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【夏企画】夏休み

高校三年生、一学期終了日。真夏の暑い日だった。
ざわざわとクラス全体、いや学校全体が浮ついている一日。それも当然か。今日半日、校長や教頭のくそ長い、熱中症を催す話を聞き終えれば、晴れて自由の身になるのだから。故に学校全体が浮つくのは無理も無いといえた。だからこそ、

「明日から何するよ」
「もち、遊び倒しだろ。二十四時間遊べますか!何つってな」
「はは、古いっつーの」

こんな風に鈍ったるい言葉が耳に入るのは必然だった。意図せず、机に突っ伏した横顔から存外に大きい歯軋りが聞こえた。嫉妬と羨望が入り混じる生々しい音だった。

「はいはい。浮かれるのもいいが、お前らは三年生なのだから、きちんと将来を見据えた行動をとれよ」

ぱんぱんと、教室全てに聞こえる調子を打ちながら担任が入ってくる。その表情は、厳しげな何時もと変わらない表情に見えるが、どこか隠し切れない愉悦があった。ああ、そういえば漸く彼女が見つかったとか言っていたっけ。だからか。その愉悦は。
担任の、三年間どころか一生変わらぬだろう決まり文句を聞き流しながら、そんなことを思った。
はっ、ど畜生。



キーンコーンカーンコーン。
鐘が鳴る。自由を知らせる鐘が鳴る。そわそわとした焦りにも似た雰囲気が、朝以上に増えていた。ほんと、いい気なもんだ。こっちにとっては、束縛と封殺の鐘だって言うのに。

「帰りはどうする」
「マックに行ってから、適当に考えるか」
「そうだな。急がず焦らず、高校最後の熱い夏を過ごさなきゃならないもんな」
「その、言葉からして既に焦ってるつうの」

ははは、ははは。何て楽しげな声だろう。明日からの天国の様な日々を夢想するクラスメイト達。
好きな時間に起き、好きな時間に遊びに出かけ、好きな時間に帰宅する。親の脛を齧る事に何ら疑問を持たない連中だ。さぞ、楽しい日々を過ごす事だろう。こっちは、徹夜明けの疲労困憊の体を引き摺ってきているというのに、本当いい気なもんだ。

これも、雇い主の、「あんた、日頃から休みがちなんだから最後の日くらい出ときなさいよ」なんて言葉があったからだ。でなきゃ、俺は間違いなく今も煎餅布団の上で美女とデートを楽しんでいるに違いない。そうでなきゃ、何で死に掛けた体でこんな、聞くだけ居るだけで虫唾が走る空間に居なけれなならないのか。
はっ、ど畜生。



「それでは、皆悔いの無い休みを送るように。では、解散!!」
「おおーーーー!!」

煩い声だ。テンションの高い事が有名なクラスではあるが、これは余りにも煩すぎでは無いだろうか。たかが、長期休暇がやって来たというだけなのに、何て騒ぎようだろう。本当に、ぶっ飛ばしたい。と、勝鬨じみた怒声を上げた連中の一人が、心配で不安そうな声を掛けてきた。

「おい、横島。お前なんか変なものでも食ったのか。折角の夏休みなのに、お前が騒がないなんておかしいだろ」
「そうだぞ横島。お前が喜ばないなんて、天変地異の前触れみたいじゃねえか。どうしたんだよ」

何を今更抜かしやがるのか。俺は朝からずっとこの調子だったんだ。見え透いてんだよ小賢しい。

「補修も免れたんだ。お前が騒がん理由も無い。心配事なら今言っとけ。先生で良ければ力になるぞ」

本当に、同情が身に沁みるこって。俺はのろのろと顔を起こすと、半眼で担任を睨み付けた。

「俺、休みないんすよ」

ポツリと一言。呆然と、理解しかねる担任とクラスメイトにもう一回言った。

「だから、俺休みは一日も無いんすよ。朝から晩までGS助手のバイト及びオカルトGメンの手伝いで、一日も休みは無いんすよ」

静まり返る教室。夏休み前の楽しげな雰囲気をぶち壊してしまったが、その位許されることだと思いたい。何つっても、俺の高校生最後の夏休みが、夏バイトに変貌しているのだから。

そうだよ。これは、単なる八つ当たりだよ。俺だって、最後の夏休みにどかんとでかい事でも、具体的には一夏のアバンチュールを過ごしたかったんだ。だけど、出来ねえんだよ。やったら、即死亡だから。具体的には鞭とか笛とか刀とか火とかで、俺はコロサレルわけだ。

「………そうか」

担任が沈黙を破って、それだけ言った。彼にも、いやクラスメイト達にも、稀にしか訪れないが、計り知れない衝撃を与える雇い主に、絶対的な畏怖を持っているのだろう。唯一つ、逆らえないと。

「おかしいと思ったんすよ。あの美神さんが夏休みの補修は許さないからって、テスト前に休みをくれたのは」

そうだ。あの時から俺は既に逃れられない罠に掛かっていたのだろう。夏季補修さえあれば、俺はお袋に殺されるの一言であわよくば、休みがとれただろうに。だが、それが無い故に、俺は何一つ言い訳が許されない状況に陥ったわけだ。本当、凄えよ美神さん。

「それじゃ、俺帰るんで。九月にまた会いましょう」

机に掛けたスカスカの学生鞄を持って立ち上がった。初っ端からヘビーな仕事が待ち受けているのだ。これ以上、テンションを下げる訳にはいかなかった。

「あ、横島さん。その、美神さんにしろ、おキヌさんにしろ、事務所の方は皆美人揃いじゃないですか。だから、あまり気を落とさないで」

ふん。二枚目であり、エミさんに追いかけられている奴に言われても嬉しくねえよ。まあ、アンちゃんにはよろしく言っとくよ。ピートは実はニンニクが大好きだってな。

「そうじゃのー。シロちゃんにしろ、タマモちゃんにしろ、最近大人っぽくなったと言うとったんじゃ。だから、頑張るんじゃー」

タイガー。いいよな彼女持ちは。おキヌちゃんに聞いたぞ、海行くんだってな、泊まりで。精々途中で起きるだろう心臓発作に気をつけてくれ。お前の髪の毛はわら人形の中だ。

「Gメンの隊長さんも、美人じゃない。夏休みのバイトも青春よ、横島君」

愛子。お前はいい夏休みを送ってくれ。確か友達と行くんだろ海に。俺がやった文珠で寄り代の机が邪魔にならなくなったんだ。今までの分取り返すくらいに有意義な休暇を送ってくれると嬉しいよ。

「サンキュ、愛子。んじゃあ、またな」

言って、教室の扉に手を掛けた。同時に首襟に引っ張られる感覚。つうか、引き倒される感覚か?どうやら、その感覚が当たりだったみたいだ。倒されまいと腹筋に力を入れた。だがしかし、何故か、鍛えてる俺の体はいとも容易く床に叩きつけられてしまった。

「痛ってーな。誰だよ、あんまりしとくと、ぶっ飛すぞぉー」

自然、声が小さくなった。倒した奴が、否、倒した奴らの眼光が尋常じゃなかった。俺を中心に扇状に広がる野郎共。殺気なのかよく判らん気配が俺を蹂躙し、並々ならぬ状態に陥ったことがいやでも判る。正直、奴らの気配は、悪霊といっても差し支えはない。悪霊(仮)のリーダー、メガネが、眼鏡を光らせながら言う。それは、裁判官の判決の響きに似ていた。

「して、貴様はこれからどこに、いや、夏休み中どこに行く」
「ああ?んなこと聞いてどうすんだよ」
「言うか死ぬか、貴様はどっちだ」

ざわ、ざわ、ざわ、奴らの光がうねりとなって俺を襲った。すんません、なんつうか文珠使ってもいいすか、美神さん。「駄目よ!」……ああ、やっぱり。

「シ・ぬ・か?」

悪霊(仮)のリーダーが言った。俺はいざとなったら文珠を使うことを決意した。

「だから、俺は今からハワイのビーチで除霊をして、その後カナダのスキー場での依頼をこなして、南米のアステカだかインカだかの遺跡に行って、ロンドンであるGメンの研修会に参加して、エーゲ海での除霊をして、中国とかインドの依頼やら何やらをこなさなきゃなんねえんだよ!!」

とにかく叫んだ。詳しく話せばまだ色々あるんだが、みっちり詰まったスケジュールを一言二言で話せというのが無理というものだ。だから、勢いだけに身を任せて言った。

俺の言葉が効いたのだろう、悪霊(仮)共は俺のハードスケジュールを聞いて、口を閉ざしていた。まあ、当たり前だ。誰が聞いても殺人的なスケジュールに違いない。たっく、あほたれ野郎共が、ちったあ勤労学生の俺を労われっつうんだ。

やがて、俺は立ち上がろうと足に力を込めると、ふわりと突然体に何かが巻きついた。これは呪縛ロープ。瞬間的に抜け出そうとするが、一テンポ遅い。

「メガネ嫉妬流、禁呪縛」

メガネ嫉妬流。嫉妬に身を焦し、悪魔にすら魂を売り渡す気合を持ってして初めてなる禁断の流派。その効果は押して知るべし。

「てめえ、タイガー!学校に呪縛ロープを持ってきてんじゃねえよ!!」
「すみませんのー。わしもこれから魔理さんと二人で除霊しにいくとこだったんじゃー。じゃから、悪く思わんでくだーさい」

即ち、横島忠夫を捕縛する事が出来る。

「ふざけんなー!お前はGS免許持ってねえだろうが!」

じたばたと騒ぎながらも、現実はどこまでも非常だ。俺の体の反対側の先端は、天井の本来ならスクリーン等を吊るすための釣具に通されると、エイサー、エイサー、の掛け声に乗せて男共が引っ張っている。自然、俺の体は重力に逆らい、見事なまでの吊り下げ男になってしまった。

眼下を睨むとメガネが居た。前髪に隠れ、鬱蒼と光る双眼が否応にも恐怖を誘う。メガネは眼鏡を直すと、言った。

「タイガーのGS免許など、どうでもいいのだよ」

タイガーが泣いた。そして、叫んだ。

「今大切なのは只一つ。横島忠夫への粛清のみだ!!」

同時、背後に控える魑魅魍魎が一斉に応えた。

「おおぉぉおおお!!」

クラス中、学校中に響き渡る怒声。それは、黒魔術染みた儀式にして、贄を欲する悪魔の晩餐。
真夏の太陽すらが奴らの気勢に圧され顔を隠し、暗雲が空に立ち込める。この特殊事態に、何事かと近隣の他クラスの奴らが顔を覗かせたが、メガネらが発する瘴気と、俺の存在を見て、なーんだと言わんばかりの顔で帰りやがった。
校長と教頭も、担任に一言だけだ。余り騒がしくしないように。吊るされた男子学生とそれを囲む殺気染みた生徒達を見て、それだけかよ。一度本気でPTAか教育委員会に講義文章を送った方がいいのかもしれん。

「てめえら!どういう了見だ。徹夜明けの上に、これからバイトに出かけるいたいけな勤労学生になんつう仕打ちをしやがる」
「どういう了見。それはこちらのセリフだ。横島、君は言ってはならない言葉を言ったんだよ」
「何?」

メガネの言葉は全く訳が分からない。俺はただたんに自分の悲惨極まりない夏休みの予定を言っただけだろうに。本気の本気で困惑する俺を見てメガネ達は顔を歪めた。
震える手でメガネはまたも眼鏡を直した。心なし、さっきよりも手が振るえている気がする。

「貴様には情状酌量の余地は一銭たりとも、否!何もかもも与えられん。横島。貴様は犯したのだ。決しては踏み越えてはいけない一線を。躊躇うことなく、無残に踏み越えたのだ。判るか!!俺達の憤怒が。感じるか!!俺たちの憎悪が。今の貴様には何もかもが、生温い!!」

ごうっと烈風が体を揺らした。つまり、奴らは霊能力者でも無いくせに、その身が発するエネルギーを物質として飛ばしたのだ。間違いない。奴らは怨霊(真)になったのだ。

はっ、やるしかない。一GS見習いとして、奴らが被害を拡大させる前に、奴らを、クラスメイト達を、除霊する。

「極楽へ、逝かせてやる!!」

呪縛ロープを瞬断で断ち切り、その身を戦場に投げやった。敵は魔に堕ちた魑魅魍魎。GS見習いとして、恥じる事の無い、後悔する事との無い様に、横島忠夫は突貫した。

「舐めるんじゃねぇ!!」

メガネが奔った。次いで、男達が走る。敵は邪に堕ちた、堕ちていた男。一人の男、一人一人の男達として許すわけにはいかなかった。だからこそ、男達は吶喊する。





結論から言おう。私こと横島忠夫は極楽へ逝ってしまった。
気付いたときには空の上。ハワイへ向かう巨大な鳥の中である。隣の座席には亜麻色の髪を持つ女神様が居て、前後の座席にはこれまた可愛らしい女神様が座っている。ううむ。何てこったい。ずたぼろな学生服を見るに、俺は奴らに負けたらしい。ぽかんと頭に軽い衝撃。

「情けないわよ横島君。これじゃあ、まだまだ一人前の合格サインは渡せないわね」

衝撃の主はやはり彼女で。でも、何でか言葉の割には楽しげで、だからだろう。俺は調子に乗ってこんな事を言っちまったんだ。

「美神さんが隣に居てくれたら、俺は無敵なんすけどね」

何故か二の句を次げない美神さんを見て、俺は焦って何か言わなきゃと思い、とりあえず前後の彼女達にも聞こえるように、思っていた事を口にした。

「楽しい夏休みにしましょうね」

ああ、そうだ。どハードなスケジュールに悲観していても仕方ない。やれることを精一杯やるだけだ。一人だととんでもなく弱い俺だけど、彼女達が居てくれれば、俺はきっと誰にも負けない。つうか負けるわけにはいかない。負けたら、味方にやられちまうんだから。
若干苦笑すると、前後から彼女達の声が聞こえた。

「あんた、しだいじゃないの」

つんと素っ気無く狐が言う。だけどな、カレンダーの日付を楽しげに消したり、パンフを漁っていたのをお兄さんは知っていますよ。

「先生がいれば、どこでも楽しいでござるよ」

いい事言うなあ、弟子よ。しかしだ、俺は絶対にハワイ一周の散歩、並びにドーバー海峡は横断せんからな。

「横島さん、今回もよろしくお願いしますね」

何をお願いされてるのか判らんけど、おキヌちゃんの頼みじゃ断れん。期末考査を乗り越えれたのは彼女の力が大きすぎる。何よりも、おキヌちゃんのお願いは何があっても叶えたいもんだから。

「当ったり前よ」

最後に、隣の彼女が笑いながら応えてくれた。その笑顔が眩しすぎて、その答えが彼女らしすぎて、俺はシートベルトを一瞬で外すと飛び上がった。向かう目標は勿論綺麗なパートナー(仮)だ。まあ、三人ともパートナーと俺は考えているんだが。そこは、それだ。

「美神さーん!!」

瞬間、あの野郎共を瞬殺できそうな攻撃が俺を襲った。次いで聞こえるのは、キャビンアテンダントの声。

「お客様。機内の他のお客様の迷惑になりますので、鞭と笛と刀と火を出すのはお止め下さいますようお願い申し上げます」

朦朧とする意識。何事かと顔を向ける乗客たち。パイロット席の計器達はおそらくエマージェンシーコールをパイロットたちに送りつけ、焦らせているに違いない。

初日の初っ端からこれなんだ。これで後一ヶ月と約半分。本当に騒がしい、騒がしすぎる、夏休みになるのは間違いなさそうだ。





「夏草や つわものどもが 夢の後」
「愛子さん、そんな事言ってないで教室の片付け手伝ってくださいよ」
「でも、ピート君。教室中のガラスと机が散乱してるのよ。まったく、教室に台風が来たみたい」
「それが、横島さんの魅力でもありますからね。でも、除霊委員の連帯責任って本当に厳しくないですか」
「まあ、そう言わないの。ピート君はあの状態の男子達に片付け頼むつもりだったの」
「あー、ははは。コホン。横島さんもいい加減鈍感なんですよねえ」
「露骨に話題を変えたわね。まあ、ともかく、友達と遊ぶのも、家でごろごろするのも、バイトに励むのも、全部ひっくるめて」

「青春よねえ」
「青春ですよねえ」


Let's summer vacation!!
どうも、始めまして九十九と申します。
これは、あれです。鈍感な彼とそれを取り囲む彼女達、その夏休み直前(若干フライング気味)なお話です。
ともあれ、楽しんで頂けたら幸いです。
それでは、九十九でした。

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