コツコツと、廊下を歩く革靴の音が響き渡る。
綺麗に清掃されたバベルの廊下を歩くのは、スーツ姿の皆本であった。
「ん〜…バベルの中は涼しいなぁ…。
8月も半分過ぎたけど、まだまだ暑さは厳しいからなぁ…」
軽く伸びをしながら、皆本は自身の執行室へ向かっていた。
「あれ、あそこにいるのは…お〜い明くん」
廊下の数メートル先を歩ている明を見つけ、皆本は声をかけた。
「あ、ちわっす皆本さん」
「久しぶりだねぇ。
初音くんはどうしたんだい?」
姿の見えない初音を探しながら言う皆本。
「ああ、あいつなら暑い暑いって言ってシャワー室ですよ。
小鹿主任も一緒に行っちゃったんで、俺は休憩室に行こうかと思って」
「そっか、それじゃ僕も休憩室に付き合おうかな。
空調が効いてるとは言っても、トレーニングしたら暑いからねぇ…。
…その日に焼けてる姿を見るからに、夏休みを満喫出来てるのかな?」
こんがりと、健康的に日に焼けた明を見て言う皆本。
特務エスパーになったとは言え、明と初音は学生である。
夏休み期間中は緊急出動のとき以外は、基本的に自由行動となっていた。
「…まぁ…満喫出来てると言えば満喫してますね…。
ずっとバイトばっかでしたけど…」
「アルバイト?」
「ええ。
長い休みを利用して、バイト詰め込んだんですよ。
出番も無いことですし…」
遠い目をしながら言う明。
「明くん…。
今は我慢するんだ、そのうちメインを張るときが来るさ…」
涙を流しつつ皆本は言う。
「そ、そう言えば、どんなアルバイトをしてたんだい?」
しんみりしてしまった空気を変えようと、話題を変える皆本。
「ええっとですね…」
皆本の質問に、明はアルバイトの記憶を思い出していった…。
【夏企画】 夏休みの過ごし方ピヨピヨピヨピヨ……
黄色い物体が部屋一面にうごめいている。
その数は1千…いや、1万羽を軽く越えていた。
「準備はいいか初音?」
額に指を当て、初音へ声をかける明。
「うん」
返事をし、初音は狼へと変化し始める。
「よし、それじゃ行くぞ…ていっ!!」
明の声に、黄色い物体…ニワトリのヒナたちの一部がビクリと震えた。
『ピヨォォォォォッ!!』
震えたヒナたちが一斉に鳴く。
『ピヨッピヨッピヨッピヨッ!!』
そしてそのまま2列に整列し、2つ置かれたかごへと分かれて入って行く。
全てがかごへ入り切ると、残ったヒナたちの一部がまたビクリと震える。
どうやら2人は、この部屋全てのヒナを2つに分けようとしているようだった。
『グルルルルルル………』
狼へ変化した初音が、ヒナたちを睨みつける。
ギンッ!!
『ピ、ピョォォ…!』
肉食獣の眼光に襲われたヒナたちが、恐怖に震え上がる。
『ピ、ピィィィィ…』
ヒナたちは弱々しく鳴き、震えながら2つのかごへと向かって行く。
…いや、数羽が初音の前へと近付いて来る。
『ピヨ…』
何処か遠い目をしている風なヒナたちが初音の前に並び、ぱたりと床に倒れ込む。
『イタダキ…』
すぱこぉんっ!
「やめんかぁ!!」
いい音ともに明の声がこだまする。
「…明、痛い…」
変化を解除して、叩かれた頭をさすりながら言う初音。
「痛いじゃないわ阿呆っ!
お前、どさくさにまぎれて何喰おうとしてやがるっ!」
「えぇ〜…こんだけいっぱい居るんだからいいじゃん…」
「お前はぁぁぁぁ!
1羽判別につき4円のバイトなんだからな!
お前が喰ったらバイト代が減るだろうがっ!」
そう、明と初音はヒナたちの雄雌判別を行っていたのだ。
1羽につき4円とは、数さえこなせば高額なバイトである。
「ちぇ〜…」
「わかったらさっさとやるっ!」
「は〜い…」
明の指示のもと、初音は再度狼へ変化してヒナたちへ目を向けるのであった…。
「ヒヨコの雄雌鑑定…。
そんな仕事があるんだ、知らなかったよ。
でも、その仕事なら2人にぴったりなアルバイトだね」
感心しながら言う皆本。
「そうですね。
訓練にもなりますし、一石二鳥です。
それに結構いい稼ぎになるんですよ」
「へぇ〜…」
「他にも、実家に帰った時にクワガタやカブトムシ捕って昆虫ショップに売ったりとかしましたね」
「そ、そんなことまで…」
商魂(?)たくましい明に、皆本は言葉を詰まらせる。
「あとは近所の犬飼ってる家の散歩代行とかですね。
今の時期って暑いから家から出たくないって飼い主さんが多いんですよ。
前にペットショップの手伝いでやったら口コミで広がっちゃって、ちょくちょく頼まれるようになっちゃいまして…」
「そ、そうなんだ…。
それにしても、そんなに稼がなきゃならないほど家計がピンチなのかい?
食費のほとんどはバベルが負担してくれるんだろう?
なんだったらもう少し多めに申請したらどうだい?」
同じ主夫として心配して皆本は言う。
「いやぁ、そこまでピンチじゃないんですけどね…。
夏休みだから普段よりは生活費使いますけど、なんとかやりくり出来ますし…」
「それじゃあ、どうしてそんなにアルバイトを?」
「俺らも高校生ですし、個人的に買いたいって物があるじゃないですか。
一応バベルの給料から毎月小遣い分は出せてますけど、そんなに多くないですからねぇ…。
稼いだバイト代は必要な分だけ引いて、半分ずつ分け合うつもりなんですよ」
苦笑しながら言う明。
「…大変だねぇ…」
「それに…11月、12月とイベントが続くんで今のうちから準備して置こうかと思いまして」
照れながら、明は頬を掻いた。
「そっか、稼げる時に稼ごうと…。
え〜っと、12月はクリスマスとして…11月は何かあったっけ?」
頭の中でカレンダーを描きつつ言う皆本。
「…は、初音の誕生日が…」 顔を真っ赤にしつつ呟く明。
「あ〜…なるほど…」
明の言いたい事がわかったらしく、皆本は頷いた。
「そ、そんな理由もあるので、今年は頑張ろうかと…」
「なるほどねぇ…。
頑張ってね明くん、何かあれば相談に乗るからさ」
「はい、その時は宜しくお願いしますね」
笑いながら皆本へ言う明。
「明〜」
「おまたせ〜明くん」
休憩室の入口から初音と小鹿がやって来た。
「あ、皆本さんこんにちは」
「こんちゃ〜」
皆本に気付いた2人が挨拶をした。
「やあ、お帰り2人とも。
それじゃ、僕はそろそろ部屋に戻るよ。
明くん、初音くん、アルバイト頑張ってね」
「はい、それじゃまた」
「は〜い」
「あ、お疲れ様です〜」
3人に見送られながら、皆本は自身の執行室へと戻って行った。
「さてと、それじゃ俺らもそろそろ帰るか」
「うん」
明の声に、荷物を背負う初音。
「2人ともお疲れ様」
「お疲れ様です小鹿主任」
「またね〜」
小鹿へと挨拶した2人は、休憩室の出口へと向かって行く。
「あ、初音ちゃん」
小鹿が初音を呼び止め、顔を近づけた。
「明くんの誕生日プレゼント選び頑張ってね。 言ってくれれば相談に乗るから」 ごにょごにょと、初音に耳打ちをする小鹿。
「…うん」 同じく小声で答える初音。
2人とも、考えることは同じだったようだ。
「?」
そんな2人の様子を見て疑問符を上げる明。
「あ、ごめんね明くん。
それじゃまたね初音ちゃん、頑張ってね♪」
「うん」
初音はこくりと頷き、明の下へ小走りで向かって行った。
「何の話だ?」
「なんでもないよ」
「ふ〜ん…?」
「おなか空いたから早く帰ろうよ」
「そうだな、さっさと帰るか…」
軽く伸びをしながら言う明。
そのまま2人はロビーを出て行った。
もわっ…
自動ドアが開くと同時に、外気が2人を襲う。
もう少しで日が暮れる時間だが、暑さはまだまだ厳しいようだ。
「うっわあっつ…」
「うぅ〜…」
一気に暑さに負けてしまう2人。
しかし、帰らないわけには行かないので、気力を振り絞って家路へと着く。
「あ〜、水着持って来てプールで泳げばよかったなぁ…」
「そうだね〜…」
「………」
「………」
2人の間に無言の時間が流れる。
どうやら何か考えているようだ。
「「あの…」」「「っ!!」」 お互い同時に話し掛け、慌てて視線をそらす明と初音。
「な、なんだ初音、先に言っていいぞ…」
「あ、明こそ先に言っていいよ…」
「あ、ああ…。
お、俺は、『今年もまだまだ暑いから海に行かないか?』と思ってな…」
しどろもどろになりながら言う明。
「き、奇遇だね、初音も同じこと考えてたよ…」
初音も同様に、しどろもどろになっている。
「そ、そっか。
それじゃあ、バイト入ってない日に行くとするか。
昼前に着くとすると、結構早くに出なきゃ駄目かな…」
早速スケジュールを考え始める明。
「日帰りで行くの?」
考え込んでいる明へ初音が聞いた。
「ん?
まぁそうなるかねぇ…」
「泊りがけで行こうよ。
そっちの方が楽だよ」
「泊りがけねぇ…。
まぁバイト代があるから、一泊分の宿代くらいは余裕だけどさ…」
今までのバイト代を数えながら言う明。
「明はずっと初音のご飯作ってくれてるんだから、1日くらい休んで遊ぼうよ」
「…ありがとな初音、それじゃ泊りがけで行くとするか。
帰ったら旅館探さないとな、うまく2部屋空いてりゃいいけど…」
初音の言葉に感謝しながら明が言う。
「え?1部屋でいいでしょ?」
「…え?」
「2部屋にしたら余計お金かかるから、1部屋でいいでしょ?」
「そ、そりゃそうだけど…」
「いつも一緒に寝てるんだから、いつもと変わらないし」
「いや、でもな…。
はぁ、わかったよ、2人で1部屋にしようか…」
何故かガッカリしたように言う明。
「別々の部屋だと、『間違い』が起きないし…」「ん?何か言ったか?」
「ううん、なんでもない。
楽しみだね一泊旅行」
「そうだな。
そう言えば、初音と2人きりで任務とか帰省以外の旅行って初めてだな」
「そうだね。
…思い出に残る旅行にしようね」
「ああ、そうだな」
初めての2人きりの旅行に、思いを馳せる明と初音。
一体、旅行先にはどんな出来事が待っているのであろう。
2人の関係は進展するのだろうか、それとも現状維持なのだろうか。
その答えは、未だにジリジリと照りつける真夏の太陽だけが知っているのかもしれない。
とりあえず、宿泊先の仲居さんが気を利かせて『布団を1つ、枕は2つ(&枕元に+α)』の状態にして
『ごゆっくり〜』
と、意味深に笑いながら立ち去って行った…と言う事だけは記載しておく。
(了)
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