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夢と現実は紙一重

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            夢と現実は紙一重
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僕は今、夜景を眺めながら橋の上をドライブしている。
昨日までのぐずついた天気がウソのように、今夜はとても澄み切った星空だ。左手前方には、ちょうど柄杓の形をかたどって7つの星が並んでいるのが見える。
そしてそのまま視線を左にずらすと、彼女の端正な横顔が見える。時折当たる街灯の明かりが、切れ長の二重まぶた、スッと通った鼻筋、形の良い唇を、一瞬一瞬映しては消え、消えては映し、彼女を幻想的に演出する。

「キレイやね・・・」

前方の夜景を見ながら、彼女が声を発した。眼鏡の奥の理知的な双眸が、いつもの知性とは別の憂いにも似た色を見せる。

「少しドライブしようか?」
僕がそう言ったのは30分前。これまでの経験から、僕も役職が上がり、仕事の時間がそれに比例して増えていった。
彼女とは、彼女が子供の頃からの付き合いであり、気心の知れた仲ではあるのだが、だからといって、それに甘えて一緒にいる時間を削り過ぎるのも問題だ。彼女はこう見えて寂しがりでヤキモチ焼きなのだ。
だから少しでも2人の時間を作ろうと、夜のドライブを提案した。彼女がどう思うか不安はあったが、表情を見る限り、少なくとも喜んではくれているようだ。

「あそこの公園だと、もっと綺麗に見えるよ。」

僕らが今向かっている場所は、敷地面積だけでいうと東京ドームがスッポリと入るほどの広さをもつ市民公園だ。雑誌にも紹介されていて、夜景と星空を同時に堪能できるデートスポットとして有名な場所だ。

「・・・・・ヤッパ停めて。」

今まさに加速をしようとアクセルを踏み込む寸前だったその時、彼女はそんなことを言った。

「え?」
「あそこの路肩でええよ」

そう言って彼女は左手前方を指差した。

「どうしたんだ?」

公園に行くのは彼女も賛成していたはずだが、気が変わったのだろうか。

「だって、公園行ったら・・・・・2人きりになれへんやん」

少しはにかんだ顔で、そうつぶやいた。助手席から僕の顔をジッと見ている。運転中の僕は前方から目をそらすことが出来ないが、熱を持った視線をひしひしと感じていた。
・・・・というか、そんなセリフを聞いたらまともに顔を見れないじゃないか!


彼女の言うとおり路肩に車を停め、2人で橋の欄干に身体を預けて、前方に見える夜景を眺めた。あの光ひとつひとつに人々の生活があることを考えると、まるで命の灯のように見える。儚げでいて、それでも強く灯る光。
ふと、隣を見ると、ちょうど彼女と目が合った。あまりにタイミングがピッタリだったので、ドキッとした。お互いジッと見つめあう。

「本当に、こんなところで良かったのか?」

無粋な質問を投げかけてる。いい歳してそんな言葉しか発せない自分が、我ながら情け無い。

「うん。ウチは皆本はんと一緒なら、本当はどこでもええんよ。」
「あ、葵・・・・」

彼女はまっすぐ見つめてそう答える。物静かな中にもしっかりと自分の意思を持った目が、偽らざる自分の気持ちをそのままぶつけてくる。ああ、そんなところに、僕の心はとらわれてしまったんだな。

彼女の瞳に写る僕。
僕の瞳に写る彼女。
周りの景色がぼやけてくる。
次第に相手しか見えなくなってくる。
スッ・・・と、閉じる彼女の目。
自然と顔が近づき、僕の唇に、彼女のやわらかい唇の感触が・・・・・・・





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「ぶはっ!!!!!!!」

皆本は盛大に飛び起きた。午前6:45。起きるには若干早い時間だ。
場所は、いつも寝起きしている、見慣れた自分の家の寝室。今の夢の出来事がまだ頭に残っている皆本は、あたりをキョロキョロと見渡し、現状を把握することに努めた。

いったい今のはなんだ? 夢? 夢か? 僕は何してた?たしか葵とドライブに行って、葵も大人で、一緒に夜景を眺めて、そしたらお互い見詰め合って、そして、キッ・・・・

ブンブンブンッと頭を左右に振り、必死に覚醒を試みる。

アレは夢だ! そう、夢だ! たたた、たしかに中学に入ってから手足も伸びて、少しは大人っぽくなってきたけど、朧さんや管理官に比べればまだまだ・・・・って、何を考えてるんだ僕は!
い、いやいやいや! ととと、とにかくコレは、最近の彼女たちの成長と、前に見た末摘さんの変身した姿が重なってたまたまそうなっただけで、僕の願望じゃない!断じて!!そうだ、ボクはマトモなんだから!
アハッ、アハッ、アハハハハハハッ・・・・

と、何とか自分の心に折り合いをつけた皆本は乾いた笑いを浮かべつつ、いつもより早めの朝食の支度を始めたのだった。







* * * * * * *

ここは都内某所の高層ビル。その最上階に位置するレストランは、フレンチをベースに日本人に食べやすくアレンジされたオリジナルのフランス料理を出す高級店だ。また、窓から見える夜景も有名で、ファッション誌などにも取り上げられている人気の店であり、その高い値段にもかかわらず常に予約は3ヶ月待ちだった。
そして今僕は、その店の窓際の席に座って夜景を眺めている。

「ねぇ」

正面を見ると向かいの席には彼女がいた。
腰のあたりまで伸ばしたナチュラルパーマのロングヘア。日本人離れしたグラマラスなボディに露出度の高いドレス。しかしそれは、いやらしさよりも、知性と品の良さを感じさせる。男ならば誰しもが振り返るような美女だと思う。

「どうしたの?何か考えごと?」
「え?あぁ、いや、何でもないよ。」

なんとなく曖昧な返事で僕はごまかした。

「ふ〜ん、そう」

納得いかない返事をして、少し訝しげな目で僕を見る。

「ホントに?わたしに嘘はきかないんだからね。」

そう言って、右手をこちらに向けてヒラヒラとさせた。
そう、彼女はサイコメトラーだから、触れるだけでこちらの考えが読まれてしまうのだ。だが彼女はそう言いつつも、こちらに無断で思考を読んだりしないことを僕は知っている。それは、わざわざ能力を使わなくても、相手の気持ちになって考えられるような大人に成長したから。
そして、僕を信頼してくれているから。
だから僕は彼女に嘘はつかない。僕も彼女を信頼しているから。

「やっぱりキレイだな・・・って思ってさ」
「え? あぁ、そうね。何回来てもキレイな夜景。いつもありがと。」

彼女は嬉しそうに微笑んだ。それだけで、自分の心拍数が上がっていくのを感じる。

「あ・・・いや、たしかに夜景もそうなんだけど・・・」
「?」

彼女の頭に「?」マークが浮かぶ。僕の言わんとするところが理解できていないようだ。僕は心拍数がさらに上昇するのを感じた。
・・・・というか、こういうことをわざわざ言わせるなよ!

「紫穂が・・・・キレイだって・・・・思ったんだよ・・・」

そう言ってすぐ、バッと夜景に目を移す。マトモに顔が見れない。あ〜まったく!顔が熱い!
チラッと彼女を盗み見る。頬を赤くして驚いた表情だ。
いつもは冷静で落ち着いた雰囲気を持った彼女だが、反面、こういうストレートな言葉に弱いのだ。

時間にして1分にも満たない間、お互い声がでなかった。
その後、顔を上げた彼女は、

「ふふっ、お世辞言ったって何にも出ないわよ。皆本さんっ」

嬉しさを堪えきれないといった笑顔をしていた。こういうところ、昔と変わらないな。




食事を終え、下のフロアにあるホテルに足を運んだ。先ほどのレストランと同じ系列で、高級感のある内装が質の高さを感じさせる人気のホテルだ。
その1室に僕達はいる。もちろん予約はツインを1部屋だ。
ソファに座り、寄り添う2人。先ほどまでの会話がウソのように、無口になる彼女。
肩に寄りかかっていた彼女の頭の感触が、ふと、無くなった。
彼女の方に目を向けると、熱を帯びた瞳がこちらをジッと見つめていた。
その真摯な眼差しに、僕は他のものを見ることができなくなった。

鼓動が高鳴る。
瞳孔が拡散する。
視野が狭窄し、彼女の全てが、今とてもいとおしい・・・
お互い瞳を閉じる。そして・・・・・・・






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「っだぁぁぁーーーーーー!!!!!!」

堪えきれないといった感じで、皆本は飛び起きた。時間は午前5:03。昨日より早い時間に起きてしまった。

なななななな、なんだよオイ! 今度は紫穂か! 葵だけじゃなく今度は紫穂まで!
いいいいや、いやいやいや、違うぞ!断じて違う!それはアレだ!あのー、そうだ!今日は手をつないだからだ。前と同じように自然に手をつないだから、今になってそれが気になったからだ! そうだよ、そう! 断じてアレじゃないぞ。僕が彼女たちを将来の花嫁候補として育ててるとか、そのために今から自分好みに育ててるとか、そんなんじゃないぞ! 断じて違う! 僕は谷崎主任とは違うんだから!
アハ、アハハハハハハハハ・・・・・・・

皆本はどことなく乾いた笑いを浮かべ、気持ちの整理に勤めた。

そそそ、そうだ! こういう時はジョギングでもして、身体を動かそう! そうすれば目も冴えてきて、変な考えなんかおこさないから。 そうだ、そう! こんなのは気の迷いなんだからな!

悪あがきとは知りつつ、身体を動かし始めた皆本だった。

そして、寝室から出ようとしたその時、

「やあ、おはよう。いい夢は見れたかな?」

どこからともなく声が聞こえてきた。いや、耳で聞くというよりも、頭に直接響くような声だ。忘れるはずも無いこの声は、

「兵部!?」

皆本は即座に周りを見渡した。
昨日寝たときと同じ状態の部屋。事務机があり、TVがあり、今寝ていたベッドがある。男の部屋にしては小奇麗に整っている部屋。いるのは自分1人。誰かが入ってきた形跡は無い。

「窓の外にでてごらんよ」

皆本は言われるままに、カーテンを開けてベランダに出た。そこには、空中に浮いた少年が1人いた。
銀白の髪に鋭い眼光。もはやトレードマークとなった学生服。兵部京介だ。

「おまえ・・・・・何しに来た!」

先ほどまでの動揺は吹き飛んだ。代わりに、使命感と敵対心が前面に現れる。
あいつを、あの子達に近づけちゃいけない!

「そう、睨むなよ。せっかくのいい天気なんだから。」

まるで仲の良い友人に語るように、にこやかに話す兵部。ゆったりとした朝の空気を楽しんでいるようにも見える。

「たまたま近くを通ったんでね。朝の挨拶をしようと思っただけさ。最近すごしやすい日が続いてるからね。きっといい夢が見れたんだろうと思ってね。」

“いい夢”だと?・・・・・まさか!

「まさか!昨日も今日もお前が!?」

そうだ。よく考えるとおかしい。2日連続で似たような夢を見るなんて。しかも起きても覚えてる夢なんてあまりにも都合が良すぎる。

「いやぁ、君がどんな夢を見たかは知らないよ、本当に。ただ、いつも頑張ってる皆本くんにせめて夢の中でも楽しんで欲しくてね。」
「ふざけるな!一体何が狙いだ!」

激昂する皆本。兵部が何の目的も無しに接触してくる訳がない。

「ふふっ・・・その様子じゃあ、ずいぶんと楽しんでるみたいじゃないか。」

兵部はニヤニヤと笑みを浮かべた。いたずら好きの子供が、その結果に満足しているような表情だ。

「ま、せいぜい夢と現実を混同しないようにしてくれよ。手が後ろに回らないようにね。」

そう言って兵部は空の向こうへ飛び去っていった。

「誰がするかこの変態野郎がぁぁー!!不吉な捨て台詞を吐いたまま逃げるなぁぁー!!」

皆本の魂の叫びは、爽やかな朝の空気に消えていった。





* * * * * * * *

賢木の診断では、催眠はあと2〜3日で解けるもののようだ。無理に解こうとすると、記憶回路に負担がかかるらしい。だからとにかく耐えろ・・・ということだ。
賢木曰く「うらやましいな〜オイ。そんなのメッタに見られないぜ。俺が見たいよ」
真面目な顔でそんなことを叫ぶ友人を尻目に、ガックリと肩を落として家路につく皆本。

あと2〜3日・・・気が重い

色々と悩んだ皆本だったが、兵部の狙いがわからない以上、ヘタに動いても危険だ。それに、どんなに寝ないように頑張っても、せいぜい24時間が限度。
皆本は覚悟を決めた。

次はどんな夢かわからないが、所詮は夢だ。意志を強く持てば大丈夫。現実とは違うんだから。たとえどんな夢を見たって、あいつらにそんなことを意識するなんてあり得ないさ。 ・・・多分。







* * * * * * *

「皆本」
「え?」

だれかに呼び止められた。声のした方に振り返ると、そこには彼女がいた。
僕は久しぶりに取れた連休に、彼女と2人で買い物に来ていた。
デパートから始まって、小さな雑貨屋、ブランド店、スイーツなど、特にどこというわけでもなく、ブラブラと歩いた。
まあ、いわゆるただのデートだ。

「どうしたの?ボーっとして」

彼女が心配そうに僕の顔を見上げる。女性にしては背が高い彼女だが、僕と並ぶと彼女が見上げるかたちになる。
僕が彼女の顔を見ると、彼女の綺麗な瞳と、そのついでに、豊かな谷間が視界に入ってしまい、2重の意味でドキっとしてしまう。

「え? いや、なんでもないよ。」

僕は何の気なしにそう答えたが、彼女は少し心配そうな顔をしたままだ。

「最近休みなしだったからね。疲れてるのかな? 今日は早く帰って、あったまろ?」

ニコッと笑いながら彼女は腕を絡めてきた。腕に感じるふくよかな感触は、慣れているとはいえやはり気になるものだ。

「あぁ、そうだな。」

そう言って、2人寄り添って家路についた。それはいつもの僕らの日常。僕らが住む、当たり前の幸せだった。





『トントントントントンッ』

食材を刻む音がキッチンに響く。先ほど買ってきた食材で今晩の夕飯を作っているところだ。
一応交代制で作ることになっているのだが、なんだかんだで、2人でつくることが多い。
彼女いわく「一緒の時間を増やしたい」ということみたいだ。
そういうことを臆面もなく言えるところが、彼女の魅力なんだろうな。

で、僕はじゃがいもの皮むきをしている。
彼女はたまねぎを刻んで・・・・と思ったら、包丁だけがトントンと動いていて、本人がいない。

「おい、ちゃんと手を使えよ。」

しょうがないなといった口調で言うと、背中から予想外の感触が襲ってきた。

「や〜だよ。だって両手がふさがってるモン!」

そう言って、後ろからギュッと抱きしめられた。彼女の手が腰の辺りに回り、彼女の柔らかな感触を背中に感じ、年甲斐もなくドキっとする。
自分がそうしたいというのもあるだろうが、僕がこういうことに弱いってことを、彼女は十分わかっててやってるのだ。

「おい、ちょっと甘えすぎだぞ、薫。もう子供じゃないんだから」

自分のテレを隠すように僕はそう言った。僕にも男のプライドがある。いつまでもドキドキなんてしてやるものか!

「皆本の前じゃ、あたしはいつも子供だよ。本当のあたしは、すっごい甘えん坊だもん。」

そう言って、ますます身体をくっつけてくる彼女。本当に大きな子供だな、これは。
それに、そんなことはわざわざ言われなくてもわかってるよ。
外では、明るくて活発で、女性としてだけでなく、人間としての魅力に溢れる彼女。その姿を見るだけで、誰もが惹かれ、誰もが希望を感じる彼女。
でもそれは彼女の表面的な姿。本当の彼女は、好きになった人間にはとことん甘え、依存する。そうやって心のバランスを保っているのだ。
だから僕は、こういった彼女の行動には、特にうるさく言わない。
というか、頼られることは、やはり男として嬉しい。

「まったく、おまえは・・・・」

しょうがないな、といった顔で彼女を見つめた。彼女は、20歳という年齢にもかかわらず、庇護を求める子供のようなあどけない表情をしていた。


そうだ。僕は、こういうなんでもない幸せを望んでいたんだ。
人の愛に飢えていた彼女が、人からの愛を知り、そして愛を与えることを覚え、そして人を愛する。そういう、人間として当たり前の幸せを、彼女が紡いでくれるのが、僕の理想であり、夢なんだ。



・・・・・・夢?

・・・夢って・・・・・なんだ?

僕の夢は・・・・・僕の小さい頃の夢・・・・・大人になってからの夢・・・・・

・・・・希望・・・・未来・・・・現実との境界・・・・現実の続き・・・・・・・







「・・・・はっ!!」

気がつくと、僕は外にいた。足元はコンクリートの床。
いや、そうじゃない。よく見ると、左右にガラスがはめ込まれている。どうやらビルの壁面のようだ。倒壊し、横倒しになったビルの上に僕は立っている。
身体の節々が痛い。オマケにところどころを打撲している。なんというか、満身創痍みたいだ。
遠くに見えるのは倒壊したビルや、飛び交う戦闘機。あたりは火の手がそこかしこに上がっている。
なんだかどこかで見た光景。
僕はこの場面を・・・・・知っている!!

「そうだ!! これは!!」

そうだ、これは伊号中尉が見せてくれた未来予知の世界。完全不可避の戦争の未来だ。
そしてここは・・・・・僕の夢の世界!!

「・・・・皆本・・・・」

その声にハッとなり、前を見る。
僕の正面、10m程先に彼女が立っていた。

「やっぱり・・・・来ちゃったんだね。」

困ったような笑みを浮かべる彼女。昔から変わらないその表情。あの時と同じだ。
僕は自然と、右手に持ったブラスターを構え、銃口を彼女に向けた。その動作から、その後の展開まで、全てが予定調和の中に組み込まれているように、勝手に体が動く。
これは僕の夢のはずなのに!!

「ブラスターでこの距離なら・・・・確実に殺れるね。 撃てよ、皆本。」

悲しそうな目で彼女が僕を見る。
違う! こんなことしたくないんだ!!

「でも・・・あたしがいなくなっても何も変わらない。他の大勢のエスパーは戦いをやめないよ。」

やめろ!そんなこと言うな!キミは・・・・!!

「なら・・・みんなを止めてくれ!頼む! エスパーだノーマルだって、こんな戦いが何を生むっていうんだ!?」

“キミを撃つなんて、できるわけがない”そう思いつつ、引き金にかかった人差し指に力が入ってくる。

兵部の狙いはこれだったんだ。ここで彼女を撃つ。その決定的瞬間を何度も繰り返させる。それで僕の精神を衰弱させて、後で暗示をかけやすくするために、こんなことを!

「もう・・・無理だよ。」

そう言って彼女は僕に向けて右手をゆっくりとかざした。
力の本流が、彼女の右手を中心に渦巻いていく。
それを見て、僕の引き金を持つ手がギュッと絞り込まれる。あと少し手に力を入れたら発射してしまう。その先に待っているのは、悲しい結末だけなのに。

クソッ!やめろ!なんで止まらないんだ僕の身体は!言うことを聞け!このままじゃあいつが!!
抗えないほどの力。それは運命の力とでもいうべき絶対力。
それに耐え切れずあきらめかけたその時、ふと、彼女と目が合った。

「ねえ、知ってる?皆本・・・・ あたしさ・・・・」

凶暴な力をその手に宿しながら、その顔は悲しみに満ちていた。
自分の意に反する行為に、心が悲鳴をあげているのを感じる。
あれはまるで・・・・・・愛を求めて泣いている子供じゃないか!!

その途端、僕の中で何かがはじけた。
先ほどまで僕を拘束していた力が無くなり、こわばっていた体が急に脱力するのを感じた。そして次の瞬間、僕は彼女に向かって走り出していた。
なりふりかまわず突進する僕。それを困惑気味に見つめる彼女。
全速力のはずなのに、彼女までの距離がひどく遠く感じる。まるでスローモーションだ。
もしかしたら、途中で彼女の力に阻まれるかもしれない。でもそれでもいい。キミを撃つくらいなら、僕がやられる方がいいに決まってる。

そして、彼女に手が届くまでに接近した僕は・・・・・・
思いっきり彼女を抱きしめた!

「!!! みっ・・・皆本・・・・!」

何が起こったかわからない、といった表情の彼女。
あたりまえだ。僕自身、いったい何をしているのか、よくわかっていない。
だけど、これが・・・・僕の本心だ!

「何も言うな、薫。 いいんだ・・・もういいんだよ。」
「皆本・・・・」

こわばっていた彼女の身体が、力を失う。右手に宿っていた力も既に霧散していた。あるいは、もともとその気がなかったのかもしれない。

「キミはもう十分頑張った。もういいんだ。エスパーとか、ノーマルとか、もういいんだ、そんなこと。」

僕は抱きしめる手に力を込めた。
心の中身を全て吐き出すために。

「もういいんだ。こんなことはやめて、2人でどこかに行こう。僕がキミを守るから・・・・」

そうだ。これが僕の本心だ。

「大好きだ。愛してる、薫。」

彼女はハッとした表情で、僕の胸元から顔を離して、僕の顔を見上げた。
目を合わせると、彼女の目が次第に潤んできた。
まったく、僕はいつもキミを泣かせてばっかりだな。

「バカ! こんなときにそんな・・・・」

本当にバカだ。彼女の言うとおり、こんなときに言うことじゃない。
彼女の顔は、先ほどまで対峙していた時がウソのように柔らかくなっていた。
僕の好きな彼女の素顔だ。

「あたしは・・・・ずっと待ってたよ。そう言ってくれるのを。」

涙をたたえながらも、満面の笑みでそう答える彼女。
あぁ、そうだ。やっぱり彼女には笑顔が似合う。

「あれ?・・・グスッ・・・・おかしいな、なんか・・・涙が、止まんないや・・・」

彼女を泣かせるのは、これが最後だ。今までも、そしてこれからも、ずっと、ずっと守っていこう。

「皆本・・・・あたしも・・・グスッ・・・愛してる。ずっと・・・心から」

自然と瞳を閉じる2人。
今まさに心が通じ合っているのを感じる。
僕の想いと、彼女の想い。
いとおしいと思う、僕の気持ち、彼女の気持ち。
それが今つながっている。
やがて、柔らかくてほのかに甘い、彼女の唇の感触が僕の唇に・・・・・・・






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「って、結局同じじゃねぇかぁぁぁぁーーーーー!!!!!!」

決定的瞬間を目前にして、皆本はたまらず飛び起きた。時間は、午前4:30。今までで最も早い時刻だ。
今回は、夢の中で夢を認識していたので、多少なりとも気持ちの対処が出来ていた。
しかし、そこにいたるまでの経緯はともかく、結局3人とも同じような結末に行き着いたことに、嬉しさよりも、猛烈な不安を感じた。

なんだよオイ!! 結局そうなるのか!? そういうことなのか!?
イヤイヤイヤ、待て待て待て! これは兵部が見せてる夢なんだ。断じて僕が望んでいるわけじゃないんだ! そうだ、自分を信じろ、皆本光一! そんな、3人別々にああいう夢を見るなんて、まるで3人とも欲しているみたいじゃないか! そんな節操なしじゃないはずだ僕は。賢木じゃあるまいし!
たっ、たしかに大人になった彼女たちは魅力的だけれども! 今からそれを意識してどうする! まるで、今の段階で既にそうなりたいと思ってるみたいじゃないか! 違う!違うよ!神様、違うと言って!! そうだ!そうそう、コレは兵部のせいなんだ! そうだ、そうしよう。そう決めた!

・・・・・こうして、他人のせいにすることで、何とかその場は心の均衡を保つことに励んだ皆本だが、結局、催眠が解けるまでの3日間、毎朝起きるたびに葛藤するのだった。


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で、その結果・・・・・

「皆本、おはよー!」
「おはようさん、皆本はん」
「おはよ、皆本さん」

「!!・・・あ・・・ははは・・・・お、おはよう・・・・」

「「「???」」」



・・・・・しばらくの間、3人をメチャクチャ意識するようになってしまったのだった。




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「ナア、キョースケ?」

「んん?」

ここは都内某所の高層マンション。最上階には部屋が1つ。
その一室に、兵部京介と、モモンガの桃太郎がいた。

「結局、ナニが狙イダッタンダ?」

桃太郎がそう聞くのも当然だった。
結局今回は、パンドラには何も益するものはなかった。もちろん兵部自身にも。

「いや〜、うまく神経をすり減らせればと思ってたんだけどね。」

成功も失敗も含めて、楽しそうに笑う兵部。そのようすは、本当にイタズラ好きの子供にそっくりだ。

「8割方は単なる嫌がらせだよ。なんせ、彼は恋敵だからね。」

そう言って兵部は、夢と現実のギャップに苦しむ皆本の姿を想像しながら、鼻歌交じりで朝刊を読んでいた。
桃太郎は“また始まった”と、いつもの事ながら兵部の行動に大いに呆れた。

「ヤッパリ、変態ダナ。イロンナ意味デ」

チルドレンも成長したので、今回はアダルトバージョンを書きたくなりました。
で、前に夢オチっぽいことを書いてたので、「じゃあ全編夢オチにしてみようじゃないか!」と、自分で自分に無茶振りしたら、こんな感じになりました。

チルドレンの成長に、男として苦悩する皆本くんを堪能してくれると幸いです。

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