって責任を感じていないこの二人。
「えっ!?ぼくのせい?」
先ほど教室から立ち去る葵に対する視線は数秒たった今皆本のもとに向けられている。紫穂と薫も当然のごとく自分を睨みつけてくる。その睨みつけかたは演技であるのはいうまでもない。しかし出て行った葵の行方も気になる。そこで皆本は
「わかったよ・・キチンと謝ってくるよ。」
こうして何一つ謝らなければならないことをしていない皆本は薫たちの作りだした雰囲気から謝らざるを得なくなった。
プレーリー平原上空
「俺らのことを邪魔しにきただぁ〜。上等だ、ぶっ殺してやるよ!!」
ジャッカルは十メートル近く離れた兵部を相手に拳を突きだす。すると兵部の腹のあたりがへこむ。
「ぐぁあ!」
兵部の表情は険しくなる。
「・・・空気の波動か・・・」
「ふん、今ので内臓のどこか損傷したはずだぜ。このままなぶり殺してやる。」
ジャッカルは兵部めがけて空中を疾走する。そしてその拳があたるかあたらないかといったところで急に兵部が煙のように消えてしまった。
「な、何!?」
ジャッカルは一瞬戸惑う。
「フフフ、君は団長と違って騙されやすいみたいだね。」
ジャッカルの後ろにいつのまにかいた兵部の姿にジャッカルは唖然とする。
「ちっ、ヒュプノか・・・」
最初に放った波動拳はただ空気を裂いただけにすぎず、兵部はすでにその時ジャッカルの後ろをとっていた。
「まだやる?今度は攻撃もしちゃうけど・・・。」
「・・上等だ・・今度こそ粉々にしてやるぜ!」
ジャッカルが攻撃をしかけようとしたとき、その拳が止められた。
「そのくらいにしとけ。」
団員の一人がジャッカルを制する。
「あっ!?邪魔するなよ。先に攻撃されたのはこっちだぜ。飛行機まで壊されたっていうのになんにもするなっていうのかよ。」
「壊されたと思っている飛行機を空間認識でちゃんとよく見てみろ。」
いわれたとおりに空間認識でみてみるジャッカル。すると少し興奮状態から抜けてきたようだ。先ほどまで燃え上っていたと思われた飛行機は何事もなく着陸していた。空間認識でしばらくみると普通にみても飛行機が無事だということがはっきりしてきた。
「いけねぇな。本当にヒュプノにはとことん弱いみたいだ。」
自嘲気味に語るジャッカル。しかしすぐに鋭い目つきに戻る。
「だがお前がムカツクのは変わらねえ、余計に腹がたってきた!」
ジャッカルは体に込めた念をさらに強くする。
「ほう・・凄まじいほどのオーラだね・・・マジで戦ってみたいけど、それはまたの機会にしてくれよ。」
兵部はジャッカルの念のオーラをみて関心するがすぐに話を戻そうとする。そんな態度がさらに気に障ったのかジャッカルの血管がピクピクしているのがわかる。
「余裕かましてんじゃねえぞ!コラ!!」
「いい加減にしないか!!ジャッカル!!!」
ジャッカルのいきりだった様子に喝を入れたのは先ほどの団員であった。そして続けざまにいう
「この男の出現は予定にはない。ここで邪魔をされたら困るのも確か・・・しかしこいつに戦う気がないとわかれば話は別だ。穏便に事が運ぶのであればそれに越したことはない。それがわからないのか。」
その男はさっきよりも声のトーンを落としジャッカルになだめるように投げかける。
「そんなことぐらいわかってるよ。けどよ、こいつが俺らがやろうとしていることを知っているとしたら見過ごすわけにはいかないだろ?たとえここで俺らを制圧しなかったとしても後で捕まるように仕組んでいてもおかしくはない。」
ジャッカルは懸念していたことをその男に返す。
「計画が漏れることはまずないだろう。知っているのはここにいる団長をあわせたごく数名、そしてもとの計画をたてた本人のあいつだけだ。」
と、そこで二人の会話に兵部が入ってくる。
「二人で相談しているところすまないけどこっちも早く訊きたいことがあってね、急いでいるんだ。・・まぁ、確かに君たちの計画はわからないよ。今しがたテレパスで君らの思考を読み取ろうとしたけど肝心なとこだけわからない・・・。その計画内容の知らせ方は大方その団長がテレパスで送って、ロックをかけているといったところか。」
「!?」
この言葉を聞いて団員の皆が驚く。そして先ほどジャッカルと話していた男は団長に答えてもいいかと目を向ける。そして団長は差し支えないとテレパスで返信する。
「そのとおりだ。驚いたなぁ、計画内容を探ることはできなかったとはいえそこまでわかるとは・・・さすがはパンドラのリーダーというところか・・・。」
兵部は少し得意げな顔をみせるがすぐに真剣な顔に変わった。
「・・・ただ、本当に訊きたいのはこんなことじゃない。クイーン・・・特務エスパーチーム、チルドレンをどうするつもりだ?彼女たちは今、君らの仲間の手によって亜空間をさまよっている。とはいっても彼女たちをその世界から連れ出してやめさせろというわけでもない。その気になれば僕の力をもってすれば現実世界に引き戻すこともできる。それに彼女たちは将来エスパーを率いる女神たちだ。こんなところで消えるわけもない。」
と、兵部はそこまでいいきり、さらに会話を進める。
「で、君らは彼女たちが現実の世界に戻った後、彼女たちをどうするつもりだ?彼女たちが現実世界に戻るということはほとんどその幻覚術者を捕まえたも同然。その君らの仲間は警察でサイコメトリーされて計画の全貌と組織全体を知ることになるだろう。それを黙って見過ごすというのかい?」
この兵部の言葉に対して今度は団長自らが答える。
「あの少女達に危害を加える予定はない。彼女たちを今仮想世界に送っているのはレニーという。仮に彼女たちが現実世界に戻ってきたとしよう。確かにまともに戦ったりしたらレニーは捕まるだろう。しかしレニーには万が一の場合逃げろといってある。それに捕まった場合にはあいつに対して記憶と能力がなくなる細工を施してある。よって証拠も何一つ残らないからあの少女達を放っておいてもいいことになる。・・・ご理解いただけましたか?」
その団長はまるで他人事のように淡々と考えを述べた。その冷めた目つきは兵部ですらぞっとするものがある。冷めた目つきという表現では通らないような、今まで見たことのないような目である。一番近い表現であるとしたら冷淡という言葉であろう。ただその団長のいったことはおおまかに理屈が通っているように見える。
「なるほどね。それを聞いて少しは安心したよ。でも一応僕は彼女たちのそばで監視しているとしよう。そして今の話を聞いて君らの狙いが見えてきたよ。・・・バベルだろ?」
兵部のこの問いかけにまたもや団員は驚く。しかしながら団長は特に驚いた様子はない。そして先ほどジャッカルを制した男、スモンという名の男はむしろ好都合だということに気づく。そして団長の意を悟ったスモンが代わりに述べる。
「なるほどな・・・。お前はグリシャムにレニーが化けていたことを知っていたのか。」
兵部の先ほどの推測に対して核となる部分を返してきた。兵部はそれに答える。
「ああ、だからさっきチルドレンに危害を加えるか否かを訊いたんだ。そのレニーというやつがグリシャム大佐に化けてチルドレンをコメリカに来させたんだろ?それなのに何もしないなんていうのは変じゃないか。現にあの子たちはレニーと戦っているというよりは時間を潰されている感じがする。ここまでくれば誰だってわかるさ。」
そこでスモンはこの会話の行きつく先をわかっていながらこう答える。
「あのチルドレンやワイルドキャットのような高レベルエスパーが抜ければバベルの戦力は大幅に減る。つまり今が仕掛けるときだ。」
そして兵部も心得ているようにこの会話を進める。
「あなたたちの知っているとおり僕はバベルを嫌っている。君らのやることは僕のプラスになる。」
そしてスモンはにやっと笑いこういった。
「同盟成立だな。」
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