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月が満ち、腹が満ちても、満ち足りぬモノ


「さてと、今日は何にするかな…」

「お肉がいい、お肉〜♪」

「駄目だ、昨日喰っただろう」

「えぇ〜…」

 9月も半ばに差し掛かったその日、明と初音はいつものように夕食の買出しに商店街へやって来ていた。

「今日は魚にするかなぁ…」

 鮮魚売り場を眺めながら悩む明。

「ねぇねぇ明」

「ん?なんだ?」

 くいくいと服を引かれ、明は振り向いた。


「『ジュウゴヨル』ってなに?」


「…『ジュウゴヨル』?」

 初音の問う聞き慣れぬ単語に、明は疑問符を上げた。

「あれ」

「ん〜?
 ああ、『十五夜』のことか…って初音、十五夜知らないのか?」

 初音の指す先を見ると、和菓子コーナーに張られている十五夜のポスターがあった。

「うん。
 『ジュウゴヤ』ってなに?」

「十五夜ってのは…そうだなぁ、簡単に言うと『月見をする夜』のことだな」

「月見…うどん?」

 こくりと、小首をかしげながら初音は言う。

「違うっ!
 ちなみに蕎麦でもないぞ。
 花見ってあるだろう、それの月版だ」

「ふ〜ん…。
 見てカラオケとかしたりするの?」

「いや、花見みたいに騒いだりはしないな。
 月見は静かに満月を眺めるんだよ、月見団子をお供えしてな」

「お団子!?」

 団子と聞いて目を輝かす初音。

(しまった…)

 余計なことを言った…と、明は心の中で後悔した。

「初音も十五夜するっ!」

 明の服をガシッと掴み、せがむ初音。

「お前っ団子喰いたいだけだろうっ!」

 あからさまに団子目当てな初音へ言う明。

「ちっ、違うもんっ!
 お団子も好きだけど、お月さまも好きだもんっ!!」

 図星を突かれ、顔を赤らめつつ叫ぶ初音。
 力強く明の服が振り回され、みちみちと布地が悲鳴をあげている。

「わかったっ!わかったからその手を離せっ!服が破れるっ!!」

 服のピンチと周りからの視線に耐え切れなかった明は、初音の要望に諦めるほかないのであった…。






月が満ち、腹が満ちても、満ち足りぬモノ






リリリリリリリ…リリリリリリリリ…

 かすかに虫の鳴く声が聞こえて来る。


「綺麗な月だなぁ…」

「綺麗だね〜…」


 犬神・宿木家の縁側で、2人は巨大な満月を眺めながら月見をしていた。
 その隣りには、団子の山が置かれている。

「静かだなぁ…」

「静かだね〜…」

 神秘的な月の光が夜の世界を照らし、静寂に包まれている。
 2人はおのずと無言になっていく。


(「『ジュウゴヤ』ってなに?」…か…)


 無言が続く中、明の脳裏に先ほどの初音の言葉が蘇って来た。

(犬神家は家系だけに、月関連のイベントはやってると思ったけどな…。
 なんか理由があって初音に教えてなかったのか…?
 しかし、別に月見をしちゃいけないなんて話は聞いた事ないけどなぁ…。
 うちは毎年普通にやってたし、親父も一緒だったし…)

「ねぇねぇ明、もう喰べていい?」

「お前…まぁいいか…。
 そのままだと喰いづらいだろうから、これ付けて喰え」

 明の心配をよそに『花より団子』ならぬ、『月より団子』な初音。
 そんな初音に、明は作って置いた餡子を持って来た。

「わ〜い♪いっただっきま〜す♪」

 嬉々として団子へ手を付ける初音。
 ひょいぱくと、次々に口の中へ放り込んで行く。

「やれやれ…。
 んじゃ、俺も喰うかな…」

 そう言って自身も団子に手を出す明。
 しばらくの間、2人の咀嚼そしゃく音と虫の音だけが辺りに響くのであった。




「美味しかった〜♪」

「まったく、夕食喰ってすぐなのによく入るなぁ…」

「食欲の秋だよ♪」

「食欲の秋ねぇ…。
 ってことは月見は芸術の秋になるのかねぇ…」

 そう言いながら月見を再開する明と初音。
 2人の間に再度無言の時が流れていく。




「あ、明…」

「…ん?どうした?」

 しばらくボーっと月を眺めていると、初音が声を掛けて来た。

「お、おい、顔真っ赤だぞ…大丈夫か?」

「なんか…身体が熱い…」

 ハァハァと、息を切らしながら言う初音。

「風邪でも引いたか…?
 …熱は…少しあるか…。
 ちょっと待ってろ、薬箱持って来るから」

「………」


ぐぃっ


「うぉっ!?」

 初音の額に手を当てて熱を測り、立ち上がろうとする明を初音が止める。


どでんっ!


 立ち上がろうとした体勢でズボンを掴まれた為、バランスを崩した明は倒れてしまった。

「お、おいっ危ないだろうっ」

 倒れた状態で初音へ文句を言う明。

「風邪じゃないの…」

 そう言いながら初音は明へ4つ足で近づいて行く。

「風邪じゃない?」

「うん…これはきっと…」

 じりじりと近づき、最終的に明に圧し掛かる体勢になる初音。

「お、おい…!?」


「明を…喰べたいの………」


じゅるり…


 瞳を紅く光らせて舌舐めずりする初音。
 その様はまさに餓えたケモノであった。

「ちょ、ちょっと待てぇっ!
 どうしたんだ一体!何があったんだっ!!」

 汗をかきつつ叫ぶ明。

「わかんないよ…お月さまを見てたらこうなっちゃったんだもん…」

 目を潤ませながら呟く初音。

「月…?」

 初音の言葉に、ちらりと月を見る明。
 十五夜の満月は、未だに煌々と夜の世界を照らしていた。

「………まさか………」

 明の脳裏にいくつかの事項が浮かんで来る。


 初音が実家で十五夜を祝ったことが無いと言うこと。

 そもそも十五夜自体を初音が知らなかったこと。

 それなのに明の実家では十五夜を祝っていたこと。

 そして、毎年必ず父親が十五夜の時に家に居たこと。


 これらを組合わせると、初音の両親は何らかの理由で初音に十五夜を教えたくなかったことになる。
 それでいて部下である明の父親を家に帰らせていたことから、十五夜の夜には初音とその両親しか犬神家には居なかったと言うこと…。
 それはつまり…。


「…初音には秘密で、両親は十五夜を『愉しんでいた』…ってことか…」


 おそらく犬神の血筋は、満月に反応して興奮するのだろう。
 それにつけて今日は十五夜。
 団子を喰べて食欲を満たし、月を眺めて芸術を堪能する。
 そうなれば残すは…。


「明ぁ〜…」

 ハァハァと息を荒げ、爛々と目を輝かせる初音。

「わかったわかった…」

 明はそう呟き、残る『運動の秋』へ身を投じるのであった。



(了)
 おばんでございます烏羽です。
 今回のネタはとある方から『十五夜の月を見てムラムラして明を襲う初音』と言うネタ振りを受けたので書いて見ました(ぇ

 と言いつつも、改めて書いて見るとこう言うオチは懐かしい感じがしますねw
 たまにはこう言うのも書こうかな(ぇ

 それでは短い上にお約束なネタでしたが、楽しんで頂ければ幸いです。
 それでは〜。


〜追記〜

 この度、ちくわぶさん、亮太さんとともに同盟を共同運営することになりました。
 その名も『ザ・ハウンド同盟』!!
 ザ・ハウンド好きの、ザ・ハウンド好きによる、ザ・ハウンド好きの為の同盟ですっ。
 ザ・ハウンド好きの方は是非いらっしゃって下さいまし〜。

 ザ・ハウンド同盟

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