人と人は出会うことで縁ができ、
かかわりあうことで記憶を共有し、
記憶の積み重ねが絆をつくり、
触れ合うことで傷つけ合い、
忘れることで傷を癒す。
紙に書いた記録は、消しゴムで消しても跡が残る。
筆圧が強ければ強いほど消しにくくなる。
だが、紙を捨ててしまえば、記録自体がなくなり、痕跡すら残らない。
忘却は、縁をなくし、記憶をなくし、絆をなくす。
身体が傷つくのは怖いことじゃない。
本当に恐ろしいのは忘れられることだと誰かが言った。
絆をなくすことは存在が否定されること。
人の行動は全て、他人の記憶に自分を刻み込むためのものだ。
「私のこと、忘れないで。ずっと、ずっと覚えていてね」
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消えない絆、消せない想い (前編)
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内務省特務機関超能力支援研究局−通称「バベル」の医療セクションは、内科、外科問わずあらゆる症状が診察可能である。
これは設備の規模もあるが、サイコメトラーの医師がいることが理由としては大きい。
どのような症状でも的確に診断し、医療ミスの元である初期段階の誤診が全くないため、常に無駄のない治療ができるからだ。
バベルに所属するサイコメトラーは何名もいるが、高レベルのサイコメトラーでありながら、トップレベルの医療技術を持った医師は、若き天才、賢木修二ただ一人である。
二十代の若さで数々の症例をこなしてきたが、これまで失敗と呼べるものは皆無。
99%以上の成功率を誇っていた。
業績だけを見れば、非凡な才能を持った、常に冷静沈着な天才肌の人物像を思い浮かべるだろう。
だが、当の本人はというと
「特に心配はいりませんね。単なる風邪でしょう・・・・あ、でも・・・」
「え!?なんですか?」
「いや、ちょっと気になるところがありまして・・・」
「なんですか!?教えてください」
「うーん、言ってもいいものか、ちょっと迷うところですが」
「ハッキリおっしゃってください。大丈夫です。」
「・・・しかたありませんね。
でしたら、今夜、お時間を空けて2人きりでお話しましょう。重要なことですから。」
ナンパという名の診療を続けていた。
* * * * * * * * *
「で、あえなく玉砕、と。」
「おっかしーなぁ。腕が落ちたのかなぁ」
午後7:00。
賢木の学生時代からの友人、皆本光一のマンションでは、ちょうど夕食タイムだった。
当然、皆本と同居している3人の高レベルエスパー、薫、葵、紫穂も、同じ食卓についている。
皆本家の食事は、行動派の薫が喋り出し、葵が冷静なツッコミを入れ、紫穂がさらっと毒づき、たまに皆本が話題に入る・・・といったように、コミュニケーションの場でもあった。
時と場合に応じて、桐壺局長、柏木一尉などのメンバーが加わったりしてにぎわうのだが、今日は賢木が「良い鯛と日本酒が手に入った」と言って加わってきた。
先ほどから話題に上っているのは、バベルNo.1の軽い男と一部で揶揄されている賢木の“成果”についてである。
「ったく、あそこで美穂ちゃんが来なければ、絶対うまくいけたんだよな〜」
“美穂ちゃん”とは、賢木の診療室に付いている女性看護士である。
「ほどほどにしとけよ。後でこじれても助けてやれないぞ」
皆本にとっては、こういった賢木の行動はいつものことなので、もはや苦言を呈することすら億劫だった。賢木の話を右から左に流し、目の前の鯛の刺身を、ご飯と一緒に口に入れる。
脂がのっていて旨い。日本人でよかった。
「賢木先生も、もーちっと真面目だったらなー」
そう言いながら目の前のサラダに手を伸ばす薫。彼女は肉も野菜も好きな健康優良児である。
「せやな。手術中は全然ちゃうねんけどなぁ。あんくらい普段もマジな顔してればねぇ」
鯛のあら汁に口をつけてから、葵が自分の感想を話す。京都生まれの彼女には、和食が一番口に合っていた。
「でも、それがなくなっちゃあ先生じゃないんじゃない? そういう“軽さ”もある意味貴重よ?」
牛肉のマリネに箸を運びながら紫穂が言う。偏食ぎみな彼女は、肉は大好きだが野菜をあまり食べない。だから先ほどからサラダには一切手をつけていなかった。
「いやいや、俺だってそんな手当たりしだいじゃないぜ?ちゃんと、選んでるんだから。」
ご飯をほおばりながら自己弁護をする賢木。
「へー、どんな基準で?」
「そりゃもう、脈がありそうで、後でこじれなさそうで・・・」
「うわっ! その場限りで終わらそとしてる。サイテーやな」
「私ならお断りだわ」
「ちょっ・・・だから、大人にはそういった関係もあるんだよ!
皆本みたいに、小さい女の子に手ぇ出したりしてないだけましだろーが!」
「出してないだろっ!! 誤解を招く発言をするんじゃない!!!」
皆本は即座にツッコミを入れる。普段の発言なら聞き流すのがベストだが、この件に関してだけはきちんとツッコんでおかないとだめだ。
最近、チルドレンの3人と仲がいい状態を「あぁ、そういう趣味の人か」と誤解を受けている、あるいは受けつつある。
違うことは違うと皆本本人がハッキリ否定をしないと、社会的に“終わって”しまうのだ。
「んなこと言ってぇ〜、実はセンセイもあるんやない?」
「影ではあたしたちみたいな美少女に今から目をかけたりしてたりぃ」
「いわゆる、光源氏計画ね♪」
3人娘が冗談交じりに賢木をからかう。その可能性はほぼ0%だとわかっているが、そういう言葉遊びの連携がとっさに決まるのが、3人の仲の良さを物語っていた。
皆本も含め、その場の全員が“それはない”とわかっていた。
だが、
「・・・・ったく、そんなんあるわけねぇだろ。」
返答が怪しかった。
「なに? 今の一瞬の“間”」
「・・・・あやしい」
「まさか・・・・本当に?」
だんだん、3人の賢木を見る目が怪しくなる。
先ほどまで仲間だと思っていたのが、急に汚いものを見るような目つきに変わっていく。
「お、おい! なんだよ?」
賢木が薫に手を伸ばしてきた
「きゃー!こっち来ないで!!」
「しっ、しっ!寄らんでいい!何かうつるわ!」
「それ以上近寄ったら、刺すわ」
完全にバイキン扱いだ。人間、信用を得るのは大変だが、落とすのはとても簡単である。それをまざまざと体験した賢木であった。
「だーーー!! 違うって! ちょっと昔を思い出しただけだよ!!」
なんとか地位の回復を試みる賢木。このままでは明日の本部で何を言われるかわからない。
「何?むかしって」
「そんなん言うたかて、ゴマカされへんで!」
依然、険しい目つきを維持する薫と葵。
賢木は短いため息を吐き、
「ったく、こいつらは・・・・
しょうがねぇ、ちょっと昔話でもしてやるか。」
抵抗することをあきらめた。
だが、その脇ではなぜか皆本が苦しそうな、困ったような、固い表情をしていた。
紫穂はそれを偶然目にしていた。
何だろう?と思ったが、口には出さず、賢木の話に耳を傾けようと思った。
聞いていればわかるだろう。わからなくても、最悪、その部分だけサイコメトリーをすれば良いのだ。
“たいして面白い話じゃないからな”と前置きをしてから、賢木は昔ばなしを始めた。
「あれは、コメリカで、キャリーがキャロラインに戻ってから一週間くらいだったな・・・」
* * * * * * * * *
(コメリカ内某大学医学部 ESP研究課───4年前)
そのキャンパスの広い庭園は、中央に直径5m以上はあろうかという大きな噴水があり、そこを中心にして四方に伸びる色違いのコンクリートタイル。庭園の4隅は広い面積の花壇。幅の広い道の脇には木製のベンチが並んでいて、学生達が、ある者は一人で勉強を、ある者は恋人同士で、それぞれ思い思いの昼間を過ごしていた。
この庭園は、一般にも開放されていて、芝生の生えた広場には、親子連れも多くいた。
そのキャンパスの中を、ひとつの影が疾走していた。
何者かに追われているように、後ろを気にしながら走っている。
進行方向に目を向けると、20mほど先にベンチが見え、そこに少女が座って本を読んでいる。
あたりには他に気配がなかった。
そのベンチの後ろはキャンパスの研究棟で、壁の切れ目にちょうど人が隠れるくらいのスペースがあった。
影は、迷わずそのスペースに飛び込んだ。
その影に遅れるほど数分。一人の女性がそのベンチのところに小走りでやってきた。
キョロキョロとあたりを見回したが、目当てのものが見つからないようだ。
ふと、ベンチを見下ろすと、少女が一人。
女性は、しゃがみこんでその少女に目線を合わせた
「ねぇ、ちょっといいかな?
ここにさ、黒髪のクセ毛で、色黒の日本人のお兄ちゃんが来なかったかな?」
少女は顔を見上げ、少し考えたふりをしてから、自分の右側を指差した。
「あっちに、それっぽい人が走っていったよ」
それを聞いた女性は、お礼を言い、少女の言う方向へ走っていった。
女性がその場から去り、その姿が見えなくなった頃、ベンチの後ろの陰から男が一人姿を現した。
「いや〜、助かったぜ。ありがとな。」
後ろ頭をぽりぽりとかきながら、彼は少女にお礼を言った。
少女は、読んでいた本をパタンと閉じて、立ち上がり、その男に向き直った。
「お兄さん、あんまり女性を泣かせちゃダメよ」
「ああ、すまな・・・・・・・!!」
男はこちらへ向き直ったその少女に、数秒間見とれてしまった。
陶器のような白い肌。整った目鼻立ちと相まった、精巧な人形のような顔。大きな瞳は海を映したように澄み切った深い青で、吸い込まれそうな淡い輝きをしている。腰まで届きそうなほどの銀色に近いアッシュブロンドのウエーブヘア。触れれば壊れそうなほど繊細で華奢な体躯は、小柄で可憐さと儚さを見るものに印象付ける。一目見ただけで美少女と定義づけられる突き抜けた美貌だった。
目の前の男が何も言葉を発しないので、怪訝に思った少女は、再び声をかけた。
「ちょっと?お兄さん?」
「・・・・・はっ! あ、いやいや、ごめん。肝に銘じておくわ。
あ、えっと、俺はシュージっていうんだ。シュージ・サカキ。
このお礼は今度するよ。じゃ、またな!」
賢木は片手を上げて軽い挨拶をして、その場から走り去っていった。
少女は、賢木が見えなくなるまでその後姿をじっと見つめていた。
* * * * * * * * *
翌日。
賢木は昨日の少女に出会った場所に向かっていた。
昨日は、今付き合っている彼女のジェニーと一悶着あって(ほぼ全面的に賢木が悪いのだが)キャンパス中を駆け回る追走劇を演じてしまった。
結局、その日の夜に自宅で張っていたジェニーと鉢合わせし、盛大なお仕置きをくらってしまったのだが。
賢木がここに来た理由は、結果的にお仕置きをくらってしまったとはいえ、自分を助けてくれたあの少女にお礼をするためだった。・・・・・というのは建前で、本当は、年齢など関係なく“美しい”と形容して差し支えない、あの少女に、もう一度会いたいからだ。
あれは将来が楽しみだ。今から予約しとくのも・・・
などと考えていると、前方10mくらい先に、昨日のベンチが見えてきた。
遠目からでもハッキリとわかる、アッシュブロンドの髪に小柄な体躯。格別な存在感。
昨日と同じ場所で、彼女は本を読んでいた。
「よっ!」と、片手を上げて声をかける賢木。
その声に反応して、少女がこちらを振り返る。
「昨日は助かったぜ。サンキュー!」
そういいながら、それとなく少女の全身を観察する。
薄いピンクのロングシャツの上に白いワンピース。下は同じく白い七分丈のパンツ。
「清楚」という言葉がピッタリ当てはまる。これまでの知り合いにはいなかったタイプだ。
賢木が心の中でそういった感想をつけている間、少女はじっとこちらを見詰めていた。
「・・・・助かったって言ってる割には、ほっぺたが赤いけど?」
痛いところをつかれた。たしかに、昨日の夜にくらったビンタのダメージがまだ直ってなかった。
もう何発やられたか覚えていない。
「あ、あははははっ・・・・いや、まあ、結局見つかったわけだけどさ。
公衆の面前でケンカするわけにもいかなかったから。」
「それだけやられたってことは、やっぱりお兄さんの方が悪かったのね。」
「“やっぱり”って?」
「うん、なんとなく。お兄さんは、“女の子が大好き”って感じがしたから、
多分いろいろ手を出しちゃってるタイプかな・・・と思ったの。」
「う゛・・・・」
正確に見抜かれてしまった。どうやら人を見る目もあるようだ。
言葉に詰まってしまった賢木だが、同時に好感を持った。
見たところ13〜4歳のようだが、美しさの中に理知的な雰囲気を持った彼女に、がぜん興味が湧いた。
「で、今日は何?もうかばったりはできないけど?」
「いやいや、今日は昨日のお礼をしようかと思ってな」
「お礼?」
首を傾げる少女。その仕草もまた愛らしい。
「食べたいものとか、行きたいところとか、何かないか?」
「・・・・そう言って、ナンパしてるんだ。」
「いっ・・・いやー、いつもはもっといろいろ策を練っていくけど、
今日はホント、正真正銘、ただお礼がしたいだけだ。頼む、なんかおごらせてくれ。」
今にも土下座しかねない賢木。何をそんなに必死になってるのか自分でもよくわからなかった。
「・・・・・・・ぷっ!」
その様子を見て、たまらず少女は吹き出した。
「クスクス・・・なによもう、真剣な顔して。私、別にたいしたことしてないのに、
そんなに頼まれちゃったら逆に恐縮しちゃうわ。」
少女はなおも楽しそうに笑っている。その表情は、歳相応のかわいらしい笑顔だ。
「うん、わかったわ。それじゃあ、おごってもらおっかな。」
「まじっ? ウンウンッ! なんでもおごっちゃる!」
「そんな嬉しそうな顔しないでよ。
・・・あっ!これがお兄さんのテクニックなのね。まんまと乗せられちゃったカンジだわ。」
仕方が無いと、ため息をつく彼女。だが、その表情はまんざらでもない様子だ。
「あ!えーと、まだ名前聞いてなかったよな。俺の名前は・・・」
「シュージでしょ?シュージ・サカキ。覚えてるわよ。
私はね・・・・・アリス。 ママやみんなは“アリー”って呼んでるわ。」
「そっか。んじゃあ、アリー。どこ行きたい?」
・・・・この日から、賢木とアリーは何かにつけて顔をあわせる事になった。
別にデートをするとか、そういったことではなく、本当に軽い挨拶で済ますこともあれば、ベンチで話したり、今回のように食事をおごったり、はたから見ると、まるで仲の良い兄妹のようだった。
* * * * * * * * *
2ヶ月ほど経った、ある日の午後。賢木は、アリーと出会ういつもの道を歩いていた。
今日はバイト代も入ったし、うまいもんでも食わせてやるかと思いながらいつもの場所へ向かっていた。
この2ヶ月でわかったことだが、彼女は清楚な見かけによらず、意外とおしゃべりだった。
日ごろ思っているどうでもいいことから、料理の味から、感じ取ったことをなんでも口にした。
まるで、心に溜めておくことがもったいないと云わんばかりに、いろんなことを吐き出してくる。
賢木にとって、彼女の年代など恋愛対象外だが(というか常識的にもそうだが)、見かけと中身のそのギャップが可愛くて、おもしろくて、アリーに対する興味が尽きない。
だからこそ、今もこうして付き合ってあげられるのだ。
ちょっと前の自分では信じられない行為だと、賢木自身感じていた。
そんなことを考えていると、いつものベンチが見えてきた。
しかし、そこにいたのは、アリーではなかった。
同じ、アッシュブロンドのウエーブヘアだが、どうみても身長160cmはありそうな、大人の身体。
理知的で、憂いを帯びた瞳。透き通る白い肌。スッと通った鼻筋。
アリーを大人にしたらこんな女性になるだろうといわんばかりの、いわゆる“美女”だった。
賢木が見とれていると、彼女はこちらに気づいて振り返った。
「あの・・・・あなたがMr.サカキ? シュージ・サカキ?」
「え?あ、そ・・・そうですけど・・・え?」
声をかけられて賢木はとまどった。こんな美女は知り合いにいない。
いたら即座に交際を申し込んでいるハズだ。
「はじめまして。私、アリーの母親で、ルイス・リデルといいます。」
「あ、はあ・・・どうもはじめまして。
い・・・いやー、アイツの母親がこんなに若くて美しい方なんて! いやホント、びっくりしました」
賢木のほめ言葉に、一瞬驚いた顔をしたルイスは、すぐにクスクスと笑い出した。
「?? なんか・・・・おかしなこと言いました?俺」
「クスクス・・・・本当に、あの子の言ってた通りの方ね。」
「な、何を聞いてるんです?」
「“シュージは女性が大好きで、必ずママをナンパする”って」
「・・・あんにゃろう」
賢木はルイスのその言葉によって、出鼻をくじかれた気分になった。
アリーのその言葉の通り、何にも言われなければ、アリーの母親であろうとなかろうと、絶対食事に誘っていたはずだ。それほど、ルイスの美貌は人目を引いていた。
「えっと、今日はあの子から伝言があるんです。」
「伝言?」
「今日はあの子、体調悪くて家で寝てるんです。だからあなたに一言ゴメンって謝ってきてって」
「え!? 大丈夫なんですか?アイツ」
「ええ。ただの風邪みたいですから。すぐ元気になりますよ。」
いつものおしゃべり度合いからは、風邪をひいたアリーなど想像もつかないが、どうやらおとなしく寝ているらしい。しかしそのおかげで、思いも寄らない出会いが出来た。
いささか不謹慎ではあるが、賢木はアリーに感謝した。
「そうか・・・お大事にと伝えてください。 ・・・・・・そこでなんですが、お母さん。」
「はい?」
「普段、アイツとどういった話をしているのか教えてもらえますか?」
「え?あの、それはいったどういう・・・・」
「俺のことをいろいろと吹き込んでいるようですけど、
自分の口から弁明させていただくチャンスをいただけないかと」
「それはつまり、私と一緒にお話がしたいと・・・・そういうこと?」
「そう取っていただいても差し支えありません。」
賢木はアリーをダシにしてルイスを誘う作戦に出た。こんな美女と知り合う機会は滅多にない。
人の親であろうとなかろうと、かまわずそうさせる魅力が彼女にはあった。
「ふふふっ・・・・本当、アリーの言った通りの人ね。
でも残念ですわ。今日はこれから仕事が入っているので。
魅力的な提案ですけれど、またにしていただけます?」
「それは、次にお会いできた時を期待して良いということですか?」
「ご想像におまかせします。 あ、でも・・・」
「なんです?」
「そんなことしたら、あの子に怒られるかも。あの子、見かけによらずヤキモチ焼きですから」
それではまた、と言い残してルイスは去っていった。彼女のつけていた香水の残り香がまだ賢木の鼻腔をくすぐっている。あんな親子がこの世に存在するのか。それだけでも信じられないような、まるで夢を見ているような気分だった。
* * * * * * * * *
「へぇ〜、シュージがそこまで言うなんてねぇ」
賢木はとっても気分がよかった。その日の夜に、皆本とキャロラインを誘って、今日の出来事を肴にバーで一緒に飲んでいた。
「あぁ。あの親子はホントにビックリだよ。おまえたちも一度見てみ。驚くほど美人だから」
「うん。今度会わせてよ。お話してみたいわ。」
「あぁ、僕も会ってみたいな。 ・・・・・でも、よかったな賢木。」
「? 何が?」
「ジェニーにはフラれたんだろ?良かったじゃないか。新しい彼女が出来て。・・・歳の差を気にしなければ。」
「そうよそうよ。良かったじゃない。今のうちに捕まえておけば、5年後はもうバッチリよ。」
「おまえら・・・マジで言ってんのか?」
本気とも冗談ともとれるような2人の会話に、いちいち反応しつつも、賢木はアリーのことを考えていた。
別に2人に言われたからではなく、なんとなく気にさせる魅力を彼女は持っていた。
自分では意識していないつもりだったが、妹を思う兄のような気分に、いつのまにかなっていた。
2時間後、バーで2人と別れた賢木は、そのまま自宅のアパートまで帰ってきた。
自室のドアの前に立ち、ふと、これまでのことを思う。
賢木と皆本は、特別教育プログラムの留学生だ。
必要な過程をほとんど終えた今、必修科目を修了したら日本に帰らなければならない。
その時はもうすぐ迫っていた。
コメリカに来てから今までいろいろなことがあった。キャリーの事件もそのひとつだ。
しかし賢木の思考は、それら全てを押しのけて、アリーのことで一杯だった。
自分達が日本に帰ったら、もう会えないかもしれない。その時あの親子、特にアリーはどう思うのか。
案外あっさり見送ってくれるかもしれないが、もしかしたら泣きつかれるかもしれない。
今度はっきり言った方がいいな。
通信技術も発達したこの時代、別に今生の別れっていうわけでもない。
話そうと思えば話せるし、会おうと思えばすぐに会える。
いや、会いたいと思うのは俺のほうか。
思考の海に囚われていたからだろう。アルコールの血中濃度が高かったためでもあろう。
ドアノブを掴んだときに気づくべきだった。
自室のドアを開けて中に入り、ドアを閉めたとき、左右から金属音と人の気配がした。
気づいたときには遅かった。
どうやら、左右の人間は銃をこちらに構えているらしい。
うかつだった。サイコメトラーとして、あるまじき失態だ。
下手な抵抗は、相手を刺激する。賢木は両手を顔の辺りまで上げて、抵抗の意思が無いことをアピールした。
それと同時に部屋の電気が付いた。どうやらもう一人いるようだ。
賢木の目の前、5mほど先、壁のスイッチの脇に、上下とも黒いスーツを着込んだ男が立っていた。
身長は180cm程度。黒髪をオールバックにし、白いワイシャツに黒いスーツ、黒いネクタイ。
深夜に近い時間にもかかわらず、目線が全く見えないサングラスをかけている。
全身を目立たない風に装っているが、その気配が只者ではない。どことなくキナくさい匂いを感じさせた。
目線だけ動かすと、左右の人間もほぼ同じ格好をしていた。違うのは銃をかまえているかいないかだけである。
「やれやれ、一介の学生に3人がかりとは、ずいぶん大人げないじゃねぇか」
軽口を叩きながら、アルコールで鈍くなった脳を必死にたたき起こし、回転させる。
自分の状況と、相手の正体、その目的を考えた。
今すぐに殺そうというわけでは無いらしいが、こちらの出方しだいではどう転ぶか、まだわからない。
賢木の思考が回転し始めると、目の前の男が口を開いた。
「別に危害を加えるつもりは無い。ちょっと話をしたいだけだ。」
「この国では、話し相手に銃をつきつけるマナーがあったのか。知らなかったぜ。」
「危険回避のためのやむをえない措置だ。キミがおとなしく会話に応じてくれれば、すぐに下げよう。」
「じゃあとっとと下げてくれるか? 俺は臆病でね。
そんな物騒なものがチラチラ見えたんじゃ、自己紹介すらできねぇよ」
目の前の男が目で合図すると、左右の男達は構えを解いて、脇のホルスターに銃をしまいこんだが、目線はそのまま賢木を見張っていた。ヘタな動きをすると、いつ発砲されるかわからない。それだけの威圧感が彼らにはあった。
両手を下げた賢木は、手近にあるスツールに腰掛ける。
「さて、ご用件は?あいにくと新聞は間に合ってるんだが。」
「キミには、弁償をしてもらおうと思ってね。」
「弁償?」
「アパッチ1機にブラックホークが3機。税金でまかなうには、予算がなかなか大変でね。」
男が口にした軍用ヘリの名前を聞いて、「やっぱりそうか」と思った。
キャリーと皆本に手助けをしたときのツケが今頃やってきたようだ。
死者を出したつもりは無いが、負傷者は何人か出ただろう。だがそれ以上に、彼らの思惑をつぶしたことが大きかったようだ。
超能力研究は、世界中の軍隊で最重要課題として取り上げられている。キャロライン(キャリー)に施そうとした電気刺激による能力の定着も、兵器転用のための研究のひとつだ。
だが、今回はキャリー自身が消えることを拒んだため、幸か不幸か、キャロラインの中でキャリーは生き続けることになった。はからずも、彼らの思惑通りになったため、痛み分けのような形で収まったはずだ。
「キャリーは生きてるぜ。ほとんど眠ってるけどな。」
「わかっている。彼女には折を見て協力を要請するつもりだ。もっと紳士的にね。」
「じゃあ問題ないじゃないか。まさかマジで払えってんじゃないだろ?そんなの一生かかっても無理だぜ。」
「キミは、話を聞いてくれればいい。それでこの件は忘れようと言っているんだ。」
「?・・・どういうことだ?」
賢木には相手の意図がわからなかった。男が発した次の言葉を聞いても、その場で意味を理解することが出来なかった。
「あの親子に、これ以上かかわるな」
to be continued・・・・・・
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