超能力支援研究局、通称バベルの局長室。そこに、皆本光一はいた。しかし、チルドレンの姿はない。
皆本がチルドレン達を連れずに局長室に来るときは、まだ、というか、あまり聞かれたくない話の場合が多い。
だからと言って、別ににいやらしい話ではない。
子供にはあまり聞かせたくない、凶悪犯罪や極秘の任務、それに兵部などの話だ。
しかし、今回は特別だった。
「それで局長、暫くの間ザ・チルドレンと共に任務に就くエスパーと言うのは?」
皆本は、目の前で、机に向かい書類に目を通しているバベル局長、桐壺帝三に訊いた。
「ウム。もうすぐ、柏木クンがつれてくるはずだヨ」
桐壺がそう言ったとき、局長室のドアが開く。
「局長、遅れてすみません」
そう言って局長室に入ってきたのは、局長秘書、柏木朧だった。
そして、皆本はその後ろ後ろをついて来た少年を見て、驚いた。
なんと、幼い頃の自分と瓜二つだったのである。
「皆本クン、紹介しよう。彼は超度6のテレポーター、コードネーム『ブルーバード』……」
「美ヶ速翼です」
最後の名前は、翼自身が言った。
「美ヶ速クンは最近特務エスパーになったばかりだが、それまでは近所の事故等で自分の力を使っていてね、先日、ザ・ハウンドの任務に協力してくれたんだヨ」
「その時スカウトしたんです。まだ担当が決まっていなくて、実戦経験も特務エスパーとしては余りないので、是非ザ・チルドレンと任務に就かせよう、と」
桐壺の説明に、柏木が付け加える。
しかし、引っかかるところが1つ。
「どうしてワイルドキャットではなくチルドレンなんですか?超度ならワイルドキャットのほうがちょうど良いはずじゃ?」
「谷崎主任が、『私はナオミを育てるだけで手一杯だ』と言って引き受けてくれないようで………」
皆本は、ようやく納得した。というより、翼が谷崎主任の悪影響を受けずにすむんじゃないか、と思った。
「と、言うわけで皆本クン。君に美ヶ速クン、いや『ブルーバード』の指揮官、及び主任を、お願いしたい」
皆本は暫く考えてから、「分かりました」と答えた。
「と言うことで」皆本は右手を差し出す。
「これからはチームだ。宜しく頼むよ」
「はい。こちらこそ宜しくお願いします」
翼は差し出された右手を握り、握手しながら礼儀正しく言った。やっぱり似てるな、と、皆本は思った。
翼は眼鏡はかけてはいないが、本当に皆本にそっくりだ。本人がそう思うのだから、間違いない。
「と、言うわけで、今日から暫く君達と行動を共にする、美ヶ速翼君だ。みんな、仲良くするんだぞ!」
皆本は家に帰ると、先に家に帰っていた3人に、翼を紹介した。
だが……………
うんともすんとも、反応しない。
「あ、あれ?どうしたんだい?おーい?」
試しに、皆本は薫達の顔の前で掌を左右に振ってみる。
すると、ようやく薫が、はっとした。まるで催眠術から覚めたかのようだ。
「あ、ああ。私、明石薫。よろしくな」
薫が手を差しだし、翼がそれを握り、2人はしっかりと握手をした。
それにつられたかのように、紫穂も手を差しだし、自己紹介をする。
「私は三宮紫穂。サイコメトラーよ。よろしくね」
翼は紫穂の手を握り、にこりと笑う。
すっかり打ち解けた薫達だが、葵だけはまだ、手を差し出せずにいた。
トクン…………
(なんやろう………この感覚。何かドキドキして………皆本はんには感じなかったのに………)
葵はチラリと翼を見る。翼が2人と話している。にこやかな笑顔で。
すると、また葵の胸の鼓動が早くなる。顔は、火照ったように熱かった。
(これって………まさか一目惚れ?)
ふと脳内に浮かんだが1つの考えを、葵はすぐに破壊した。
(あり得へんあり得へん!ウチには皆本はんという心に決めた人がおんねん!絶対そんなんじゃあらへん!)
葵は深呼吸をすると、翼に歩み寄り、手を差し出す。
「ウチは野上葵。テレポーターや。よろしく」
やはり微笑みながら、翼は葵の手を握る。
「うん。よろしく。僕もテレポーターだから気が合うかもね」
再び跳ね上がったドキドキを、葵はどうにか押さえ込むと、それが悟られないように出来る限り笑った。
(そうや。きっとすんごく皆本はんにそっくりやから動揺してるだけやて。落ち着け!野上葵!)
しかし、夜になっても落ち着けず、結局葵はあまり良く眠れなかった。
翌日、皆本はやや疲れ気味にバベルへと出かけていった。
どうやら翼を自分のベッドで寝かせ、皆本自身はソファーで寝たようだ。疲れが取れていないのは、そう言う理由があったからである。
翼は申し訳そうにしていたが、皆本が大丈夫と言うと、普通に過ごしている。
皆本の「大丈夫」には不思議な力があることを、チルドレン達は知っていた。
ところで、今日は自宅待機の日だった。学校は日曜日なので休み。部活も入っていないので、任務がない限りは暇である。
「………葵ちゃん、大丈夫?眠そうだけど」
紫穂が、葵の目の下にあるクマを見て、心配している。
「あんま眠れなかっただけや。大丈夫」
葵は出来るだけ心配はかけまいと、笑って言った。
「そういえば」薫が、思い出したように言う。
「翼って何年生なの?学校とかはどうしているんだよ」
あ、確かに、と紫穂も言う。昨日は結局、翼が書かなければいけない書類にペンを走らせていたし、皆本も書類を読んでいたので、十分に話をする時間がなかったのである。
「中学は卒業してるよ」
翼はさらりと言った。
「身長が小さいから中学生に勘違いされるけど、実はもう16歳なんだ」
「ええぇぇぇぇ!!!?」
3人は驚きの声を上げる。確かに、高校生ぐらいに見えなくもないが、身長は小さい方だろう。薫達の友達である東野はクラスでも中の下、それよりちょっと大きいくらいだから、確かに、中学生であっても不思議ではない。
事実、3人とも同い年、せいぜい1つ上位に見ていたのだった。
「あ、でも、敬語は堅苦しいからしなくていいよ。少しの間だけど、せっかくチームを組むんだから」
「そうね。そうしましょう。私達のことも、好きに呼んで良いわよ。そうすれば連携も取りやすいでしょうし。良いわよね?2人とも」
紫穂が2人に訊く。
「もちろんだぜ!」
「全然OKや」
と、2人は承諾。
「よし、決まったね。それじゃあ改めて、テレポーターで超度6、『ブルーバード』美ヶ速翼です。薫ちゃん、紫穂ちゃん、葵ちゃん、これからよろしくね」
翼は丁寧に挨拶し直す。確かこんな感じだったなと、薫と紫穂は皆本が正式に自分達の主任になったときのことを思いだしていた。
唯1人、葵は2人の背後に隠れていた。名前を呼ばれただけで顔が赤くなった自分に、葵はウンザリした。
「あ、それとさ、翼の制服ってどんなの?もしよかったら一緒にミニスカなんて………アダッ!」
「薦めるな!」
言い終わる前に、葵と紫穂のチョップが薫の後頭部に炸裂する。
そんな3人のやりとりを見て苦笑しながら、翼は言った。
「あいにく決まってるよ。どんなのかは任務の時のお楽しみかな」
「えー。じゃあリミッターはどんなの?」
薫が訊くと、翼は服の下からペンダントを引っ張り出した。
ペンダントは、薄い蒼色の片翼の形をしていた。
「きれい………」
紫穂が、思わず息を飲む。
「きれいな蒼やなぁ」と、葵も感嘆の声を上げる。
本来リミッターは、超能力を押さえ込み制限をかけるものなので、機械っぽい物が多い。
しかし、翼のペンダント型のリミッターは、そんなこと等微塵も感じさせない、本当に石を加工しただけのような自然な物だった。
「中に極小のECMが組み込まれていてね。僕も始めてみたときは本当にリミッターかと疑ったよ」
薫が、翼の説明をそっちのけにペンダントを握り締め、対皆本様に編み出した必殺、「上目遣い」で、翼に迫る。
「ねぇ。私これ欲しい!だからさ、私のリミッターと交換しない?」
すると、葵がテレポートで薫を翼から剥がす。
「止めんかい!翼困ってるやろ!」
「とか言っちゃって、実は翼が取られるのが怖いんじゃないの?」
「ばっ!そんなんじゃないって!」
薫の言葉に、思わず言葉を詰まらせ、なんとか誤魔化そうとする葵。
そんな彼女に助け舟を出すように、翼が口を開く。
「薫ちゃん、それは無理だって。僕と君では能力も超度も違うからね。それに、薫ちゃんの太陽を象った腕輪や紫穂ちゃんの星を象った指輪、それから………」
そこまで言うと、翼は葵の右耳に手をそっと運び、触れる。
「葵ちゃんの月を象ったピアス。どれもいいデザインじゃないか」
「っ!?」
突然耳(正確には耳のリミッター)を触れられたので、驚きと恥ずかしさで葵の顔は真っ赤に染まった。
「あら、葵ちゃん。顔が赤いわよ?」
「葵ったら、純情なんだなぁ〜」
2人に言われ、葵の恥ずかしさメーターの針はレッドゾーンで躍っている。
「もう!ええ加減にせえ!」
葵が怒鳴ったその時だった。
ピピピピピピピピピッ!
翼のリミッターから、電子音が聴こえる。
つまり…………
それは、任務が来たことを伝えていた。
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