3131

『お・と・こ』の物語

 
 その男は、デパートで買い物をしていた。
 ピシッと着こなしたスーツの上からでも、胸板の厚さがよくわかる。ジムなどで相当鍛えているのだろう。
 服の上方に目を向ければ、キリッと整った顔立ちだ。『甘いマスク』という言葉も『武骨な』という言葉も相応しくないが、それでも、筋骨隆々としたボディには適したハンサム顔が、そこにあった。
 すれ違った女性たちが、ポーッと見とれてしまうくらいの男。
 しかし、彼自身は……。

(ったくもう!!
 ノーマルの常識ってサイアク!!
 こんなブサイクな恰好じゃ
 生活できないわよっ!!)

 と思ってしまう、アブノーマル。
 仲間の女性からも『趣味の方、直せ』と言われているオカマ。
 マッスル大鎌である。




    『お・と・こ』の物語




「はい。
 ちゃんと買ってきたわよ」

 デパートから出て、ビルの裏側に回ったマッスル。
 そこで彼は、待ち合わせの相手に、商品を手渡した。

(ありがとう)

 相手は、直接の言葉ではなく、テレパスで感謝の意を返してくる。
 マッスルの仲間であるエスパー、ヤマダ・コレミツだ。
 かつては美少年だったコレミツだが、傭兵時代に負った傷のために、その面影は全く残っていない。顔の下半分は包帯で覆い隠しているが、左目から額へと伸びる手術跡のために、まるで怪物のようにも見えてしまう。
 あまり都会の人混みの中に出るべきではないと思ったのだろうか、彼は、マッスルに買い物の代理を頼んだのだった。

「それじゃ、アタシはジムへ行くから……」

 コレミツに手を振って歩き出そうとしたマッスルだが、その足が止まる。

 ドカッ……! ボスッ!!

 人と人とが殴り合う音が聞こえてきたのだ。
 コレミツがここで待っていたように、ビルの谷間は、都会の中でありながらも、一種のエアーポケット。
 後ろめたいこと、後ろ暗いこと、軽犯罪なども行われている。

「……やあねえ〜〜」

 音のする方に視線を向けると、少し離れたところでの騒動が目に入ってきた。
 当然、それは、ボクシングや格闘技の殴り合いではない。
 ケンカである。
 いや『ケンカ』とすら言えないかもしれない。
 学生服を着崩した不良学生たち――高校生のようだ――が、数人がかりで一人の小学生を痛めつけているのだった。
 
「これだから……ノーマルって連中は……」

 おそらく、カツアゲか何かの成れの果てなのだろう。
 なまじ、その少年に気概があって、腕っぷしにも自信があったから、こんな状況になっているのだろう。
 だが、いくら少年が強かろうと、『多勢に無勢』な上に『大人と子供のケンカ』である。『孤軍奮闘』という言葉すら程遠い状態になっていた。

「あれじゃ……弱いものイジメと同じね」

 マッスルの脳裏に、かつての自分の姿が浮かび上がった。
 まっとうな趣味(注:マッスル視点)で、まっとうな恰好(注:マッスル視点)をしていたマッスルに、周囲の人間は、理不尽なこと(注:マッスル視点)を言って石を投げつけたのだ。
 それとは事情が違うとしても、それでも、見て見ぬフリは出来ない。
 
「少佐なら……
 『残念ながら完全にノーマルだ。
  なにかしてやる義理はないね』
 ……とでも言うのかしら。
 でも……」

 マッスルは、コレミツの方を振り返り、声をかけた。

「手助けするわよ。
 これで今日の買い物の『貸し』は
 チャラにしてあげるから……
 あなたも一緒に行くのよ?」


___________


 多少ケンカに慣れているとしても、それは、高校生同士の抗争レベル。
 しょせんは、チンピラ学生である。
 マッスルやコレミツの敵ではなかった。

「フン……」

 地面にノビている不良たちを見下ろしながら、立ち去ろうとするマッスル。
 コレミツも、彼に続く。
 だが、そんな二人の背中に、少年が言葉を投げかけた。

「あの……お名前は?」

 少年は日頃は『お名前』なんて言い方はしないが、それでも恩人に対しては、そういう言葉を使うべきだと思ったのだ。
 小さく振り向いたマッスルが、これに応じる。

「こっちはコレミツ。
 私の名前は……大鎌よ」

 これはパンドラのミッションでもないし、今は、わざわざ『ノーマルに合わせたブサイクな恰好』で、目立たないようにしているくらいなのだ。
 マッスルは、『マッスル大鎌』ではなく、ただ『大鎌』とだけ名乗った。
 オカマ口調は残ったままだったけれども。


___________


「……ということがあったんだ」

 河原の土手で、体育座りで二人で並んで。
 ちさとに向かって、東野少年が昨日の出来事を語っている。
 その瞳には羨望の色が浮かんでいる……と、ちさとには思えた。
 彼は、自分を助けてくれた二人を『男らしい』と感じて、自分もそうなりたいと思ったのだろう。
 ちさとから見れば、東野は今でも既に十分『男らしい』のに。
 東野の話に出てきた二人――ちさとは二人とは面識がないので想像上のイメージ――とだって、きっと、肩を並べられるくらいだ。
 三人が並んでいる姿を思い描いて、ちさとは、クスッと笑いながら、つぶやいた。

大鎌おおかまさんと、
 東野とうのくんと、
 コレミツこれみつさんと。
 ちょうど三人で……
 『お・と・こ』の物語ね!」

 
ミッション総司令のUG様には、以前にチャットで、千本ノックだか十番勝負だか、そんなことも命じられていますので。
頑張って参加してみたのですが。
でも私には正統的な『男の物語』なんて書けないので、こんな捻り方を。

……あれ、やっちゃったかな?
ひょっとして、私、すべってます?

[mente]

作品の感想を投稿、閲覧する -> [reply]