「皆本の奴・・最近帰り遅くね!?」
とあるマンションの一室で、すっかり機嫌を損ねた少女が三人。三人とも中学生である程度大人になってきたとはいえまだまだ子供、本来反抗期なのであろうが皆本に甘えたい願望は衰えることを知らない。
「今日も私たちが料理をつくってあげるの?毎晩毎晩私たちを待たせている人に。」
ポッキーを食べながら不満げにいう銀髪のセミロングの少女。
「せやけどしかたないやん、作っとかないと皆本ハンお腹すかすかもしれへんやろ。」
一応皆本に気遣う葵。しかし内心では薫や紫穂とは大して変わらないぐらい帰りの遅い皆本に腹をたてている。
「何いい子ぶってんだよ・・何かお仕置きしてやらなきゃ気がすまないな〜。」
薫はもはや皆本に罰を与えることで頭がいっぱいだった。
「そうね、薫ちゃん・・・しつけは早期に必要ね。」
薫とは対照的に静かな口調で話す紫穂だがその表情にはどす黒い何かが秘められているようである。
「まぁ、ちょっとぐらいイタズラしてもええかな。味付けを濃くしたりうすくしたり。後何か胃が痛くなるような香辛料をふんだんに使うとかな・・・」
と葵が提案する。
「う〜ん、ちょっと弱いけどそんなもんでいっか・・・ここんとこつってもまだ三日ぐらいしか遅くなってないもんな。」
と薫も賛成のようだ。
「さすがに味が悪ければ皆本さんも明日からまた自分でつくろうとして早めに帰ってきてくれるわよ。」
紫穂も賛同。
こうして、ちょいマズの夕食作りが始まった。そのころ、バベル本部の近くにある居酒屋では。
「こうやって友人と仕事の後に酒を毎日かわすのもいいもんだな。」
皆本はほろ酔いの状態でいう。
「でもいいのか?あの三人がそんな毎晩毎晩お前の帰りが遅くなるのを快く思っているはずもないだろ。」
賢木は皆本の家庭での恐怖がいつおとずれるか少し心配している。
「ははは・・大丈夫さ。もうあいつらも中学生になったことだし、ある程度自分のことは自分でできるよ。」
と楽観的な皆本。だんだん成長していくあの三人に対してその手の信頼も増していっている。
「ならいいんだけどよ・・それよりこの後どうだ、合コンの予定があるんだけどよ、一人人数が足りねーんだ。お前がくれば相手側も喜ぶこと間違いなしだぞ。」
賢木は昨日、おとといとしてきた合コンをまだやる気だ。
「おいおい、さすがにそれは勘弁してくれよ。」
皆本は三日連続の合コンは体にこたえるし夜もさらに遅くなることを危惧したのである。そもそも合コン自体が好きではない。
「なんだよ、ノリわりーな。いいじゃん・・行こうぜ。子供たちのことなら心配ないんだろ?今まで羽伸ばせなかったんだからここらでじゃんじゃん騒ごうぜ。」
さっきまで皆本を心配していた様子がカケラも感じられない。皆本も結局根負けしてしまい行くはめになった。
家に着いたのは十一時四十五分。日付が変わろうとしていた。ドアのカギをあけると三人の少女がにこやかにエプロンをしながらお出迎えしてくれた。
「おかえりなさい、皆本(さん、ハン)。夕飯食べてきたの?お腹すいているなら一応少し残っているわよ。」
三人笑顔をたやすことなくそういった。さすがに怒るかなと思っていた皆本にとっては予想外の展開であった。
「どうしたんだ?君たち・・・」
普段とまるで違うこの異様な光景に皆本は少しヒキぎみだった。
「夕飯作っておいてくれたのか・・・少しお腹すいてるから食べようかな。それにしても悪いな、早く帰って夕飯つくってあげれなくて・・」
「いいの、いいのそんぐらい。それより今日の夕飯はカレーだよ。」
薫は女優顔負けの満面の笑みで皆本にそう告げる。皆本は少し目がうるんできた。
「み、皆本?」
薫はそんな皆本の様子を不思議そうに見つめる。世話をかけてばっかの子供がいつのまにか彼女たちだけの食事どころか自分のぶんまで作っているときたら、かなり胸にくるものがあるだろう。
「い、いや、なんでもない。それより君たちが作ったカレーはやく食べたいな。」
皆本は平静をよそおいながらそういった。
「待ってて、すぐよそうから。」
そういって三人は待ってましたとばかりにあの究極のカレーをよそい皆本の前に差し出した。
「いい感じにできあがってるな。いいにおいだ。」
皆本はそういうと三人の笑顔につつまれながらそのカレーを口に運んだ。最初はカレーのおいしさ、風味が口の中にひろがった。
「うん、おいしいよ。ホントありが・・・」
皆本の顔が急に固まった。顔色も赤くなったり青くなったりで目を白黒させている状態だった。
「どうしたん?皆本ハン・・・。」
葵は心配する様子を装いながら聞いた。
「口にあわないの?」
紫穂は少しショックを受けて残念そうな、今にも泣きそうな顔をしていった。
「いや、そんなことないよ。そ、それより少し喉が渇いたな。み、水を・・・」
あくまで喉が渇いたからという理由で水を飲もうとする皆本。それが今の彼の精一杯のやさしさであった。一口目をいれてから時間がたつにつれて鮮烈な辛さが口と喉に広がり、だんだんそれは辛さを通り越して痛みに変わってきた。皆本はなりふりかまってらんないと思い、立ち上がって水道水をコップにくみにいこうとした。
「おいしくないの?」
薫が少し大人的な怒りを演出するようにぼそっと小さい声で皆本の心をつきさすようにいう。
「そ、そん・・あがっ。」
口に新たに空気がはいっただけで凄まじい痛みが口内から喉の奥にまで伝わり広がる。トウガラシやタバスコ、胡椒のような辛さは今までの人生の中で経験してきたが、辛さを通り越して激痛を走らせる辛さは初めてであった。
「どうしたの?もう食べたくないの?・・一生懸命つくったのに・・・」
薫は少し怒った口調の中に悲しみをふくませていった。さすが母親の血を引き継いでいるだけのことはある。皆本はそんな薫の表情に観念し、水を飲むことを諦めた。しかしこのやりとりだけの時間でさらに皆本の口内は悪化する一方であった。もう皆本は腹をくくり椅子にすわりなおすと一気に猛スピードでカレーを口の中にいれはじめた。さすがの予想外の展開にチルドレンも唖然としてその皆本の姿をみていた。
薫
「み、皆本・・・」
一分ぐらいだったろうか、完食し終えたのは。そしてそれと同時に皆本の口の中はさっきまでとは比べモノにならない激痛が襲ってきた。いや、もはや口内だけではなく鼻の奥、しまいには脳のほうにまで痛みが伝わってくる。命に危険をきたすといえる。しかしそんな状態にもかかわらず痛みからくる悲鳴をあげることができない。なぜなら三人の修羅が笑顔で自分のほうを見つめているからだ。
「みなもとぉ〜、おいしかった?」
「もうほっぺた落ちそうやろ?」
(はじけそうだよ)皆本の心の声
「うふふ、私たちの愛情がたっぷりこめられてるんだもの・・当然よ。」
皆本はあまりの痛みから目から涙がでてくる。これは辛さの成分が目の神経を刺激して涙腺を弱くしているのであって、決して感情からくる涙ではなかった。
「そんな泣くことないだろ、皆本。そんなにおいしかったんだ。」
「泣くほどうまいなんてウチら感激やで。」
「私嬉しい。皆本さん大好き。」
薫は皆本の後ろにまわりこみ手を首にまわして顔を肩にのっけながら皆本の顔に近づく。紫穂や葵も同様に絡んでくる。もちろんこの行動の意味は皆本に水を飲ませないためだ。しかし皆本はとっくに限界を超えていた。そんな皆本の状態を軽くサイコメトリーした紫穂は薫と葵に目で合図をする。
「皆本、汗びっしょりだね・・・どうしたの?・・体洗ってあげよっか?」
薫はイジワルそうな顔をして皆本にそういうと、皆本はいやがる反応をしてみせる。
「冗談だよ皆本。そろそろ私たち寝るね・・・。」
名残惜しそうに皆本からゆっくり体を離す薫。葵と紫穂も同様に皆本から離れる。そしてリビングから三人とも出て行った。それと同時に皆本は椅子を後ろに押し倒して冷蔵庫にダッシュで向かった。テレポーターなみのスピードで冷蔵庫の前にくるやいなや二リットルのウーロン茶をだしてごくごく飲み始めた。そして冷凍庫からも氷をいっきにたくさんとり口の中に頬張った。
そんな皆本の様子をリビングの柱の陰から例の三人はくすくす笑っていた。ちなみに今日カレーに混入した香辛料?はたった一つでザ・ソースと呼ばれるもので紫穂が警察から父親の権力を使って手に入れ隠しもっていたものだ。
普通の香辛料というのは辛味成分の他にいろいろな風味や酸味などが入っていて、辛味成分は本当はパーセンテージでいえばほんの数パーセント程度なのである。その数パーセントの成分をタバスコから抽出したものがザ・ソースなのである。自衛隊が本来もっていたものらしいのだがあまりの刺激の強さに法律でそれは禁止されたのである。なんせタバスコの三〇〇〇倍の辛さを誇るのだから。
水や氷をとりはじめてから二時間が経過してようやくマシになってきたがそれでもまだ氷を口の中にいれておかないと意識を保つことができそうにない。皆本の睡眠時間は結局一時間程度に削られてしまった。
しかしそんなつらい思いをしたというのに皆本はただ作り間違えたのだろうと勘違いしていた。そして今日もまた賢木の付き合いにのってしまったのである。
もちろん例によって夕食の時間が過ぎ、あの三人は苛立ち始める。そしてまた地獄を味わう。そんなことを繰り返して三日がたった。そして今日も賢木と呑気に居酒屋で飲み、家では鬼のような形相をした本来可憐であるはずの三人がマンションで怒りの炎を燃えたぎらせている。
「皆本のやつ、あんだけえらい目にあってるっていうのに・・わかんないのかなぁ〜」
「今日も処罰をくらわせる必要があるみたいやな。」
「ウフフ・・・」
午後八時ごろ皆本の家のキッチンでは怪しげな料理研究会が開かれていた。
しかし皆本はそんなことは露知らず、平然と賢木と居酒屋で飲んでいた。
「それにしても体調悪そうだな、大丈夫か?」
賢木は皆本がいつもより若干顔色の悪さに対して自分が飲ませすぎたんじゃないかと心配していた。
「いや、大したことないよ。少し眠れなかったんだ。」
皆本は夕食の効果が長時間にわたり続けて寝付けない日々を送っていた。
(なんなら、無理することもねぇのに。ま、本人が大丈夫っていってるみたいだから大丈夫か。)
と賢木が心の中でつぶやく。
「それにしてもやっぱお前最近つきあいいいな?」
賢木は昨日と同じく質問する。
「チルドレンがしっかりしてきたからね。遅いと僕の分の食事を作ってくれたりするんだ。」
といいながら皆本はおいしい居酒屋の料理を笑顔で口に運び、さらに続けざまにいう。
「・・味の方はひどいもんさ。」
その言葉をきいて賢木はすぐに状況を把握しあわてざまに
「バ・・お前、今すぐ家に帰れ!!」
賢木はそういっても皆本は何をいってるのかわからないという状態だった。
「サイコメトリーがいるのに、味が悪いって、わざとに決まってんじゃん!!それ、スゲェ怒ってる!!」
その頃、皆本宅にて
キッチンに三人が料理をしているとは思えないほど殺気だちながら何かをつくっている。
何か危険なにおいのする髑髏マークのついたビンの中にはいった液体をスプーンで調節している黒髪の少女がいう
「毎晩毎晩あのガキャ・・・・」
そしてそれをサポートするように毒物の入手者が
「もっと。致死量寸前まで入れて。」
完
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