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【夏企画】 め組の愛子 〜真夏の特別補習授業〜
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『いつからだろう―――このコトを覚えてしまったのは…… 』
実際の年齢とは裏腹にあどけなさと一種の幼さを持つ女性。まだ少女と呼ぶに相応しい
―――彼女は一人隠れるように思慮にふけっていた。
『ココ……やっぱり暑いわね…… 』
家着だろうか……身に纏った品の良い赤のワンピース。その首筋から一筋の汗が流れた。
『ダメ……やっぱり我慢できない』
少女は大事に隠してきたソレを懐中から一本取り出すと、手慣れた様子でその桃色の唇に蓄える。主人の意思を感じ取った式神の一鬼が影から飛び出すと、その先端に小さな炎を灯した。
いつからか覚えてしまった―――秘密の遊び。……彼女自身、ソレがいけないことだとは判っている。彼女自身の好奇心や満足感とは裏 腹に、その家柄や生い立ちが―――その遊びを否定する。しかし、夜の帳が落ちた屋敷の裏手で一人、ソノ煙を身に包む時、少女は全ての しがらみから解放されて自由になれる。そんな一瞬の幻想を感じることができるのだった―――。
しかしそれは彼女に許されない。
「お嬢様!やはりここにいらしたのですね! 」
「冥子!あなたが毎夜何をしているか……私が知らないとでも思っているの! 」
「フミさん……お母様…… 」
少女は咄嗟に唇からその棒を離しながらも、不意の捜索者に戸惑いを隠せない。
「お嬢様―――こんなところに隠れてまで……お嬢様がそんな遊びをされているなんて世間様に知られでもしたら 」
『パチパチっ。パチパチっ。パチパチっ』
少女の手にしたソレ。
導火線が燃え尽きた手持ち花火は、弾ける音と光となって少女と夕闇を照らした。
「冥子!花火をするならバケツに水を用意しないといけません!って何度言えばわかるんですか! 」
「〜だって〜〜お母様〜〜〜! 」
「奥様……ツッコムポイントはそこでは無いかと……… 」
「あなたはいずれこの家を支えていかなければならないのよ!学園の先生だってやってもらわないといけないのに」
フミの極めて常識的な具申をあっさり無視してはいるものの、冥子の母は彼女なりに気苦労は耐えない様子であった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
『いつからだろう―――このコトを覚えてしまったのは…… 』
この寝顔を見るたびに想う。
夏の強い日の差し込む蒸し暑いこの部屋で、彼は無邪気にも見える笑顔で静かに寝息を立てている。トレードマークの額のバンダナも心 なしかシットリと彼を包む。
最初は私の一方的な片思い?で、無理やり彼を取り込んだ。彼だけじゃない……イロイロな学校でそうしてきたソノ行為。今となってし まえば私は何が欲しかったのかなぁ……あんなにムキになって……決して正当化されることの無い―――行い。
でも……彼が来てくれて全てが終わった。そして今―――――普通の女子高生として振舞って授業を受け、お友達と遊んだりおしゃべり したり、憧れのお勉強会もしたなぁ。そして半ば押し付けられるカタチで始まった除霊委員会―――。
こうして窓際の私を照らすオヒサマの様に………キラキラして刺激的な『私のホントの夏』がはじまった……。
絵に描いたような楽しい学生生活……学校で毎日積み重ねる楽しい思い出と、そしてハジメテ覚えてしまった―――――
『これも青春よね! 』
愛子は声を出さないように唇をそっと動かすと、自分の隣で眠る横島を見つめていた。
『だから…… 』
「―――であるから…… 」
「横島君 」
「―――であるからして…… 」
「横島サン」
「―――であるからという訳で……! 」
「横島さん」
「―――であるからという訳であるからっ〜〜!! 」
「ヨコシマっ!!! 」
『シュパターン! 』
「へぶらっ! 」
顔やら全身から、汗を噴出しながら『教育』に勤しんでいた教師の―――怒りの一撃が横島に炸裂した。その手にはお手製のハリセンが 握り締められている。
「何でハリセンなんでしょうか? 」
「ピートしゃん。気にしたら負けなんですぢゃ」
例によって日頃の単位不足を補うべく、横島、ピート、タイガーそしてそれらに付き合う事となった愛子の計四人の為だけに催された除 霊委員会inサマ〜もとい、劣等性の特権!夏の風物詩……『補習授業』。
『これも青春よね! 』
補習に付き合う事が決定したとき、愛子がハニカミながらそんな台詞を漏らしたのもお約束。
『キーンコーンカーンコーン』
「あ〜やっと終わった 」
「腹へったけんノ〜 」
「さすがにこの暑さでは堪えますね…… 」
昼のチャイムが本日の補習授業の終わりを告げる。
この酷暑の中での授業である。窓は開放しているとは言え、エアコンの無いこの教室での授業には、皆一様に悲鳴にも似た声を上げてい た。
愛子は自らの机に手を差し込むと、どこからか氷の入ったグラスを5つと水滴のしたたるボトルを取り出した。机上の盆にグラスを並べ ると、良く冷えた麦茶を注ぐ。
「みんなお疲れサマ。先生も暑い中ありがとうございました」
この補習授業の一番の功労者である教師―――愛子からグラスを受け取るとグッと一息に飲み干す。
「ふー」と息を吐くと「ありがとう」と。授業中には決して見せなかった笑顔を愛子にだけ覗かせた。
「これも青春だなぁ〜」
最近すっかり学校に馴染みきった理想の生徒の口癖を、教師はそっと真似してみせた。
明日の授業の予定と宿題の確認。極めて簡単にホームルームを済まし、教師は教室を後にしようとした。
「あっ!今日は午後も補習だぞ! 」
教師がふと、さも今思い出しましたと言わんばかりの発言―――和みかけた教室に戦慄が走る。
「んな?!聞いてないぞそんな事! 」
「今言ったからいいだろ!まぁ、そう残念がるな。午後は教育実習生だ。しかも美人だぞ! 」
教師からの突然の告白に驚くメンバー達。
『何?教育実習生?!すると女子大生なのか?』
センセーっ!ここわからないッス〜
あら?横島クン?!そんなこともわからないの?仕方の無い子ねぇ?!
ほらっ!ここにπが2つあるでしょ!だから……
はいっ!ここに大きいのが2つあるッス!
中身はマグロなんですか?マグロなんですね?!
そしてこれはなんてスイーティーな香り……
シャンプーなのか?!シャンプーの残り香なのですね?!
つまりこうして個別授業をしながらも……
若く清く正しい男子高校生を相手に何かシャワーを浴びないと指導できないような?!
アンナ事やこんなコトがっ!
じょーしーーーーーだぁーーーいせいっ!
「ってぶべらっ!! 」
「声に出てるわ!鬱陶しいからやめいっ! 」
早くも妄想全開となった横島に、再び教師の熱血指導という名のハリセン攻撃が炸裂していた。
『もぅ……ばかっ』
もんどり打って倒れた横島を尻目に、愛子はそっとつぶやいた。
改めて教師が説明するところによると、何でもその教育実習生は、教員免許を持っているものの未だ教壇に立ったことは無くいら しい。近々教壇に立つことが内定しており、その前に実践の感を取り戻すべく先方から申し出があった。しかも先方のせめても計らいで、 昼食は差し入れてくれるらしい。
金欠にあえぐ貧乏学生にとって天の声にも等しい差し入れに納得し、おとなしく午後も補習を受ける事と なった。
ソレが悲劇の始まりとも知らず……
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
『カンっカンっカンっ…… 』
甲高く鳴るスチール製の階段。
『ガチャ……ガッ…… 』
「ん?鍵なんか掛けやがって!折角、親友の俺が尋ねて来たってのに……部屋に入れないつもりか?
ふっ……こんな事で俺が諦めるとでも思ったのか?それとも熱射病でオツムでもやられたのか?
まぁイイ。相変わらず甘ちゃんなのは確かなようだな!
ふっ!俺の修行の成果を見せてやるっ! 」
右手を覆った霊力が物質化する。
『バキッ』
「ふっ。ざっとこんなもんだ?! 」
これも修行の成果なのか?(というよりもこれでいいのか?)彼は最大の奥義とも言える魔装術を器用に右手だけに顕現させると、躊躇 いもなくドアノブをねじ切った。さも当然の権利を執行したかの様に室内に侵入するが、彼の言う親友の姿は無い。
「夏休みに何やってるんだ?まぁいい、どうせ誰かさんに搾取されてるんだろう…… 」
勝手知ったる他人の家とばかりにズカズカと入りこみ窓を開ける。輻射で熱せられた部屋に少しはマシな風が入る。
「ふっ……せめて扇風機くらい買いやがれ……どれ」
不法侵入な上に身勝手な文句を呟くと台所に向かいヤカンを火に掛ける。そして部屋の隅のダンボールからカップめんを物色するのだっ た。
「ごちそーサマでした♪」
ちょっとカワイク言って見たのは彼なりの罪悪感への贖罪なのかはたまた……
結局、半時前までその部屋に存在していたカップめんの全てを喰い尽くした雪之丞が一息つく。
「人間、食欲を満たしたらその次はお約束だよな?! 」
またしても室内の物色をはじめる。主に古びた14インチの周りとか万年床のあたりとか……
「ん?」
目を留めたソレ。イタイケな青少年の妄想を具現化したその中に、一冊?購入したままなのか、書店の袋に入ったままの未開封となって いる一冊。ためらい無く袋を開けた。
【駄犬の厳しい躾方 〜実践編〜】
『あいつ……何考えてこんなものを?』
期待とは異なり、若干肩透かしを喰いながらもページをめくる。
第1章 叩け!愛あるならば!
第2章 縛れ!主人たれ!
………
何やら過激なタイトルが並ぶ――――が、読み進む内すっかりソノ気になっていった。
一匹狼を気取り根無し草の彼であったが、一応人並みの感性は持ち合わせている。いずれ幸せな家庭とやらを持ち、子供と共に犬の散歩 に出かけるような日常……
「まぁ、そんなのも悪くはねぇな……
なるほど、マジ勉強になったぜ……どれ、忘れない内にメモしておくか。」
ポツリと呟くと、いつかきっと来るかもしれない未来に想いを馳せ、スーパーの特売広告の裏にボールペンで想う所を殴り書く。
「ふぅ。慣れない事して肩が凝っちまったぜ。とりあえず寝るか……それにしても暑いなぁ」
シャツとズボンを脱ぎ、丁寧に衣文賭けに吊るす。そしてパンツ一丁でセンベイ布団に転がった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「こらうまい!こらうまい! 」
差し入れられた弁当に舌鼓を……もといガッツく。特に2人が。
「わっ!ワッシのエビフライっ! 」
「ウルサイ!早いモン勝ちじゃっ! 」
「これも青春よね?…… 」
横島、タイガーそして愛子にはそれぞれ3段の重箱。ピートには彼の為だけに差し入れられた深紅の薔薇―――
「駄目よ横島君。タイガー君の獲っちゃ!私こんなに食べられないしアゲルから! 」
愛子は肉団子を1つ箸で摘み、横島の重箱にそっとおと……
「ぱくっ」
「もごもご。サンキューな愛子。モゴモゴ…… 」
愛子が横島の重箱に肉団子を落とす前に、横島は愛子のお箸から直接的に租借した。
『やだ……間接キッスじゃない…… 』
愛子は横島の大胆な行動に戸惑いながらも―――心の灯火を隠す様にツンツンとした委員長口調になってしまう。
「ちょっ!ちょと横島君!おぎょう…… 」
愛子が横島への表面的な抗議の声をあげようとしたその時。
『ガタっ!! 』
薔薇を握り黄昏ていたピートが突然立ち上がった。
「こっ……これはっ! みなさんっ! コレは罠です! 早く逃げてっ!! 」
悲鳴にも似た声を突然あげるピートに視線が集まる。
「こっ……これを見てください……… 」
恐る恐るピートが指差す所―――重箱の蓋に目が留まる。
そこには―――――― 【仕出しの六道】 の文字。
『ハメラレタ…… 』
横島とタイガーがスグサマ反応して席を立とうとしたのだが、運命の女神は彼らに微笑まない。
『ガラガラっ』
まるでこちらのタイミングを見計らったかの様に教室のドアが開く。そこには皆の期待を裏切らず、冥子と鬼道の姿があった。2人とも『 六道女学院』と刺繍されたエンジ色のジャージを着込んでいる。冥子に至っては何故か髪の毛をゴム紐で縛っていた。この場合、左右一対 に縛るのが人気者教師役としては正装であろうが、もともとオカッパ髪である。一箇所だけ縛ったソレは、まるで某ママさん柔道家のよう である。
「「「やっぱり」」」
コレから起こるであろう惨劇に思わずハモル漢が3人。
愛子に至っては、その千里を走るが如くの悪事を噂に聞く程度であったためか、はたまた直接の面識……というか被害が無かった為か、今ひ とつ事の重大さに気がついていない。
「おう!皆久しぶりやなっ!君が愛子はんやな?はじめまして、ワイが鬼道や。今日はよろしゅー頼むで! 」
「皆〜さん〜今日は〜〜〜冥子センセーっ〜〜〜て呼んで〜〜〜」
妙なテンションの鬼道と、そしていつもと変わらぬ冥子が本日の生贄達……もとい生徒達に挨拶する。
「じゃっ!今日の帰りの会は終わりッスね!お先にって」
過去幾度も、冥子に関わって無事で済んだ事の無い横島がお約束の如くまたも逃走を図るが……
「めっ冥子ちゃん?」
その喉元に、冥子の式神『サンチラ』の刃が突きつけられる。
「も〜冥子センセーって読んでって〜言ったでしょ〜〜〜」
「お前ら昼飯食べたよな?!まぁ、野良犬にでも噛まれたとでも思って、その分くらいは働いてもらおか」
「っていうか鬼道お前!野良犬なのか!そう思って俺たちにけし掛けるのか?というより、六道女学院で実習でも何でもやればいいだろう 」
生物として、その生存権を主張することは極々原始的な権利である。
「横島クンなぁ……そんな危険なマネ、あの理事長が許すと思うか?」
そう……そんな横島の権利なぞ、彼の上司からの扱いと同様に、冥子の母には『知ったこっちゃ無い! 』なのである。
そうは言っても六道の理事長でもある冥子の母にも計算があった。今日、ここの学校で実習を行い、冥子に自身と自覚を身につけさせ、 そして自発的に六道の教壇に立つように導きたいのだ。しかも相手は横島達である。仮に何か問題が起こったとしても、それこそ『何か問 題が?』ということだ。
それに、今回は最悪の事態を避けるための仕掛けも考案してあるし、バッチリなはずである。
鬼道は危ない台詞を割愛しながら、横島達に説明した。
「仕掛けとは何ですか?」
「まぁ……それは後のお楽しみや。ワイは準備があるから、ほな頑張ってな! 」
ピートの問いを軽く受け流すと、鬼道は教室を出て行ってしまった。
『この……冥子先生……そんなに怖い人なの?横島君達の話からは想像付かないんだけど…… 』
『それは血を流して無いから言える台詞なんですじゃ…… 』
半ば呆然としながらも、額から汗を流す余裕のあるタイガー。
『センセー。この教室は呪われています…… 』
ピートに至ってはきつく目を閉じ、これから始まるだろう惨劇に覚悟完了した様である。ある種悟りを開いたかの様な今のピートをエミ 見れば、間違いなくお持ちかえりするであろう。
『と……兎に角。冥子ちゃんを刺激する様なことだけはするんじゃないぞ…… 』
事ここに至って、意外と冷静だったのは横島である。危険回避の最優先項目を、小声で皆に指示する。危機危険の回数はこの中ではダン トツに恵まれていた横島である。現場の叩き上げで、ある程度の危機には敏感に対応できるのである。
『あら?結構頼もしいところあるじゃない。何かあったら守ってね!横島君! 』
姉が弟をからかうように、愛子がそっと横島に耳打ちする。
『これも青春よね! 』
「じゃぁ〜〜み〜な〜さ〜ん。席についてください〜」
・
・
・
「だから〜ここにぱいが〜ふた〜っつある〜から〜分母が〜
で〜えれがんとな〜解法は〜一次〜変換で〜回転行列でぐるっと〜
ねぇ皆ぁ〜ちゃんと授業聞いて〜」
普段のおっとりした雰囲気を見事に裏切り、冥子は理論的思考の要する数学の教師だった。もちろんその授業内容は、非常におっとりか つ、非論理的な事は言うまでもない。
愛子も含めた一同に真夏の催眠光線が容赦無く降り注ぐ。
「はっはい!ちゃんと起きてます!冥子センセーっ!
ほらっ!横島君。タイガー君……ピート君まで!皆っ!これも青春よっ!! 」
不覚にもウツラウツラとしてしまった愛子が慌てた様子で横島達に声を掛ける。
「も〜ちゃんと授業できないと〜お母様に怒られる〜」
ふと、冥子の視界に何かが留まる。
「あら〜?!これな〜に〜?! 」
初めてみるソレに興が惹かれた冥子が―――ハリセンに手を伸ばす。
「あっ……それは担任の先生が生徒指導……っていうか横島君をしばっ…… 」
愛子がハリセンについて説明を始めたその時。
「ヨコシマっ! 」
『シュバターン!!!!!! 』
「ってぶべらっ!!!ぶはっ!!!!!! 」
冥子の握るハリセンが、横島の寝顔にクリーンヒットする。
「って?冥子センセー?どうしたんですか?! 」
「冥子センセー? ふっ……私の事は六道先生とお呼びなさい…… 」
「って先生キャラ変わってます!?何ですかこの設定?!! 」
「愛子しゃん。気にしたら負けなんですじゃ…… 」
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教室はジリジリと差し込む太陽光と、ピリピリとした緊張感と静寂で満ちる。今の冥子はその場にいる全員を静寂させるだけの覇気を放 っている。
「ほらっ!そこの半人前の吸血鬼っ!第一宇宙速度求めなさい!ほらっ!キビキビ前に出る!! 」
「えっ?いきなり物理ですか?……その単元はまだ習ってなくって…… 」
静寂を打ち破って突然ピートが指名された。優等生ぶってはいるが実はピート、物理が大の苦手である。
「ふん……そんなオツムでよく父親の世界観を否定したものね?! 」
困惑するピートを冥子がさらに罵る。
「まあいいわ、次そのクマ! 」
「クマでなくてタイガーですけん」
「あら?口答えする気なの?生意気な……いいわっ。連帯責任よ!皆グランドに出なさい」
「なっ?!何でそうなるんや冥子ちゃ……六道センセー?! 」
不条理な冥子の体罰?に横島が反論するが……
「いいわっ。今ここで教室もろとも微塵になるか、校庭で消し火になるか選ばせてあげるわっ」
「教室は駄目よっ!皆、表に出ましょっ! 」
「あら、愛子ちゃんはイイ子さんね。大丈夫よ。愛子ちゃんにはちょっと手伝ってもらいたいことがあるから」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
横島が学校で窮地に陥り、雪之丞が高いびきを掻いていたその頃、おキヌ、弓、一文字の3人は、極めて普通の女子高生として夏休みを 満喫していた。ランチをしてお買い物をし、そして3人揃ってお茶をする。良く冷えたダージリンと流行のスイーツ。エアコンの効いた洒 落たカフェでのおしゃべりは止め処なく続く。
「えっ?!伊達さん……こっちに帰ってきてるんですか? 」
「えぇ……帰って来るとは連絡はありましたが…… 」
おキヌの問いかけに、弓は戸惑った様子で答える。
「で?デートの約束とかはしてないのか? 」
「伊達さんあれでシャイなところありますから……弓さんの方から誘ってあげた方がいいんじゃないですか?」
「その台詞。そっくりそのまま一文字さんと氷室さんにお返ししますわ…… 」
恋する3人の乙女達。皆一様に進展らしい進展は無いようである。
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『カランカランっ! 』
「大当たり!!3等賞だよ!お譲ちゃん!!! 」
「おめでとう氷室さん」
「やったなおキヌちゃん!で?3等の商品は何だ?薄型テレビ?旅行ペアチケット? 」
時間はちょっと進んで……ここは商店街の振興イベント会場。
日頃商店街でのお買い物を日課としているおキヌが、財布の隅に見つけた一枚の福引抽選券。弓と一文字と共に抽選会場に赴いた。
「はいっ!3等はカップ焼きそば3箱だよ! 」
「なっ!何ですか?その貧乏くさい賞品は?!商店街の振興イベントなんでしょ?もっとバーンとした物お出しなさい」
「それよりも何だって微妙に焼きソバなんだ?」
「でもどうしましょう?私や美神さん……それにシロちゃんやタマモちゃんだってカップ焼きそばなんて食べませんし…… 」
三者三様な不満と悩みをそれぞれ口にするが、やはりこの賞品の収まり所が見つからずに困ってしまう。
「ならおキヌちゃん!ほらっ!あいつに持って行ってやればいいじゃないか!ほら、わたしらも1箱づつ持ってやるからさ! 」
「一文字さん!そんなっ!何でアイツの部屋までわざわざ行かないと…… 」
「ほら!雪之丞サンこっちに帰って来てるんだろ?以外とアイツの部屋に転がりこんでるんじゃないのか? まぁ乙女の漢(カン)ってや つさ」
「ちょっと一文字さん……字が違ってますし、あなたが乙女を語るなんて…… 」
「細かいこと気にしないで行くぞっ! 」
「ちょっ!ちょっと一文字さん! 」
おキヌの意見なぞまるで関係なく賞品の行き先があっさりと決まったのであった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「こっちの準備はできてるで〜」
話は戻ってこちらは学校のグラウンド。冥子の脅迫によって本日の生贄達が登場した。
横島達がグラウンドに出てみると、そこには巨大な魔方陣が描かれていた。鬼道の手によるものらしい。
「俺達は彼岸を渡る準備も心積もりもできてないぞって……鬼道のやつ聞いてねぇ…… 」
「ほな、愛子はんはここの結界に入っててな」
「なんなんですか?この結界? 」
「まぁもしもの為の保険やからな……実害は無いはずやから座っててな」
巨大な魔方円の外側に描かれた小さな陣―――愛子が席に付く。
「ほな始めよか?」
「はじめるって何を……?」
「なんや?冥子はんから聞いてないんか?除霊……この場合は格闘実習やな! 」
ピートの問いに何を今更?な鬼道が答える。
「やっぱり生贄なんじゃ…… 」
「しかし、こんな結界張ったところで、12神将が大暴れしたら屁のツッパリにもならなんぞ」
冥子の被害報告を体で体験しきっている横島が当たり前な非難の声をあげる。
しかし現実は非情である。鬼道によると、この結界は『愛子』がキーポイントとなった特別性であり、結界の外に被害が及ぶ可能性はほ とんど無いらしい。しかも、もしもの事を考えて、緊急防火設備点検という事で、校内やグラウンドには部活動に勤しむ生徒等も誰も居な い状態なのだ!まさに万全の状態である。まぁここまできたら安心して生贄プリーズなのだ!
「覚悟は決まった?それに随分己惚れてるのね?あなたたち3匹相手ならアジラちゃんだけで十分よ! 」
「そやな……どんな手を知らんか、冥子はんから何かオーラみたいなモノが出とるし…… 」
しかし鬼道もある意味、百戦練磨の冥子被害者である。触らぬ神に祟りなし、深く触れずに話しを進めてしまう魂胆だ。
横島、ピート、タイガーの三匹の生贄が結界中央に導かれる。
『じゃぁ後は頑張って』
……とそっけなく鬼道が声を掛けた。
「はじめっ」
「アジラちゃん!石化光線!!!!! 」
鬼道の開始の合図早々、冥子は危険な光線を横島に向けて放つ。しかし横島はこれを脊髄反射でカワス。
「って殺す気か!!! 」
「あら?殺すんじゃなくて石にするだけよ?!大丈夫。どっかの小金持ちのお庭にでも飾ってあげるから……安心してお逝きなさい! 」
「逝けるか〜」
「っく!バンパイアミス…… 」
「アジラちゃん!火炎攻撃!!! 」
ピートが霧に変化する直前、火炎がピートの実体を掠める。
「それをやらせると思って?私のことをまだまだ甘く見ているのでは無くて?」
至極冷徹に冥子が言い放った。
「そろそろこの茶番も終わりにしましょう!まずはそこのクマよ! 」
冥子がハリセンを折れ弓に天高々と掲げ、タイガーへの火炎攻撃を指示する。
横島とピートがタイガーの図体の後ろに隠れる。
「このままではっ!フンガー!!!幻惑精神感応!! 」
「アジラちゃん!火炎攻撃!! 」
タイガーの幻惑精神感応が発動すると同時に、アジラの火炎がタイガーに向かって一直線に――――――
――――――冥子のハリセンに直撃した。
冥子の手元部分のみを残し、ハリセンが焼失する。
「あれ?皆どーしたの?」
「って?あれ?冥子ちゃん?!正気?に戻ったのか?」
ハリセンが消失すれば正気に戻る。まぁお約束ですな?!
「ってきゃー」
正気に戻った冥子の前にあったモノ。それはタイガーの精神感応で現れた
△※×@▼$○ であった。
「きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!! 」
『ちゅっドーン!!!!! 』
「うわ〜やっぱりこうなるんか〜」
例によって12鬼の式神が暴走という名のカタストロフィが始った。
「いかん。冥子はん…… 」
慌てた鬼道が結界内に飛び込んで来た。
「任せろ!この呪縛ロープでっ!ってブベラ」
冥子を沈静化するため?鬼道が放った呪縛ロープは冥子から大きく逸れ、結界に吸い込まれていった。
そしてビガラのぶちかましを喰らって呆気なく沈黙する。
「この鬼道!役立たずっ! 」
「横島さん!ここは文珠で! 」
「えぇい。温存しておいた業を今見せてやる! これぞ横島式73の必殺技の9番! 文殊【天】【賦】 」
説明しよう!文殊【天】【賦】とは、横島の天賦の才能を発揮させる文珠なのだ!
「何で73個あっていきなり9番なんでしょうか?」
「ピートしゃん。気にしたら負けなんですぢゃ! 」
「ふふふっ!俺の天賦の才能―――すなわち、女性をメロメロにさせる才能なのさ! 」
事ナンパとなると常人外の行動力&機動力を見せる横島が、式神達の猛攻を掻い潜り冥子の元に擦り寄る。
「そっそんな無謀な?! 」
「きゃっ! 」
文珠が発動される―――冥子の全身から放たれていた霊力の嵐が一瞬で止み、式神達が主の影へと戻っていく。
「そっ……そんな?!横島さんの技が決まった? 」
冥子はジッと横島の目を見つめながら……その頬には既に一筋の涙が流れている。
「横島クン……私ってずっと気がついていなかったのね……
こんなに強く想ってくれていたなんて……
今までこんなに強い思いを受け取った事なんて無くって……
あら?私へん。涙でちゃった――― 」
クスリと笑って見せた冥子――――意識を取り戻した鬼道が思わず嫉妬してしまうような、真夏の太陽のようにキラキラして眩しい笑顔 だった。
「ふっ?冥子ちゃんはお馬鹿さんだなぁ〜僕はずっと…… 」
「12神将達もみんな感激してるのよ!横島クン。流石だわ〜〜〜あのコ達と沢山遊びたかったなんて〜〜〜
みんな〜出てらっしゃ〜い!!! 」
影から飛び出した式神達が、調子に乗った横島に一斉に飛び掛った……
・
・
・
『ジジジジジジジジ…… 』
ひぐらしの鳴き声が聞こえる。
「おっ?!横島君。目が覚めたみたいやな?」
「あれ?じいちゃん……そうか……俺…… 」
「横島君。それは鬼道先生よ!おじいちゃんじゃ無いし横島君は死んでないわ。大丈夫。手足だってちゃんと付いてるから…… 」
2回目の大暴走?ピートとタイガーは横島を人身御供にして即戦略的退散。12神将が一通り御満足するまで玩具にされた横島であった 。流石にまずいと思ったのかヒーリングを施したらしいが……。
「はぁ……まぁ生きているし善しとすべきなんだろうなぁ」
ポツリと呟き、周囲の惨状を改めて確認すると―――――――
そこにはただ普通に学校とグラウンドがあるだけ。
破壊の限りを尽くされた光景を想像していた横島は少拍子抜けといった様子である。
「あぁ……結界内部からはみ出したモンは、愛子はんの空間を使って吸収したからな」
鬼道がここで結界の種を明かす。結界で受けきれない攻撃は、愛子の空間を介して別の空間に飛ばしているらしい。飛ばすとは言っても、 愛子本人の思い入れのある場所のどこか?となるらしく、そのもしもの為に学校内から人間を全員非難させていたらしい。
実際、校内には何処にも被害は無くうまく結界で吸収できたのだろう……と鬼道は考えていたのだった。
「ところで冥子……先生……
そこまでして頑張る理由ってなんですか?なんだか青春!って感じですよね? 」
「だって〜先生やらないと〜お母様が〜『花火禁止』って言うんですもの〜 」
実に晴々とした笑顔だった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
『カンっカンっカンっ…… 』×3
甲高く鳴るスチール製の階段。
うら若い乙女には似つかわしく無い、ダンボールを抱えた少女達が横島の部屋へとやってきた。
「ちょ……ドアノブがねじ切られてますわっ! 」
幾分か開いていた部屋の内部が3人の不安をさらにあおる?
「まさか泥棒?」
「横島さんの部屋に泥棒さんですか?まさか? 」
ドアの隙間から伺え知ることの部屋の内部―――弓と一文字は元々小綺麗な部屋など想像していなかったが、この状況はあまりにも酷す ぎる。部屋中の全てがまるで台風の直撃を受けたかの荒れ様であった。
「ちょっと見てくるから2人はここに居てくれ」
一文字は担いできたダンボールを置くと、不安を隠せない2人を余所にそっとドアを開け、土足のまま部屋の奥へと進んで行く。辺りを 見渡すが人のいる気配は無い。ふと、足元に転がる何かのメモ書きに目が留まった。
『殴れ! 叩け!! 縛れ!!!
これも愛情表現の一つ!
同情するなら縄をくれ!
主人はお前だ!
横島!こんな世界があったんだな?!感動した! 』
汚く殴り書かれたそれ―――――
意味は不明だが、今はこれに構っている場合では無い。一文字はさらに荒れ果てた部屋の隅々を検分すると………
「はぅっ……これは……… 」
『バタバタバタ。バタンドン』
酷く慌てた一文字が部屋から飛び出し、勢いよくドアを閉めた。
「ど……泥棒さんが居たんですか?」
「いやっ!おキヌちゃん……何で無い。何でも無いんだよおキヌちゃん……………… 」
「ちょっと!それでは何があったかわかりませんわっ! 」
「そう!弓。ここには誰も居ない。私達の知ってる人は誰も居なかった。それに何も見なかった」
一文字は酷く慌てながら、いぶかしむ弓とおキヌの手を引いて、その場を後にするのであった。
「そう……私は何も見てない。見ちゃいけないんだ…… 」
一文字達が走り去った横島の部屋には、
『呪縛ロープで縛られ、フルボッコにされた半裸の雪之丞』
が転がっていた……
【おわれ】
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