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横島忠夫の超常事件簿シリーズ・美神令子の葬送『二話』

【二話】





横島は魔女の哄笑が一段落つくのを見計らってから声をかけた。

「そういう風に哂ってると、お宅の娘さんそっくりっスよ・・・・・・全身から滲み出る邪悪さとかが」

珍しく美智恵を揶揄するような言葉を付け加えたのは、いい加減話を進めたいという遠まわしな催促だったのかもしれない。

ボソっと横島が言った言葉に美智恵は魔女の表情を凍らせた。
自分でも思うところがあるのか、小さく呟く。

「・・・・・・意外と言うわね。横島君」

美智恵の言葉を横島は何気ない顔で聞き流した。





「横島君、『B.A.B.E.L』(バベル)って名前、聞いたことあるかしら」

「バベル?」

横島がその言葉で思い浮かべたのは三つの僕を従えた超能力少年だった。

「あ〜最近はよーわからん秘密結社の首領になってますね・・・・・・」

お約束のボケ。
最近ではジャイアントなロボを操る少年と敵対しているらしい。

「そっちじゃないわよ・・・・・・GSだったらせめて『旧約聖書の奴ですか?』くらい言いなさい」

呆れた顔で美智恵は言う。

ちなみに美智恵が言ったのは、南極にあった塔のことでもなく、元はバビロニアの神話に出てくる天まで届く塔のことだ。
大雑把に言うと世界中の人が協力して神様の領域まで届くバカ高い塔を作ってしまい、「人間の癖に生意気だッ!!」と神様にキレられて壊されてしまったと言うお話である。

「いや〜〜〜、俺って肉体労働専門で、そっちの方はとんとサッパリなんです・・・・・・」

バツの悪そうに横島は視線を逸らし、ポリポリと頬を掻く。
GSになってからまだ一年もたっていない横島にとって、オカルトに関する知識は実際にかかわった事件についてのものばかりしかない。
一応師匠になるはずの令子の方もやる気のない弟子にあえて教えることはなかった。

霊能者ならだれでも知っているようなことを今だに横島が知らないのは、教わらない本人と教えない令子が悪いだけだった。

「まあ、バベルが表舞台に出始めたのはほんの数ヶ月くらい前だから横島君が知らなくてもおかしくないわね」

「それが今回のことに関係あるんですか? なら早く教えてくださいよ。そのバベルってなんなんすか?」





超能力支援開発研究局本部、通称『B.A.B.E.L』(バベル)。
戦後から存在する政府直属の超能力者への対策機関のことだ。
活動内容は超能力者の社会支援と解析研究であり、日本の超能力者を管理抑制する大本でもある。
実働員に特務エスパーと呼ばれる高レベルのエスパーを擁するそれなりの規模の組織。

と、簡単にバベルについて美智恵は語る。

「そうね・・・・・・超能力関係する問題を一手に引き受ける組織ってところかしら。 元はESPの研究機関だし、今までバベルが関わるよう

なものは、大掛かりな事故救助とか超能力者の犯罪者の拘束とかだけだったんだけど・・・・・・」

「今までってことはこれからは違うんですか?」

美智恵は腕に抱いた我が子に視線を落した。
ため息を一つ吐き、言いずらそうに語りだす。

「・・・・・・アシュタロスがコスモモプロセッサの発動した後、世界中で広範囲に渉る霊障が起きたでしょう。その影響なのかはまだよくわか

っていないけど、あの事件以後、潜在的なエスパーだった人たちがその能力を急速に開花させはじめたの」

アシュタロスの名を出した瞬間、向かい合っている横島の表情がほんの一瞬、強張ったのに美智恵は気づいた。

「・・・・・・それで?」

何でもないかのように話を催促する横島に、美智恵は罪悪感を感じる。

あの事件によって横島の胸の裡には自分ではどうしようもないキズがある。
それが消えるには相応の時間かそれに匹敵するような何かが必要なのだろう。

(なんだかんだ言って、今回の件で、また彼に返しきれない借りを作りそうね)

美智恵は苦いものを飲み込むように言った。

「大半の人はそれこそスプーンを曲げる様なものや神経衰弱で百発百中程度の大したことないものばかりだけど、ごく稀にとんでもない能力を得た人だっているわ・・・・・・うちの主人も似た様なものなんだけどね」

夫の公彦は交通事故で死に掛け九死に一生を得たが、余分なおまけとして自分でも制御しきれない精神感応(テレパス)を得た。
どんな人間の心でも勝手に聴こえてしまうため普通の社会生活は送れず、今は南米に住居を構えて昆虫学のフィールドワークに勤しんでいる。

余談だが公彦は自分の妻が不治の病で入院している最中(おそらくは時間移動をするための偽装だが)、母親を心配する娘に激しく昆虫について語るけっこうズレた人間だったりする。

令子が父親を嫌っている理由のうち、能力を理由に自分から遠ざかっていたことよりも公彦自身のそのズレた性格の方についての方が大きいのかもしれない。

「それにひのめの様に生まれついてとんでもない能力を持っている子も確認されだしたわ・・・・・・専門家の意見ではこれは一過性のことではなく、今後も増加していく可能性が高いみたいよ」


「・・・・・・それはちっと怖いですね」

そこではじめて横島はまじめな顔で頷く。
今まで美智恵の言葉を聞き、超能力者が増えることについて考えていたのだ。
横島は実際に超能力ベイビーであるひのめがぐずって東京を火の海に変えかけたのを止めた当事者である。
ひのめのパイロキネシスに身を焼かれることで炎が生きてる恐ろしさを味わった。

横島の頭の中では赤ん坊の癇癪でビルが倒壊し、夜鳴きの声がテレパスで近所中に伝わってしまい、ミルクを求めた乳児が空を飛び、それ

を母親が追いかける・・・・・・そんな光景が目蓋の裏に思い浮かんでいた。

(赤ん坊の面倒を見るのが命がけとは・・・・・・マジで世も末やな)

近未来の育児の大変さを思い、自分の経験と合わせてシミジミと頷いた。

横島が頷く様子を見ていた美智恵は重々しい雰囲気で語る。

「この現象を重く見た政府は、将来に渡って増加するエスパーへの対策として、バベルの権限を拡大させることで対応することにしたわ・・・・・・その手始めに日本における超常犯罪の捜査・逮捕権を一切合財バベルに預けるつもりらしいわ」

そう言った美智恵の眼は完全に据わっていた。

「うち(オカルトGメン)を差し置いてね」

その顔は同業者に自分の仕事を盗られて怒っている令子そっくりだった。


  
オカルトGメンは国際刑事警察機構、通称『ICPO』の一部門として設立されていた。
ICPOは国際犯罪や国際犯罪者などの情報収集や各国警察機構との連絡機関を業務としている組織である。
本来は国際犯罪に関する情報を集め、各国の警察機構に送るのが仕事だ。
実際に犯罪捜査などをするのは地元の警察でありICPOではない。

「・・・・・・ん?」

そこまで聞いた横島は疑問に思ったことを口に出す。

「あの、オカルトGメンって普通に犯罪捜査とかしてたじゃないですか・・・・・・西条のヤローが美神さんスカウトしたり、シロとタマモのコスプレさせてたりして」

令子はともかく、外見が中学生程度のシロとタマモのコスプレは公的機関として問題があるような気がする。
路上にコスプレさせた中学生(外見だけ)を這わせている光景は「ロリコンじゃない」と断言する横島にそれなりの感慨を与えていたのだ。

横島の発言に美智恵はビシッと指を立てた。

「そう、そこなのよ」

「そこ?」

「その犯罪捜査が今回の問題なのよ」

渋い顔をした美智恵は問題点を語った。

「今までオカルトGメンが犯罪捜査・・・・・・超常犯罪の逮捕権を持っているのはオカルトGメン以外に超常犯罪を取り締まれる公的な組織がなかったからなの」

オカルトを使った犯罪は有史以来数限りなくあった。

日本の平安時代などは呪殺による暗殺が横行していたし、欧州の方では教会による異教狩りや魔女裁判が有名だろう。
超常的な力の恐ろしさをしる当時の権力者達が宗教を庇護または弾圧するのはそれが深く関わっていた。
オカルトは時代によってその立場を変えていくことになる。
近代化が進むにつれ、異能は表舞台から少しずつ消え、自身以外の異端を狩っていた様々な宗教も政治と宗教が分離することでその権限をしだいに失っていく。

そして現代になると・・・・・・

「オカルト関係は民間が主流になり、国家として霊能者を抱え込んでるのなんて、一部の宗教と結びついているところくらいかしら」

近年、文明の発達により国家間をまたぐ超常犯罪が起きるようになると、一般の警察では解決が困難になった。
国際的な超常犯罪に対して連絡組織であるICPOがどれほど頑張っても一般の警察では対処しきれず民間のGSに任せてしまうこともザラだった。
警察が対処出来ないからといって、解決すべき事件を民間に任せるのは、組織のメンツを潰すことでもある。

「そのことを重く見たICPOは専門部署の設立とその道のスペシャリストの確保を始めたわ」

美智恵が眼を細め、懐かしそうに語る。

「当時フリーのGSとして諸外国で活動してた私がスカウトされ、WHOに所属していた十字さん、コメリカのグリシャム大佐を中心に組織作りが始まって、長い年月をかけて今の形にまでなった」

法的整備と人員の育成、捜査や訓練のノウハウの作成・・・・・・一からの状態でオカルトGメンを立ち上げるため、美智恵は全力を尽くした。
全く新しい組織作りは困難を極め、規模の大きさから成功するのか疑問視もされてもいた。
なんとか各国の政府から、支部の設立された国内限定で超常犯罪における逮捕・捜査権をICPOに委任され、現在のように特殊能力を持った上級隊員が超常現象に対する訓練を積んだ隊員を指揮しするエキスパート・チーム式のスタイルが完成されていった。

人員や各国のオカルト事情により活動が完全に上手くいっているとは言えないが、きちんと実績は上がってもいる。

「それなのに今回のバベルの拡大に伴って政府は近々オカルトGメン日本支部から国内における超常犯罪捜査権を取り上げてるつもりなのよ!!」



忌々しげに美智恵は拳を握った。
うっ血するほど強く握りこまれた拳からはその怒りの大きさが半端ではないことが見て取れる。
超常犯罪のプロフェッショナルであるオカルトGメンが蚊帳の外に置かれ、後から出てきた組織が大手を振って活動する。

令子ほどでもないが美智恵も屈辱は最低でも100倍返しする性質だ。

「現在、政府は超常犯罪対策の予行なのか、霊的事象を含まない事件に関してバベルに超常犯罪の捜査権を貸与しているのよ・・・・・・その所為で失踪したのは霊能者である令子なのだけれど、心霊事件性が薄いから事件の捜査はバベルの管轄なったわ」

胸に渦巻く何も出来ないことに対する歯がゆさ。
娘を心配する親の心と自身のつくり上げた組織の危機。
実際、今回のオカルトGメンとバベルの捜査・逮捕権問題について内務省や警察庁、ICPOや国会の思惑が絡んでいる。

昨今の超能力者の増加やアシュタロス事件によって起こった霊障への対策。
権力闘争や組織としての矜持も関わってどこも引くに引けない状態になってしまった。
バベルの拡大を進めたい者、それを阻みたい者、オカルトGメンを疎んでいる者、必要としている者。
様々な思惑が交錯し、どの組織も下手に動くと何が起こるかわからないためにいままでこれといった行動を起こせずにいたのだが。

そんな動くに動けないに状況を一変させる事件が発生してしまった。

「それがオカルトGメンの幹部である私の娘の失踪事件。現在、事件を捜査しているバベルが無事解決できたなら拡大を進め、将来的には霊能者も彼らの管轄になるでしょう。逆に失敗した場合、要人の身内が関わる、対外的には重大事件を解決できなかったバベルはその責任を問われて何らかのペナルティを科せられるわ・・・・・・急な改革に対してはストップがかかり、超常犯罪に関してはオカルトGメンが今までと変わりなく対処することになるわね」

美智恵にしてみれば今上げた二つの結果はどちらも悪いものになる。
前者は心血を注いだ組織のメンツが潰され、後者は最悪の場合、娘の命に関わるだろう。
このまま手をこまねいていればどちらかはかならず起きてしまうのは分かってはいるのだ。

令子の誘拐そのものより、それを取り巻く環境が危険な状態なのである。

「事件を解決する側がこんなんじゃ、どんな事件だって迷宮入りしかねないわね」

美智恵は重苦しい雰囲気を吐き出すかのようにため息を吐いた。





令子が誘拐されただけでも横島にとっては十分大事だったが、さらに日本のお役所同士のゴタゴタを聞かされてげんなりしていた。
そんな横島に美智恵は言う。

「今日、貴方を尾行していたのはバベルか公安か、はたまた内調(内閣情報調査室)のどれかしらね・・・・・・もしかしたら全部かもしれないわ」

ちょっとした伝言を伝えるような気安さで美智恵は横島に尾行者がどれかの、或いは全ての組織だったかもしれないことを告げた。
横島の顔が青くなる。

「あ、えーと。聞くだけでヤバそうな方々が僕のよーなごく平凡なアルバイト学生をマークしているんでしょうか?」

横島にはまだ理解できなかった。

「ホントになんで俺が尾行られるスか!?」

別に横島忠夫という男は希少な霊能を持つだけの学生だ。
令子とは関係があるが色んな意味で危ない組織群から注目されるにしてはいささか理由が弱い。
なぜか美智恵は申し訳なさそうな、それでいて面白がっているような曖昧な笑みを浮かべる。

「・・・・・・今、各組織において重要なのはどこが事件を解決するかなのよ」

「・・・・・・だからそれと俺にいったい何の関係があるんです?」

本当にわけがわからんといった様子の横島。
ただ自分の肝心な時に役にたたない霊感が16ビートでガンガン警告を鳴らしている。
正直、文珠でこの場から逃げようかと考え始めていた。

「公的に日本支部のオカルトGメンは捜査権がないのよ」

美智恵はヤクザ者が素人さんに因果を含めるよう言った。

「でも、事件そのものは香港も絡んでいるから、それを強引に解釈すれば日本支部以外のオカルトGメンの捜査官は動けるわね・・・・・・例えばICPOの本部に所属するひととか」

美智恵は笑顔を浮かべた。
朗らかで裏のない、澄み切った笑顔。
純粋無垢な極上の笑顔だった。
そう、幼子が無慈悲に昆虫の手足を千切って遊ぶような、残酷さに溢れたもの。

横島の経験上、このような笑みを浮かべる類の人間は二種類しかない。
本当に裏がない六道冥子のような人間か、目の前にいる女傑のように裏がありすぎて表がないような人間のどちらかだ。
背筋に奔った寒気を無視して横島は尋ねる。

「・・・・・・日本支部以外のオカルトGメンって・・・・・・なんかアテはあるんですか?」

「ええ、ちょうど日本にはICPO本部付きの捜査官が一人だけいるのよ」

「一体誰ですか? 西条の野郎ですか?」

横島の問いにゆっくりと美智恵は首を横に振る。

「目の前にいるわよ」

ニコニコと哂う美智恵。

「・・・・・・?」

美智恵の目の前には横島しかいない。
横島はその意味を理解したが了解はしたくなかった。
意識が半分どこかへ逝きかけてはいたが、耳が絶望的な言葉を聞き取ってしまう。

「まだ貴方は公式的にICPO本部付きの潜入捜査官ってことになっているから」

思考がフリーズ状態の横島には美智恵の言葉が死刑執行の号令に聞こえた。





【続く】
二ヶ月もたってやっとプロローグが終わりました!
いつのまにか夏も終わって秋に入ってるし・・・・・・次は一週間後くらいに三話をだせたらいいなぁ・・・・・・

これで次回からは捜査編に入ります。
設定は作中で少し出していくので、オカルトGメンとバベルがどういう関係なのかは次回に持ち越し。ちょっとシリアスとギャグの境目が曖昧なのは会話ばかりで動きがないからです。
やっぱり、会話シーンは難しいですね。

まだまだ先の見えないお話ですが長い気持ちでお付き合いください。

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