カーテンを揺らし、窓から迷い込んだその風は、私達の元に初夏の香りを運んでくれた。
私の髪を揺らし、もう一人の美神の頬を優しくなでると、それは役目を終えた妖精のように消えていく。
静かなその気配。
夢と現実の間で、重たく足踏み。
思い切ってお花畑を飛び越え、羊たちにお別れを告げてみたら、目が覚めた。
小さく欠伸を飲み込んで。
泣いてるわけでもないのに溢れた涙を誤魔化すように小さく笑顔。
そして、見つめる。
彼女の寝顔を。
窓際のゆりかご椅子に一緒に揺られながら。
私の胸元で、まだ夢の中にこだわる妹。
最後にこうして抱いてあげたのはいつだったろうと、思い出してみる。
確かにはよく覚えていないけど、その時よりもわずかであるが、確実に増えた体重を両腕に感じながら、目を閉じてみる。
よく晴れた日に。
淡い陽射しの中。
こんな穏やかな時間っていうのも悪くはないわね。
私らしからぬことを思ってしまう。だって、こんなことしたって一銭の得にもならないじゃない。
でも、たまには悪くないわ。
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『美神さんの子守唄』
原作:Maria's Crisis 執筆:カシュエイ
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妹か………。なんか違和感があるのよね。だって、年齢の差が20もあるんだもん。統計的にもすごく珍しいんじゃないかな、こういう姉妹って。
下手したら親子だもんね。
以前にママが言ってたわ。「今のあなたの年齢の時にはもう、私は1才のあなたのおしめを取り替えてたんだからね」って。
ちょっと考えて、それはすごいことだと思った。
今、こうしている妹が私の子供だったとすると、条件的には一緒だけど………、私には絶対無理。お金稼げないし。
大体、ママはなんで若い10代のうちに子供を産んだんだろう? 別に恨んでるとかそういうことじゃないけど。
カーテンを揺らし、窓から舞い込んだその風は、私達の元に初夏の香りを運んでくれる。
私の髪を揺らし、柔らかな妹の頬を優しくなでると、それはちょっとした思い出のように消えていく。
目を開けてみる。そこにあるのは相変わらずのかわいらしい寝顔。私の妹。
妹が寝返りを打ちかけるかのように、手足を動かす。以前よりちょっと強くなったその力に慌てたけど、すぐにおとなしくしてくれた。結局は元の姿勢でそのまますやすやと眠っている。
ねえ、ひのめちゃん? 将来は何になりたいのかしら?
生まれる前から持っていたとも言われてるパイロキネシス。稀有な超能力保持者。GSに限らずとも、SF的にエリートな道が開いて待っている。
でも、ママが言っていたわ。「令子を反省例として、ひのめにはお嬢様教育で行くつもりよ」って。
どんなだかなと想像してみようと目を閉じてみた。が、わずか一秒でそれを止める。なんか、不思議と笑いが込み上げてきたから。
だって、私の妹、ママの娘がお嬢様だなんて………。ここで想像することを止めた。面白おかしく否定している自分が自分自身を何か傷つけているような気がしたから………。
目を開けてみる。そこにあるのは相変わらずのかわいらしい寝顔。私の妹。
そう言えば、と思った。
ひのめは父親似なんだろうか、母親似なんだろうか。
私は自他共に認める母親似。
ママは娘の私が見ても、すごく美人だと思う。そんなママに似て生まれてこれたのはすごい幸運だった。
よく生まれて間もない赤ちゃんを覗き込みながら、目がパパに似てるとか、口がママに似てるとか言い合ってる夫婦なんかを見たりすることはある。正直まだ赤ちゃんの段階でそこまで分かるものか、そこまで特徴が出ているものか。私には分からない。こうしてひのめの顔を見ても分からない。赤ちゃんの顔って、みんな同じように見えちゃうのよね。
でも、もしひのめが父親似だったなら………。
どんなだかなと想像してみようと目を閉じてみた。が、わずか一秒でそれを止める。なんか、不思議と笑いが込み上げてきたから。
だって、そもそも、親父の顔ってどんなだったか覚えてないんですもの。たまに会ってもあの仮面でしょ。まともに見れるとしたら、どこにしまってあるかも忘れてしまった、アルバムの中の若い頃の写真だけ。
目を開けてみる。そこにあるのはドアからこっそりこちらを窺ってる相変わらずのアホ面。横島クン。
じっと見つめ返すと、気まずそうな表情を浮かべながら「ちわ〜す」と、口だけ動かす。
私もマネして「ちわ〜す」と口だけ動かしてみせる。
彼は声を立てずに笑うと、そっとドアを開けて閉めて、部屋に入ってきた。もう彼の出勤時間になっていたんだ。
「いつからそこに居たのよ?」 小声で横島クンに問いかける。
「いやあ、結構前から居たんスけどね………、なんか………」
ひのめを起こさないように気を遣ってくれたのかな。
珍しく。
少しは他人様の家での他人行儀っていうのを覚えてきたんじゃない?………って言おうとした。
けど。
「なんか………、美神さんも良いお母さんになれるんじゃないかな………なんちゃって」
「………はあっ!?」 自分自身でも聞いたことがないような、変な調子の声が口から飛び出てしまった。
「ほ、ほら、美神さん、ひのめちゃん、起きちゃいますよっ」
口の前に人差し指を当てて、ひのめの方を気遣いながら横島クンが言う。
「う………、うん」
妹の顔を見ると変わらず、すやすやと寝息を立てている。
「ひのめちゃんの寝顔って、かわいいっスよねえ」
両手をひざにつき、妹の顔を覗き込む。
「美神さんもさっきまで同じ顔して、寝てましたよ。やっぱ姉妹っスよね」
彼のその言葉に、返事も顔を上げることもできなかった。頬に感じる熱さはきっと初夏のせいに違いないと思う。
母親みたいで、でも、お姉ちゃんで。
じゃあ、このアホなお兄ちゃんは何なんでしょうね?
………さっきまでと同じように妹の寝顔に問いかけた。
カーテンを揺らし、窓から誘われたその風が、私達の元に初夏の香りを運んでくれる。
私の髪を揺らし、私に自然な笑みをもたらしてくれる妹は、まるで天使のようであった。
窓際のゆりかご椅子に一緒に揺られながら。
私の胸元で、私達にも夢を見せてくれる妹。
最後にこうして抱いてあげたのはいつだったろうと、思い出してみる。
確かにはよく覚えていないけど、その時よりも確実に増えていく彼女への愛おしさをこの胸に感じながら、目を閉じてみる。
よく晴れた日に。
優しい陽射しの中。
こんな穏やかな瞬間っていうのも悪くはないわね。
私らしからぬことを思ってしまう。横島クンにも変なこと言われちゃうし。
でも、たまには悪くないわ。
「ねえ、横島クン?」
「はい?」
目を開けて彼の声のする方を見上げる。
彼は、すぐ近くで。
口元に穏やかな笑みを浮かべて。
窓の枠に腰を掛け、私達のことを見つめていた。
「このコがもうちょっと大きくなったらさぁ………」
「はい」
「いつかのあの時みたいに、ひのめにも絵本、読んであげてくれないかな?」
彼はゆっくり微笑むと、静かにうなづいてくれた。
完
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