真っ青な空に照りつける太陽。
蝉の大合唱に、暑さなど気にもせず走り回る子供達。
夏まっさかり、である。
8月と言えば夏休み。夏休みと言えば一夏のアバンチュール。
海に山に出かけては、一夏の甘い体験をする……青春である。
「青春ねぇ」
「これのドコが青春だと言うんじゃああああああああっ!!」
本体である机に腰掛け、意味の分からない事を言ってくる愛子に俺は爆発した。
一徹もびっくりな机返しによって溜まったストレスを発散させる。
世間一般の高校生は夏休みである。
しかし俺は補習の為毎日毎日学校に来ていた。
お前の足りない出席日数をカバーするには夏休みは休みじゃないとか何とか、あのハゲめ…。
「元はと言えば横島くんが悪いんじゃない。
それに私は夏休みってみんな学校に来ないから寂しいのよね」
「だからそれのどこが青春だと言うのだ」
「え? それは勿論、来なくていいはずの学校に横島くんが来てくれるってことかな」
ふふっと笑みを浮かべて言う愛子。
「はぁ? そりゃ来なくちゃ留年だとかあのハゲが言うもんだから、仕方なくだな…」
「………もう、横島くんはやっぱり横島くんねぇ。
私は長い休みって好きじゃないんだけどね。今は横島くんがずっといるから楽しいって事よ」
愛子は一つ大きな溜息をついた後、説明を始めた。
確かに長期の休みとなれば愛子は学校に一人ぼっちだ。
部活で来てる奴らもいるけれども、部活で忙しく愛子に構う奴なんていないだろうし。
しかしなんか今さりげなく恥ずかしい事言われなかったか、俺。
「そんな地味な青春で一夏を終えて堪るかあああ!
ビキニのネーチャンが海で待ってるのに! 美しい汗を流すネーチャンが山で待ってるのに!」
「そんなネーチャンが横島くんを待ってるとは思えないけどねー」
うぅ。そんな事は分かってる、分かっちゃいるけどそんなはっきり言わなくても…。
滂沱の涙を流し視線で愛子に抗議する。
「うぅ、夏なんて大ッ嫌いだ! 夏のバカヤロオオオ!」
「はぁ、何か方向がおかしくなってるわよ。
……でも、海とか山は無理でも、プールなら学校にあるわよ」
半ば呆れ顔で、だが何かを閃いたように愛子が言ってくる。
確かに学校にプールはある。
今日は水泳部の連中もいないし忍び込もうと思えば簡単にできるだろう。
しかし――
「一人でプールで泳いで何が楽しいんだってんだ」
(はぁ……、ホントに鈍いんだから)
愛子はまたもや大きな溜息を吐き、小声で何か呟いた後胸の辺りに片手を添えて言ってきた。
「私がいるじゃない。そりゃボンキュッボンって訳じゃないけど、私だって女の子なのよ?」
「んー、愛子かぁ。ちょっと物足りな……」
「何か言ったかしら?」
「イエ、ナンデモアリマセン、アイコサン」
うっかり口を滑らせてしまった俺は愛子の笑顔に込められた殺気にやられ、ロボットのような口調で謝ってしまった。
「ほら、そうと決まれば善は急げ、よ。水着ある?」
「ある訳ねぇだろ」
「なら取って来なさい。ほらダッシュ! 今から行って帰ってくれば昼過ぎには戻ってこれるでしょ?
私は先にプールで待ってるわ。………覗いちゃダメよ?」
愛子は妙に積極的に俺を急かす。
逆らおうにも何故かそんな気は起きなかったのは、愛子の水着姿に期待する自分が居たということか。
何で愛子が水着を用意してあるのかは聞かないでおこう。机をどうするのかは激しく気になるけど。
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果たして俺はこの糞暑い中、ダッシュで家に帰り水着を服の下に履き、着替えを鞄に詰め込んで学校に戻った。
こうなってしまうともう汗だくで一刻も早くプールに入りたい。
真っ直ぐプールに向かい、そのままプールサイドに出る。
「うぉーい、愛子ー、来たぞー」
見たところプールサイドに愛子の姿は無い。
いや、本体である机だけプール脇に置いてある。
近寄ってみると水面に仰向けに浮かび、目を瞑っている愛子がいた。
「あい……」
声をかけようとして、言葉を詰まらせる。
―――か、かわいいじゃねーか。
スクール水着に包まれた愛子が両手を軽く広げて水面に浮いている。
キラキラと陽光を反射するプールに浮かぶ黒と白と紺色。
ゆらりゆらり、僅かに波立つ水面に身を任せ、そこに愛子がいる。
いつもなら煩悩が先にたち、意思とは関係なく体が勝手に飛びつくのだが、そんな事をさせない、何か神聖ささえ湛えているような愛子に、俺は見惚れるだけだった。
「ん……。あ、横島くん」
俺の気配に気付いたのか、愛子が目を開ける。
「もう、あんまり女の子を待たせるのは青春じゃないぞっ」
愛子が水面に横になった姿勢から身を起こし、俺の方を指差しながら言ってくる。笑顔で。
その笑顔にまたも魅入られた俺は戸惑うばかりで何も言えない。
そんな俺の様子を見て、愛子が一瞬何かを考え、ふむ。と一言呟き、俺の方に手を伸ばしてきた。
「ほら、上がるから手伝って」
ほれほれ、と俺の方に腕を振る。
「あ、あぁ。よっと」
伸ばした俺の腕を愛子が掴んだ瞬間、愛子の口元に先ほどとまでとは違う笑みが浮かんだのが見えた。
それを疑問に思う余地は俺には無かった。
何故なら――
「えいっ」
引っ張り上げようとした俺の方が反対にプールに引きずり込まれたから。
バランスを崩し顔からプールに着水。正直痛い。
「ぶへっ! こら愛子! 何すんだ」
口に入った塩素くさい水を吐き出しながらの当然の抗議を展開するも、当の愛子はといえばケラケラと笑っているだけだった。
「ほらほらっ」
愛子はこちらの事など意に介せず、続けて水をかけてくる。
楽しくて仕方ないといった感じの愛子につられ、気付けば俺も水をかけ返していた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ったく、服の下に水着着た意味がねーな」
ひとしきり水のかけ合いをした後、プールサイドに上がった俺は今更ながらにシャツとジーンズを脱いだ。
「あはは、ごめんごめん。でもすぐ乾くわよ」
そう言いながら愛子もプールから上がり、机に置いてあったタオルで軽く体を拭う。
特に意識はしていなかったのだが、愛子の仕草を目で追っているうちに目が合う。
「・・・・・・えっち」
手にしたタオルで体を隠すように両手で持ち、口を窄める。
「んなっ、いや、そんなつもりじゃあ%◇&#!▽」
予想外の反応に慌てて自分が何を言っているのかも分からなくなってしまう。
そんな俺の様子を口を窄めたまま見ていた愛子だったが、不意にまた笑い出した。
「くくくっ、ほんっと横島くんって面白い」
「だー、どうせ俺はそんな・・・」
「でも―――」
愛子は割り込むように言葉を継ぐ。
「私、横島くんのそういうところ、好きよ」
「えっ・・・・・・」
思わず声が漏れる。
今ひょっとして俺すごい事言われた?
「あい・・・・・・」
「くぉら横島ぁぁ! こんなところでサボってやがったのかぁー!!」
言葉の真意を確認しようとしたその時、鬼の形相となった担任がプールサイドに走りこんできた。
「教室にいないと思ったら抜け出してプールかこの野郎!」
「しまったーっ、補習中やったー!」
「貴様は補習倍だー!」
先程までの空気は何処へやら、一気に現実に引き戻される。
堪忍やぁぁ、と走って逃げる俺と追う担任を、愛子はやれやれといった感じの、しかしちょっと寂しそうな、そんな苦笑いを浮かべ、眺めていた。
―――叶わない恋ってのも、青春よね。
―――でも、
夏休みは、まだ始まったばかりだ。
夏はまだ、終わらない。
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