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【夏企画】思い出は突然に 〜ありし日の昭和の夏〜




 チリーン……


 涼やかな風鈴の音(ね)……

 “あの時”も、この音を聞いたのが始まりでした。


 チリーン……


 横島さんが『ソコ』を見つけたのは偶然だったのか、今でも分かりません。

 でも、それは今でも“私達の大切な思い出”であり、宝物でもあります。


 チリーン……


 そうですね、“あの時”も今日と同じように、暑い日差しが照りつける、
ある夏の日の、午後の出来事でした。


 チリリーン……




 思い出は突然に
 〜 在りし日の昭和の夏 〜




 ジワジワジワジワジジジジジジジジツクツクホーシツクツクホーシ

 競い合うように大合唱するセミの鳴き声。

 ジリジリと照り付ける日差しがアスファルトを焼き、
一歩進むたびに、ムワッとした熱気が肌を襲います。

 道行く先の景色が蜃気楼のようにユラユラと揺らめき、
いわゆる、“逃げ水”と呼ばれる現象を目にする事が出来ます。

 ゴーーッという音に釣られて空を見上げると、目に痛いほどくっきりとした青い空が広がり、
白い雲がポツポツと見える高い空の上に、飛行機雲が一筋の線を引いてるのが見えます。


 只今、夏真っ盛りです。


「か〜〜〜今日も暑いよなあ……」

 歩道を歩く私の隣から、心底辟易とした声が聞こえてきます。

 ボサボサの頭に赤いバンダナを巻き、白地に黒の毛筆体で 『邪』 と大きく画かれた半そでTシャツ、
それに洗いざらしの濃紺のジーパンを穿いた少年――横島さん。

 その言葉に私も 「そうですねぇ〜」 と、気の抜けた声で返します。

 はぁ……どちらの声も、暑さで頭が茹だっちゃってますって、全力で主張してますねぇ。

 折角横島さんと二人っきりのお出掛けなんですけど、ずっとこの調子なんです。

 まあ、お出掛けと言っても美神さんのおつかいなんですけどね。

 GS協会に提出する書類を届けに行くという、只それだけのことなんですけど、
美神さんてばこの暑い中を外出するのを嫌がって、横島さんに押し付けちゃったんです。

 最初は横島さん一人で行くはずだったんですけど、私も一緒について行くことになりました。

 理由はまぁ……私もGSを目指す者として、協会関係の書類の手続きの仕方を見ておきたいとか、
今度受けることになるGS試験での注意事項を聞いておきたいとか、色々と理由を付けましたけど……

 ホントの理由は――横島さんと二人っきりになりたかったから――なんて、言えませんよねぇ。

 シロちゃんもタマモちゃんも、獣の本能はどこへやら、
エアコンが効いた部屋に閉じ篭ってる今がチャンスだと思ったんですけど……


 シロちゃん達が来て以来、二人でお話しする機会がめっきり減ってしまいました。

 シロちゃんは相変わらず横島さんを散歩に引っ張りまわしていますし、
タマモちゃんからは時折、デジャブーランドに連れて行ってとせがまれたりしています。

 他にも、愛子さんが 『夏休みの勉強、これも青春よね!』 と言って横島さんの部屋まで押しかけたり、
小鳩さんがしょっちゅう食事を作りにきたりと、ますます二人の時間が取れなくなっているんです。

 はぁ……どうしてこうもライバルが多いんでしょうか。

 しかも横島さん本人は、モテてる自覚なしときています。


 ……そう言えば美神さんは、横島さんをどう思っているんでしょうか?

 あの事件――アシュタロスとの戦い――以来、横島さんに対して一歩距離を置いたと言いますか、
女性にモテてる話を聞いても特に気にした様子はなくて……なんだか達観している感じなんです。

 だからでしょうか、それを聞いて私にハッパをかけてくれるときがあります。

 女の子に奢らされることが多くなっているのを知ったためでしょうか、
時給も以前より多くしたそうですし (それでも一般的な金額より少ないそうですが)。

 今日のことも 『私も一緒に行きます』 って私が言った時には、
ちょっといたずらっぽい表情を浮かべてから、やがて “ふんわり” という表現がぴったりの笑顔になって、
『がんばんなさいよ』 と言って送り出してくれました。

 その時の笑顔は、とても素敵な……魅力的な大人の女性の顔でした。

 私もなれるでしょうか? 美神さんみたいな素敵な女性(ひと)に……



「う゛〜〜〜。汗でベタベタだ、早いトコ風呂にでも入りてぇ〜」

 横島さんのその言葉が、思いに耽っていた私の思考を現実へと引き戻します。

 隣を見ると、少しでも涼を取りたいのか、シャツの襟を引っ張ってパタパタさせちゃってます。

 そんなことしちゃうと、襟が伸びちゃうんですけどねぇ〜。

 ボンヤリとそんなことを考えていたら、急に私を呼ぶ声が聞こえます。

「お、おキヌちゃん……」

 はい? 横島さんが何やらギョッとした顔で私の方を見てますけど……

 どうしちゃったんでしょうか?

「いや、そ、その……服が……」

 私が小首を傾げて “?” という意味の視線を送ると、そう答えを返してきました。

 ……服?

 その言葉に、視線を服へと落とすと……


「え!? あ、えと、あの……」


 わ、私ってば、いつの間にか横島さんと同じ様に服の襟を掴んでパタパタさせちゃってました!

 今日の私の服は、この間、弓さんや一文字さんとお出掛けしたときに買ったものなんですけど……


 ――キャミソール――


 一文字さんが 『もうちょっとセクシーさを出したほうがいいよ♪』 と言って奨めてくれたものがこれでした。

 なんでも最近の流行だそうですけど、肩の部分がむき出しですし、
それに、これってかがんだりしたら胸元が見えちゃいます。

 戸惑う私の返事も待たずに 『これを着て迫れば、あの鈍感男もイチコロだぜ♪』 とウィンクすると、
さっさとレジまで持っていっちゃいました。

 タイガーさんとの仲が進んでいるのか、最近めっきりお洒落に気を使うようになった一文字さん。

 前から一文字さんは私と横島さんとの事を気にしてくれていて、
その心遣いはとても嬉しいんですけど……それを着るのは恥ずかしいですぅ……

 そんな私を見て助け舟を出してくれたのが弓さん。

 『これを上に羽織れば肩の部分は隠せますわよ』 と言って差し出してくれたのが、
薄手の白い生地に可愛らしいレースの付いた、夏用のカーディガンでした。


 そこからは 『これもどう? あら、これもいいですわよ』 という、お二人によるコーディネイト合戦。

 薄い紫のキャミソールと、丈の短い七分袖の白いカーディガンに、
白の水玉模様が可愛い、水色のセミロングスカートの組み合わせ。

 靴は、夏に涼しいピンク色のミュール。

 露出する部分が多くてちょっと恥ずかしいですけど、ローヒールで疲れ難く、
大きなリボンも付いていて、私も一目見て気に入ってしまいました。

 夏の日差し対策にはこれと、広い鍔の付いた白い帽子。

 青いリボン付きで、これもとっても可愛らしいです。

 そして最後に、濃紺の小物入れのバッグ。

 どちらかと言えば大人っぽくって、高校生の私にはちょっと背伸びした印象なんですけど……

 弓さん曰く 『薄い色の服を着るときは、濃目の色の小物を揃えるのが基本よ』 だそうです。

 薄い配色の服装の中にあって、濃いピンク色のミューズと濃紺のバッグが、
服の清涼感をより引き出させてくれるとのこと。


 以上、お二人によるコーディネイト合戦の成果はと言えば……


 『どこのお嬢様かと思ったぜ……』
 『とってもお似合いですわよ、清楚な感じがとてもよいです』


 と、とても満足そうに感想を述べてくれました。

 それに店員さんはもとより、他のお客さん達もとても好意的な視線を送ってくれています。

 エヘへ……なんだか照れちゃいますねぇ〜♪


 『でも、これって胸元の方は心もとないんですよねぇ。ブラの肩紐が見えちゃいます』


 ……と、私が照れ隠しにそう言っちゃったのが運のつき、
その後は下着売り場も周るハメになっちゃっいましたぁ……


 うう。口は災いの元ってホントですねぇ……


 お二人が奨めてくれたのが、ブライダル用の肩紐がないタイプのブラ。

 純白の生地に、とても凝ったレースがふんだんに使われていて、
どちらかと言えば、美神さんのような “大人の女性” がつけるようなブラで、
最初は買うのを渋ったんですが、結局お二人に押し切られて購入しちゃいました。


 あぅ〜今月のお小遣いが〜……クスン。来月まで節制しないと……



 って、今はそんなこと気にしてる場合じゃありません!!

 もう手遅れなんでしょうけど、慌てて胸元を押さえます。

 そして、恐る恐る横島さんの顔を窺うと……

「み、見ちゃい……ました?」

 分かってはいますけど、それでも聞かずにはいられません。

「えっ!? いやっ、その……うん! お、俺は見てないよ?
『おキヌちゃんって意外と大人っぽい下着を着るんだなぁ』 とか、
『おキヌちゃんの胸って思ったよりあるんだなぁ』 とか、
『今日の服も似合ってるけど、こういう下着も結構似合うんだなぁ』 とか、
そんなことは少しも思ってなんかいないからねっ!?」

「はぅぅ……やっぱり見られてましたぁ〜〜」

「ああっ!? また声に出してしもーたーー!!」

 そう言って頭を抱えてブンブン振り回してる横島さん。

 最後の “似合ってる” は……その、とても嬉しいんですけど……は、恥ずかしいですーー!!


 はうぅ。暑さで茹った頭に、嬉しさと恥ずかしさが一気に押し寄せてきて……


 ――ボヒュウ


「お、おキヌちゃん? おキヌちゃん!?」


 頭から何かが抜け出るような音が聞こえると、辺りの風景がグニャリと歪んでいって……

 横島さんの呼びかけを聞きながら、意識が遠くなっていくのを感じました。




◆◆◆




 チリーン……


 どこかで風鈴が鳴っています……

 顔にひんやりとした空気が送られてくるのを感じると、
うすぼんやりとした意識がはっきりとしてきました。

 これは……どうやら仰向けになって寝ているようですね。

 でも、柔らかいベッドとかじゃなくて、何か硬い木のような感触で、
横幅はあまりなくて、例えて言うなら公園のベンチみたいな感じです。

 一定の間隔で送られてくるこの風は、誰かがウチワで扇いでくれているんでしょうか?

 それに、額には何か冷たいものが乗せられていて……たぶん濡れたタオルですね。

 そしてやけに高くて、その……硬いのか柔らかいのか、今一つ分からない枕。

 でも、枕と言うにはこの温もりは……


「あ、気が付いた? おキヌちゃん」

「ふぇ? ……横島……さん?」

 私がゆっくりと目を覚ますと、まず目に映ったのが、
心配そうに私を見下ろす横島さんの顔でした。

 えっと、これってひょっとして……


 膝枕……ですか?


 ――ボヒュウ


 それを自覚した瞬間、また頭に血が上ってしまいました。

「大丈夫かい? まだ顔が赤いようだけど……」

「ふぇ? え! ええと……だ、大丈夫です! お、起きますね!」

「ダメだよ! 安静にしてなくちゃ!!」

「え? は、はい……」

 思いの他強い口調で言われて、慌てて起きようとしたのを止められます。

「いいかい? おキヌちゃんは日射病で倒れかけたんだ。
もうしばらくは横になってなきゃ」


 ……なんて言うか、いつものおちゃらけた感じの横島さんではありません。

 普段とは打って変わって、真剣な顔で日射病や熱中症がどれだけ恐ろしいか、
手に持ったウチワを握り締めて、切々と訴えかけるように語ります。


「……だからいいかい? 急に関節とかの力が抜けたりしたら、それは熱中症の初期症状だからね。
そして症状が進むと、今度は身体が痙攣(けいれん)し始めるから、そうなったら危険な状態なんだよ?
とにかく、そうなったら一刻も早く涼しい場所で水分を補給しなきゃ。あ、後塩分とかもね」

 そう語る横島さんの顔は、私のことを真剣に心配してくれる様子がありありと窺えます。

 そして、なんて言うか……その、とっても凛々しく見えて格好いいんです。


 でも、それにしても……

「はい、分かりました。ご心配をお掛けして、本当にごめんなさい……
でも、横島さん? 随分と詳しいんですね」

 私がそう言うと、横島さんはハッとしたような表情を見せた後、
鼻の頭を人差し指でポリポリと掻き始めました。

 “らしくないことしたなぁ”

 横島さんの言外の言葉が聞こえたような気がしました。

「いやまぁ……ほら、前の俺の部屋ってエアコンとかなかっただろ?
だからまぁ、それで……ね」

 少し困った様子で、言い難そうに言う横島さん。

 それだけで大体の所は分かってしまいました。

「そうだったんですか……」

「いやぁ、柄じゃないよな? こんなの……はは……」

「そんなことありません。心配してくれてとても嬉しかったですし、
それにその……とてもカッコよかったですよ?」

「え!? いや、その……ハハハ」

 その私の言葉に横島さんは、鼻の頭にやっていた手を頭に乗せると、
誤魔化すように笑って、パタパタとウチワを扇ぎだしました。

 ウフフ……横島さん、照れてますねぇ。

 その証拠に、顔が耳まで赤くなってます……多分、さっきの私と同じくらいに。

 可愛い……なんて思ったら失礼でしょうか?
でも、そんな横島さんの様子に自然と笑みが零れてしまいます。


 ……そう言えばココはどこでしょうか?


 薄暗くて、夏の暑気の中にもひんやりとした空気が流れてる空間……どこかの建物のようです。

 横になったまま視線を動かすと、コンクリートの天井に、笠の付いた電球がぶら下がってるのが見えます。

 そして横になった私の右側に天井と同じコンクリートの壁があって、横島さんがその壁を背にしてて……

 つまり壁に備え付けられた、恐らくは木製の背もたれのない長椅子に横島さんが出口側に腰掛けていて、
その隣に私が横になって、横島さんの右足を枕にしている……という構図のようです。

 それよりも、壁を見た私の目に飛び込んできたのは……


「横島さん……ココは?」

「ああ、ココはね……」

 私の疑問に答えようとした横島さんでしたが、その言葉は私達以外の人の声で遮られました。

「おやまぁ。気が付いたのかい?」

 声からして、どうやら年配の女性……恐らくは “おばあさん” と呼ばれる年代の方のようです。

「あ、ハイ。ついさっき……」

「そりゃよかったねぇ〜。大事な彼女さんだろ? 大事(おおごと)にならなくてよかったよ」

「いや、だからさぁ。別に彼女って訳じゃ……」

「何言ってんだい。血相を変えてその娘(こ)をここまで抱っこして連れてきたのは、お前さんじゃないかい?」

「いや、そりゃぁ……」

「あ、あのぉ……(か、彼女……それに抱っこって……)」

「ああ、娘さん、気が付いてよかったよ。
何しろこの彼氏さんときたら、ココまでお前さんを抱えてきてからというもの、
『早く救急車を呼んで下さい!』 って……そりゃもう大騒ぎでねぇ〜。
だから私ゃ言ってやったのさ、日射病ならまずはそこに寝かせて安静にして様子を見なさいって。
なのに 『早く救急車―!』 と騒ぐし、あげくに 『こんな時に限って“もんじゅ”が……』 とか、
訳の分からないことまで言い出す始末でねぇ」

「あ、あの、すみません! ご迷惑をお掛けして……」

 私はひっきりなしに語るその人の言葉の合間を見て、なんとか謝罪の言葉を口にします。

 でも、私の頭の中はある単語でいっぱいになってしまいました。

 “抱っこ”……抱っこって、あの “お姫様抱っこ” ですか? 横島さんが私を?

 その言葉に、再び顔が真っ赤になっていくのを感じます。

 はうぅ……で、でも、今はそんな場合ではありません!
今はこの人に、きちんとお詫びとお礼を言わなければならない所です。

 なんとか頭からその言葉を追い出すと、改めておばあさんの方を見ます。

 おばあさん……と、言ってもいいんでしょうか?

 背はピンと伸びていて、かくしゃくとした感じで、
見た目よりも、とても若々しい感じのおばあさんです。

 背は私と同じぐらいで、ほっそりとした身体に紺と水色のチェックのワンピースを着ていて、
頭は白髪で真っ白で、それを綺麗に結い上げています。

 そして、少し面長の顔には深いシワが刻まれていますけど、
それを感じさせないほどに若々しい、人好きのするような笑顔を浮かべています。

 多分、若い頃はとてもモテたんだろうなあと思うほど、綺麗なおばあさんです。


 私もこんな風に歳を取りたいですねぇ……


 ともかく、これ以上ご迷惑をお掛けしないためにもいつまでも横になっている訳にはいきません。

 幸い、まだ少し頭がボーッとしますけど、身体に異常はなく、気だるさもほとんど感じられません。


「まだダメだよ。おキヌちゃん……」

「その通りだよ? まだ横になっておいで」

 起きようとした私に、お二人がそれぞれ心配そうに言葉を掛けてくれますけど、
私は 「大丈夫です」 と言ってそのまま身体を起こして横島さんの隣に座りました。

 それでようやく自分がどこに居るのかが分かりました。


 ココは……


「駄菓子屋さんですか?」

「そうだよ、おキヌちゃん。俺達が歩いてた大通りからちょっと脇道に入ったところだよ。
おキヌちゃんが倒れてどこか休める所はないかって探したら、この店が目に入ったのさ」

「そうだったんですか……本当にご迷惑をお掛けして……」

「いいさね。困った時はお互い様だよ、さ、これをお上がり」

 そう言っておばあさんが差し出してくれたのは、氷の浮いたグラスいっぱいの麦茶でした。




◆◆◆




 一息吐いた後、店内を見回します。

 壁と天井をコンクリートで覆われたこの店内、どうやら元は車を入れる車庫だったんじゃないでしょうか?
おばあさんに聞いてみると、果たしてその通りとのこと。

 店の奥は一段高い所でガラス戸と障子で仕切られていて、その奥は居間になっているのが見えます。

 そして玄関を兼ねているガラス戸の下には一段だけある石畳があって、それで上り下りしているようです。

 車二台分ほどの駐車スペースの店内には、お菓子やおもちゃが所狭しと並べられていて、
私が最初に目にした壁にも、くじ引き用の景品のおもちゃやら、花火やらでいっぱいでした。

 店の真ん中を仕切る形でアイスクリーム用のアイスボックスと、おもちゃの棚があり、
店に入って右側に私達が座っている長椅子があって、反対側がお菓子の置くスペースになっています。

 そして店の軒先には、虫取りアミと虫かごが置かれおり、
それらを囲むように、店内に日差しが入らないようにする為の簾(すだれ)が立てかけられています。


 チリーン……


 店の天井に下げられている風鈴が、風に揺られて鳴ってるのが聞こえます。

 なんて言うか、とても落ち着きますねぇ。

 店の外を見ると、夏の午後の日差しが容赦なく降り注ぎ、夏本番の熱気を放っていますけど、
店内にはひんやりとした空気が――多分、目の前のアイスボックスから――流れてて、
それだけじゃない、まったりとした雰囲気がとても心地よく感じられます。


 ……でも、なんでしょうか? この違和感……ううん。既視感(デジャビュ)でしょうか?
前にも似たような感じがあったような……



「なんつーか、懐かしいよなぁ〜……お!? コレまだ売ってたのか!? ソースカツ!
おお!! これこれ、このチェリオ! 懐かしいなぁ〜。おばちゃーん。これとこれもねぇ!
……くうっ! このわざとらしいメロン味! おキヌちゃんもどう? え? まだそれ食べてるから後で?
んじゃ帰ってから食べるといいよ。おばちゃん。そのソースせんべいときな粉モチも一緒に袋に入れてねぇ」

 先程から店内を物色している横島さんが、
アレコレと商品を目にしては子供のように目を輝かせてはしゃいでいます。

 そして次々と買っては私に勧めてくれるんです。

 それこそ、私が既視感について考える暇もないほどにいっぱい。


 私の手には先程買って頂いたソーダアイスが握られていて、もう半分くらいになっちゃってます。

 お世話になった以上、流石に何か買わなきゃってことで、
まずは私にソーダアイスを買ってくれました。

 お金なら私も出しますって言ったんですけど、
横島さんが 『駄菓子屋で払うお金くらいならあるよ』 と言って、
私に駄菓子の詰まった袋を手渡すと、さっさとおばあさんにお金を払ってしまいました。


 キンキンに冷えたソーダアイスが、口の中を通って体を内側から冷やしてくれます。

 口の中で溶けると、独特の甘味とシュワシュワっとした清涼感がとても心地よくて、
身体に残る火照った熱を洗い流してくれるようです。

 私はその心地よさを味わいながら横島さんに問い掛けます。

「横島さんもこういう駄菓子屋さんで遊んでたんですか?」

「ああ。ガキの頃、まだ大阪に居た時にな。
よく銀ちゃんと近所の駄菓子屋に入り浸ってたもんさ」

「近畿クンとですか?」

「そうだよ。だから他にもクラスの女の子がよく引っ付いて来てたなぁ。
で、銀ちゃんとメンコやらベーゴマやらでよく勝負してたんだけどね、
俺が勝つと決まってブーイングが飛んでくるんだよなぁ〜」

 そう言って首をカクンと前に落とす横島さん……

 どうやら余計なことまで思い出させちゃったようです。

「あ、で、でも、駄菓子屋さんって女の子も来る所なんですか?
なんだか男の子ばかりが集まる所だと思ってたんですけど……」

 なんとか話題を変えようと、私がそう口にします。


 元々私は三百年前の人間ですから、幼いころに遊んだ記憶なんてほとんどなくて、
かろうじて女華姫様と遊んだ覚えがあるくらいです。

 そしてその朧気な記憶も、ほとんどが野山でのことばかりですから、
こういう特定のお店とかで遊ぶということが、頭に思い浮かばないんです。

 もう慣れっこになりましたけど、こういう時に私がこの時代の生まれの人間じゃないと思い知らされます。

 そしてそれは、この時代の人達が共通して思い浮かべる子供時代の思い出が、私にはないということ……

 つまりは、今話している横島さんと共有できるような思い出も……

 でも、どうしてでしょうか? この駄菓子屋さんの雰囲気が懐かしいと思えてしまうのは……

 そしてこの、奇妙な既視感は……


「いやいや、そんなことはないさ。駄菓子屋には女の子が遊べるおもちゃも結構あるしね。
ホラ、おキヌちゃんも店の中を見てごらん。色々あると思うからさ」

 そんな思いが顔に出てしまったのか、横島さんが努めて明るい声で答えてくれました。




◆◆◆




「へぇ〜いっぱいあるんですねぇ〜。あ、これ可愛いです〜♪」

 店内のおもちゃの棚には色んなおもちゃがあって、
特に女の子のおもちゃはどれも可愛らしくて目移りしちゃいます。

 着せ替え人形におはじき、小さい穴に糸を通して繋げるビーズ、
色とりどりのビー玉に……へぇ〜、この時代にもこれがあるんですねぇ〜。


 あ……これは……


「どうしたの? おキヌちゃん」

 色々とおもちゃを眺めていた私が、“ある物”の棚で目が止まり、
それを凝視している様子を訝しく思ったのか、横島さんが呼びかけてきます。

「これ……」

「ん? 指輪……かい?」

 そうです、おもちゃの棚の一角にある、綺麗な箱の中に陳列されているおもちゃの指輪……

 その中でも、明らかにサイズの違う指輪が一つだけあり、それが私の目を引いていました。

「ああ、それかい? いつだったか、問屋さんが卸してくれた物の中にまぎれこんでいてねぇ。
大方、サイズを間違えて作っちまったのを一緒に入れてしまったんだろうねぇ」

 店の奥の居間に腰掛けていたおばあさんが、ウチワを扇ぎながら指輪について教えてくれました。

 おばあさんが言うには、この駄菓子屋にくる女の子はほとんどが小さい子供だから、
いつもこの指輪だけ売れ残ってしまうんだとか。
 でも、だからと言ってわざわざこの一品だけを返品するというのもバカらくて、
結局はそのまま売りに出しているんだそうです。

 確かにこの指輪は小さい子供には大き過ぎるんでしょう。

 でも、この指輪……台座の作りといい、中の真紅のルビーを模したダミーの宝石といい、
明らかに他のおもちゃの指輪とは一線を画しています。

 台座の周りも精巧で緻密な装飾が施されていて、まるで本物みたいです。

 もしやと思って、手に持ってみましたが……間違いなくおもちゃですね。

 いえ、別に本物を持ったことはないんですけど、その重さと手触りが、
これが本物ではないということを主張しています。

 でも、この精巧な作り……とてもおもちゃとは思えません。


「あ、あのさ、おキヌちゃん。それ、よかったら買ってあげようか?」

「……え?」

 私が手に持った指輪をシゲシゲと眺めていたからでしょうか、
隣でそんな私の様子を見ていた横島さんが、そう言い出しました。

「あ、いや、ホラ……その指輪、大き過ぎていつも売れ残ってるんだろ?
でも、おキヌちゃんぐらいになら丁度いいかなって思ってさ……
い、いや、別に、その……お、おもちゃだしね! 深い意味とかはないんだよ。うん。」

 唐突なその申し出に、私が目を丸くして問い返したからか、
慌てて言い訳じみた言葉を並べる横島さん。

 確かにこれはおもちゃの指輪です。

 でも、“横島さんが私に” 指輪を買ってくれるということが、例えようも無いほど私の心を揺さぶります。

 ですから、私はその申し出に……


「お願いします。横島さん……」


 と、ほとんど無意識に答えてしまっていました。


「あ、う、うん。それじゃコレ……」


 横島さんはそう言って、私の手の中にある指輪を指で摘むと、
おばあさんの所まで持って行き……


「おばちゃーん。これいくら?」
「おやおや。今からプロポーズの指輪を送る練習かい?」
「いや、違うって! 俺とおキヌちゃんはそんなんじゃ……」
「何言ってんだかねぇ〜。さっきから見てても、恋人同士にしか見えないじゃないかい」
「いや、だからさぁ……」
「ハイハイ、そういうことにしとこうかねぇ。それとお代ならいいよ」
「え? いいの? でも、これって……」
「元々間違って紛れ込んでいたんだしね。だから欲しいと思う人にあげるつもりだったんだよ。
……ホラ! 早く持って行っておあげ。男は女の子を待たせるもんじゃないよ?」
「あ……えと、うん。あ、あんがとな。おばちゃん」
「お礼なんていいから。さ、ホラホラ!」


 横島さんが、おばあさんとそんなやり取りをした後、
おばあさんに急かされるように、ウチワで扇がれながら私の所まで戻ってきます。


 ――恋人同士――


 私と横島さんがそんな風に見られている……

 そう思うと、心の底から喜びが浮かび上がってきます。

 そしていつの間にか、恥ずかしいと思う心がどこかに飛んで行ってしまいました。


「お、おキヌちゃん。コレ……」

 目の前の横島さんが、指輪を私に手渡そうと差し出してくれています。

 あ……でも、できれば手渡しじゃなくて、その……


「コレ! そうじゃないだろ? まったく、お前さんときたらホントに分かってないねぇ〜」

 ペシッという音とともに、いつの間にか横島さんの後ろに来ていたおばあさんが、
呆れた声で横島さんに言います。

「何すんだよ!? おばちゃん」

 横島さんが振り向いて、おばあさんに文句を言います。

 後頭部に手を当ててる所を見ると、どうやらおばあさんにウチワで叩(はた)かれたようです。

「まったく……本物だろうがおもちゃだろうが、男が女の子に指輪を送る時ってのは手渡すもんじゃないよ!
ホントはお前さんも分かってるんだろ? ホラ! 今度はちゃんとおやり」

「あ……えっと、そのぉ……」

「ハイハイ。私がいたらやりにくいってんだろ?
私ぁ奥に引っ込んでるから。今度はちゃんとするんだよ?」

 おばあさんが腰に手を当てて、横島さんにそうまくしたてた後、
チラリと私を見ると、微笑みながら頷きます。

 それに対して私も、ゆっくりと微笑んで会釈しました。


 私が感謝を込めて会釈した後、頭を上げると、
そこには、さっさと奥の居間へと引っ込んで行くおばあさんの姿が。


 ピシャリ……と、おばあさんが後ろ手で障子を閉める音が店内に響きます。

 そして、今や二人きりとなった店内には静けさが訪れ、
穏やかな空気が二人の間を流れていきます。


 チリーン……


 再び鳴る風鈴の音……

 いつの間にか私達は、お互いの顔を見詰め合っていました。

 そしてその風鈴の音を合図に、私は左手の甲を上に向けて横島さんに差し出します。

 横島さんがその手を右手に取ると、左手に持った指輪をゆっくりと……

 ゆっくりと私の薬指に差し入れてくれました。


「……ぴったりだ」

 思わずそう溢したのでしょう。

 横島さんの言う通り、その指輪は私の指のサイズにぴったりと合っていました。

 私はその感触を確かめるように両手でしっかりと握ると、
胸の前に持って行って、そのまま抱き締めるように抱え込みます。

 そして込み上げてくる嬉しさに思わず……


「おキヌちゃん……」


 横島さんの呼びかけに、俯(うつむ)いていた顔を上げると、横島さんが問い掛けます。


「……泣いてるの?」


 そう尋ねる横島さんの言葉を証明するかのように、私の頬を涙がつたいます。

 でも、私はその言葉に頭(かぶり)を振ってこう答えます。


「違います……嬉しいんです。とっても……嬉しいんです……」


 その後はとても言葉にはなりません。

 例えおもちゃの指輪であろうとも、この嬉しさは本物なんです。


「おキヌちゃん……俺……」


 その言葉に再び横島さんの顔を見上げます。

 横島さんは真剣な面差しで私を見つめていて……

 横島さんの両手がそっと私の肩を掴みます。


 そして静かに抱き寄せてきて……


 十センチ……


 お互いの。


 五センチ……


 唇の距離が。


 三センチ……


 縮まってきて。


 一センチ……










――おばちゃーーん!! アイスあるー? あーボクにもアイスー! 私にもーー!
  えー!? この間おごったじゃん! いいじゃん、今日もおごってよーー!
  あーー! 知らないお兄ちゃんとお姉ちゃんがいるーー!! あー! ホントだーー!!
  えー? なになにーー? あーーー!! お兄ちゃんがお姉ちゃんの肩つかんでるーー!
  ホントだーー! ええー!? もしかして“らぶしーん”なの? うわー“らぶしーん”だぁー!
  ええっ!? ボクにも見せてーー! 私も私もーーー!! おいっ! 押すなよーー!




 バタバタと、たくさんの足音が聞こえたかと思ったら、
五、六人の子供達がワラワラと店内に入ってきました。

 思わずパッと離れた私達でしたが、横島さんの手が私の肩を掴んだままだったんです……

「ホラホラ、あんた達。お兄ちゃん達の邪魔をすんじゃないよ」

 硬直したままの私達をよそに、おばあさんが子供達の相手をし始めました。


 それから、おばあさんが子供達に私達のことを話している間、
横島さんの手はずっと私の肩に置かれたままだったんです……



 うぅ……もうちょっとだったのに……クスン。



 ……って言うか、おばあさん? いつの間に出てきたんですか?




◆◆◆




「おしっ! どうだーー!!」

「うわっ! おにーちゃんすげーーー!!」
「すげぇーーー!!」
「どうやったらこんなに回せるのー?」

「ふふ〜〜ん。こいつにはコツがあってな、この巻き方がミソなのさ。
ホントは秘密なんだけどな、特別にお前達に伝授してやろう!」

「ホント!? お兄ちゃん!」
「ボクにも教えてー!」
「ボクが先だよーー!!」

「コラコラ、喧嘩すんじゃねーよ。ちゃんと教えるからよく見てるんだぞ?」

「「「ウン!!」」」


 ウフフ、すっかり懐かれちゃってますねぇ〜。

 子供達にベーゴマの回し方を教えてあげています。

 横島さんってば、小さい子供と遊ぶことにかけてはもの凄い才能を発揮しますから。

 最近のひのめちゃんの遊び相手は、もっぱら横島さんが務めていて、
私や、お姉さんである美神さんが相手をするよりもずっと喜んでいるんです。

 シロちゃんはシッポを掴まれて以来、ずっと逃げ回っていますし、
タマモちゃんに至っては最初から投げ出しています。


 う〜〜〜ん……こうなると、ひのめちゃんも要注意ですねぇ……


「ねぇねぇ、おねぇちゃん。コレどうやるか教えてーー?」
「教えて〜〜」
「私にもーー」

 私がちょっと不穏な考えに没頭していると、女の子達が私に話しかけてきました。

 はぅ……教えてと言われても、私には今の女の子の遊びはよく分からないんですよねぇ……



 今、私達がいるのは、駄菓子屋さんの隣にある空き地です。

 丁度、家一軒分のスペースがそこにあって、子供達のかっこうの遊び場になっているそうです。

 それに、夏の日差しも駄菓子屋さんの陰になっていて、暑さもそんなに気になりません。

 又、大通りから外れたこの脇道は、滅多に車も通らないようです。

 近代的な建物が立ち並ぶ大通りとは違い、この通りにある家々は古い住宅が立ち並んでいて、
いわゆる、下町的な雰囲気が漂っています。


 日傘を差して、世間話に華を咲かせる近所のお母さん方。

 玄関の前をひしゃくで打ち水する年配のおじさん。

 通りの脇に長椅子を持ち出して囲碁に興じるおじいさんたち。

 そして、その後ろに座ってスイカを食べる、小さな子供達の姿。


 今ではすっかり近代的なビルの立ち並ぶ街を見慣れてしまった私には、
なんとも懐かしく思えるような光景がこの通りに広がっています。

 三百年前の光景からすれば、ココも十分近代的なんですけど、どうしてでしょうか?

 この時代の生まれではないはずの私が、懐かしいなんて思えてしまうのは……

 ……ひょっとして、“今も” 感じているこの既視感と何か関係があるんでしょうか……



 でも、とりあえずはその既視感を頭から追い出します。

 あの後、おばあさんを介して子供達と知り合ったのはいいんですけど、
何故かそのまま子供達の遊び相手になっちゃてて、少し困っちゃってるんです……


 男の子達は横島さんから遊び方を教えて貰ったりしてて、楽しく遊んでいますけど、
私の場合はそういう訳にもいきません。

 何しろ私が子供時代を過ごしたのは、遥か三百年前の大昔です。

 当然、今の子供達に通じるような遊び方なんて……


 あっ!! そういえば、さっきのおもちゃ売り場に……


「ちょっと待ってて。買ってくるものがあるからね?」

「えー? 教えてくれないのーー?」
「何買ってくるのー? おねえちゃん」
「何なのー?」

 私はその子供達の言葉に 「待っててねー」 とだけ答えると、再び店内に入ります。



「おや? どうしたんだい?」

「すみません、えっと……これが欲しいんですけど……」

「おやおや、今時の子には見向きもされないんだけどねぇ。それは」

「いえ、これがいいんです」

「わかったよ。ホラ、これだけでいいのかい?」

「いいえ。できればもう何個か……」

「おやまぁ。そんなに買ってできるのかい? 驚いたねぇ〜」

「えへへ……それじゃ、ありがとうございます」

「あいよ。子供達に教えてやっておくれ……それにしても、今時の若い娘はそんな格好をするんだねぇ。
いくらあの彼氏さんの為とは言っても、ちょっと大胆すぎやしないかい?」

「え……それはその……」

 おばあさんの思わぬ質問に、私はしどろもどろになりながらキャミソールについて説明しました。

「ふ〜ん? 最近の流行なのかい? 私もよく街に買い物に行くけど、
そんな服を着た人は居なかったけどねぇ……」

 ……どういうことでしょうか?
街には私以外にもキャミソールを着た女性が何人も居ましたけど……


 私は、小首を傾げながら奥へと戻るおばあさんに軽く会釈して店の外に出ようとしましたが、
不意に当初から感じていた既視感のことが頭をよぎり、店内を振り返ります。


 ……!?


 き、気のせいでしょうか?

 店の奥へと歩いていた、おばあさんの姿が一瞬……


 ……ううん、きっと気のせいでしょうね……

 日射病の余韻がまだ、頭の中に残っていた所為でしょう。

 私は無理矢理自分を納得させて、子供達の所まで戻ることにしました。




◆◆◆




「うわ〜〜あ、おねぇちゃんすごーーい!」
「うちのおばあちゃんより上手〜♪」
「私、二個しかできない……」

 ポンポンとリズムよく宙を舞う数が三つ、四つと増えていきます。

 それを見た子供達が、なんとか真似しようと悪戦苦闘。

 コツさえ掴めれば結構簡単にできるんですけど、
やはり今の時代、教える人が減っているのか、中々うまくいかないようです。


 ――お手玉――


 江戸時代のものとは形も違いますけど、店内のおもちゃ売り場にあったそれを見て、
直ぐにお手玉だと分かった私は、これを子供達に教えることにしました。

 空き地の隅に積まれていたブロックに腰掛けて 「観ててね?」 と、お手玉をし始めると、
最初は不満気だったこの子達も、直ぐに興味を示してくれました。

 やっぱり長く続いてきた伝統の遊びは、時代を超えても子供達に愛されるんですねぇ〜。

 そう思うと嬉しくなります。

「一番はじめは一宮〜♪  二また日光東照宮〜♪」

 数え歌も、ホントは私の時代のものを歌いたかったんですけど、
唯一覚えているのが、あの子守唄だけですから仕方ありません。

 でも、まさかシロちゃん達と一緒に見てた教育番組がこんな所で役に立つとは思いませんでした。

 元々は、現代の常識や習慣を覚えさせるために見始めたものだったんですけどねぇ。

「うわっ! 五つ? えっ!? 六つも!? すごいすご〜い!」
「うわぁ〜! おにいちゃんも凄いけど、おねえちゃんもすごーい!」
「ホントだー! おねぇちゃん、すげぇー!」

「へぇ〜〜。おキヌちゃんがお手玉してるとこ見るの初めてだよ。上手いなぁ〜」


 お手玉の数を増やしていく内に、男の子達まで集まってきました。

 その後ろから、横島さんが感心したように私のお手玉を観てくれています。

 ちょっと恥ずかしいですけど……なんだか得意な気持ちになりますね〜♪


「おやおや、若いのに大したもんだね〜。
今時の若い娘でそこまでできるのは私も始めて見るよ。
こりゃ、私も負けてらんないねぇ〜」


 更におばあさんまでやってきました。

 その手にはお手玉が握られている所を見ると、
どうやら、おばあさんも参加するみたいです。



 空き地に流れる数え歌。

 宙を舞う玉の数が増える度に起こる歓声。

 それを聞きつけて、集まってきた近所のお母さん方。

 打ち水をしていたおじさんも、囲碁に興じていたおじいさん達も、
その手を止めてこちらに見入ってくれています。

 次第に増えてきた人の数に、少し気後れしてしまう私。

 そんな私を見て、大丈夫だよと言わんばかりに微笑んでくれるおばあさん。

 そして、気を取り直した私と競うようにお手玉の数を増やしていきます。



 今、そこにあるのは現代の人達が忘れかけた暖かな空間……



 それは正しく “古きよき時代” の残照……



 チリーン……




◆◆◆




「で? つい時が経つのも忘れてしまった……と?」

「ご、ごめんなさい。美神さん」

「すんません、その……俺が悪いんス」

「そんな! 私がお手玉に熱中したばっかりに……」

「ハイハイ、もういいから! ……もう怒っちゃいないわよ。
でもね? そういう時は私に連絡を入れるものよ? 横島クン。
何の為に携帯持たせたと思ってるのよ。
おキヌちゃんに何かあったときには、アンタがしっかりしなきゃダメでしょ?」

「あ……そうだった、俺、携帯持ってたんだった……」

「呆れた……まったく……まあ、大事には至らなかったからよかったけど、
今度からキチンと連絡を入れること! いいわね?」

「はい! すんませんでした」

「横島さん……ごめんなさい。私の所為で……」

「いや、おキヌちゃんの所為じゃ 「だからそれはもう止めなさい!」……ハイ」


 結局、私達が事務所に帰って来たのは、日もだいぶ傾いた頃でした。

 心配した美神さんに二人して怒られて……特に横島さんが……

 はうぅ……ごめんなさい。横島さん。

 お詫びに、今夜の晩御飯は思いっきりのご馳走にしますからね?




◆◆◆




 数日後、私と横島さんは休日を利用してあの駄菓子屋さんに訪れることにしました。

 あのおばあさんに改めてお詫びとお礼を言いに行くためです。

 それに子供達とも約束したんです、又一緒に遊びましょうって……





 それが……


「え? 嘘だろ……」

「そんな……この間はココに……」


 こんなことになるなんて……




◆◆◆




「あぁ。あそこにあった駄菓子屋かい? それならもう、かなり前に閉まっちまったよ」


 大通りから脇に入った、この小さな通りにあったはずの駄菓子屋さんがなくなっていました。

 それに通りの様子もこの間とまるで違ってしまっています。

 木造の古い住宅が立ち並んでたこの通りは、今や近代的なコンクリートの住宅に取って代わられてて、
あの時とはまったく雰囲気が変わってしまっていました。

 駄菓子屋さんも、その隣にあった空き地ごとなくなり、今は立派なマンションが建っています。

 入る道を間違えたのかと思ったのですが……何度確認しても間違いなくココなんです。


「閉まっちまったって……そりゃいつのことなんです!?」

 呆然としてしまった私の代わりに、横島さんが近くを通ったおじさんに駄菓子屋さんのことを尋ねています。

「いつって……ああ、ひょっとして小さい頃にあの駄菓子屋の常連だった子かい?
残念だけどね、その駄菓子屋のばあさんが亡くなって跡を継ぐ者もいなくてねぇ。
確か息子さんがいたけど、あのとおり、土地を建物ごと売っぱらってね、マンションになっちまったよ」

「亡くなったって、そんな……」

「まあ、かなり歳だったからねぇ。俺んところの倅(せがれ)もよく通ってたもんだが……」

「あ、あの。それっていつのことなんですか? 俺達はこの間……」

 絶句する私達に、おじさんは告げた言葉は……



 更に私達から言葉を奪いました。



「この間? 何かの間違いじゃないのかい?
だって、ばあさんが亡くなったのは平成の元年……





つまり、昭和の終わった年だよ」




◆◆◆




「残留思念……ってヤツね。ホラ、おキヌちゃんが生き返ったあの祠に導師の残留思念が居たでしょ?
それと同じように、その “場” に留まっていた記憶の残照ってヤツがあなた達を取り込んだんでしょうね」


 茫然自失となって帰って来た私達は、美神さんにこのことを報告すると、
美神さんはしばらく考えた後、私達にそう告げたんです。


 だからあの時……おばあさんに振り向いたときに、
おばあさんの姿が一瞬ぼやけて、透けて見えたんですね……


 私が、あの駄菓子屋で感じていた既視感の正体がようやく分かりました。

 あの時の、導師様の残留思念と同じ印象だったんですね……

 導師様が見せた、三百年前の映像と同じ様に……

 現実なようでいて、実は現実ではなかった “あの場にあった” 記憶の残照……

 でも、導師様の映像とは決定的に違うものがあります。


「俺達……夢でも見たのかな……」

「違います。夢なんかじゃないですよ……この指輪がその証拠です」

 そうです、夢なんかじゃありません。

 お手玉はあの子達にあげちゃいましたけど、横島さんに買ってもらった指輪はちゃんとココにあります。


 ちゃんとココにあるんです……


「おキヌちゃん……」

 私が指輪を握り締めて俯いていると、横島さんが私の肩に腕を回します。

「そうだよな。きっとあのおばちゃんが見せてくれた “俺達の思い出” なんだよな」

「横島さん……」

 俯いていた顔を上げて、横島さんを見つめます。

 そうですね、これはきっとあのおばあさんが私達にくれた “二人の共通の思い出” なんですよね……



「……ちょっと、アンタ達? 私が居るのを忘れてない?」

「え? えっと、その……」

「いや、その、俺は別に……」

「ふ〜〜〜ん? 指輪まで買って上げたくせに 『別に』 ですって?
まーーったく、横島クンも隅に置けないようなことするようになったもんねぇ〜」

「「み、美神さん!」」


 その後は、二人して散々美神さんにからかわれちゃいました……


 うぅ……恥ずかしいですぅ……




◆◆◆




 チリーン……


「で? 結局その指輪が本物になっちゃったって落ちなんでしょ?」

「あーーあっ、熱い熱い……」

「もう! 二人とも真面目に聞いてください!」

 そりゃ確かに “あの時” から数年、今度は本物の指輪を頂きましたけど……
でも、その時の指輪もちゃんと持っているんですからね?

 大切な “私達の思い出の品” なんですから……

「なあ、かおり? 今日は夏一番の “熱さ” になりそうだぜ」

「まったくですわ。まりさんの言うとおり、過去最高を記録しそうですわね」

「ふぇ!? わ、私……口に出してました?」

「……旦那に感化されんのもほどほどにな?」

「もう手遅れって気がしますけどね」

「もう! 二人とも!!」




 チリーン……


 今年の夏も、風鈴の音が響きます……




 終わり。

ようやく投稿できました。夏企画です。
このSSを書く際、おキヌちゃんのファッションについては作家様方に様々な参考意見を頂きました。
特に猫姫様、亮太様、ゆめりあん様など、女性作家の方々には大いに参考になるご意見を頂き、
真にありがとうございました。この場をお借りしてお礼申し上げます。
又、推敲にあたっては、ちくわぶ様、龍鬼様等、作家様方に大変為になるご意見、ご指導を頂きました。
これも合わせてお礼申し上げます。ありがとうございました。m(_ _)mペコリ

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