「明石さーん!! みんなで写真撮ろう」
「うん!」
「待っとってな皆本はん!」
その呼びかけに応じて、葵…そして薫ちゃんと紫穂ちゃんはクラスメート達の元へと駆けていく。
それにしても―――― 卒業か。
学校に行くこともままならんかった三年前までは考えられへんかったことや。ホンマ、皆本はんにはいくら感謝してもしきれんくらいやで。
「―― それはそうと、野上さんのカメラも本格的ですなぁ」
感慨に耽っていたワシを、現実に引き戻したのは三宮はん。
なんでも警視庁の写真コンクールでも金賞を取っていたというだけあって、ええ機種やし、手入れも行き届いているというのが一目で判る。
「私も学生時代から凝っていまして……少々カメラにはうるさい方ではあるんですが―― 野上さんは何時頃から?」
「いや、それがカメラに興味を持ったのは娘が生まれてからのことでして……三宮はんのように若い時分から本格的にやっておられた方とは比べ物になりまへんよ。
いやはや、お恥ずかしい限りですわ」
「いえいえ、プロスペックの機種をそれだけ使いこなしているというのに、御謙遜を」
三宮はんの言葉に、ワシは思わず苦笑をこぼしてしまう。
―― 使いこなす、か。使いこなせな、アカンかったんやけどなぁ。
苦笑の後を追うように、ワシの中を一つの思い出がよぎった。
【MEMORY GRAPH】
「お……お父はーん!!」
血相を変えてリビングに飛び込んできた葵に、ワシは慌てて応じる。
「ど、どないした、葵?」
「あんな……ウチな―― オバケに取り憑かれてもうた」
そう言いながら、涙目の葵は葉書大の一枚の紙を見せる。
四本の蝋燭がオレンジに照らし出されているケーキの白。
ケーキの上には『あおいちゃん 4さいのおたんじょうび おめでとう』と書かれたデコレーション。
紛れもない。昨日撮った、葵の誕生日パーティの写真や。
せやけど、肝心な葵の姿はぼやけてしまっている。
もちろん葵の言うような心霊現象やない―― 空間歪曲言う、れっきとした超能力が原因になっている現象や。
なんでも、転移能力者が空間を歪めることで起きる現象らしいが、ごく稀にやけど、高い超度の転移能力者には無意識に能力を発現させてしまうことで空間を歪めてしまう場合もあるちうことや。
そして、ワシもついこの間の検査で知ったことやが、葵にはその『ごく稀』を可能にしてしまうだけの超度が眠っている、ということやった。
デジカメが収めてしもうた『ごく稀』の瞬間―― せやけど、まだまだ自分の超能力を自覚してへん葵が、この現象を『オバケ』がやったことやと思うてしまうのも無理はないことや。
「あー、心配せんでええ。これはカメラの方が取り憑かれとったんや。せやから、葵が心配する必要はなーんもあらへんで」
せやけど、空間歪曲も長い時間続くことはない。
無意識に行うものやったら尚更や。
断続的に歪曲を繰り返すのなら、連写機能のあるヤツで正常に戻った瞬間を切り取ればええ。
その能力が成長することで葵がどこに行こうとも、どこに現われようとも関係あらへん!
どこに出てきても見つけ出して、その笑顔を写真に収めたる!
ワシは親やぞ!葵が自分の“力”で泣くようなことなんぞ、絶対に受け入れる訳にはいかんのや!
二度と泣かせてたまるかいッ!!
「せやさかい、今から新しいカメラを買いに行こう……な!」
ワシのその言葉に……泣いた烏が、もう笑ろた。
* * *
「まぁ、葵の能力が能力なだけに、鍛えられはしましたなぁ。今やったら、葵がどこに出てこようともあっちゅう間にピントを合わせることも出来ますわ」
「……親の一念、というものですね―― 判ります」
三宮はんは笑顔でワシの言葉に応じる。
「そうですね。特に葵ちゃんと野上さんはずっと離れて暮らしてらっしゃいますし―― お察ししますわ」
明石はんも、笑顔に薄く同情の念を織り交ぜながら言うてくれた。
会いたくとも会うこと自体ままならん―― 明石はんも、三宮はんも、ワシら家族と同じ苦しさを持っている。
せやからこそ、会うことの出来るこの僅かな時間全てを娘のために捧げる―― 日頃会えへんからこそ、会うた時には何でもやる、世界を敵に回してでも味方になってやる、言う覚悟がワシらにはある。
その覚悟があるんや。葵との思い出を刻み込むためなら、分不相応のカメラぐらい……いや、奇跡ぐらい安いものや!
「あ……皆さん。
そのことで、ちょっとお話があるんですが――」
ワシがその決意を新たにしたその時を見計らうかのように、皆本はんと柏木はんが声を掛ける。
信じられん言葉が、ワシらの耳に届いた。
これもまた、“奇跡”というべきなんやろうか?
現実味が薄れて行く中、ただ、音もなく頬を伝うものがあることを、ワシは感じるばかりやった。
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