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午後のひととき(3)

「予報じゃ午後からは雨つってたけど、どうなのかしら?」
何の気なしにそんな独り言を漏らした不二子は自分に苦笑を浮かべる。
ここはバベル最深部にある自分の執務室(兼寝室?)、午後いっぱいは掛かるであろうデスクワークを考えると外の天気がどうであろうとまったく関係はない。

 しかし、テレポーターとして天気を気にするのは第二の本能のようなもの。
 何と言っても若い時には(もちろん、誰が何と言おうと今も若いつもりだが)、天候という自然の営みすら生死を分ける極限の状況に身を置いていたのだから。

「ホント、あの頃は雨に悩まされたものね。空間ノイズでテレポートの精度は落ちるし、濡れた体で飛ぶのも体力を消耗するだけ。といって、雲の上に出れば見つけてくれって言っているようなものだったし‥‥」

最近は見なくなったが、以前は夢の中で戦闘機に追い回されたりしたもの。

 そういえば、昨今、”あの頃”が歴史に属するようになってくると超能兵士をアニメのヒーローか何かのように思っているバカが増えてきた。しかし、現場に立ち会った身とすればそんな華やかなものではまったくない。

こちらと同じように編成された敵エスパーソルジャーとの戦いは言わずもがな。劣勢が極まった末期になると、エスパーが一人飛んでいるといえば一個中隊分の戦闘機が殺到し、いる『らしい』というだけで何百発もの重砲弾をその区域に叩きつけるコメリカの物量を前にしては少々の超能力などなきに等しい(皮肉なもので、そういう戦場こそエスパーが望まれ、時には他の負担が軽減されるということで狙われるために投入された)。

‘何だ、今日はあの日じゃない! だから天気が気になり、こんなことを思い出すんだ!’
過去がいつになく浮かんでくる理由に思い至り、口元に微妙な笑みが浮かぶ。
‘なまじ忘れようとして意識しなかったことが仇になったか! しょうがないわねぇ こんな気分じゃ仕事をする気にもならないし。”上”に行って若い奴らから”元気”をもらってきましょうか’
と何人かの生け贄となる『若い奴』の顔を思い浮かべる。

そこを測ったようなタイミングで来訪者を告げるチャイム。手元の端末からドアのロックを解除、開ける。

「あれ、皆本クン? ここに降りてくるって珍しいわね」




午後のひととき(3)

「あれ、皆本クン? ここに降りてくるって珍しいわね」
 不二子は”その手”のオネーチャンがいる店でもいきなりは見せないだろう品を作り嫣然と笑う。
あからさま過ぎるがその方がしゃれで済むというところ。どのようにアプローチを掛けようとも、この青年に揺らぎがない事は判っている。

 実際、青年は歳相応の初々しい困惑を見せるが、その背後に『いつものことだ』と開き直った図太さがかいま見える。

そこをネタにもう少しからかってやろうと思うが、わざわざ出向いてきた理由も気には掛かかり言葉を待つ。

それを受け、
「管理官、お忙しいところすみません。局長から帝国陸軍特務超能部隊について幾つか訊いてくるように言われたものですから、少し時間を拝借します」

 『特務超能部隊』の一言に表情が強ばる不二子。複合能力の中にはプレコグはないが嫌な予感が心に沸々と湧いてくる。

「そんな過去のコトで、皆本現場運用主任自らがこの”地の底”まで降りてきたってわけ! ここんとこ大きな事件がないからヒマなんだ?」
と露骨にあてこすり、持ち込まれた話題が不愉快なものであることを示す。

「文句があるなら局長に言って下さい。僕だってこういう仕事にまで駆り出されるのは不本意なんですから」

自分も同じだという皆本に不二子の不機嫌も幾分かは収まる。

要はそういうことだ。
バベルの影のドン(首領)と呼ばれる自分がチルドレン、引いてはその現場運用主任を高く”買っている”のは周知過ぎるほど周知のコト。
それを利用し、厄介ごとを片づけようという魂胆だろう。現場にいた頃は暑苦しいほどの熱血漢(今もチルドレン、引いてはエスパーについては同様だが)がこういう官僚的小細工を使ってくることに何某かの感慨はないでもない。

「まっ、桐壺クンをとっちめるのは後の話として、今更、超能部隊の何を訊きたいっていうの?」

「ええっと」皆本は間違いを恐れるかのように手にしていたファイルを広げ
「ご存じのように、当時、軍では人工的に超度を上げたりエスパーを生み出す方法を研究していたわけですが‥‥」

「その辺りはよく知っているから、説明の必要はないわ」不二子は素っ気なく遮る。
これは超能部隊の一員としてより超能力研究に深く関与した蕾見家の一人として知っているという意味が含まれている。

「解りました」といささか鼻白む感の皆本。
「伊九号中尉もそうした研究から生まれたエスパーと聞いていますが、彼の他にもう一人、いや中尉と同じイルカですから一匹でしょうか、中尉に匹敵する能力の持ち主がいたようなのですが、それについて何かご存じありませんか?」

「さあ、知らないわね」

あっさりと一蹴する答えに皆本は小さく首を傾げ
「おかしいですね。こちらの調査では管理官がそのエスパーに関わる作戦に参加していたとなっているのですが?」

‥‥ しばし沈黙の不二子。どうやら予感が当たったらしい。

 それにしても今日という日にこの話題が出てくるとは! 運命を司る神がいるなら『皮肉なことをやるじゃない!』とケリの一つも入れたい気分だ。

「あの、話したくない事でしたら、これで切り上げます。戦時中の事であれば色々と墓場まで持っていかなければならない事もあるでしょうから。局長には適当に報告しておきます」

いつもの事ながら、年齢に見合わない気配りを見せる青年に苦笑の不二子。
「いいわよ。偶然だけど、今日がそれに関わる日でね。この日に皆本クンが来たのも何かの縁、あなたにも関係するかもしれないから話したげる」

「僕に関係することですか?」皆本は不思議そうに首をひねる。

「お祖父さんやお祖母さんの時代だからね」と少しからかい気味な不二子。
「でも、そこから”あの未来”が始まったとすればどう?」

「あ‥‥”あの未来”ですか」皆本の顔が引きつる。

二人の間で”あの未来”とは、言うまでもなく九年後の未来。すなわち、破滅の女王こと明石薫を皆本が射殺するという未来。彼のホルスターにはその時に使うことになる高出力熱線銃−エスパー・ハンターがすでに納まっている。

何度か首を振り自失状態から脱したらしい皆本は
「是非、聞かせてください。今日がどんな日なのか」



応接用のテーブルを挟み対面する不二子と皆本。
不二子の手前にはかなり度数の高いスピリッツの入ったグラス。服務規程など『知ったことか!』というところ。
 当然のように皆本にも勧める不二子だが、これも当然の如く拒否される。



「‥‥ 『部隊』呼称から誤解されがちなんだけど、今のバベルと同じで研究部門とかも附属していたから規模はけっこう大きかったわね」
コトがコトだけにということか、いつものおちゃらけた雰囲気なしに(注いだ酒に手を付けたのも最初だけ)不二子は超能部隊のあれこれを語る。

「代わりにっていうのも変だけど、今ほどエスパーの発現率は高くなかったから、所属するエスパーの数は大したことはなかったけど。特に、実戦に加われるような高超度エスパーともなるとなおさら。それに限定すると人数は最盛期でも九名を越えなかったかしら」

自然に思い浮かぶ当時の面々、同じエスパー、戦友として年齢・性別・出身・階級を越えた強い仲間意識で結ばれていた。
そこで心に小さくない痛みが走る。仲間意識は指揮や支援に就くノーマルにも及び深かった‥‥ はずだった。

「どうかしたのですか?」

「ん?! 何でもないわ」不二子はつい出てしまった動揺を心の奥に押し戻す。
「その辺りの慢性的な人材不足が今で言うところの非人道的超能力開発に走らせたってわけ」

「当時はそういうものだと聞いています」そこは批判する立場にはないと皆本。

 当時はどこの国も勝つために人道の二文字をゴミ箱に投げ捨てていたのはよく知られている。
 コメリカの超人兵士計画とか、勝った側でさえ、自国の教科書に載せられないような事に普通に手を出しており、まして追い詰められた側は、なりふり構わずとしか形容しようがない事に手を染めていた。

「ということで、話を戻すけど、あなたが持ち込んだ話のエスパーは伊八号、でもって、作戦っていうのは戦線の後方に取り残された彼を救出する事。当時の超能部隊の総力を挙げ−つっても、その時点で、戦闘に耐えうるエスパーはたったの四人だったんだけど−結果として超能部隊最後の作戦になったわ」

「四人‥‥ ほぼ半減していたってことですか?」

「どちらかというとマシな方じゃない。あの頃は毎日のように全滅する部隊が出ていたから」

「その中には兵部も?」

「いたわよ。当時、高度1万メートルを悠々と飛ぶ爆撃機を迎撃できる唯一のエスパーとして、八面六臂に活躍。結果として彼に助けられたノーマルは何百人にもなるでしょうね」

「その頃の彼にはエスパーもノーマルも同じ命だったんでしょうね」

「そう。彼は良く言ったものよ。自分には空襲自体を阻止する力はない。でも、一機でも敵を墜とし、何人かの命を救えるのなら戦う意味があるって」
そう語る不二子の表情にはある種の懐かしさが満ちていた。
「しかし、皮肉な事にその活躍があったせいで、兵部は自分、いや全エスパーの未来にも関わるその作戦には参加できなかった。帝都の防空担当から要を引き抜かれては困るって事でね」

「最初から戦力の1/4が減らされたわけですか」

「実際は1/2以上かな。あの当時は、今みたいな反則めいた複合能力はなかったとはいえ、サイコキネシスじゃ図抜けていたから。私にしても仲間の二人にしても、そう決まった時には覚悟を決めたものよ」

「それでも作戦は強行された。末期症状というところですか?」

戦争末期、面子だけで勝敗を度外視した作戦が色々と強行され犠牲を増やしたのは戦史家の多くが指摘するところだ。

「今から客観的に見ればそうなんでしょうけど、そこは少し違うわね。私たちは『強行された』とか無理強いされたって感じはなかったもの。それどころか、あらゆる命が途方もなく安かった時代に仲間の命を救う機会を与えてくれたって勇躍したものよ」
不二子はそう答えた後、ぞっとするシニカルな笑みを口元に浮かべ
「もっとも、上層部が作戦を決めたのは、そういったロマンチシズムとは無縁な、そう、やたら腐臭のする理由があったんだけどね」

「『腐臭』ですか?」言葉を鸚鵡返しにして解説を促す皆本。

「唐突だけど、テレパスやサイコメトラーの証言が裁判では正式な証拠として扱われていない理由は知っているわよね」

‥‥ 質問の意図が判らないと小首を傾げる皆本、それでも答えないと話が進まないだろうと
「はい。テレパスやサイコメトラーが真実を読み取れるとしても、それを正直に話している保障がないからです」

「だから、軍は伊八号の救出を命じたのよ。当時、伊号は何かと理由を付けて非協力的だったんでね」

「薫の予知のように中尉がご自分の判断で予知を話さなくなったとして、なぜ、その伊八号が代わりになると判断したのですか?」

「それは伊八号が嘘をつかないから。いや、正確には嘘をつけないから」

「ひょっとして、意志中枢に手を加えたとか‥‥」
 話の全貌が見えたのかそれ以上の言葉を失う皆本。

「今の医療技術ならそこいらへんはもう少しスマートにできるんだろうけど、同時の技術じゃ乱暴でね。意志どころか自分が何者であるかという認識や記憶まで根こそぎパー。私たちが助けた時には伊八号という名称を持った予知発生器になっていたわ。詰まるところ、彼らが救出を命じたのは、敗戦で自分達がどうなるのかを知りたかったから」

「そんな利用されるだけの彼を‥‥ えぇっと‥‥ ”楽にしてやる”という選択肢はなかったのですか?」

「内幕を知ったのは戦争が終わってからでね。さすがに伊八号が脳だけになっていたのを見た時は変だなって思ったけど、死から救うにはそれしかなかったって聞かされていたし、そういうことは後でもやれるかって助けることを優先したの」

‥‥ もうその辺りの事は聞きたくないという感じの皆本。
「それで作戦は最終的にどうなったんですか? 話の流れ的には伊八号を助ける事には成功したようですが」

「そう、目的を達成したというのを成功と呼ぶのなら成功、私の重傷と残る二人の戦死と引き換えにね」
 不二子は他人事のように答える。
「そうそう、私が伊八号と帰還したのが今日なのよ」

「今日はそんな日だったんですか! 知らない事とはいえ申し訳ありませんでした」

「気にしないで。嫌な事は話すとすっきりするって言うから。実際、皆本クンに聞いてもらったんで気分は良くなったし」

「そう言ってもらえて恐縮です」心底、言葉の通りと皆本は微笑む。
「ところで、伊八号の帰還がどうして僕に関係するんですか? これまでの範囲ではピンときませんが」

「それをこれから話すわ」と不二子は、以前、兵部がチルドレンに語った物語を語る。

「‥‥ そんな事が本当にあったんですか!?」

「どうだか。当時入院中だった私はその場は見ていないからね。今話したのは後日、兵部から聞いた話だから。あいつの事だから自分に都合の良い事しか言っていない可能性は十分にあるわ」

「でも、管理官はそのほとんどを真実だと思っているんでしょう?」

「まあね」痛いところを突かれたと不二子は顔をしかめる。
「兵部が撃たれたのは事実だし。それに、残った超能部隊の面々が無理な任務に駆り出されて戦死とか入院先で急死していたもの」

「管理官もその対象に入っていたのでは? よく助かりましたね」

「実家が実家なのと、あと運が良かったから。戦争が一週間延びていたら危なかったでしょうよ。まっ、私としてはどっちでも良かった話なんだけど」

「それにしても、管理官はそれでよくノーマルに絶望しませんでしたね? 全てを知った時、兵部と同じようにノーマルの粛正を考えてもおかしくはないでしょう」

「確かにあいつみたいにノーマルに恨みを向けられたなら、いっそ楽だったかも」
 どこか他人事のように不二子は応える。
「でも、それまでエスパーの良き理解者として厚い信頼を寄せられていた隊長がエスパーへの裏切りを決意し、引いては”今”の兵部を生んだのも、私が伊八号を助けたせいじゃないかって思えてね。今でも、それにより自分が死んでも任務に失敗すべきだったんじゃないかって考えてしまう事があるわ。だから他人様を恨もうって気にはならないの」
そこで一呼吸分の間を取ると
「ホント、運命って嫌な奴よねぇ 良い未来を引き寄せようと死に物狂いで頑張り奇跡すら引き起こした結果がこれだもの」

日頃の奔放な彼女から想像もつかないほどの悔悟の言葉に目を見張る皆本。小さく息を吐くと穏やかな暖かみを込めた口調で、
「後智恵でなら何とでも言える事でしょう。しかし、今の管理官のお考えは、時間移動者でもない限り只の繰り言、嘆いたところで失われたものが戻ってくるはずもありません。だから、もう後悔するのはやめにしませんか。その時を精一杯に生きた結果がそうだというのなら、それで良いじゃありませんか。兵部だってそこを恨んだり責めるつもりは毛頭ないと思いますよ」

「取り澄ました正論なんかは大嫌いなんだけど、喋る人間が生きた正論みたいだと説得力が違うわね。ありがとう。今日はちょっとブルーかなって思っていたんだけど、おかげで気が楽になったわ」
不二子はこれも見せた事のない率直さで礼を述べる。
「さてと、明日から、いや、今日‥‥ 今から気分一新で頑張りましょうか。どんな手を使ってでも運命って奴に背負い投げをかましてやろうって! 人には意志があって運命とやらに踊らされる人形じゃないって事を示さなきゃ、先に逝った戦友たちに申し訳がたたないものね!」

「はい! 管理官、その意気です!」

「という事で、皆本クン、早くチルドレンと”でき”ちゃいなさい! 法律がどうとかは、私が尻ぬぐいしてやるからさぁ」

「だっーー! 何でそうなるんですか!!」
シリアスな場面が一転した事に派手にずっこける態の皆本。

「だってぇぇ まともな方法じゃ運命を出し抜けないって事は判っているもん!」

「でも、その選択が”アノ”未来に繋がる事も考えられるでしょう?」

「そこはあんたが言ったように今を精一杯に生きるって事。正しいこと思ったことをやってそれで上手く行かなくたって良いじゃない。しなくて悔いを残すよりよっぽどましでしょ!」

‥‥ 自分の論拠で返されたせいか皆本の口から反論は出ない。

「じゃあ、”上”に行きましょうか! そろそろチルドレンも来る頃だし、皆本クン期待しているわよ」

返事をするいと間もなく先に立つ不二子。皆本はその背中を見るしかなかった。









「やれやれ、相変わらず人の都合を考えない人だ」
 皆本は先に立った不二子の背中を見ながらぽつりと漏らす。

ぴくり! 不二子の動きが止まる。怒りを込めた目つきで振り返ると
「その言い様! 皆本クンじゃないわね! 何者?‥‥ って訊くだけ無駄か! バベルの最深部に入ってまで、私をおちょくりに来る人物は一人しかいないもの! でしょ、京介」

「そういうことだよ、不二子さん」と答える”皆本”。
「ここまでは上手くいったのになぁ ついいつもの調子に乗せられてしまったよ」

「ったく! あんたのお粗末なヒュプノに引っかかるって、私もヤキが回ったものね」
あらためて意識に対ヒュプノ用プロテクトをかける不二子。視覚情報は兵部当人のものに変化する。

「仕方がないさ。今日という日で心の隙が大きかったからね。付け入るのは容易だったよ」

「で、わざわざ、今日、伊八号の話を蒸し返してまで何をしに来たの?」
 不二子は親しげな兵部と対称的な素っ気なさで尋ねる。見た目、緊張はしていないが、歴戦の強者として欠片ほどの隙もない。

「さっきメガネのボンクラ君の姿を借りて言ったように、六十六年前の事は気にしなくて良いってことを伝えようと思ったのさ。前々から言っておきたいと思っていたんだけど切っ掛けが掴めなくて」

「どこかのバカが何時までもグダグダ拘っているんで、気にしなきゃしょうがないでしょうが! あなたがパンドラを解散し拘束されれば気にせずに済むでしょうよ」

「その批判は的外れだよ。僕が拘っているのは過去じゃなく未来だ。来るべきノーマルとの戦争に際し、エスパーが勝つためにこの老体に鞭打っているんで過去に縛られているからじゃない」

「そのノーマルとエスパーが戦争をするという前提が、そもそも過去に縛られているって事じゃない!」

「そこは『学んでいる』って言って欲しいね! 部下と上官、あるいは、エスパーとノーマルという関係であっても、奴と僕たちは生死を共にした仲間だった。いくら超度7クラスの予知があったのにせよ、それだけで仲間を皆殺しにしようとするんだから。ノーマルから見てのエスパーはどこまでいっても怪物なのさ」
兵部は絶対の確信を込めて断言する。不二子の反論を遮り
「それともう一つ。パンドラは行き場のないエスパーたちが集い生まれた場所で、僕の所有物じゃない。僕の一存でどうこうはできないよ。それに、そんなことをすれば居場所をなくした彼らがノーマルと様々な軋轢を生むのは目に見えている。君だってエスパーが無統制に”力”を使い混乱だけが広がることは望んでいないだろう」

「散発的な行動で手持ちの駒を減らしたくないってだけでしょう!」

「何が悪い? 避けられない争いなら勝つ方策を採るのは当然だろ。一気にノーマルを圧倒すればノーマルの被害だって少なくなる。それがノーマルとエスパー双方にとって犠牲を最小に済ませる唯一の方法だよ」

「だから、どうして避けられない争いだって決めつけるの?! 予知に、いや運命に屈するって意味じゃ、あなたの嫌う奴と同じじゃない? そもそもバベルはその反省に立って何とかしようって作ったものでしょうが!」

「そう、ここを設立するにあたっては未来は変わるかもしれないって、いささか以上に期待を持ったものだ。しかし、出だしでアレだからね! アレを思えば戦争中の裏切りなど追いつめられた者たちの愚かな振る舞いとして笑って許してやって良いと思っているよ」

‥‥
 不二子は兵部が史上最悪のエスパー犯罪者として名を残す出来事を思い出し言葉を失う。
 目の前の人物が、目の前の人物になったもう一つのルーツ。超能部隊でのコトは皆本やチルドレンに何枚かのカードを開いて見せたようだが、それについては未だに沈黙を守っている。”恥部”として墓場に持って行くつもりか、それとも機会を見て”切り札”に使うつもりか、いずれにせよ戦争中の記憶以上に封印してしまいたい記憶だ。

兵部も口が滑ったと口元を引き締め
「いつもの堂々巡りが始まりそうだな。慰めたところできれいにサヨナラするつもりだったんだけど残念だよ」

「どこまでいっても平行線っていうのが二人の”運命”って奴かもね」
不二子は自嘲気味に笑うと、普段のお気楽な雰囲気を纏い直し
「ところで、こんなトコまでのこのこやって来て”無事”に帰れると思っているんじゃないでしょうね?」

「やれやれ! 結局そこに落ち着くのか。まっ、乗り込むと決めた以上は覚悟はできているけどね」
軽く銀髪をかき上げた兵部は不二子の側に行くと警戒する風もなく手を取る。

「そういう潔さ、嫌いじゃないわよ」
引かれるままに立ち上がった不二子は兵部の首に空いた腕を絡め引き寄せる。

そこでちらりと動く兵部の視線に微苦笑。サイコキネシスで端末を操作。部屋をロックすると同時にこのエリアの警戒・監視システムをダミーモードに切り換える。
これで保安セクションから覗こうとしても普段に変わらない様子しか見えないし、呼び出しがあっても自分がいるかのような対応がなされる。

 最後に落とされる照明の中、一つになった影は‥‥






 どこまでも蒼い海を朝日がよりいっそう鮮やかに際だたせる。そのきらめきの中、甲板に佇む飛行服の男。
彼は帝国陸軍特務超能部隊にあってエスパー側の実質的なリーダーを務めてきた青年。今、彼は”最後”の戦いに赴こうとしている。

『行かないで!』の言葉を不二子は飲み込む。

ここで追撃を断ち切らねば全員の死をもって任務失敗となる事は承知しているし、相思相愛だったパートナーをこの作戦で失った彼が唯一望む選択である事も痛いほどに判っている。

背を向けていた青年は最後の挨拶をするつもりか、ゆっくりと振り返る。飛行帽からはみ出した銀髪は見誤るべくもなく‥‥

「京介?!」 





自分の驚きに目を覚ます不二子。呼びかけた相手の胸に自分は顔を寄せている。

「どうしたんだ、不二子さん?」

こちらの動揺を問う声に不二子は寝返りをうち背を向ける。その背中に「やれやれ」と言いつつ体を起こす兵部。





「何よそれ?!」呆れ返った声を上げる不二子。

ベッドから体を起こした兵部がサイコキネシスで椅子に引っ掛けているガクランのポケットから出るわ出るわで薬を取り出したからだ。

「『それ』って、日頃服用している薬さ、歳を考えれば不思議じゃないだろう」
手慣れた様子で種類で十、数だと三十を超す錠剤をほおばると、これもサイコキネシスで用意した水でまとめて流し込む。

「あれだけのマネをしておいて歳だからって言われてもねぇ 説得力が皆無だとは思わない?」

「いや久しぶりだからついつい頑張ってしまっただけで、普段は歳相応さ。今日だって十年ぶりだから内心はしくじらないか冷や汗ものだったんだぜ」

「どうだか? 前より上手になっている気がしたんだけど。パンドラの首領としてよりどりみどりなんでしょ。調べた範囲じゃ、パンドラにも相応な割合で適齢の女性がいるようだし」

「妬いているのか? だとしたら光栄の至りだね」

 『誰が!』と手を振る不二子。もうその話題には関心はないと無造作にシーツを体に巻きつけベッドを降りる。

その際、ベッドに残っている薬に軽く触れる。一瞬、目眩を感じたかのように立ちつくすが、すぐに何事もなかったように
「京介、一杯、入れてちょうだい。モノはサイドバーにあるヤツをみつくろってくれればいいから」

「じゃあ、これにしよう」
 兵部もベッドを降りると、今度は自分の手でガクランのポケットからスキットル・ボトルを取り出す。
「最後はこういう形で締めるかと予感があって用意してきたんだ」

「古酒?!」グラスに注がれた液体の色合いと漂う匂いから正体を悟る。
沖縄に訓練基地があった関係でしばしば出会ったなつかしい匂いだ。

「そう、本土に引き上げる時、君のお父さんから頼まれて土地の人から一甕、譲ってもらったものだ。当時でも三十年ものの逸品、こっちに持ち込んた後も然るべきところでちゃんと熟成させたからそれこそ百年に近いビンテージものだよ。本当は後四年待ってきっかり百年ってことで飲みたかったんだけど、僕たちの歳の場合、次があるという保障はないしね」

「不二子、歳の事を言われるのは好きじゃないんだけどな〜」
 口では冗談めかして凄む不二子だが、目の奧にわずかな悲しみがあった。
「さて、何について乾杯する? 私とあんたの関係を祝してなんていうのは真っ平だから」

「もちろん『ザ・チルドレン』に。それなら異論はないだろ?」

「『チルドレン』じゃなく『ザ・チルドレン』?! ってことは皆本クンも入っているって事?」

不二子の問いに悪戯がばれた少年のように小さく舌を出す兵部。肯定も否定もせず
「乾杯!」とグラスをさし出す。

不二子もことさらに突っ込むことは良とせずグラスにグラスを当てる。

かちん! 心地よい音とともにそろって中身を一気に飲み干す。

「さて、意外に長居をしちゃったな」と兵部。
急ぐ風はないが無駄のない動きで身仕舞いをする。

「これで帰るから。もうこういう形で会う事もないだろうから不二子さんも元気‥‥」
 『でね』と続くはずの言葉が途切れる。視線を自分の腕を掴む不二子の手に向け
「何のつもりだ? まさか『行かないで!』なんて愁嘆場を始めるつもりじゃないだろ」

「もちろん! そんな小っ恥ずかしい台詞を吐けるわけないじゃない」
冗談めかす不二子だが完全に実戦モードに入っている。
「兵部京介、あなたを拘束します!」

「おいおい、こういう場面じゃ綺麗に見送るのが”お約束”だろ!」

「そんな馴れ合いは十年前に終わったと思うけど」
不二子はぴしゃりと断定する。一転、言葉に苦渋を滲ませると
「もう十分でしょう、京介! 薬を透視(よ)んだけど、無茶をそんなものでカバーしている生活を続けていると成長したあの子たちを見る事は叶わなくなるわよ」

「それはとうに覚悟している事さ」淡々と、しかし変える気はないと兵部。

「京介のバカっ! 私たちが覚悟しなければならないのは『死ぬコト』じゃなくて『生きるコト』でしょうが! ここまでいろんな人を巻き込んでおいて、そのままバッくれようなんざ、人生を嘗めるのもいい加減にしなさい!」

‥‥ きょとんとする兵部。心から可笑しそうに
「アハハ 励ますつもりが励まされるとはねぇ 思ってもみなかったよ」

「ふん! ここまで掻き回してくれたあんたを楽にしてあげるつもりはないってコト。さっ、大人しくしなさい! ‥‥ その、今度こそ最後までつきあってあげるから」

「不二子さんが僕の側にずっと‥‥ それも悪くないか」

ぽつりと漏れた言葉に握る手がわずかに緩む不二子。それを狙っていたかのように兵部は手を振り払う。

!! と驚きの目を見張る不二子。
自分の手が振り払われた事よりも、動いた瞬間にかけたエネルギー吸収が働かなかったからだ。『もう一度』試みるより早く体に広がる脱力感、意識も朦朧とし椅子から転げ落ちかける。

それを兵部は当然のようにサイコキネシスで支える。

いわゆるお姫様だっこの形で宙に浮かされた不二子はもつれる舌で、
「ひゃっき(さっきのに)‥‥ おはぁけ(お酒)‥‥ くひゅり(薬)?!」

「そうだよ、不二子さん」兵部は口元にいつもの冷笑を浮かべ答える。
「超能力抑制剤と筋肉弛緩剤が少々。口に含んだ時にサイコメトリをかけたのは知っていたけど、ウチはバベルよりもよほど多士済々でね。超度7のサイコメトラーからでさえ痕跡を読み取れないようにできるエスパーがいるんだ。あと、分子構造を組み替え薬の効果を高めたり解毒剤をつくれるエスパーもね」
種明かしを終え体をそっとベッドに降ろす。その足で出ようとするが、立ち止まり軽く宙を仰ぐ。

「どうも僕の事で誤解があるようだね。パンドラのリーダーとしてはそのままの方が良いこともあるんだろうけど、二人の間でそれも水くさい話だし‥‥」
後はこれの方が良いだろうと不二子の傍らに身を寄せ唇に自分のそれを重ねる。

ぴくりと体を震わせる不二子。それが薬のせいなのか本人の意志なのか為すがままにされる。

「ありがとう、不二子さん」兵部は唇を離す。礼は二つの事に対して。

 一つは、薬で衰えているとはいえ、唇を通じエネルギー吸収を仕掛ける事もできるのに、こちらのメッセージを透視(よ)むに留めてくれた事。
もう一つは、その微笑む瞳で、仲間を得て簡単には死ねなくなった自分を祝福してくれた事。

「じゃ、そう言うことで! もう解っているはずだけど、僕はしばらく仲間たちと日本を離れるから。クィーンたちによろしく。それとボンクラ君には大切な姫君たちを預けるのだからくれぐれも粗相のないように言っておいてくれ」

 これで伝えたいことは全て伝えたと立ち去る兵部。

 その時浮かべた彼の照れたような笑いを不二子は穏やかに見つめ送り出す。彼女はその微笑みを遠い昔−自分たちの未来を信じた時代−に目にした事を思い出していた。




「管理官! いるんでしょ?! いるのなら返事をしてください!!」

薬の影響でぼんやりとしていた不二子はインターカムからの切迫した声に意識を新たにする。

「ダメ! 壁材が対ESP仕様の上に色んな電子機器からのノイズがあって透視(よ)めないわ」
「そうなると直接テレポートも危険やな」
「なら、扉ごとぶっ飛ばす!! 下がっていろ!! サイキックゥゥゥ」

続けざまにマイクが拾う間違いようのない声。

まだ体はだるいが超能力中枢は回復している。サイコキネシスで端末を操作、マイクをオンにする。
「何をするつもり? 扉だって特製だから高いのよぉ」

「管理官、いたんですか?! このエリアの警戒・監視システムが機能していないって聞いて飛んできたんです」

‘なるほどね’と不二子は心の中でつぶやく。
 自分はすでに安全圏にいると言いたいのだろう。
「あっ、いっけな〜い! 静かにシエスタしようって色んなものをオフした時に間違ってそれも切っちゃったみた〜い」

「はあ、そうなんですか」と皆本の脱力した声。
バベル心臓部の異常に勢い込んできたのが誤報(?)となれば当然の反応だ。

「ごめんね〜 皆本クン 無駄足を踏ませちゃって。そうだ! せっかく来たんだから添い寝をしてくれないかなぁ イイ男が傍にいてくれればぐっすり眠れ‥‥」

「皆本さん! 戻らなくちゃ! 訓練の途中でしょ」「そや、日々の訓練は大切やし」「ということで、バイバイ、ばあちゃん!」
皆本が反応するよりも早く動くチルドレン。

 音だけだが自分たちの主任を引っさらうようにして去るのが手に取るように分かる。その一体感がある限り、”アノ”未来が訪れる事は決してないに違いない。

「信じてるわよ‥‥ 未来は変えられるってことを」
 そう呟いた不二子は満ち足りた表情で枕に顔を埋める。
‘さてと! 少し疲れたし一眠りしましょうか、今ならイイ夢も見られそうだし’

 やがて彼女の呼吸が規則正しい寝息へと変わっていく。





 不二子はさっきの夢の続きを見ていた‥‥

祈るように見守る蒼天(そら)。そこより急降下で降りくる人影。

 甲板に立った人物は気取った様子で
「ただいま、不二子さん!」とその無事を告げる。

そして自分も応える。「お帰り、京介!」と。
 小ネタ第三弾(って、量的には小ネタの範疇を超えていますが)。色々と詰め込んだ結果、中途半端な作品になってしまいました。

追申
UG様、B−1様、kei679様。こういう場での感謝は非礼とは思いますが、当作品に貴重なご意見・アドバイスをいただいたばかりか誤字・脱字の校正にまで協力いただきありがとうございました。

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