ブォォォ……と排気音を響かせ、自動車が隣を追い抜いていく。
なにげなくそれを見送れば、視線の先の景色は暑さで揺らめいていた。
見上げれば抜けるような青空。刺すような日差しが、肌を焼く。
その日差しから逃げるように、麦藁帽子のつばを摘み、くい、と下げる。気休め程度に、顔の部分だけが帽子の影に隠れた。
その動作で、手に提げていたビニール袋が、カサ、と揺れた。はみ出た長ネギが、湿り気を帯びた風を受け、小さく揺れる。
「……暑いなぁ……」
我知らず、愚痴が漏れる。気温が伝える四季の彩り――幽霊だった時は感じることのなかったそれに、不満を口にする反面、味わい楽しむ自分もいる。
視線を下に落とし、手に提げたビニール袋の中を見る。袋からはみ出している長ネギが最初に目に入り、次いで麺つゆのボトル、素麺の入った袋、その他薬味用の食材が、揺れる袋の中からちらちらと見えた。
これ作ってあげたら喜んでくれるかなぁ――などと思い、その考えはすぐに改められた。彼ならば、自分の作った料理はどんなものであれ、「こらうまい、こらうまい!」と喜んで食べてくれるだろう。今までが変わらずそうであったように。
「美味しそうに食べてくれるから、作り甲斐はあるんですけど……たまには厳しい意見も欲しいかなぁ」
そうしてくれれば、もっと美味しいお料理を御馳走してあげられるのに――そう思うと、自然と苦笑が漏れる。
彼女とて、恋する乙女。想い人には、もっともっと喜んでもらいたい。そう思うのも当然のことだろう。
自分が作った料理によって、彼の笑顔が自分に向けられる。それを夢想し、ついつい笑みがこぼれる。
そんな自分を自覚し、そして同時にこの先の長さを思う。このままのペースでてくてくと歩き続ければ、彼のアパートに辿り着くのには、まだ何十分もかかることだろう。
「シロちゃんだったら、こんな道のりも一息に駆け抜けちゃうんですけど」
けど自分なら、今のような夢想をしつつ歩くこの道のりも、得がたいものだと思える。それに、こんな暑い中わざわざ更に暑くなるようなことをしないでも、とも思うことだし。
彼の顔を一刻も早く見れるというメリットは、確かに魅力的だと思う。だが彼を想いながら歩く時間と、彼の顔をこの目で見られる時間――その両方を味わえるのであれば、こちらの方が断然良いに決まってる。
彼女はそう思うが、しかし理解されることはないだろうとも思う。くだんの人狼の少女もそうだが、彼女の想い人も『そっち側』の思考の持ち主なのだから。
「そんなに急がなくても、誰も逃げたりしないのに」
せわしない彼らの様子を思い出しながら、不満げに唇を尖らせる。
別に何かと競争してるわけでもない――いや、その人狼の少女や彼女たちの上司とは、ある意味で競争してるようなものではあるが――のに、何をそんなに急ぐことがあるのだろう。
だがそれが、彼らの持ち味でもある。それを否定するつもりはない。勢いで暴走しがちな彼らを後ろから見守り、時には「まあまあ」と宥めるのも、彼女の立派な仕事のうちであった。
しょうがない人たちですね、と胸中でつぶやき、苦笑を漏らす。
「……あ」
ふと見上げれば、空の向こうにこの季節特有の大きな入道雲が見えた。
「雨、きちゃうかな……?」
不安に思い、降り出す前にはと少しだけ足を速める。冷静に考えれば、入道雲が見えたらすぐに降り出すというわけではないのだが……まあ、なんとなくというやつだ。
傘は持ってきていないので、もし降り出したら、やむまで彼のアパートで雨宿りだろう。
だが、それもいいかもしれないなどとも思う。そうなったらそうなったで、雨がやむまでは彼と同じ空間にいられるのだから。ろくな空調もないあの部屋は、お世辞にも過ごしやすいとは言えないが……彼と共にいられるなら、彼女としてはどんなところでも極楽のようなものである。
とはいえ足を速めてしまえば、その分だけ道程にかける時間は短くなるのだが――
「……ま、いっか」
やはり、早く会えるというメリットも魅力的だ。
たまにはせわしないのも悪くないかも、と自分に言い聞かせるように胸中でつぶやく彼女の頬は、ほんのりと桜色に染まっていた。
――あつい季節は、まだまだ続く。
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