「あっついわね」
油蝉の大合唱と、文字通り差し込むかのごとく降り注ぐ日光が、縁側にいる二人を包み込む。
「暑いでござるなぁ」
うんざりといった表情の少女と、方や暑さすらも楽しんでいるような少女。
団扇を力なく煽ぐ少女が日陰になる位置に移動しつつ、もう片方の少女に尋ねた。
「あんた、何で平気なのよ」
「夏は暑いものでござる」
まるで答えになっていない。
しかし然も当然であろう、とでも言わんかの如くきっぱりと言い切られると、それ以上問おうという気にはなれなかった。
「お主は弛んでるのでござるよ」
差し込む陽光が、まるでジリジリと音を立てているようにすら感じられる、人里離れた山奥の集落。
木造茅葺の時代を感じさせる日本家屋に、二人の少女はいた。
訳あって同じ場所で居候をしている二人は、共に雇い主から「夏休み」を宣告され、雇い主自身も何処かへと旅立ってしまった。
他に行き場の無い二人は、帰る場所のある方がその故郷へ、帰る場所の無い方を連れての里帰り。
山超え谷超え野を超えて、やって来たるは獣の郷。
一際大きな屋敷に辿り着いた時には、連れてこられた方はくたびれ果ててしまっていた。
現代文明という名の数々に囲まれた生活にすっかり慣れてしまった少女は、弛んでるとの指摘にぐうの音も出ない。
しかし野に生きていたとは言っても、今生では僅かの間でしか無かった為、致し方ないのかもしれないが。
「そんな事言ったってさぁ」
「お主も拙者と一緒にサンポに行くでござるよ。普段からお日さまの下で動いていれば慣れるでござる。それに―――」
「……何よ」
口の端を僅かに吊り上げ、逆に目尻は下げた歪な横目で言葉を継げる。
「だいえっとにもなるでござるよ」
「なっ!」
目の前の少女の言葉に少なからず衝撃を受ける。
年頃の女としては聞き捨てなら無い発言に、文字通り絶句する。
しかしわなわなと身震いをしている少女に追い討ちをかけるが如く、言葉が継げられる。
「大体お主は普段から怠け癖が付いているでござる。仕事に出ても荷物は持たない、力仕事はしない。
仕事が無い時も精々街をぶらつくくらいでござろう」
視線を切り、もっともらしく腕を組み一人肯きながら説教を垂れる。
「そんなお主の為を思って、今回いい機会だと連れてきたのでござるが……」
つつ、とまた視線を戻し、再度あの歪な横目で見やる。
「腹まで弛んでたら目も当てられないでござろう?」
「な、ん、で、すっ、てぇーっ!!」
言いたい放題言われていたが、ついに堪忍袋の尾が切れる。
「私のおなかの、どこが弛んでるって言うのよ!
大体私はあんたと違って頭脳派なの! 適材適所って言葉があるでしょ? それに……な、なによ」
「ぬっふっふ。それっ」
「きゃっ、ちょ、くすぐった、あはは、やめなさいよっ、あははは、やめてったらーっ」
不適な笑みを浮かべつつにじり寄られ、腹部を摘まれる。
くすぐったさとこそばゆさに悶えるが、攻めの手が緩むことは無く、いいように弄ばれてしまう。
「だーっ! もう、ただでさえ暑いってのに!」
やっとの事で纏わり付いていた少女を跳ね除ける。
息を切らしながら額の汗を拭い、そのまま付き合っていられないとでも言わんばかりに屋敷の奥に引っ込んで行ってしまった。
「風が通るここが一番涼しいでござるよー」
一方の少女は悪びれるでも無く、ただ楽しそうに声をかける。
しかし返ってくる返事は、無かった。
「ご飯でござるよ。そろそろ機嫌直すでござる」
どうしてこんな処にいるのか、野暮な事は聞かない。
ただ里が一望できる樹の上にいる友人に声をかける。
「別に、怒ってる訳じゃ無いわよ」
樹上から遠くを見つめたまま、気の無いような口ぶりで呟く。
夕陽が眩しいのか、やや目を細めたまま郷を眺めている。
呼びに来た方は、ふう、と一つ溜息を吐き、枝に手をかけ、登っていった。
「何が見えるでござる」
隣に座り、郷の方に目を向けつつ、尋ねる。
「ん、あんたの家が見える」
「そうでござるな」
「いいところね」
「そうでござろう?」
「・・・・・・・・・・・・」
言葉が途切れる。
沈みかけた夕陽が二人の少女の顔を茜色に染め上げ、木々を揺らす風が優しく吹き抜けていく。
「いつでも、来るがいいでござる」
「・・・・・・・・・」
また、無言になる。
二人を包むのは、風の音と、虫のざわめき。
「降りるわ」
夕陽が完全に沈み、闇が世界を支配し始めた頃になって、ようやく動き出す。
樹から降りた二人は、並んで歩き出す。
昼と変わらぬ蝉の声に囲まれながら、二人で歩いていく。
「あっついわね」
「暑いでござるなぁ」
―――でも、たまには悪くないかもね
夏の香りに包まれながら、歩いていく。
二人並んで、歩いていく。
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