時々、自分がエスパーだったらどうなっていただろうと思うことがある。
きっと、幼い頃のあいつらみたいに、周りの人間から存在を否定され、拒絶され、忌み嫌われたに違いない。
そう。もしも自分がエスパーだったのなら、きっとあいつらの気持ちを解ってやれたに違いない。
皆本は、寝室でベッドに横になりながら考えていた。
明日はチルドレン3人の卒業式。3人は既に寝室で寝ている。
少し前、皆本はある事件の犯人に襲われ、記憶を無くしていた。
兵部のヒユプノのおかげで、記憶相応の姿となり、薫達と学校に行った。
その時の自分は薫達と同じ小学5年生で、記憶もその頃までしかなかった。まるで昔の自分が今に来たかのように。
だから、あの時、薫達と一緒に学校に行けて本当に嬉しかった。
自分は、皆と一緒に学校には通えなかったから。
皆本が、ザ・チルドレンの現場運用主任になったのには、柏木の暗躍とか局長のしつこい誘い文句とか色々あるが、一番それっぽいと言えば「自分に似ているから」だろう。
小学校の頃の皆本はとにかくずば抜けて頭が良かった。そのせいで特別進学プログラムに進まねばならなくなり、自然と大人の中で過ごしていて、同い年と過ごすことなどなかった。
同様に、薫達も高すぎる超度のせいで親と上手く付き合うことが出来なかった。当然同い年とはいい関係は築けず、バベルに保護されたことによってそのチャンスすら失われた。
なので、以前薫達と学校に行った時、そのことを痛感し、同時に自分はまだ、彼女達の事など解ってあげられてなかったのだ。
薫が毎朝張り切って起きて出て行くのも、紫穂が帰ってきて直ぐに学校で起きたことを話すのも、葵が楽しそうに宿題をやるのも、全て学校に行けることが嬉しいから。
初めは親にすら拒絶され、友達は他のメンバー2人だけ。それが、皆本と薫達の決定的な違いだった。
皆本には、何時も助けてくれた、励ましてくれた両親がいた。
しかし、彼女達にはそんな親すら、いなかった。しかも、かなり幼い頃から。
だから、彼女達は毎日が楽しくてしょうがないだろう。かつては誰も相手にしてくれなかったのに、今はこうして、当たり前に学校に通えているのだから。
そうだ。自分がもし、彼女達と同じ様に幼い頃から高超度エスパーだったのなら。
そうだったら、きっと、誰よりも彼女達の辛さを、誰より早く気付いてあげられたのに。
その日、僕はいつもより早く起きた。
そこは男性エスパー寮。僕は小学校に上がる頃に、超能力に目覚めた。
ただでさえ勉強が出来たから、それを妬まれイジメられ、みんなから仲間外れにされていたのに、超能力者になったがために余計にイジメは悪質になった。
リミッターをつけても、余り意味は無かった。
何故なら、僕は超度7だったから。その上、サイコキネシスにテレポート、サイコメトリーの、3つの複合能力者。
そのせいで、何かあればすぐ自分のせいにされた。
そんな自分を助けてくれたのが、超能力支援研究局、通称バベルだった。
バベルの局長、桐壺帝三は、皆本が非常に稀少な三種類の複合能力者、しかも超度7であることを知ると、すぐに皆本の両親と話し、彼を保護したのだった。
僕はバベルに入ってから、ESP戦、超能力についての勉強をした。
誰かの役にたちたくて。
そうして、僕は経験を積み、実践を重ね、今、ここにいる。
顔を洗い終わった僕は、ランドセルを持って寮の食堂へ向かう。一年前から、超能力が上手くコントロール出来るようになったので、学校に行けるようになっていたのだ。
食堂で朝食を食べ終え、ランドセルを背負い僕は寮を出た。
学校は、以前通っていた場所とは違い、エスパーと普通人の境が無く、みんな仲良くやってる。
前よりちょっと遠いけど、局長がテレポートを許してくれてるから、大丈夫だ。
「おーい!皆本君!」
道路を歩いていた僕に、声を掛けてきたのは、同級生の山口春菜さんだった。
「あ、山口さん。おはよう」
僕は後ろを振り向き、走ってきた山口さんに挨拶する。
「うん。おはよう」
何処から走ってきたかは知らないが、それでもって息一つ乱さず、彼女は挨拶を返した。彼女はクラス1の運動好きで、凄く活発的な元気な子だ。初めて来た僕に声をかけて、学校を案内してくれたのも彼女だった。
「あのさ、皆本君。今日の放課後、暇?」
山口さんはニコニコ笑いながら僕に訊いてくる。彼女が僕に「暇?」と訊いてきたのは初めてだ。
第一、特務エスパーである僕は常に出動出来るようにしておかなければならないので、放課後は何時も遊ばず、寮なり本部なりに戻って待機している。
学校の友達とかには「毎日、用事があって」と言っている。
ただ、校長先生は局長の知り合いらしく、校長先生には本当の事を言っている。
そんなわけで当然山口さんもそこら辺の事情は解っているはずだ。それでも訊いてくるということは、それなりの理由があるはずだ。僕はその話を詳しく聞いてみることにした。
「うーん。どうかな。多分用事が入ってると思うけど…………何で?」
「実はね、今日私誕生日なの」
彼女は言った。
「それでね、お母さんに頼んで、友達を呼んでパーティーしようってことになって。それで、もしよかったら皆本君にも来て欲しいなって……………ダメかな?」
「難しいかな。でも、行けるかもしれない。一応、お母さんに相談してみるね」
僕が言うと、山口さんはにっこり笑った。
「うん!お願いね!」
放課後、僕は寮に帰り、荷物をおくと、すぐにバベル本部に行った。
「局長!」
僕は勢い良くドアから入り、局長室の中央にある机をバン、と叩いた。
「ど、どうしたのかね?皆本クン」
「今日、この後友達の家で誕生日会があるんだけど、行っちゃダメかな?」
局長は目を見開いて僕に聞き返した。
「友達の誕生日会かネ?うむ…………」
「ねぇ、ダメ?」
局長は暫く黙っていたが、大きくため息をついて言った。
「しょうがないネ。確かに最近は良く頑張っているからナ。よし、行ってきなさい」
「やったぁ!」
僕は思わず飛び上がった。比喩ではなく本当に。
「じゃあ、すぐ行ってきます!」
「何かあったらリミッターの通信機能で連絡するから、必ず応答するんだヨ」
「分かってるって!」
そう言って、僕はすぐに山口さんの家へ向かった。
ピンポーン!
僕は、必死に喜びを爆発させないように堪えながら呼び鈴を押した。
「はーい」
呼び鈴に答えたのはお母さんらしかった 。大きな一軒家を見ながら、僕は自分の名を名乗った。
「あ、六条院小で春菜さんと同じクラスの、皆本と言いますけど…………」
「あら、皆本君?ちょっとまってね」
暫くして、ドアが勢い良く開け放たれ、中からちょっとドレスアップした山口さんが出てきた。
「わぁ。皆本君、来てくれたんだ!」
「うん。………山口さん、その服可愛いね。凄く似合ってるよ」
お世辞ではない。僕は本音をそのまま漏らした。それ程までに似合っていたのだ。
所々フリルがついているワンピース。いや、本当にドレスに見えなくもない。
彼女は顔を少し赤らめて、笑った。
「ありがと。誕生日のプレゼントにお母さんに買って貰ったんだ!」
そう言って、彼女は僕の手を取ると、僕を引っ張った。
パーティー会場には既に何人かいた。全員が女の子だったので、部屋に入ったときは多少居心地の悪さを感じたが、山口さんの笑顔を見てると、そんな事はどうでもよくなった。
「おやおや、いっぱい来ているな」
パーティーが始まってから一時間程立った頃、突然現れたのは、なんと校長先生だった。
「あれ?知らなかったの?」
1人の女の子が、口をあんぐり開けている僕に言った。
「春菜ちゃんて、校長先生の孫なんだよ」
「……………知らなかった」
「まぁ、名字も違うし、しょうがないよね」
と、山口さんも言った。
そんな時だった。突然、僕の首から下がっているネックレス型のリミッターが、僕にしか分からない特別な念波を発する。
それは、出来れば来て欲しくなかった、緊急出動要請のコールサイン。
僕はそれを服の上から握り、通信のスイッチを入れる。
サイコメトリーで、 内容を読み取る。
『皆本クン!今すぐ二丁目の交差点に来てくれ!そこで、トラックが何かとぶつかり大爆発を起こす。変動レベルは7!超度7の君にしか覆せないのだ!』
僕は周りに聞こえないようにチッ、と舌打ちをする。
瞬間、校長先生と目があった。
校長先生は全て悟ったと言わんばかりに頷くと、口を開いた。
「皆本君、君に電話だよ」
「あ、はい」
僕は立ち上がると、校長先生に歩み寄る。
すると、先生は小声で僕に言った。
「緊急事態なんだろう?ここは私が何とかするから、君は急いで行きなさい」
「ありがとうございます。それじゃ、よろしくお願いします」
僕も、小声で礼を言う。そして、玄関を抜け、テレポートで二丁目の交差点へと急いだ。
「局長!」
僕は、着いてすぐに局長の元へ向かった。
「おお、皆本クン。予知まで後1分を切っている。スタンバイをしてくれ」
「了解!特務エスパー、皆本光一、解禁!」
僕はリミッターのスイッチを切り、能力を解禁。スタンバイする。
予知発生まで15秒を切った辺りで、突如、正面から大型トラックが突っ込んで来た。
「くっ!」
すぐさまサイコキネシスで対応、静止をかける。
「ぐぅぅっ!」
しかし、流石は大型トラック。重さが半端じゃない。
しかし、なんとか支えられそうだ。
もし、予知がこれだけならば、きっと楽だったに違いない。
しかし、変動レベルは7。ただトラックを止めるだけなら、超度4〜6ぐらいのサイコキノでも、不可能ではない。
もし僕だけしか覆せる人がいない予知なら、何かさらに被害が出るような出来事が起きるはずだ。
当然、そうなって欲しい、なんて思うわけはないし、むしろそうなっては欲しくないと思う。
しかし、それは期待を裏切らなかった。
「皆本君!」
「え!?」
声の方を見ると、なんと山口さんがこちらに向かって走ってきている。
「危ない!山口さん離れて!」
そう言った時には、もう遅かった。
どこからか、凄まじいスピードで乗用車が突っ込んで来た。そして、
サイコキネシスで支える僕と走ってきた山口さんも巻き込み、トラックは大爆発した。
僕は今、中学校を通り越し、高校に通っている。
結局、あの事故で重傷を負い、小学校の残りは全て病室で過ごし、何とか卒業式に出れた。
中学校に上がったが、半年たたずに先生に特別進学プログラムに進むよう言われ(半ば強引に)、今はこうして高校に通っている。
あの事故で、僕は沢山の物を失った。
まず、超能力だ。頭に重傷を負った僕は、超能力中枢に影響が出た。
そのせいで、3つの超度7は失われ、僕は普通人になった。
左目の上辺りには、まだ傷が残っている。
それから、山口さんだ。
彼女はあの後爆風に吹き飛ばされて頭を強打、意識不明で病院に搬送され、病院で死亡が確認された。
目が覚めた僕に、校長先生は言った。
「私があの時、あの子にせがまれて君の事を教えなければ……………」
詳しく聞けば、山口さんは僕にどうしても伝えたい事があったという。
それから、僕はバベルを退局、出来るだけ他人とは関わらずに過ごしてきた。
そんなある日の帰り道。
僕は、家の近くに1人の男性の姿を確認した。
「やあ、皆本クン。久しぶりだネ」
それは、バベル局長、桐壺帝三だった。
「局長………………」
「皆本クン。君に話がある。君に、特務エスパーの現場運用主任を頼みたい」
「特務エスパーの現場運用主任…………ですか」
局長は大きく頷いた。
「そうだ。君と同じ、サイコキネシス、テレポート、サイコメトリーをそれぞれ持つ3人の女の子……………『ザ・チルドレン』の現場運用主任だ。彼女達も強すぎる力のせいで誰からも相手をされなかった。同じ境遇の君が適任だと思ってネ」
「僕なんかには出来ません!僕は過去に1人死なせているんですよ!?きっと、僕はまた同じ事を繰り返すに決まってる!その子達を不幸にするに決まってるんです!」
そうだ。あの後、山口さんの家族や学校のみんな。バベルのみんな。誰一人として、僕を責めなかった。「あれはしょうがない」「君は良くやった」みんなそう言うけど、あの事故は、彼女の死の原因は結局は僕だ。幸いにも、あの場はバベルが人が来れないようにし始めた時だったから、被害は僕とドライバー2人、山口さんだけだった。
でも、僕が頑張っていれば誰も死なずに済んだ。少なくとも、僕が本当の事を言っていれば、彼女が無理に僕に近寄って来て、事故に巻き込まれることもなかった。
僕は彼女に罪滅しをしたくても出来ない。出来る事と言えば、深く関わらずに独りで生きていく事だけ。
「君は、それで良いのか!?一度失敗しただけで諦め、同じ失敗を恐れる。それで良いのか!?」
「……………………」
僕は答えることが出来なかった。
「君には素晴らしい素質がある。特務エスパー時代、出来る限り効率良く作業を行うために、君は自分で考えて来たじゃないか。だから、君は主任が必要なかった。それは君に主任としての、素質があるという事だ。そして何より……………」
局長は次々と言葉を並べ、一度切る。
「それに、君は彼女達と似ている。境遇だけじゃない、同じ能力を持っていて辛いことも、君は知っている。だから、あの子達を励ましてやってくれ。そして、教えてやってくれ。人の役に立つ喜び、どう使えばいいか解らなかったその力の使い道を」
「…………………」
やはり、僕は口を開けない。まるで口が意識を持ち、開く事を拒否しているかのように。
「君自身が証明するんだ。失敗は成功につながる。確かに、君の同級生には罪滅しは出来ないだろう。ただ、その失敗は罪滅しを出来たからって報われるんじゃない。次に、成功に繋げてこそ価値があるんだと。あの子達は、一度力を暴走させ、他人に責められてから人と関わるのを嫌がるようになった。主任の言うことも聞かず、最近じゃ任務も嫌がるようになった。だから君が教えてやってくれ」
「でも、僕は…………………」
そんな事出来ない、そう言おうとした時、背後に人の気配を感じた。
(皆本君………………)
それは、あの頃と変わらない、山口さんの声だった。
(自信を持って。あなたなら出来る。私ね、皆本君を見て思ったんだ。あ、この人は何でも出来る人だなって。だから。ね?)
僕はまた動けなくなった。今度は口だけじゃない。体中がだ。
(私はあなたの事を恨んでなんていないよ?だって、あれは私の勝手にやった結果だから。だから、皆本君が謝ったり、後悔する必要はないの)
僕の目から涙が溢れる。頬を伝い、落ちていく。
(おじいちゃんが言ってた。失敗は成功のもと、失敗はして良いが後悔だけはするなって。だから、少しでも何かしようと頑張って。独りで悲しそうな皆本君なんて、私は見たくない)
「や…ま、ぐち……さん…………」
やっと開いた口から零れる、精一杯の一言。
(それと、私の誕生日会に来てくれてありがとう。本当に嬉しかった)
一粒、また一粒。頬を伝い、涙が落ちていく。
(私の願いは、私の代わりに皆本君が精一杯生きること。だから…………)
様々な感情が体内を蹂躙し、熱く火照る。
(笑って生きて。大好きだったよ………………)
僕の背後の気配が、急に消えた。
僕は決心すると、腕で涙を拭い、出来る限り笑って言った。
「分かりました。こんな僕でいいのなら、喜んで」
それが、彼女の願いだから。
もし、僕が最初から普通人だったら、山口さんは死ななかっただろう。あるいは、出逢いもしなかったかもしれない。
もし、普通人として生きる世界があったとしたら、そこで生きている自分に言ってやりたい。
もし何か困難に当たって挫けそうになったら、まず自分を信じるんだ。
例えどんなに確率の低い危険な賭けでも、回避できそうにない未来を変えようとしても。
まずは自分を信じ、仲間を信じるんだ。
失敗したら、何度も何度も、色んなやり方で繰り返しチャレンジするんだ。
諦めなければ、願いは叶う。想いは伝わる。
皆本が起きたのは午前4時。早すぎる起床にしては眠気もなく、疲れはすっかり取れている。
起き上がると、まず額を確認した。傷はない。
「まるで現実みたいな夢だったな」
その夢はまだ鮮明に思い出せる。
「自分を信じ、仲間を信じる………か」
皆本は台所にい行き、水を飲む。
「……………………」
ふと、ベランダに出たくなった。窓を開け、ベランダに出る。
「もしかしたら、本当にそんな世界があったのかもしれないな………………」
また一口水を飲む。昨晩胸に溜まっていた不安は、もう無い。
「………………ありがとう」
誰に言ったのか、何に対して言ったのか、自分でもよく解らない。
ただ、皆本は無性にそう言いたくなった。
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