またあの夢だ
ちょっと変わったアイツの夢
「ほら、まずは野菜を食べないとダメだぞ」
声はなんとなく頼りなくて
「ったく、女の子のくせに5日も着替えてなかったなんて」
でも、口うるさいのに、なぜか逆らえなくて
「ちゃんと着替えたら、結構かわいいじゃないか」
その目に見られると、ちょっと恥ずかしくて、
でも、ちょっとあたたかくて・・・
なんだろう、アイツは
今まで見てきた中でも、とびっきり変なヤツ。
カゾクっていうのは、ああいうものなんだろうか。
でも・・・
・・・・バスタオル・・・また、触りたいな・・・
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気になるアイツとUFOキャッチャー
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とある土曜日の午後3時頃、皆本光一はバベルの仕事を終えて、家に帰るところだった。
皆本が所属するバベルという組織は、内務省直属の機関でありながら、その局長の意向が色濃く出ている、まるでワンマン経営会社のような組織だった。
昼間働く社会人はまだ勤務時間のはずだが、それにも関わらず皆本がこうして帰宅できるのは、そのワンマン社長の一声
「土曜日は授業が早く終わるだろう?あの子達が寂しがらないよう、早く帰ってご飯を作って待っていなさい! これは命令だヨ!」
という、公私混同もはなはだしい命令のおかげであった。
皆本本人は、まだまとめたい資料がいくつか残っていたが、勤め先のボスの命令では仕方が無い。
仕事のいくつかを鞄にしまいこみ、残りは家で済まそうと、おとなしく帰途についたのだった。
皆本たちが住んでいるマンションに行く途中には、大きなアーケード型の商店街がある。
南北に500mを越える程の長さを持つ中央通りがあり、その両側に様々な商店が軒を連ねている。
もう少し時間が経つと、夕食の買出しに出てきた主婦でごった返すのだが、今の時間は人も比較的まばらで、通りを見渡せる程度にすいていた。
「うーん、時間的に半端だな。どうしようか・・・・」
皆本は、いつも立ち寄るスーパーの1F、食料品売り場で豚バラ肉を手に取りながら、中途半端に空いた時間をどうするか考えていた。
皆本の趣味は“家事全般”といってもいいほどで、別に早く帰ったら帰ったで、溜まった洗濯物を片付けたり、いつもより細かいところまで徹底的に掃除したり、時間の使い方はいくらでもあるのだ。
しかし、あの3人娘がいるとなると話は別。おとなしく掃除させてくれるわけが無い。
「かまってオーラ」を出しながら、ちょっかい出してくるに決まっている。まあ、そこが子供らしくてかわいいところでもあるのだが。
そんなわけで、彼女らに邪魔されずに過ごせる、有効な時間の使い方をどうするか。
皆本は買い物カゴを片手に持ち、食料品を見回りながら考えていた。
(うーん、あいつらに邪魔されないでなんとかなんないか・・・
ヘタに付き合うと、他のことが何にもできないし、かといっておとなしくしてるような
やつらじゃないしなぁ・・・・)
・・・と考えながらも、薫の2Lオレンジジュースをカゴに入れ、紫穂のポッキーを手に取り、葵が飲むミルクココアに自然に手を伸ばしていた。
なかなか器用な男である。
結局何も浮かばないまま、皆本はスーパーを後にし、自宅に向けて歩き出した。そして再び思考の海にとらわれそうになったその時、視界の片隅に気になる影を捉えた。
「・・・・ん? あれは・・・・」
皆本の左前方、赤と黄色の極彩色の看板と、中から様々な電子音が聞こえてくる店。
いわゆるゲームセンターの出入り口付近に、見覚えのある後姿を捉えた。
黒のノースリーブに同じく黒のスカート。金色の長い髪をアップにして頭の後ろでまとめたヘアスタイル。まとめた毛先が外側に向けてピンと撥ねているのは、彼女の性格をそのまま表しているようだ。
彼女は、大きなガラスボックスの下に機械部分をくっつけて、中にクレーンを入れたような大型筐体の前に立ち、なにやら真剣な表情でその中を覗き込んでいた。
「へー、UFOキャッチャーかぁ」
「うひゃうっ!」
脳天から直接出たような素っ頓狂な声を上げて、彼女は振り返った。
目の前に男物のスーツの上着部分が見えた。どうやら、長身の男性らしい。
目線を上に向けると、そこには見たことのある顔があった。
いや、それどころか、最近ちょくちょく夢にでてくる顔だった。
「あっ・・・・あんたは、皆本!」
「へぇ、名前覚えてたんだ」
「え!? あ、いや・・・その・・・・」
先ほど、大げさに驚いたような顔をしたと思ったら、途端に顔を赤くする。
表情がくるくると変わる様子は、まるで皆本家にいるだれかさんソックリだ。
「しょっ・・・少佐の敵なんだから・・・あ、当たり前でしょ!」
皆本を睨みつつ、そう答える彼女──澪は、腰に手を当てて、今思いついたセリフを言った。
それを見た皆本は、苦笑しながら「あぁ、そうだな」と、納得したフリをする。
「フンッ」と鼻を鳴らして、澪はすぐそばの機械に向き直った。
どうやら、先ほどからUFOキャッチャーに挑戦しているらしい。
皆本の見てる中、澪はコインを入れる。
抑揚の無い機械的な音声アナウンスが流れるが、それを無視して、すぐさま手元のボタンを押し、中のクレーンを操作しだした。
よく見ると、ボタンを押す手は、指先が白くなるほど強く押し付けられ、目は真剣そのもの。幾分血走って見える。この様子だと、相当つぎ込んでいるようだ。
(あ〜、そこで降ろしちゃ・・・・
・・・・あ、でもひっかかって
・・・おっ!うまいこと下に潜り込んだ
・・・・でもあの位置は!・・・・
・・・・・あぁ、やっぱりダメか)
真剣な澪の様子に、うかつに声をかけられず、皆本は心の中で実況していた。
そして皆本の思っていた通り、今度のアタックも失敗。
これで何戦何敗なのか、怖くて聞けなかった。
「キーー!!! なんでよ! なんで取れないのよぉぉ!!」
澪が地団駄を踏む。怒りのあまり、機械のガラスケース部分をドンドンと叩く。機械の下部を足でゲシゲシと蹴り上げる。まるでパチンコ台を叩くおばちゃんのようだ。
皆本はヤレヤレとため息をつきながら、澪のそばへ寄っていった。
「くぅぅ! 今度は必ず取ってやるわ!!」
そう言って、澪は再びコインを入れて、移動ボタンに手を置いた。
そして、いざスタートしようとした時、その手の上にさらに大きな手が重なってきた。
「まったく、それじゃあ取れるモノも取れないぞ。もっとちゃんと狙わなきゃ」
「あっ・・・あんた」
ボタン操作をしようとする澪の両手に、皆本の手が重なっていた。
澪の手の甲に乗る自分以外の暖かさ。
なぜだか、不思議と不快感を感じなかった。
「いいか?こういうのは、まず取れそうなモノから選ぶんだ」
「・・・え? あ・・・え?」
澪は一瞬ボーっとしていた。突然のふれあいにビックリしたのだ。
「そして、取れそうなヤツが見えたら、まず垂直方向を合わせる」
そう言って、皆本は左手のボタンを押した。
当然、澪の左手も一緒に押され、皆本の手と密着する。
いつもなら、兵部少佐以外の男には触れられただけで弾き飛ばしている。
だが、なぜか今はそんな気にならない。
それどころか、もっとこのままでいたいと、心のどこかで思ってる自分がいる。
「で、垂直方向が合ったら、今度は水平方向を合わせるんだが・・・」
澪は皆本の顔を見上げた。
彼はガラスケースの中を真剣な表情で覗き込んでいた。
その目は狙うべき獲物一点を見据えている。
そんな皆本の表情に、澪は不思議と引き込まれていった。
いつも見る、兵部少佐はとってもカッコイイ。憧れの存在だ。
真面目な顔、優しげな顔、少し不機嫌な顔、その全てが澪をドキドキさせる。
なにより、自分がこんなに自由に動けるのも、心が軽いのも全て少佐のおかげだった。
だから、全てを捧げても足りないくらい、彼のことが好きだ。
それは、天地がひっくり返っても曲がらない、澪の真実だった。
「・・・ここで、ぬいぐるみの重心にクレーンの腕が入るように合わせるんだ。」
しかし、今目の前にいる男は何者だろうか?
会ってそれほど時間が経っているわけではない。
外見は、たしかに悪くは無いが、少佐ほどカッコイイわけでもない。
どちらかといえば、なよなよっとした、あんまり好きなタイプじゃない感じの男だ。
なのに、なんでイヤじゃないんだろう。
なんでこんなに暖かいんだろう。
なんで、こんなにカッコよく見えるんだろう。
なんで・・・ずっとこうしていたいって、思うんだろう。
「こんなところかな? で、ここで手を離すと・・・」
皆本がボタンから手を離した。UFOキャッチャーのクレーンの位置が決まったようだ。と同時に、澪の手から皆本の手が離れた。
手からぬくもりがなくなり、澪は、ハッと思考の海から我に返った。
ほんの数秒間だったが、たしかに感じたぬくもり。
澪はそれを認めまいと、ブンブンと頭を左右に振った。
(違う!違うわ!コイツは敵。敵なんだから! ノーマルなんて全部敵なんだから!!)
そうしている間に、クレーンはぬいぐるみを捕らえ、持ち上げていく。
先ほどからいくら挑戦しても、掴むことすら出来なかったものが、クレーンに担がれ、順調にガラスケースの隅の穴に運ばれていく。
澪は、まるで魔法をみているような気分だった。
ぬいぐるみは、しっかりとクレーンに担がれ、そのまま、外に通じる穴に落とされ、
機械の下側の商品取り出し口に、その姿が見えた。
皆本は、その取り出し口に手を挿し入れ、ぬいぐるみを引き出した。
「ほら、取れたよ。」
皆本はしゃがんで澪の目線に顔を合わせ、目の前にぬいぐるみを差し出した。
澪は、ぬいぐるみを見て、その先にある皆本の顔を見た。
黒水晶のような透き通った瞳。わずかばかりの笑みをたたえた優しそうな顔で自分を見つめる男。
澪は、急に気恥ずかしくなった。
とっても居心地が悪い、早くこの場から去りたい、でも見て欲しい、もっと優しくして欲しい。
いろんな感情が入り混じって、知らぬ間に顔が赤くなっていた。
「いっ・・・いらないわよ、そんなの!」
つい、勢いでそんなことを言ってしまう。
こういう時に素直になれない自分がとってももどかしい。
「これは、キミのお金で、キミが取ったんだ。僕は手伝っただけ。だから、澪、これはキミのものだよ。」
そんな澪の様子も気にすることなく、なおもぬいぐるみを勧める皆本。
そんなにしつこく勧められてはしょうがない。このままにしても可哀相だ。
仕方が無いからもらってあげよう──と、澪は素直じゃない自分の心に言い訳をして、なんとか折り合いをつける。
本当はいらなくなんかない。とっても欲しいのだ。
「ア・・・アタシが取ったんだから、し・・・仕方が無いわね。
い、言っとくけどっ! アンタが来なくたって、この次くらいには取れてたんだからね!」
言われた当人である皆本は、やれやれといった表情。
それがさらに自分の心が見透かされているようで、澪はわけもわからず恥ずかしくなる。
照れ隠しも含め、皆本の手からひったくるようにぬいぐるみを奪い取った。
いくら使ったかわからないが、格闘すること1時間。ようやく手に入れた獲物を手に取ったその時、澪はなんともいえない充実感を感じた。
超能力を使っていても、一度も感じたことの無い達成感。
胸のうちから高揚してくる気持ちが、たしかにある。
澪の頬は自然と緩んでいた。
「超能力を使わないで、自分の力で手に入れるって、気持ちいいだろう?」
自分の気持ちを悟ったような皆本の言葉に、澪はふと皆本の顔を見上げる。
そこに浮かぶのは、暖かい目と優しそうな笑み。
澪は、その心のどこかでなんとなく気づいてしまった。
(あぁ、コイツは同じだ。自分を同等に見てくれる、自分がここにいてもいいと言ってくれる、仲間達と同じなんだ)
「あんた・・・・変わってるわね。」
今日、一番素直な意見が、澪の意思を介さず口から勝手に出た。
そのときはなぜか、意地っ張りな部分が身を潜めていた。
「そうか?よくわからないけど」
「ううん、変わってるわよ。ご飯作って、洗濯して、まるっきりオバハンじゃない。」
「はは・・・まぁ生活する上で仕方なくね」
「うん、ヘンよ、ヘン。 あはははっ!」
澪は笑いながら変、変と皆本を揶揄していた。
そんな様子を見た皆本も、今日一番素直な感想を口にした。
「うん、やっぱ、似てるな」
「え?」
「いや、ウチにいる3人娘と似てるな、ってさ」
「な・・・なによ?」
皆本の言わんとしていることが澪にはいまいちわからなかった。
たしかにエスパーという意味では同じだし、歳も変わらないと思う。
ただ、容姿は自分も含めて全然違う。いったい何が似てるというのか。
澪が首をかしげていると、続けて皆本は言った。
「キミも、普通の女の子だよ。どこにでもいる、普通の。」
「!!!」
それは、いままで「怪物」「バケモノ」と言われ続けてきた澪にとって、まさに衝撃の一言だった。
誰かに言って欲しかった。皆と同じが良かった。でも、それはかなわなかった。
だけど、目の前の男は、それを言ってくれる。同じに見てくれる。
優しげな眼差し。暖かい手のひら。
澪は、なぜこの男が気になるのか、今ならなんとなくわかるような気がした。
「さ、次は何を取ろうか?」
* * * * * * * * *
「ただいま〜」
そう言って、皆本が自宅の玄関を開けたのが、午後6:30。
思ったよりゲームセンターに長居してしまった。
それもこれも、澪にいろいろなゲーム機を連れまわされたからだ。
しかもプレイ料金は皆本持ち。
ただ、帰る直前には、
「きょ・・・今日は・・・その・・・・・あ、ありがとっ!」
と、顔を赤らめながら、お礼のような言葉を言ってテレポートで帰っていった。
その様子を思い出すと、意地っ張りなところがかわいく見えて、クスクスと笑みが浮かんだ。
「おっかえりー」
「おかえり、皆本はん」
「おかえりなさい」
薫、葵、紫穂の3人が皆本を出迎える。3人とも皆本の帰りを今か今かと待っていたようだ。
いや、待っていたのは夕飯の方か。
「もー腹ペコだよ〜 早く早く〜」
薫が皆本の手を引っ張る。
「ほらほら、早ようしてぇな」
葵が後ろから皆本の背中を押す。
「うふふ、ほら皆本さん」
紫穂は皆本に腕を絡める。
「わかった、わかった。すぐに作るから、ちょっとまってろよ」
3人娘に促されて、皆本はキッチンに入っていく。
こうして、皆本家のいつもの夕食タイムが始まっていった。
予定より早めに上がれた仕事に、予想外の人物との出会い。それに嬉しい発見。
皆本は今、とても気分が良かった。
それを反映したのか、今日の夕食はいつもより少し贅沢だった。
・・・・だが、皆本は知らない。この後の地獄を。
そして、獲物を狙う猛禽類のような鋭い視線が自分に向けられているのを。
それがやってきたのは、夕食後のデザートのプリンを食べているときだった。
「ねぇ、皆本さん。今日は楽しかった?」
「え?」
おもむろに紫穂が皆本に訊ねた。
皆本は何のことかわからず首を傾げる。
ちょうどその時、リビングルームのテレビでは、バラエティ番組で「男の浮気」について芸能人達が熱く議論していた。
『男の甲斐性だから、そこは目をつぶってよ』
『もしするんなら、絶対にばれないで欲しいわね。私は。』
『まぁまぁ、不倫は文化なんだから』
『だめだめ!そんなのサイッテーよ!私は許せないわ!』
「今日、澪ちゃんと遊んでたんでしょ?」
──── ピシィィッ!!!─────
その瞬間、部屋の空気が凍った。
テレビでは、相変わらず、どこまでいっても平行線の議論が続いている。
まるで、今の皆本を非難するがごとく。
ギギギギギ・・・っと、擬音を立てながら、薫と葵が、皆本の方を向く。
紫穂は先ほどから笑みを浮かべている。
いや、口は笑っているが、目が座っている。あれは死神の微笑だ。
「ほほぅ・・・皆本くぅぅん? そこんとこ、詳しく聞きたいなぁぁぁ」
右手をかざしながら薫が近づいてくる。
「遺言だったら聞いたるわ。何してたんやぁ?」
葵が片手でメガネを取り、テーブルに置いた。目がマジだ。
「ちょっとうかつだったわね〜、皆本さん」
紫穂が満面の笑みをたたえて、子供用デリンジャーを右手に構える。
彼女の顔が一番怖い。
「いや・・・あの・・・その、な! あれは、成り行きでな! 別に何かあったわけじゃなくて・・・・」
皆本はジリジリと後ずさりながら、弁明を試みたが
「こんんの、浮気ものぉぉぉーーーー!!!!」
「んがぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!!」
こうして、いつも以上のおしおきが、朝まで続いたとか続かなかったとか。
少なくとも、勤勉な皆本が、その後2日ほど仕事を休んだことを
事実として付け加えておこう。
* * * * * * * * *
日本国内のとある島。
パンドラのアジトであるこの島のホテルの一室に澪はいた。
いつも寝ているベッドの中、ぬいぐるみを抱えながら、
澪は今まさに眠りにつこうとしているところだ。
「また・・・UFOキャッチャー・・・・いっしょに、やりたいな・・・zzz」
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