その男は、デパートで買い物をしていた。
ピシッと着こなしたスーツの上からでも、胸板の厚さがよくわかる。ジムなどで相当鍛えているのだろう。
服の上方に目を向ければ、キリッと整った顔立ちだ。『甘いマスク』という言葉も『武骨な』という言葉も相応しくないが、それでも、筋骨隆々としたボディには適したハンサム顔が、そこにあった。
すれ違った女性たちが、ポーッと見とれてしまうくらいの男。
しかし、彼自身は……。
(ったくもう!!
ノーマルの常識ってサイアク!!
こんなブサイクな恰好じゃ
生活できないわよっ!!)
と思ってしまう、アブノーマル。
仲間の女性からも『趣味の方、直せ』と言われているオカマ。
マッスル大鎌である。
『お・と・こ』の物語
「はい。
ちゃんと買ってきたわよ」
デパートから出て、ビルの裏側に回ったマッスル。
そこで彼は、待ち合わせの相手に、商品を手渡した。
(ありがとう)
相手は、直接の言葉ではなく、テレパスで感謝の意を返してくる。
マッスルの仲間であるエスパー、ヤマダ・コレミツだ。
かつては美少年だったコレミツだが、傭兵時代に負った傷のために、その面影は全く残っていない。顔の下半分は包帯で覆い隠しているが、左目から額へと伸びる手術跡のために、まるで怪物のようにも見えてしまう。
あまり都会の人混みの中に出るべきではないと思ったのだろうか、彼は、マッスルに買い物の代理を頼んだのだった。
「それじゃ、アタシはジムへ行くから……」
コレミツに手を振って歩き出そうとしたマッスルだが、その足が止まる。
ドカッ……! ボスッ!!
人と人とが殴り合う音が聞こえてきたのだ。
コレミツがここで待っていたように、ビルの谷間は、都会の中でありながらも、一種のエアーポケット。
後ろめたいこと、後ろ暗いこと、軽犯罪なども行われている。
「……やあねえ〜〜」
音のする方に視線を向けると、少し離れたところでの騒動が目に入ってきた。
当然、それは、ボクシングや格闘技の殴り合いではない。
ケンカである。
いや『ケンカ』とすら言えないかもしれない。
学生服を着崩した不良学生たち――高校生のようだ――が、数人がかりで一人の小学生を痛めつけているのだった。
「これだから……ノーマルって連中は……」
おそらく、カツアゲか何かの成れの果てなのだろう。
なまじ、その少年に気概があって、腕っぷしにも自信があったから、こんな状況になっているのだろう。
だが、いくら少年が強かろうと、『多勢に無勢』な上に『大人と子供のケンカ』である。『孤軍奮闘』という言葉すら程遠い状態になっていた。
「あれじゃ……弱いものイジメと同じね」
マッスルの脳裏に、かつての自分の姿が浮かび上がった。
まっとうな趣味(注:マッスル視点)で、まっとうな恰好(注:マッスル視点)をしていたマッスルに、周囲の人間は、理不尽なこと(注:マッスル視点)を言って石を投げつけたのだ。
それとは事情が違うとしても、それでも、見て見ぬフリは出来ない。
「少佐なら……
『残念ながら完全にノーマルだ。
なにかしてやる義理はないね』
……とでも言うのかしら。
でも……」
マッスルは、コレミツの方を振り返り、声をかけた。
「手助けするわよ。
これで今日の買い物の『貸し』は
チャラにしてあげるから……
あなたも一緒に行くのよ?」
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多少ケンカに慣れているとしても、それは、高校生同士の抗争レベル。
しょせんは、チンピラ学生である。
マッスルやコレミツの敵ではなかった。
「フン……」
地面にノビている不良たちを見下ろしながら、立ち去ろうとするマッスル。
コレミツも、彼に続く。
だが、そんな二人の背中に、少年が言葉を投げかけた。
「あの……お名前は?」
少年は日頃は『お名前』なんて言い方はしないが、それでも恩人に対しては、そういう言葉を使うべきだと思ったのだ。
小さく振り向いたマッスルが、これに応じる。
「こっちはコレミツ。
私の名前は……大鎌よ」
これはパンドラのミッションでもないし、今は、わざわざ『ノーマルに合わせたブサイクな恰好』で、目立たないようにしているくらいなのだ。
マッスルは、『マッスル大鎌』ではなく、ただ『大鎌』とだけ名乗った。
オカマ口調は残ったままだったけれども。
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「……ということがあったんだ」
河原の土手で、体育座りで二人で並んで。
ちさとに向かって、東野少年が昨日の出来事を語っている。
その瞳には羨望の色が浮かんでいる……と、ちさとには思えた。
彼は、自分を助けてくれた二人を『男らしい』と感じて、自分もそうなりたいと思ったのだろう。
ちさとから見れば、東野は今でも既に十分『男らしい』のに。
東野の話に出てきた二人――ちさとは二人とは面識がないので想像上のイメージ――とだって、きっと、肩を並べられるくらいだ。
三人が並んでいる姿を思い描いて、ちさとは、クスッと笑いながら、つぶやいた。
「
大鎌さんと、
東野くんと、
コレミツさんと。
ちょうど三人で……
『お・と・こ』の物語ね!」
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