乾いた心地よい風が吹いている。
夏も終わり、秋へと向かう季節を感じながら私は空へと目を向けた。
たなびく雲は大気の流れに身を任せ様々な形へと変容している。
一つの形に留まらないその自由さが羨ましく、疎ましい。
――私は元気。あんたは……まぁ相変わらずでしょうね。
どこか虚勢を張ったようなその言葉。
宙に消えたその言葉はあの雲のあるところまで届くことはあるのだろうか。
二人で見たあの日の雲。
鮮やかな朱色にそまった光景を想い、私は静かに目を閉じた。
〜雲は流れ、いつか戻り来る〜
それは恋だったのだろう。
振り返り、そう思う。
私という存在を強く縛り付け、今なお私の心を奪い続ける男。
あいつを想うことで生まれる心のさざ波が少し鬱陶しく……
それ以上に誇らしい自分がいる。
私はきっと最高の恋をした。
出会いの瞬間から落ちた恋ではなかった。
くるくると回り続ける日常の中、少しづつ育っていったあいつへの想い。
そんな気持ちを認め、隠して過ごすことは辛かった。
けれど私以外にもそんな辛さに耐えている人たちがいた。
考えてみればあいつはひどい男なのかもしれない。
生い立ちや年齢、そんなものは気にもとめずに接するあいつの優しさは大きすぎたんだ。
その優しさは私だけじゃなくたくさんの人を包み込んだ。
何度あいつに救われただろうか。
あいつのくれた優しさは今も私の心の中にある。
けれどそれ以上の悲しみが今私の心を占めつつある。
それはあいつを失う悲しみ。
「おまえも幸せになれよ?」
何かを決意したような表情で。
事務所の屋上で沈みゆく夕陽を眺めながら、あいつはそう言って笑った。
夕陽は嫌いだった。
あいつの表情に浮かぶかすかな感情。
決して届かないものを求めるかのように。
遠い誰かを想うような。
そんなあいつの視線が嫌いだった。
――あんたは幸せなの?
あいつとの別れを認めてしまうようで。
返すことのできなかったその問い。
その言葉を胸に抑え込み、私は願った。
かろやかに空を舞う雲に。
あいつの心を奪うあの夕陽を隠してほしいと。
願いが届いたのかは私には分からなかった。
だが、漂う雲はその身をもって夕陽を隠し、その光に身を染めた。
私の汚い心とは裏腹に、朱に染まった雲は美しかった。
そしてあいつは私の手の届かない所に行ってしまった。
事務所の屋上に私は座っている。
あの日確かに隣にいた男はもういないけれど。
ゆっくりと手の平を空に向け、いくつもの小さな火の玉を放つ。
それは私からあいつへの送り火。
――いつかもう一度会うときは……
――今度会ったら……もう逃がさないから。
私は白面金毛九尾の狐。
永遠の生を持つ者。
永遠が終わるその日まで……
――あなたを待ち続けるわ、横島……
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