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【夏企画】雨空に想う




これは、少し昔のお話。
雨の降り続く季節のお話。
雨が嫌いな幽霊たちのお話。





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しとしとと。しとしとと。

止む気配も無く、けれどそれ以上に強まる気配も無く
静かに、ただただ静かに雨が降っている。
昨日も天候は雨だった。きっと明日も雨、ないしは曇りなのだろう。
梅雨という季節柄、仕方の無いことだとはいっても、それだけで納得できるはずも無い。
道行く人々の表情にも、何処か陰りが落ちているかのよう。
そして雨を嫌うのは何も人ばかりではない。
いや、むしろ彼こそがこの季節を最も鬱陶しがっているに違いない。
何故ならば―――


(……あー、傘させる人達が羨ましい)


心からのため息を声に変えることは無く、人工幽霊一号は胸の中だけで呟いた。











人々が住まい、暮らし、生活を行うための場所を提供する建造物な彼にとって
雨とは避けてよいものではなく、積極的にその身で以って防ぐもの。
元より、手足も無い上に、移動すること自体が叶わないわけだが
こうも毎日毎日不機嫌な天気が続けば、気分も滅入ってくる。
愚痴愚痴と非生産的な思いにも捕らわれようというものだ。

けれど、人工幽霊一号は同時に思うことがある。
降り続く雨を厭う感情。晴れた青空を願う感情。
当たり前のようにそんな気持ちを抱ける、それ自体が



(今が幸せだということなのかもしれませんね。
 昔は晴れの日も、雨の日も、曇りの日も)



ただ時が過ぎるというだけの毎日だった。
日が昇って沈み、朝と夜とが繰り返される日々。
考えることばかりか、感じることさえも希薄だった頃。
茫洋とした昔と比べれば、今はよほど充実している。



『でもやっぱり嫌なもんは嫌ですよね』



自己欺瞞失敗。
あまり思い出したくも無い過去と、とりあえず不満も少ない今とを比較して
せめても肯定的な気分に持っていこうとする試みは上手くいかなかったようだ。
今度はしっかり言葉に代えた不満にため息一つ。
そして賛同する声一つ。



『洗濯物が乾かないですもんねー』

『おや? 』




不満そうにこぼすのは、もう一人の幽霊。
意識を雨の街から自らの内へと向けてみれば、其処には見知った顔と人魂。
氷室キヌが指をくわえて、ぷー、と窓を通して空を仰いでいた。

彼女も雨は嫌いだった。
だって太陽が顔を出してくれないのだ。だから洗濯物を干せないのだ。
室内干しにも限界があるし、外に干すのと比べるとどうしても乾き悪い。
微妙に匂うこともあれば、お日様の香りがしないのも不満。
乾燥機? 生憎と身近に使用できるのは洗濯機しかない。
コインランドリー? 何を馬鹿なことを。
月給30円という現実に全人工幽霊一号が泣いた。
だが涙は見せない。建造物だもん。



『どうしたの、人工幽霊一号?
 何だか、とっても悲しげな気配を感じるんだけど』

『気にしないでください。これは心の汗です』

『どれ?』



どれと言われましても。
心意気だけで微笑みながら、人工幽霊一号は華麗なスルーをきめた。
おキヌは首を傾げはしたが、優しさに定評のある彼女はそれ以上の追求はしない。
代わりに、変わらず雨模様な窓の外へと、おキヌは手を差し伸べた。
彼女は幽霊。ガラスも壁も、まるで幻のように擦り抜ける。
外気に触れた手のひらは、灰色に霞む空へと向けられる。
まるで雨を受け止めようとしているかのように。
けれど、そんな彼女の手が濡れることは無い。
空から注がれる雨滴は、その手を通過して地面へと落ちてゆく。
冷たさも、打たれる感覚も、濡れる感触も、何もありはしなかった。
困ったように、彼女は笑う。手を引っ込めて、諦めを受け入れるように。



『雨は、嫌いですね』

『…………』



ずっと濡れ続けている人工幽霊一号は、ただ無言ばかりを返すのみ。
言葉だけであれば同じ、気持ちだけであれば同じ。
ただその理由だけが違っていた。
幽霊たちによる視線は空を覆う雲の先、太陽の輝く蒼天を幻視する。
不機嫌な曇り空は、今日もまた青空を見せてはくれない。





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午後を過ぎても、空模様に変わりは無かった。
止むでもなく、強まるでもなく、淡々と街でリズムを刻んでいる。



人工幽霊一号は暇を持て余していた。
気分の晴れない天候もさることながら、単純にやることが無い。
オーナーである美神令子を含めて、今は事務所に誰も居ないわけで。
休みを明言などしていない、自主的休暇である。サボりとも言う。
おそらくオーナーは、空調の程よく効いた部屋で二度寝三度寝、四度寝でもしているのだろう。
何処の駄目学生だ貴様と思われるかもしれないが、安心して頂きたい。それ以上だ。


『雨は嫌いなの。濡れるから』


その一言で、全ての依頼を断っているオーナーの態度は
まさに人生舐めてるクソアマと言っても過言ではない。
むしろ、その程度の罵言では、正しく評するに言葉が足りないか。
だが、人工幽霊一号は建築物にして人工物にして所有物。
オーナーが白を黒と言えば黒なのだし、シロをタマモと言えば狐なのだ。
誰がオーナーのことを何と言おうとも、山の如くに黙り尽くす所存。
時に沈黙は、消極的な肯定と思われるかもしれないが
それはあくまで邪推というものなのであしからず。

そんなわけで。
人工幽霊一号は、暇を持て余していた。
平日である今日、横島は学校に行っているし
唯一、事務所に居たおキヌも午後になって外出していたから。



『しっかし、暇ですねー。
 心を亡くすと書いて忙しいと読むとは言いますが
 薬も過ぎれば毒となるように、あんまり暇な時間もまた苦痛ですよねー』



心中での愚痴すらも吐くのに飽きた人工幽霊一号は
雨や空にちなんだ歌を思い浮かべながら、よしなし事に想いを馳せる。



(蛇の目が傘の模様だって知ってても、見たことある方って今時居るんでしょーか。
 しかし蛇の目って、邪の目と書くと横島さんが覗きしてるみたいですね。
 ぴちぴち、とか。ちゃぷちゃぷ、とか。こうして考えると狙ってるとしか思えません。
 しかも覧覧覧と来てしまっては、言い逃れも聞きません。なんてエロス。
 最後はオーナーによる打撃音、重みのある物体が落ちるかのような風を切る音
 そして、地面と中身の詰まった水袋が仲良くなる音で幕、と。どんなホラーだ。

 てるてるぼーず、ってフレーズ最初に考えた人は天才じゃないかと。
 照っててボーズですよ。うおっまぶしっ、と言わんばかりじゃないですか。
 しかも照る照るとか。大事なことだから二回言いましたとでも言いたいのか。
 しかし金の鈴、甘いお酒、そして首。
 同じく作られた物としては、身につまされますねぇ。
 ところで申し訳ありません唐巣神父。
 いえ、別に何かしたわけではないですが、思い浮かべたと言うことそれ自体が罪な気分。

 ここしばらく、夕焼けも小焼けも見てないですねー。でも小焼けって何だろう。
 山のお寺の鐘。今で言えば、学校のチャイムがそれに当たるでしょうか。
 烏と一緒に帰りましょ、でも帰るべき場所が私ですからっ、残念っ。
 ギター侍は置いといて、小鳥は夢を見るんでしょうか?
 夢に見るのは朱に染まった夕焼け空か、金の星に丸いお月様の浮かんだ夜の空か。
 少なくとも幽霊は夢を見ますが。ええ、体験談として。

 あー手のひらを太陽に透かしてみたい。無いけど、手のひら)



大概、無駄な思考で暇を潰しまくっていた人工幽霊壱号だったが
そのせいだろう。おキヌが近くまで帰ってきているのに、気付かなかったのは。
人工幽霊壱号が気付いた時には、つい其処の歩道を買い物袋を手にふよふよ浮かぶ幽霊一人。
いや、正確に言うならば一人ではない。同行している者を合わせて二人。
微かに雨脚の弱まった中の光景が、目も無いのに見えるこの不思議。
いやいや、今はそんなことは限りなくどうでもいい。



『おや、おやおや』



人工幽霊壱号の呟きが漏れる。
表情が浮かべられるなら、きっとにやけていたに違いない

わざわざおキヌが学校まで傘を届けたのか。
それとも偶然、買い物帰りのおキヌと出会ったのか。
あるいは、そのどちらでもないのか。

理由は解らないけれど、別に解らなくてもいい。
重要なのはその光景。
左手に学生鞄を持った横島が、右手で差した傘の下。
何処か恥ずかしそうに、頬を赤らめたおキヌが居るという事実。
彼らが交わす会話の内容は、雨にまぎれて聞こえない。
聞こえなくても、浮かべた微笑だけは見間違えようも無く。

意味が無いと言うのであれば、全く意味など無い行為。
それでも、人工幽霊壱号は無意味だとは思わなかった。
濡れるはずの無い身でありながら、雨を避けるように寄り添うおキヌも。
庇う必要なんて何も無いというのに、雨に左肩を濡らし続ける横島も。






ふと人工幽霊壱号は空に願う
あれほどに止むことを念じていた筈の自分に苦笑しつつ。



どうか、彼らが私の元へ帰ってくるまで

どうか、この雨が止んだりしませんように、と。





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これは、少し昔のお話。
雨の降り続く季節のお話。
雨が嫌いな幽霊たちのお話。

雨が嫌いだった、幽霊たちのお話。


豪です。少し過去のお話、梅雨のお話です。
お盆も過ぎた今、微妙な時期外れという現実からは目を反らしつつ

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