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【夏企画】さくらんぼ娘はうっふん



「どうしたんですか、横島さん?」

「え、あーいやなんでもない! うんなんでもないよ? ナンデモナイヨー」

 そう答えたはいいけれど、横島は迷っていた。池袋の街頭で、良くもない頭をさんざ急回転させて考えていた。

(今見えたピンクのって、おキヌちゃんの乳首だよなっ?!)

 この所猛暑が続いたせいもあろう。お買い物につきあってください、という声に振り返ったときに目に飛び込んできた −後ろに纏め流した髪からのぞくうなじと撫でた肩、キャミソールにショートパンツだけといった、普段あまり見かけることのない− おキヌの大胆な粧いは、飛びつきたい衝動にすら駆られるほど普段見られないおキヌの魅力を引き出している。
 横島は必死に、おキヌにセクハラしたら終わりだしだとか呟いて誤魔化していた、のだが。
 
(最近はそういうのがはやってるんか? それとも単におキヌちゃんが忘れただけ? でもそれって忘れるもんなのか?)
 
 ヌーブラをつけるつもりでつけ忘れたとか、つけてるけど見えちゃうとか、考えられる選択肢としては他にもいくつかある。どれも可能性としてはあるような気もするし、全くない気もする。しばらく考え通していても、納得のいく答えは浮かんでこない。詰まるところ女性のファッションにうとい横島には、まるっきり判別出来ないのだ。
 おキヌになんで?と問いかける訳にもいかないし、見えてますよおキヌさんなどと注意したとしてとして、その後どうしろというのだろうか。だけどそのままでもとても、とーっても不味いのは疑いない。
 それが証拠に、自分の隣のおキヌに集まる熱いというか暑い視線の多いこと多いこと。別にCHIKUBIの件がばれているのでもないだろうけれど。

(せめて夏用の、薄手なカーディガンでも着てくれりゃなあ……)

 別にカットソーなどでもかまわないのだろうが、この際優先すべき事項はとにかく上に何か羽織ってもらうこと、その一点につきる。給料も出たばかり、確か財布にはうん千円くらいは入っていた。横島にしては大金である。

「おキヌちゃん、喫茶店入らない?」

 唐突な横島の呼びかけに、おキヌはきょとんとしていた。まだ買い物も一段落した訳でないし、いくら暑いとはいえ休憩を入れるにはいささか早い。

「え、でもお買い物まだ半分も終わってないですよ? 後美神さんに頼まれた厄……」

「いいからさ、ね」

「あ、ちょっと……」

 空いている右手でおキヌを強引に引っ張っていく。わずかな抵抗を見せたおキヌも、すぐに大人しくなってされるがままになっていた。

(北風と太陽さん作戦、とりあえずロールアウト出来たようだ……!)

 横島の考えは、とにかくおキヌの体を冷やして寒がらせ、上着が欲しいと自分から言わせることだった。そうすれば上着をプレゼントすることも不自然ではないし、おキヌのコーディネイトにケチをつける形にもならない。なんたって今日の粧いが可愛いことは疑いないのだ。

(ふははは、完璧な作戦だっ!!)

 と、この時点では思っていたのだが。それがあんなことになるとは、横島には想像もつかなかったのである。



☆☆☆



「お二人様ですか?」

「はい」

 横島は手近な喫茶店に駆け込んでいた。このところ街に筍のごとく乱立する様々なスタイルの喫茶店を見つけるのは手間のかかることではない。

「すみませんー、クーラー故障してて。ちょっと暑いですけどよろしいでしょうか?」

「ありゃ。じゃあ申し訳ないんですが」

 おキヌを寒がらせるために店に入ろうとしているのに、暑いんじゃあ仕方ない。横島は又隣ほどにある別の店に入った。

「暑くってね、クーラーの効いたところがあるといいんだけど……」

「すみませんお客様、空いているのはテラス席しかないんですが……」

 指し示されたテラスにはさんさんと健康的な陽射しが降り注いでいた。夏を楽しむ人たちでごった返している。普段ならそこでも全然かまわないのだろうが、今日に限ってはそこでは不味い。

「あ、じゃあ結構です。おキヌちゃん、別の店いくよ」

「え? は、はい」

 休憩するなら別にここでもいいのに、と頭をひねる。おキヌにはどういうことかさっぱり理解出来ないが、頭に疑問符を貼り付けながらもともかく後をついて行く。横島と一緒にいられるのならいいやという、乙女心の発露であったのかもしれないが、しかし行くところ行くところ、横島の作戦を阻むように立ちふさがってきたのである。

「すみません、今日はご覧の通りお相撲さんがたでいっぱいになっておりまして……」

「「「「ごっっつあんですっ」」」」

「ええいあほかっ!!」

 また早歩きで別のところへ。
 
「暑いときには暑いモノ! 本日のおすすめは鍋焼きうどんです!!」

「ふざけんなお前っ!!」

 いやそりゃ確かに間違っちゃいないけども。

「本日ペット同伴デーとなります!」

「ワンワンワン!」「うにゃー」 ×30くらい。猫鍋もあった。

「もんのすごく可愛いんだけど毛皮が暑いな、おい」

 動物好きなおキヌが後ろ髪を引かれていたが、目的があるので却下。

「申し訳ございません。本日ドラマの撮影で織田裕○様、松岡○造様、み○もんた様がいらしておりまして」

「なんつー暑苦しいメンバー」

 仮にお店が貸し切りでなくてもお断りである。つーかどんなドラマ作るつもりなんだろう。

「本日はオフ会のお客様方でいっぱいでして……」

「別の意味で暑苦しいなあ……」

 ここは有明でもビックサイトでもないが乙女ロードというモノがあってですね以下略。ある意味でおキヌが喜びそうなモノが揃ってはいるが横島に案内する気はさらさらない。てかしたくない。

「ふう……。歩き回ったせいか、暑いですねえ」

 気づけばおキヌがキャミソールを引っかけて、胸元を手で扇いでいた。すっきりしたうなじに流れる汗、しっとりした谷間に横島は目を奪われる。

「それらめぇぇぇぇぇぇえっ、おキヌちゃん!!」

「えっ?」

「とにかくこっち!」
 
 横島は休憩できる店を探して、どんどん裏通りに入っていく。おキヌを寒がらせるために空いてるお店を探したかったし、人目に付くところから遠ざけるという点では正解だった。

「あ、あそこのお店に入ろうよ」

 裏通りに密やかにたたずむ店があった。横島はその小さな店に駆け込んでいく。

「お二人様ですか? こちらへどうぞ」

「空いてるって、おキヌちゃーん」

「空いてましたか。よかったですねぇ」
 
 横島の笑顔に、おキヌもほほえみ返す。二人は早速入店し、テーブルを囲んでメニューを開いたが

「……あの横島さん、ちょっと寒くないですか?」

「そう? (ふふふ、この店が見つかったのはまさに天祐!)」

 店の名前は喫茶シロクマ。北極の涼しさを池袋で!という売り文句が看板に踊っていた。メニューにはかき氷とアイス珈琲しか載ってない。

「あたしは、すこし寒いかもです」

 呟いたおキヌが、手を寄せて二の腕をさする。汗に濡れた谷間が強調されてますます色っぽいが、横島は北風と太陽さん作戦の成功を確信した。

(ふふふ……そうだ、もっともっと寒がるんだ……ってうおぃっ?!)

「ど、どうしたんですか横島さん?!」

「ご、ごめん。ちょっとむせちゃってね」

 盛大にお冷やを吹き出した横島を気遣わしげな様子でおキヌが見つめ、背中をさすろうと隣の席に移ってきた。間近で胸元をチラ見した横島は、改めて気づく。

(や、やっぱりサクランボが立ってるっ!! いかーん!!!)

 人間寒ければ鳥肌も立つし、サクランボ含めいろんなモノが立つのは自明の理である。やはり上着ではなく、ちゃんと隠せる下着を買ってもらわないと。横島は作戦の失敗を自覚するとともに、変更を余儀なくされた。

「そうだおキヌちゃん! ここは寒いみたいだからさ、パスしよう!」

「え? ようやく見つかったのにいいんですか?」

「別のとこにしよ? お店の人には悪いけど、おキヌちゃん寒いって言うし。ねっ!」

「そ、そんな目を血走らせなくても……」

 必死の説得に、おキヌはやや引き気味であった。

「ほら、デパートのお店で休もうよ。買い物も出来るし、中だったら涼しいだろ」

「私はかまわないですけど……」

 初めからそうしてろよ、という話である。



☆☆☆



 程なく偽勢丹デパートに到着し、それぞれの目的のため二人は足早に扉をくぐった。おキヌは目当てのデパートにこれて嬉しいのか、鼻歌を歌い華やかなディスプレイに目を走らせている。

(ふふふ……安心しきっているな、おキヌちゃん! 心に油断が生まれれば婦人服売り場への誘導は訳もない。まさに孔明の罠)

 マテあわてるなと自身に戒めてから、横島は早速おキヌに声をかける。

「ほらおキヌちゃん。売り場色々見て回らない? あ、婦人服売り……」

「じゃあ予定表通りに回りますね。まずは雑貨、雑貨と……」

「(´・ω・`)ムネーン 」
 
 お約束通り慌てた横島の言うことはスルーされ、おキヌは一人先に行ってしまう。おキヌなりの予定があるので仕方ない、そう焦ることもないかと横島は後をついて行くことにした。その時、横島は改めて気づくのである。
 
「ぶぐぁ?! ケ、け」

「? どーしたんですか、横島さん」

「いや、なんでもないなんでもないナンデモナイデスヨー」

 おキヌのショートパンツがローライズで、歩くごとに少しずつずり下がってきていたのである。
 キャミソールにショートパンツやホットパンツの組み合わせ自体は街でもよく見かけるが、これはさすがに不味い。歩き方によってはお尻の谷が見えかねない。

(ええもん拝ませていただ……じゃねえ!)

 ともかく買い物袋と自分自身でもって周囲から後ろを守りつつ、他のフロアへと急ぐことにし、二人はエレベーター乗り場に向かった。だがここにも罠が待ちかまえていたのである。



☆☆☆



(あかん、なぜだか体を動かせば動かすほど密着してくるっ!)

「へ、変なところ触らないでください……」
 
 おキヌの恥じらいに、横島は先ほどにも増してただ冷や汗をかくばかりだった。もがく横島の腕には、おキヌの胸がしっかりと当たっている。正確には押しつけられている状態だ。

(あああ、ほどよいかたさとやーらかさがみっくすした心地よさ……ちっさなぽっちが腕に、腕にぃぃぃぃぃぃ)

 乗り込んだエレベーターに客が押し寄せ、おキヌを守ろうとした結果、こうなったのである。横島は悪くない、たぶん。内心喜んでいるかもしれないけど。
 
「いや触りたくて触ってるんじゃなくてですね? 周りに押されて仕方なくなんデスヨー」

「……ホントですか?」

「ダイジョウブ、ニホンジンウソツカナイヨー」

「……ついてますよね、嘘」

「いやいやいやいや」

 改めて弁解をしようとし、横島は見た。おキヌのキャミソールの肩紐がずれ始めているのを。

(うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおい?!)

 この密集度合いでは腕も動かしづらいし、かといってこのままでは見えてますよおキヌさん、というどころの騒ぎでは無くなってしまう。
 前門の虎後門の狼、いやこの場合前の乳首と後ろのお尻か。下手すれば自分は美神からの折檻で『かつて横島だったモノ』になりかねない。

(どーせいってゆーんじゃ……)

 仕方ない。諦めたとばかり、横島はなんとかして体をひねり、左腕を自由にした。

「ごめん、おキヌちゃん」

「え?」

 言うと同時に、おキヌの右肩を抱き寄せる。肩紐をたぐり寄せるためには、この状況ではこうするしかない。美神に折檻されるのは嫌だし、それ以上におキヌの心証を悪くするのも嫌だったが、どうしようもないと腹を決めた。

「え、あの……その……」

 うつむいたおキヌが肩をふるわせる。怒っているのかもしれないが、横島はもうどうにでもなれと半ばやけっぱちであった。

(あれ……なんだろうこのホッとする匂い。田舎のばあちゃん家いったみたいに安心する……)

 横島はなぜか幼い頃の記憶を刺激されていた。思い出にふける横島、動けないおキヌ。半ば抱き合った二人に、周囲は暑苦しいとやっかんだりどつきまわしたいと思ったり、結婚したての頃を思い出したりしていたとかいないとか。
 


☆☆☆



「次はですね……シロちゃんのお願いで玩具とかの売り場に行こうかと」

「却下ー!!」

「え、え、え?」

(見える、俺にははっきりと待ちかまえる罠が見えるぞ! これが人類の革新……!)

 横島にはなぜかツイスターゲームでおキヌと組んずほぐれつしたり、ういいふぃっとで腰を振り回すおキヌの姿が鮮明にイメージできていた。そんなものまで披露されては横島にはいかんともしがたい。

「おキヌちゃん、とりあえず他の階に行かない?」

「はあ、そうですか……。あ、上の階にソファーとかあったんですよ。そっち見ましょう」



☆☆☆



「うわー、すごいベッドですね横島さん。ほら、こんなに広いですよー」

「ははは、ソウダネー」

 ソファーを見に来たんじゃないのかぃ、と声には出さずつっこんでいた。
 おキヌはなにが嬉しいのか仰向けに寝たかと思ったら、今度は四つん這いで感触を確かめる。トップが見えたような気がするが、今度は下着のおまけ付き。横島はもはや無心であり、すでに大宇宙の真理をすら悟っていた。抵抗しても無駄なんだと。



☆☆☆



「あ、あっちに面白そうなイベントやってますよ? 行ってみましょう!」

 あちこちいろんなフロアを回っても振り回されるばかりで、婦人服売り場にたどり着けない。いったい今度はなんだと横島は視線を走らせると、そこにあったのは

ジ∃ーハ〃 (「反射運動」を利用したフィットネスで、シートから落ちないよう、反射的にバランスをとることで筋肉をムリなく鍛えます。あくまでもフィットネスです ) 

「ほら、横島さーん。上に下、前後左右に動いて面白そうですよ?」

「ふごぁっ?!」

 ああ、そんなコトしたら蕾が、可愛らしい蕾が見えてしまう!
 一人どうしようもない現状を解決しようと無い知恵をひねる横島の懸念を余所に、おキヌは結構楽しそうであった。ちょっとばかり乗っていると、気のせいか顔が紅潮してきたようにも見受けられる。
 ひねり回転も動きに加わって上下するおキヌの胸元に、うっすら汗が浮かぶ。

(ああああああああああああああああああ、これが別人だったらものすっごくありがたい場面なのにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃい)

「きゃあっ?!」

「うあ?! ど、どーしたのおキヌちゃん?!」

 横島が血の涙を流す中、急におキヌが片腕で胸を押さえた。
 なにか一瞬おキヌの( )が下がったようにも見受けられたが、彼女はあわてて何かを押し上げるような動作をした。

「あはははははは。あ、他のお客さんも詰まってるし、別の売り場に行きましょう!」

 正確には集まってきた、と言った方がいいのかもしれないが。惚けた顔を引き締めるように、時折耳を引っ張られ連れて行かれるお父さん方もいたとかいないとか。たぶん今夜は大変である。いろんな意味で。

「おキヌちゃん大丈夫? どっか痛かった?」

「いえ、なんでもないですから。ね、他のところ行きましょう!」

(もしかして、ようやく気づいてくれたのかな?)

 胸元を気にしながら、いそいそとおキヌが早足で歩いているところに、突然

「キシャー!」

「「なんで猿っ?!」」

 小猿がオリの中からおキヌめがけて腕を伸ばした。横島はすぐさま霊気の盾で猿を威嚇したが、驚いたのかどうしたのかおキヌが床にうずくまってしまう。

「すみませんお客様、大丈夫でしたかっ?!」

 この一角を占めるペットショップの店員がすぐさま駆け寄る。

「何も無かったけど、管理はしっかりやってくれないと!」

「大変申し訳ございません、お客様」

「……あのあたし、事務所に戻りますっ!」

「え? ちょっとおキヌちゃん?!」

 そそくさと駆け出すおキヌを、慌てて横島が追いかける。青ざめた横顔を、横島はしっかりと捉えていた。


 
☆☆



 買い物袋を抱えた横島は、事務所でようやくおキヌと向かい合えた。おキヌは平気ですからと頼りなく言ったのだが、横島は聞かなかった。そも今日のおキヌは、どこか様子がおかしいのだ。

「横島さん、本当に大丈夫ですから……」

「駆けだしておいて大丈夫もなにもないだろ。いいからさ」

 とにかく、とソファーに渋るおキヌを座らせた。備え付けの水道からグラスを持ってきて、おキヌに手渡す。 

「水飲んで落ち着いて。もしかしてさっき猿に驚かされた時、具合悪くなった?」

「え?! いえ、そんなことないですよ。ほら、全然へーきです」

 ね、と力こぶを作ってみせるおキヌはどこか力なく普段の快活さが見られなかった。やはり怪我でもしたのか、と横島は少々強引だと思いながらもおキヌに迫った。

「ほら、いいから怪我してるとこ見せて」

「えええ?! ホント、ホントに大丈夫ですからっ!!」

「さっきからそう言ってばかりで、苦しそうだよ」

 この際場所が際どいから、なとど言っていられない。強引におキヌの腕をつかまえた時、横島の目に不思議なモノが映った。

「干し柿と……サクランボ? の下にまたこれは干しぶどうっ?!」

「こ、こ、こ、この……」

「あれ? って、え?」

 おキヌの指先に、音もなく火がともる。揺らめきたゆたう炎は、大きくなっていく。

「私のはそんな色じゃない! このドスケベがーっ!!!!!!!!!!!!!!」

「……えっ、ってお前タマモっ?!!」

 瞬間、横島ごと応接室が爆発した。やがて煙が引いたとき、消し炭となった横島が転がっていた。外部への被害は、耐火結界のおかげもあり軽微ではあったが。

「あーもーやってらんないっ!! 隊長の嘘つきっ!!」

 おキヌからタマモへ。変化を解いて、のたまう。

「人がさんざ誘ってるのに手の一つや二つも出しやしないっ!! きわどくおっぱい見せたり丈の短い服着たり、あれこれやったのに!! 美智恵の言うことなんか試すんじゃなかったわっ!!」
 
 女の魅力はすなわち魔力! 存分に主張しなさい、とは美神の母である美智恵の持論である。少し前、事務所に寄った美智恵は甲斐性なしな娘の令子はもちろん、おキヌやタマモ相手にさんざん持論を吹聴していったのである。
 タマモは狐形態でおキヌの頭に乗っかっていただけであるが、おキヌは興味津々ではありながらも、そんな恥ずかしいことは出来ませんと顔を赤らめていた。ただ、聞き耳を立てていたタマモはちょっとだけ違った。
 おキヌちゃんの姿を借りて横島を試してみたのである。

「あたし自身でやると恥ずかしいし、おキヌちゃんなら効果抜群と思ったんだけど。なんでこいつ自重すんのよっ!! 普段奥手なおキヌちゃんが迫る、相手は煩悩魔神な横島。検証にはぴったりなはずなのに……。あーん、やっぱりサイズが問題だったのかしら。色とか形も正確にトレースしたつもりなのに。苦労したのよね、あの微妙な曲線にぴったりクルのがなかなかなくて」

「ふーん、そうだったのー。へー、あたしの微妙な曲線を 正確にトレースしたんだあ。そっかーその干し柿でねぇー」

「そうよ。でもおかげであの曲線にはぴったりでしょ? それをあのバカ猿が匂いにつられたのか手を出すから……。調子に乗ってジ∃ーハ〃に乗ったら干し柿ずれちゃったのが失敗だったわって、え・・・・・・?」

 タマモが恐る恐る振り返ると、その動きに合わせ首から吊り下げた干し柿が揺れる。紐で首からつり下げたそれの先端には、小粒でピンクなサクランボ。タマモが自分のをわざわざ進んで横島に見せる訳も無い。だからこそ先ほどは逆上したのだろう。ひょっとしたら干しぶどうと言われたからかもしれないが・・・・・・。
 しかし、今のタマモにはそんなことを考えている暇はない。彼女の目の前にはにっこり、とエプロンをしたおキヌが極上の笑みを浮かべ立っていた。真っ黒に焦げた入り口に永久凍土の壁がそびえ立っていたように見えるのは、きっと気のせいじゃない。

「そういえばタマモちゃん、あたしも前からずーっと検証してみたいことがあったの」

「な、な、なあに? あは、は、はははははは」

 凍り付くタマモにおキヌがわずかばかり揺らめいたと思えば

「ああっ、いきなり始解をとおりこして万解っ!!」

 2階のキッチンで食事の用意でもしていたのか、右手にはすでにシメサバ丸が握られていた。かつて妖刀であったものを包丁に鍛えなおした、おキヌお気に入りの逸品である。

「妖包丁で妖怪を切ると、どうなるのかなーって。うふふふふふふふふふふふ」

「ごめんなさいおキヌちゃんっーーーーーーーーーー!!」

 脱兎のごとく逃げるタマモを、おキヌがゆらゆらと追っかける。

「大丈夫、死んでも生きられますっ!!」



☆☆☆



「タマモちゃん、当分お揚げ抜きですからねっ!!」

「はぁい……」
 
 爆発で飛散し黒焦げた応接室で、消し炭となっている横島を介抱するおキヌが言を強くした。ひとしきりの事情を聞けば、それも当たり前だろう。ひざに頭を載せた横島は、未だ目を回している。

「まったく、どこ行ってるのかと思えば……あたししばらく偽勢丹に行けないじゃない!」
 
 あれだけの痴態を披露すれば、しばらくどころではないだろう。おキヌがそれきり黙ってしまうと、タマモはバツが悪そうに、所在なさそうに呟いた。

「ちょっといたずらが過ぎて悪かったんだけど……その、さ。おキヌちゃんに悪いことばっかりでもなかったのよ?」

「どんな?!」

「え、あの、いやそのっ!!」

 視線の強さが普段とまるで違う。今の彼女なら、美神ですら射殺せるかもしれない。というか怒ったらあらゆる意味でおキヌは事務所最強である。

「いえあははははははははは……横島が、どんだけおキヌちゃんを大事に思ってるか分かった、ってことよ」

「へっ?」

 ぽろりとおキヌから怒りの仮面が外れ、素のぽやとした照れ笑いが浮かぶ。

「あいつだって、何度か私の誘惑に負けそうになったのよ? でもそのたび『おキヌちゃんにセクハラしたら終わりやー』って叫んでね。口に出してるとは思ってなかったでしょうけど……大事に想われてるんでしょうよ」

「え……やだ、そんな事……でも前に告白したときだって『こーなったらもー』って言ってくれたし……九尾の狐でもあるタマモちゃんの誘惑にも耐えてくれたって事は……いやだ、もう。キャッ」

「……あ、えと。じゃ、あたしは用事あるからこれでっ!!!!!!!!!!!!」

 おキヌがトリップしたのをこれ幸いと、タマモはさっさと事務所を抜け出す。いつまでもおキヌの悋気にふれていてはかなわない。

「……うん……」

「横島さん! 大丈夫ですか?」

 ひざに添えた頭を、おキヌは濡れタオルでそっと撫でる。すすけた顔に、生気が戻っていくのが分かる。ゆっくり開く横島の目はやがておキヌを捉え、そして。



−−−いきなり胸をわしづかみにした。



「こらタマモっ!! 散々人をおちょくりやがって、今度はブラ付きなんて芸がこまけえじゃねーか! おお、ずいぶん柔らかい干し柿だな、ああん!!」

「え、え、えぇぇぇぇっ?!」

 驚きのあまり、おキヌは一言も発することが出来ずにいる。
 ふにふに揉みしだいていた横島があれ?と不安を感じ始め、硬直したおキヌは目を白黒させるばかりだ。どのようにしたらいいのか瞬間的にオーバーヒートした頭では思いも付かず、二人は硬直したまま時間だけが過ぎていく。

「て、あれ? ふつーにやーらかくてあったかい……? ま、まさか本物のおキヌちゃ・・・」 

そんな止まった刻を再び動かす音が、横島の後ろにカツンと響いた。焼けこげた床に落ちた神痛棍がカランカランと炭を巻き上げながら転がっていく。

「何をしとるか貴様ー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「ブベラッ?!」

 叫ぶ令子と、目をぱちくりさせる美智恵の二人であった。おキヌが止める間もなく、先ほど狐火に焼かれたばかりの横島は美神のオラオララッシュで『かつて横島であったモノ』への変貌を坂道を転がり落ちるより早く遂げていった。
 
「おキヌちゃん、大丈夫?! 何もされてない? 痛いところは?! あああ、あっちゃ困るんだけど……とにかく気をしっかり持って!!」

 血だらけの肉塊を脇に置いて、美神は必死の形相でおキヌに問いかける。バカだバカだとは思ってたけど、こいつがここまでバカだとは思わなかった。雇い主として、いや一人の女として謝るわと土下座しかねない勢いである。
 ぶわんぶわん揺すられるおキヌは答えたくとも答えられなかったのだが、落ち着いた美神に事情を説明すると、力が抜け安心したと大きなため息をついた。

「……ったく。タマモが帰ってきたら折檻だわね」

「お、穏やかにお願いしますね」

 折檻自体否定しないあたり、さすがにおキヌにも含むところがあるのだろう。ともかく女二人で苦笑いしあうと、背後で様子を聞いていた美智恵が呟いた。

「ったく、ママが余計な事言うから」

「あら、私が言ったことは間違っちゃ無いわよ。それにしてもおキヌちゃんやるわねえ、たいしたモンだわ」

「え」

「また何言うのよママ?!」

「怪我した男を介抱して膝枕、勘違いとはいえあの状態のままでいるなんてなかなか出来ないわよ。アンタも丸見せにしろとは言わないけど、多少見習ったら?」

「あたし見せてませんー!」

 とおキヌの泣き言?はスルーして色恋ごとには不甲斐ない娘に対してお説教モード。そもそもこの騒動の大本はこのお方なのだが、それは当人無視しているらしかった。



☆☆☆



 ちょっとだけ後、そんなに効果あったのかしらとおキヌは弁当を持参がてら横島に本当のキャミソール姿を披露したのだが、横島は

「キャ、キャミソール怖い怖い怖い怖い……」

 と呟きながら一人毛布にくるまってしまう。その為、その時おキヌがノーブラであったか無かったのかは永遠の謎となった……。



☆☆☆
タイトルを変更いたしました。はっかい。様にはご迷惑おかけいたしましたこと、深くお詫び申し上げます。

ということで、駆け込みで間に合いました。とーりです。
推敲に多大なご協力をいただきました某氏方、どうもありがとうございました。
この所掌編ばかりでしたので、ある程度分量があるものは久しぶりです。
今作はまったく芸風が違いますが、いつもの作風を期待された方はごめんなさい。
夏企画、というものは私にとって『お祭り』なのですね。
いつも書けない作風にチャレンジしてみて、無茶なこともやってみる。
そんな場に出すものとして書いたので、ギャグとして受け流していただければ幸いです_(‥

タイトルの由来を知りたい方は「黄色いサクランボ」にて検索していただけるとわかりやすいかと思います。
また、はっかい。さんには素晴らしいイラストをありがとうございました。

http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gazou/ecobbs.cgi?topic=0120  ←リンクはこちら

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