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やっとわかった気持ち

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    やっとわかった気持ち
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「また・・・・捜査ですか?」
「ウム。三宮長官のたっての頼みでネ」

ここは、特務機関バベルの局長執務室。
日本にいるエスパーの中でも、特に優れた能力を持った人間が所属する特務機関バベル。
さらに、そのトップが居座る、ある意味この国の頂点の一角である。
一部では、過保護全開なバベル局長の私的機関と揶揄されているとかいないとか。

とにかく、そのエスパーを束ねる組織の執務室で向かい合うノーマルが3人。
局長の桐壺と、特務エスパー現場運用主任の皆本二尉、そして桐壺の傍らに静かにたたずむ柏木一尉だ。
3人とも、表情は真剣そのもの。先ほどからシリアスな空気が流れていた・・・

だが、彼らの後ろでは

「だーいじょうぶだって! あたしがキッチリ守ってやるからさ!」
「危なくなったら、ウチがテレポートで逃がしたるから」
「そうそう。だから心配しなくてもいいわよ、皆本さん」

こちらからはひどく楽観的な声が聞こえた。
大人たちの思いを知ってか知らずか、いつもどおりワイワイと明るい
特務エスパー、ザ・チルドレンの3人娘だ。


3ヶ月ほど前から、この近辺では老若男女関係無くナイフのような鋭利な刃物で切りつける無差別殺傷事件が発生していた。
既に死者も何名かでているこの凶悪事件だが、不思議なことに目撃者が1人もいなかった。
警察もメンツをかけてずっと追っていたのだが、全く手がかりがないまま、犠牲者ばかり次々と増えていった。
そのため、背に腹は変えられぬと、バベルに捜査協力の依頼が来たのがつい先日のことだった。
姿かたちを残さず、警察の捜査すらかいくぐる犯人をなんとしても捕まえるため、彼らは紫穂のサイコメトリー能力に一縷の望みを託したのだ。

「紫穂、本当にいいのか?」
「何言ってるのよ、皆本さん。こういうときこそ私の出番じゃないの。」
「それは・・・そうなんだけどな・・・」

皆本は、紫穂が犯罪捜査に協力することに、いまだ難色をしめしていた。
たしかに、サイコメトリー能力は、犯罪捜査に適している。
だが、まだ大人になりきれていない彼女に人間の汚い部分を見せることは抵抗がある。
それにこれは前回とはわけが違う、本当の凶悪犯罪だ。

「大丈夫よ。パパの部下の人たちも来るし、第一、薫ちゃんと葵ちゃんがいれば
なにかあっても心配ないじゃない?」

いまだに納得がいかない顔をした皆本を見て、紫穂は微笑みながら言った。
心の不安が消えない皆本を少しでも安心させようという気持ちが伝わってきた。

相手に逆に気をつかわせていることに、皆本は大人として情けなさを感じた。
チルドレンの力があれば、大抵の危険は回避できる。それは確かに彼女の言うとおりだ。
万が一のことを考えては先に進むことはできない。
それならば、自分が今すべきことはいったいなんだ?
それは、彼女たちの成長を、能力、そして心を、その全てを信頼することだ。

「・・・・わかったよ」

皆本は腹を決めた。
中学生になったことで、彼女も人間的に成長しているし、彼女を支えてくれる仲間もいる。
もしいざとなったら、自分の身を引き換えにしてでも守ろう。



「・・・それに、皆本さんはパパが認めた唯一の男なんだし、信じてるわ。」

皆本が決意を新たにしたそのとき、なぜか突然、話が切り替わった。あやうく聞き逃すところだった。
紫穂の父親が・・・なんだって?

「パパったら、たまに皆本さんのこと気にかけてるのよ? ・・・これで、親公認の仲ね。」

そういって、紫穂はいたずらっ子のような、それでいて嬉しそうな顔で笑った。
紫穂の父親は、外見はたいそうな強面で仕事にも厳しい、絵にかいたような警察官僚なのだが、
その中身は“超”がつくほど娘想いの親バカである。

他人に認められて悪く思う人間はいない。普通なら喜ばしいことだ。
しかし、皆本にはそんなことを感じる余裕は無かった。

「皆本はん! 今度またウチの実家に一緒に行こや! ウチちゃんと言ったるから。
 『この人はウチのダーリンや』って!」

「皆本!! 今からかーちゃんとねーちゃんにハッキリ宣言しに行くぞ!
 『皆本はあたしのものだ』って!」

紫穂がそう言った瞬間、背中側にいる2体の獣が猛烈なプレッシャーを放っていた。

皆本は短いため息を吐いた。
こんなことで本当に大丈夫なのか、今からとっても不安だった。



* * * * * * * * * * 

一番最近事件が発生したのが3日前だった。
皆本と紫穂、そして薫と葵は、担当刑事2名と合流し、その現場に向かった。

そこは日本中どこにでもあるような商店街の一角だった。
手前からコンビニ、洋品店、雑貨屋などが立ち並び、向こうにはスーパー、八百屋などが見える。
どこからどうみても、平和な日常を絵にかいたような場所だった。

目の前にある「立入禁止」とかかれたカラーコーンと、いくつも供えられた花束を除けば。

紫穂は現場に着くやいなや、早速サイコメトリーを始めた。
物に宿る記憶は、残りやすいが霧散しやすい。
しかも、公共の場所だと、様々な人たちの記憶が上書きされるので、
重要な記憶が他の場所よりも埋もれやすいのだ。
読み取るのは早ければ早いほど良い。
紫穂は、リミッターを解除して最初から全力で透視を開始した。

「・・・・・・うん・・・女の人が倒れた・・・・獲物は・・・何も無いわ
 ・・・いきなり、首が切れてる」

なんとか発生当時の状況が読み取れたようだ

「でも、周りに人がいないわ。これじゃ、誰がやったかわからない・・・」

犯人は、どうやら見えない何かで攻撃しているらしい。それがなんなのかわからず、紫穂は首をかしげた。

「離れたところからか ・・・・・紫穂、傷口から血はでていたか?」

皆本は少し考えてから、紫穂にそう聞いた。傷が出来たら出血するのは当たり前だ。
何を当たり前のことを・・・と、そばにいた薫と葵は思った。
しかし、

「・・・・いいえ、出てない。少なくとも切られてしばらくは、出血がほとんど無いわ」

意外な答えだった。

「えぇ!? 切られたのに、血が出ないの?」
「なんやそれ?魔法かなにか?」

薫と葵が驚いて紫穂にたずねたが、

「そうか、やっぱり。」

皆本には予想どおりの答えだった。

「出血が少ないとなると、おそらくカマイタチだな。
 真空の刃を作り、高速で飛ばす。訓練しだいでは遠隔操作も可能だ。
 おそらく犯人は離れた場所からサイコキネシスでカマイタチを操っているんだろう。」



* * * * * * * * * * 


「なんか・・・悲鳴が聞こえたんで、ちょっと見にいったんですよ。
 そしたら女の人が、倒れてて、何か血がドクドク出てて・・・・」

カマイタチが遠隔操作されているとなると、目撃者がいないのも当然だ。
ならば捜査範囲を広げる必要がある。
しかし、闇雲に広げてもしょうがないし、それではこれまでと同じだ。それに紫穂が来た意味も無い。
そこで、方針を固めるため、担当刑事と一緒に、再度現場周辺の聞き込みを行うことにした。

最初に、現場近くのコンビニ店員に話を聞きに行った。
現場はコンビニの手前10m付近だった。
3日前のこの場所で、コンビニの前を通り過ぎた1人の女性が、突然、糸が切れたように倒れた。
深夜に近い時間だったため人通りは少なかったが、コンビニで雑誌を立ち読みしていた女性が突如悲鳴をあげた。
そのときアルバイトに入っていた店員は20代くらいの若い男性。
彼がちょうどレジの奥に引っ込んでいた時、その悲鳴が聞こえた
驚いて外に出たところ、何人もの人間がザワザワと騒いでいた。
はじめは何が起こったのかさっぱりわからなかったが、話を聞いてみると、どうやら誰かが倒れたらしい。
彼は、急病人が出たか、何かトラブルか、どっちにしても自分がバイトの時にそういうのはカンベンしてほしい、くらいに思っていたようだ。
多少ウンザリしながら、現場まで言ってみると、首元から血を流して女性が倒れていた。
女性は仰向けに倒れていて、意識が無いのは見てすぐわかった。
傷口は頚動脈の辺りから喉の声帯の部分までパックリと切られていて、その生々しさが彼の記憶に強烈に残ったのだという。

「なんとかしてくださいよ、刑事さん。僕までまきぞえなんてイヤですから・・・」

おどおどした口調で話す店員の若者。被害にあった女性よりも自分の身の安全が不安のようだ。
とかく現代人は、自分に降りかかる火の粉は精一杯払うくせに、他人のことになると途端に無関心になる。
それが隣人であってもだ。
だが、それも人間の一面だし、致し方ないと割り切って仕事をするのが警察だ。
担当刑事は若干顔をしかめつつ、お礼を言って店を出た。

「どうもありがとう」

店を出る前に、紫穂は去り際に店員と握手をした。
彼は何の疑いもなく、それに応じた。

彼がもう少し注意深ければ、あるいは気づいたかもしれない。
刑事と一緒に行動する女子中学生など、普段はお目にかかれないことを。

紫穂は、刑事の後を追うように店を出てきた。
外で皆本、薫、葵と合流し、十分距離が離れた商店街のはずれに停車している、バベルの特殊装甲車まで歩いて行き、中に入った。



「どうだった?」

ドアを閉めてすぐに、皆本が紫穂に訪ねた。
先ほど握手をしたときに、店員の彼の心を読んだのだ。

「彼、エスパーね。左耳のピアスがリミッターだわ。」
「え!?それじゃあ…」
「ううん。でも違うわ。能力のせいで読みにくいことは確かだけど、彼の証言に間違いはないわ。
 それに、能力もテレパスかなにかのESP系だし、レベルは・・・2か3ってところかしら?」

皆本たちは現場周辺を捜索しながら、関係者と思われる人間を片っ端からサイコメトリーしていく作戦にでた。
これは、それらの人物を疑うのではなく、記憶にあるけども本人が忘れてしまって、証言に出ていない事柄を調べるための行動だった。
人間は忘れる生き物である。
本人は嘘をついたつもりはなくても、強烈な何かを体験すると、それ以外の些細なことは、その場は覚えていてもすぐに忘れるものだ。
本人も警察も見逃していることといったら、そこに隠れている何かだろう・・・というのが皆本の考えだった。


「いきましょ!みんな。」

紫穂は水を得た魚のように生き生きとしていた。
この場は彼女の独壇場だし、仲間がいれば万が一も無いという絶対の自信があった。

皆本、薫、葵、そして2人の刑事も、紫穂について行くように歩きだした。



* * * * * * * * * * 


「いやあ〜、ウチからじゃよく見えねぇし、後から話聞いて知ったけど、
 そんときはもう寝ようかって時だから、寝ちまったよ」

2件目の八百屋の主人は、事件のことすら気づいてなかった。時間帯が深夜なのだから仕方がない。

「次の日でもいいんです。何か変わったこととか、気づいたことなどはありませんか?」

紫穂の傍らにいる刑事が訪ねた。

「う〜ん、そう言われてもねぇ・・・・
朝起きたら、救急車やパトカーがいっぱいでそれどころじゃなかったしなぁ」

これ以上聞いてもどうやらムダのようだ。
そう判断した彼らは、主人にお礼を言い、先ほどと同じように紫穂が握手をして、立ち去った。

「あの人もシロね。しゃべった以上のことは知らないわ。おまけにノーマルだし、関連性はないと思う。」


  ・
  ・
  ・
「あー、あの事件ね。TVで見た見た。ウチの近くだってねー。
 ちょうど寝てたからさー、知らないのよ。知ってたら見に行ったのに」

  ・
  ・
  ・
「事件? 知らねぇよそんなこたぁ! 
次の日の仕込みで精一杯なのにそんなの悠長に見に行ってられるか!!」

  ・
  ・
  ・
「うーん、知らないなぁ。友達の家に泊まりに行ってたから・・・・
 それより、キミ、かわいいねぇ・・・・どう? 今度僕の部屋に来ない? かわいいおもちゃがいっぱい・・・」

                                バキボキベキグキグシャッ・・・・


・・・・・といった具合に、捜査はその日の夜まで続いていった。




* * * * * * * * * 


「・・・・・・ふうっ! さすがにもう限界。これ以上は、今日は無理だわ。」

午後6:30。必死にサイコメトリーを続けていた紫穂がとうとう根を上げた。
うっすら汗をかき、軽い脱力感が全身をつつんでいる。
紫穂の経験上、これ以上は暴走する危険があると判断したようだ。

だが、紫穂の努力もむなしく、結果は芳しくなかった。
誰もが、警察に証言した以上のことを覚えておらず、思い出したとしても、関連性の無い事柄ばかりだった。

「今のところ一番怪しいのは、最後の雑貨ショップのオジサンね。思考がうまく読めなかったわ。
 エスパーなのは間違いないんだけど、能力がよくわからない。あっても3くらいだと思うんだけど・・・」

紫穂は悔しかった。
自分に任された役目、自分にしかできないことなのに、満足のいく結果が得られなかった。
能力だって成長しているはずなのに、それをもってしても、決定的な事象が読み取れない。
それではなんのためのレベル7の能力なのか。

紫穂のそんな思いを感じ取ったのか、皆本は紫穂に声をかける。

「紫穂・・・・一日で結果をだそうとするのは無茶だよ。こういうことは、じっくり調べることも必要なんだ。あせらなくていいんだよ。」
「でも! 私ができなければ、また犠牲者がでちゃう!」
「あせって判断を誤るよりは、じっくり確実に。そういうもんさ。キミの能力はとっても優れているよ。相手が恐ろしく狡猾なだけだ。大丈夫、僕は信じてるから。」

皆本はそう言って紫穂の頭を優しくなでた。

皆本の言うとおりだった。
レベル7のサイコメトリーでわからないことはないはずだ。
しかし、実際の現場では役に立っていない。
そのことで、焦燥感を感じていた。
顔には出さないがイライラしていたのだ。
皆本はそれに気づいていた。だから彼女を諌めた。

紫穂は優しくなでられるまま、身を任せていた。
皆本の手が触れている部分が暖かい。
先ほどまでの焦燥感が薄らいでいく。
心がだんだん落ち着いてきた。

「・・・うん、わかった。 ありがとう、皆本さん」

紫穂は微笑んだ。
自分で言うのもなんだが、これまでで会心の笑みだったと思う。
いつか、この笑顔で悩殺してやろう。
頭のどこかでうっすらとそう思った。



 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
「じゃあ、今日のところはここまでだ。帰ろうか。」

捜査の続きは次の日に持ち越された。
担当刑事と、軽く打ち合わせをして、今日のところは引き上げることになった。

「ふあ〜〜〜〜、なーんか神経張り詰めてるだけで、つかれちゃったなー」
「そやな〜、はよ帰って、夕飯食べようや」

薫と葵が、真っ先に装甲車に乗り込んだ。

「紫穂〜、お前も早く来〜い」

皆本は10mほど離れた場所にいる紫穂に呼びかけた。

「は〜い、今行くわ。ちょっと待ってて〜」

紫穂は、最後に現場をもう一度サイコメトリーして、発生状況を確認しようとしていた。


薫と葵は既に装甲車に乗り込んでいた。
皆本は視線を彼女ら2人に向けていた。
紫穂は、サイコメトリーに集中するため、うつむいて、目を閉じていた。




・・・・瞬間。本当に一瞬だった。

紫穂の姿がその場から消えた。
皆本が視線を紫穂に戻したときは、もうそこに誰もいなかった。

「!! ・・・紫穂!? おい、どこだ!!」

皆本のあわてた声を聞いて、薫と葵が外に出た。

「紫穂!! おい!返事をしてくれっ!!」

3人は紫穂のいた場所に駆けつけた。
そこには、指輪型の紫穂のリミッターが転がっていた。
これでは、発信機で場所を特定することもできない。

最悪のケースが皆本の頭を横切る。
頭をブンブンと横に振り、それを振り払うように、3人は必死に紫穂を探した。









・・・・ここはどこだろう
・・・薄暗い・・・息苦しい・・・口元がふさがれている
手?・・・大きな手・・・男の手だ
今自分は・・・・仰向けで倒れている
その上に・・・・誰かが乗って・・・・口を塞いでる

紫穂は、突然の場面移動によって、多少混乱していたが、必死に自分の状況確認に努めた。
どうやら、何者かに馬乗りで押さえつけられているようだ。
場所は、どこかの路地・・・・いや、店と店との隙間の暗がりだろうか。
少なくとも、外からは見えない死角だろう。

紫穂は押さえつけている男の顔を見ようと、視線を上に向けた。
太陽を背にしているため、逆光でよく見えない。
目を細めて光の量を調節し、何とか顔を見ようとした。
そこにいたのは、

「よう、気がついたかい?」

(あ!・・・・あなたは!?)

馬乗りの男は、一番最初に立ち寄ったコンビニの店員だった。
だが、今朝会った彼の顔とはずいぶんと印象が違った。
眉間にしわが寄り、目は大きく見開かれ、オドオドとした表情はどこにも無かった。
口元は両端が釣りあがり、ニヤニヤとした厭らしい笑みを浮かべている。
まるで別人のようだ。

人物像を読み違えたのか?
いや、あのとき自分は全力でサイコメトリーを使った。
レベル7に隠しきれることなどないはずだ。
だが、今目の前にいる人間はいったいなんだ。
心の内にこのような狂気を隠していたとは、予想だにしていなかった。
だからこそ、本日最後のサイコメトリーに集中していたのだ。

「あんたぁ・・・特務エスパーなんだよなぁぁ。
他の能力ならどーでもいいけど、ソレはダメだよ、ソレはぁ」

心を恐怖でわしづかみにするような声。
目の前の青年から発している声とは思えない。
もっとその奥にいる悪魔か何かが喋っているように感じた。
そのくらい、今の紫穂は錯乱し、恐怖を感じていた。

「たいていのサイコメトリーは防げるけどよぉ、噂のレベル7相手だとぉぉ、
 万が一ってぇこともあるからなぁぁ、かわいそーだが・・・」

男の右手が高々と上げられる。
5本の指をまっすぐ伸ばし、ちょうど手の平で刃物のような形を作った。
それぞれの指先から1cmほど離れた空間がわずかに揺らめいている。
空気の密度差によって、向こうの景色がズレて見える。
どうやら指の先に真空の刃を作り上げたようだ。

「恨むんならぁ、こーんなとこに連れてきた、あのおにーさん達を恨みなぁぁ」

男の目がカッと大きく見開かれた。

(殺られる!)






こんなところで死ぬの!?
まだやりたいこと一杯あった
せっかく中学校に行けたのに
薫ちゃんと葵ちゃんと、一緒に住めて、一緒に学校行って
いつもとっても楽しいのに


皆本さん・・・・
私たちに居場所をくれた人
私と手をつないでくれる人
私を普通の女の子として見てくれる人
あの人の前だと、私は自分を着飾らなくて済む
あの人がいるから、薫ちゃんも、葵ちゃんも・・・・私もここにいたいと思ってる
あの人があったかいから・・・・
いつも触れていたいから・・・・


あぁ、これが“好き”って気持ちなんだ
こんな時にわかるなんて
走馬灯なんてウソじゃない
今までのことなんて思い出せない
これからもっと出来たはずのことばかり浮かんじゃう


悔しいなぁ
2人きりでデートしたかった
映画を見て、食事して、腕を組んで歩いて
もっと・・・もっと・・・甘えたかった・・・・



イヤだ
イヤだよ
死にたくない
もっとあなたに甘えていたい


助けて
皆本さん・・・助けて
もっと生きていたい
助けて! 助けてよ!!



いやあああぁぁぁぁっ!!!






突然、体が横に引っ張られた。
体全体が紫穂の意に反して移動した。
皆本が紫穂を体ごと引き寄せたのだ。
紫穂の顔は皆本の胸に、皆本の手が紫穂の背中と頭に回され、2人の体が密着する。
端から見れば、皆本が紫穂を力いっぱい抱き締めている状態になった。

だがそんなことにはかまわず、皆本は男を睨みつけていた。
視線の先では、犯人が薫のサイコキネシスで壁に叩きつけられていた。
まさしく電光石火。あっという間に全ては終わっていた。

紫穂はホッと息を吐いた。
こわばっていた体からドッと力が抜けた。
今のは本当に危なかった。もうダメかと思った。
人が人を殺す場面は知っているはずなのに、いざそれが自分に降りかかってくると、こんなに何もできないものなのか。今更ながらに、自分の非力さを実感した。
だからこそ紫穂は薫や皆本に依存しているのだし、それは紫穂自身もよくわかっていた。


「平気か?」
「うん、大丈夫。」

そう言って、皆本から身体を離し立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。
ガクガクと震えるばかりだ。

「あれ? えっ?」

おかしい。身体がいうことをきかない。思い通りに動かない。
今頃になって身体が恐怖を感じて、動けなくなっていた。
そして、

・・・ポロッ・・・・

紫穂の右目から、涙が一筋、頬を伝い地面に落ちた。

「え? あ・・・え!? なっ・・・なに?」

自分に何が起こったか理解する前に、紫穂の両目から、次から次へと涙が溢れ出て来た。

「あ・・・れ? あの・・・わたし・・・こんな・・・その・・あの・・・
 ・・・・グスッ・・・おかしいな・・・なんで、こんな・・・
 ヒック・・・・いつもの・・・ことなのに・・・なんで・・・グスッ・・・」

もうだめだ。
そう思うやいなや、紫穂は皆本の胸に飛び込んだ!

「うぅぅ、うああああああぁぁぁーーー!!!!」

こんなに大声を上げて、涙を流す紫穂は始めて見た。
それほどまでに怖かったのだろう。
皆本は、紫穂の頭を優しく胸の中へ抱きいれた

「怖かった! 怖かったよぉ!!」
「あぁ、怖かった。良く頑張ったね、紫穂。もう大丈夫だよ」

皆本は、こわれものを扱うように、優しく、優しく抱きしめた。
手足が伸びて、外見だけ大人に近づいても、やはり彼女は女の子だ。
やはり自分が守っていこう。
どんな未来が待っていようと、自分だけは味方でいよう。
どんな障害があっても、かならず守る。
ずっと、いつまでも。

たとえ彼女に殺されることになったとしても・・・・


皆本に抱きしめられている紫穂を見て、普段なら邪魔をするはずの薫と葵だが、あんなにボロボロと涙をこぼして本気で泣く紫穂を初めて見て、何も言えなくなってしまった。
2人は、皆本と紫穂が重なったシルエットをずっと見続けていた。



* * * * * * * * * * 

「彼は多重人格症でした。主人格である人物が、記憶と能力を全て制御していて、従属人格は、主人格が記憶していることも、能力も、何も知らなかったようです。サイコメトリーをしても、読み取ることができなかったのは、脳の回路が切り離されていたためですね。」

皆本は、バベルの局長執務室で今回の事件を報告した。
犯人の男は、従属人格がコンビニの店員としてアルバイトをしており、主人格がその金で遊びあるいていたという。
事件のあった日、彼はバイトがあったにもかかわらず、何でも言うことを聞く後輩のバイト仲間とシフトを交代し、獲物を物色していた。
そして、被害女性がコンビニの前を通過したとき、カマイタチで首元を切りつけた。
そのとき彼は向かいのビルの屋上にいた。
直線距離にして100m以上離れているカマイタチを自在に操るのだから、恐るべき能力である。
そして、犯行の記憶はアルバイトをしていた記憶にすりかえて従属人格に植え付け、後輩のバイトともう一度シフトを交代したのだ。

「うむ、ごくろう。
しかし・・・・こうなると、今後捜査に向かわせるのは考えものだねぇ・・・・」

桐壺局長も、もともと警察の捜査にチルドレンを向かわせるのは反対だったのだが、立場上、警察へは全面的に協力をせざるを得なかった。
だが、今回のように死と隣り合わせの状況がありえるとなると話は別だ。
これを口実に、今後一切の捜査協力を断ろうかと考え始めた。

「局長・・・・」

一度覚悟を決めたはずの皆本も、今回のことで決心が揺らぎそうだった。
そうやって男達が頭を悩ませていると、

「だめよ、断っちゃ」

皆本の後ろから声がした。
そこには紫穂と、薫、葵が立っていた。

「これからも捜査協力は続けるべきだわ。サイコメトリーはこういうときに使うものよ」

笑みを浮かべながら、紫穂は男達2人に言い放った。

「紫穂! しかしそれは・・・」

キミを傷つけたくはない。
親バカといわれようと、過保護といわれようと、それだけは譲れないんだ!

そういった皆本の思考を読んだのか、間髪いれず、紫穂は皆本の胸の中にダイブした。

「だって、守ってくれるんでしょ? ずーーーーっと、私のこと!!」

そう言って、胸元から皆本の顔を見上げ、にこっと嬉しそうに笑った。

皆本はあっけにとられた。あのときの一瞬の思考が読まれてしまっていたのだ。
今自分が思い返しても恥ずかしい、自分の本心を。
なんて抜け目の無い子だろう、この子は。

ならばきちんと言ってやろう。
皆本は紫穂の目を見返して

「あぁ、ずっと、守ってあげるよ」

そう言って、照れながら微笑んだ。














「み〜な〜も〜とぉぉぉ〜」

地の底から這い出てきたような声が聞こえる

「あたしには、そんな優しい言葉をかけないくせにぃぃぃ、おまえってやつわぁぁぁぁ」
「皆本はぁぁん、ウチのことも守ってくれるんやろぉぉぉ その手でギュってなぁぁぁぁ」

皆本は、ギギギギっと首を後ろに回して振り返り見た。

・・・・・そこには瘴気を放つ鬼が2体いた。


その後、彼がどうなったか。
彼がバベルに出社してきたのは、それから3日後だった。
その3日間になにがあったか、彼は虚ろな目をするばかりで何も語ろうとはしなかった。


(うふっ♪ イヤだって言っても、ずーっとそばにいてあげるからね♪)
そんな皆本を見ながら紫穂はいつまでも微笑んでいた。

中学生編第2弾。三宮紫穂です。
普段は、いくぶん斜に構えている彼女ですが、それは弱さの裏返し。
皆本にはそういった弱さもさらけだし、やっぱり好きなんだと、今の自分の気持ちを再確認します。
皆本は何があっても彼女達の味方だし、ずっと守ってあげたいと思っています。
そういう思いあう心が、未来を救うことにつながるんじゃないでしょうか。


・・・・とまあ色々言ってますが、皆本に本気で抱きつく紫穂と、それにやさしくする皆本が書きたかっただけです
((^。^;)ノ

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